【三月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #011神楽坂龍朋【キ刊TechnoBreakマガジン】

昼間っから飲酒するのだと、いつに無く意気込んでいた。

酒気帯びの方が気楽にやれる事もある、などと何かに影響を受けていたのかも知れない。

実際そうだ、勤務中に酒気帯びでいると日常が上向くという筋の映画を観た。

この日、僕は十二時半からの勤務で良かった。

車の運転は絶対に無い。

最高のお店で餃子とビール。

僕はかつて一度だけ行ったことのある、神楽坂の炒飯で有名なお店に決めた。

なぜ炒飯なのか、やはりそれもテレビ番組の影響を受けたらしかった。

お店の名は雛朋。

行列必至なのは知っていたから、開店の時刻である十一時に合わせて赴いた。

「炒飯でビールとは、オツであるな」

何処からとも無く帰還した、夏見ニコルが仰々しくのたまった。

「いやいや、違うよ」この自称龍神とやら、浅いぞ。「炒飯の名店で炒飯を注文せずに、餃子でビールを飲むのという行いがオツなんだ。で、そこの麻婆豆腐がね、宇宙一優しい味した麻婆豆腐なんだよ」

と言いかけると、小柄な彼女の可愛らしい笑顔がキラリと光ってこう言った。

「この自称変態食欲、浅いぞ。雛朋は餃子を提供してはおらん、半知半能を侮るでないわ」

この数ヶ月に起きたちょっとした事が、走馬灯の様に頭をよぎった。

自分がどうやら死にかけた事、いやおそらく死んでしまった事。

胸に銃弾を受けたのだから無理もない。

さらに、何故か知らないが僕が今生きている事。

僕の蘇生にどうやらこの、自称龍神とか言う女性、夏見ニコルが介在したらしい事。

きっと僕の味方であり、ずっとそばにいてくれるであろう女性、モツ野ニコ美との出会い(別れたく無いし、死に急ぎたくない)。

抑えが効かなくなってきた僕の食欲と、変わりつつあるヨモツヘグリの意味。

古くからの友人、エージェントW大尉が、最近姿を見せなくなった事も気掛かりだった。

「そんな事より、良いのか。“最終回”に主役の餃子が不在で」

僕は一瞬、天を仰いだ。

そんな僕の心情を、一瞬も二瞬も先回りして彼女が満足そうに言った。

「最後の最後にハズしてみる、それはそれでオツであるな。貴様は、一年前には手作り餃子でもこさえようとしていただろ」

「だからこう言うんだよ、もう付属の餃子のタレは使わない、って」

「おお、肉体という脆弱な牢獄から解き放たれた魂は、いよいよ己の教義からも自由になったか!それでこそ我が見込んだ男!」

彼女が予見した通り、炒飯でビールというオツな展開となった。

着席からわずか一分程度で炒飯が出てきたからだ。

大盛りにしたから、皿の上に双子のようなコブが並んでいる。

グラスに入れた瓶ビールを一口飲んだくらいの頃合いだった。

広大な砂漠のようなやつをレンゲですくってかきこむと、熱すぎずしっとりしていて具沢山の炒飯が口の中で爆発したので、直ぐにビールで流し込んだ。

炒飯でビールか、これは面白い。

続けざまに麻婆豆腐が到着する。

血の油の中で煮えたぎったやつでは無く、やわらぎのある赤みをとろとろの餡が包んだような料理だ。

これも一口。

久しぶりに食べたが、やはり独特で他所にはない味。

辛くないわけではない、ほどほどの辛味が小気味良い。

このお店、やっぱり好きだと実感し、嬉しさにたまらず回鍋肉も追加した。

後から続々と入店しているお客たちの分の調理があるので、少し待つように言われたが、まだ一口ずつしか食事は進んでいないのだから何も問題はない。

そして、回鍋肉の提供は予想の十倍は早かった。

この回鍋肉は、他の料理と比べて量が少なめに見える。

味噌ダレが全体的にべっとりと付いていて、強烈な味がしそうだったが、食べてみるとこれがまたしても優しさを含んだ味わいだった。

最近、回鍋肉食べてないなあ、などとしんみり想う。

龍神ニコルも続けて食べているが、その食べ順やビールを飲むタイミングなど、僕にそっくりなのに気付いて笑ってしまった。

「知っている事と実際の行動とが乖離すると言うのは、善悪の範疇を超えているのだ。」回鍋肉の肉と野菜を両方箸でつまんで、彼女は口に入れた。「一緒に食べる方が美味だと知っていながら、先に野菜から食べてしまう貴様とて同じ事」

「さて、次は何を注文する。麺類なぞ十種はあるぞ、貴様からすれば飲み物なのだろう。胃の腑に入れた物、悉く吐き戻してまた食らうが良い」

「悪しき龍神よ、去れ。僕はもうヨモツヘグリの戒めからも自由だ」

「ヨモツヘグリのyから、一個の小さき者に成るか。優しい約束が恐れ入ったわ。だが、我は往ぬる前にやきそばを食らおう」

やきそばと聞くとソース焼きそばを連想しがちだが、雛朋の場合は野菜餡かけの滋味深い一品だった。

麺もきちんと焼けており、色々な食感が楽しい。

中華丼の上にかかっているのがおそらくこの餡なのだろうが、その日その日の気分で変えられて良い。

何より、僕の中華料理店での選択肢に中華丼が加えられた記念すべき一皿である。

ニコルに礼を言うと彼女は煙のように姿を消したが、また直ぐにでも顕れるだろうと言う予感は残して行った。

大満足の翌日、十一時。

僕はまた雛朋さんの先頭に並んでいた。

一度に食べきれないならば、分けて食べにくれば良いとおもったからだ。

焼きそばには感動した。

では、このお店のラーメンはどうだろうか、それを確かめに来た。

美味しかった炒飯大盛りとビールを注文して着席。

直ぐに二つとも配膳される、食べたい時に速いのは嬉しい。

「麻婆麺ください」

持ってきてくれた店員さんに追加で注文する、大盛りにはしなかった。

十種類近くある中で、なぜか一番確実そうな感じがしたのだ。

今までに麻婆麺を注文した事があるのは、他に仙台にあるまんみさんだけなのだが。

まだ三口くらいしか食べていないのだが、麻婆麺が到着した。

風が語りかけるかのようです。

速い、速すぎる。

兎も角、早速一口頂く。

醤油ラーメンの上に、少し麻婆豆腐がかけられている。

つゆに沈み込まないよう、慎重に麺に絡ませながら啜る。

独特だな、と言うのが率直な感想で、ちょっと唸ってしまった。

このスープは、炒飯を注文しても付いてくるのだが、魚介が強く主張していてなかなか他所で味わう事がなかった。

癖のあるような魚介と調和するかの様に、辛さ甘さを併せ持つ麻婆豆腐が味に変化を付けている。

『今度来たら、ラーメンと麻婆豆腐を単品で注文して一緒に食べてみよう』

炒飯は一先ず置いておき、食べたかった麻婆麺を手繰った。

初めての味わいに感動したのが食を進めたのもあるかも知れない。

すると、ここで手が止まった。

するすると心地良い麺を食べ終えると、しっとりとしていながらもっさりとした炒飯が喉を通りづらくなっていたのだ。

もちろん、単純にお腹いっぱいになっているという事もある。

まだ、ゆうに一人前は残った炒飯を前に、僕はレンゲを持ったまま動けなくなってしまった。

天啓、彼方より来たり。

この炒飯に、麻婆麺の残ったつゆをかけたら、スープ炒飯になるぞ。

碗底に沈んだ麻婆豆腐の残欠は、再び炒飯の上に。

皿は染み渡るスープで満たされ、新たな展望が眼前に立ち現れた。

ヨモツヘグリとは、言わばこの麻婆麺汁かけ炒飯のようなものだろう

熱狂的に恋をして、燃え尽きて次へとうつろう。

もう餃子を食うこともあるまいか。

先ほどの喉の通りとは打って変わって、軽快にさっさっとかき込める。

こんなことやってしまうのは失礼だが、一緒に注文したのならやらない方が損だ。

良い食べ合わせを探し出せて満足している。

僕はきっと塩分過多で死ぬ。

そう思うと、Wの事が気がかりだ。




もう付属の餃子のタレを使わない 了