【十二月号】酒客笑売 #008【キ刊TechnoBreakマガジン】

会社主催の打ち上げで~、酔った勢いで社長に絡んだ♪

笑えへん、笑えへん、笑えへんへんへへんへん♪

会社主催の打ち上げで~、酔っ払い過ぎて救急車騒ぎ♪

笑えへん、笑えへん、笑えへんへんへへんへん♪

・・・忘年会シーズンである。

くれぐれも飲み過ぎには注意したい。

あれはもう十年近く前の話だ。

社で大きなイベントを終えたその日、上半期の打ち上げが赤羽の居酒屋で執り行われた。

私は数年目の駈け出し、向かいのお姉さま方たちのお酌を受け、飲まされるがままに日本酒を飲んだ。

「禍原さあぁぁぁん!禍原さあぁぁぁん!」

ねばついた瞼を開けるのが困難だ、光が眩しい。

私は名前を呼ばれていた。

気が付くと、辺りは慌ただしい。

確か、この時、私はトイレに行きたくてそこまで歩いて行った。

視界が真っ白だったのを覚えている。

足腰は弱り切っていたかのようで、まともに歩くこともままならなかった。

下腹部に力を入れても何も出ない。

尿意はあるのだが、うんともすんとも言わなかった。

気ばかりが焦る、煩わしい尿意をさっさと無くしてしまいたい。

結局、二分も三分もかけて終わらせた。

ベッドに戻ると、私が失踪して仕舞っていたので現場を混乱させてしまっていた。

救急車には限りがある。

病床にも限りがある。

看護師さんにも仕事がある。

飲みすぎなければ、それらへの負担を無くせる。

私は消えてしまいたかったが、そういうわけにもいかぬ。

笑えない笑い話である。

救えるはずの命に駆けつけられ無くなるだろう。

患者が増えれば仕事も増える。

意識不明の泥酔者に付きっ切りでは他の仕事にならない。

飲み過ぎによる救急車騒ぎだけは、当人の注意で回避できるではないか。

無論、我々呑助の中には、私の様に意志薄弱で自分の力では飲酒を中断できないのがいるから、無理に飲ませたりなぞしないというのも肝腎である。

急性アルコール中毒のみならず、慢性的な肝機能、腎機能の低下を予防すべく、適度な運動に心がけることも肝腎である。

笑えないんだよな。

赤提灯でおでん、という観念を私に刷り込んだのはフォルテ・シュトーレン大尉だ。

読者の酔いどれ紳士淑女は、誰かの影響で飲酒に憧れたり、飲むとはこうでなくてはと思った事はないだろうか。

私の飲酒は暗くて笑えない。

明るくて笑える飲酒は、常々私の記憶から欠落していく。

それでも、ああ良い酒だ、こういう飲みは良い飲みだ、と思える事は何度もある。

さあ、飲み直そう。

ここから後半は、私とおでんで一杯やろうではないか。

ドラマ版『野武士のグルメ』で、竹中直人演じる香澄が確か

「ちくわぶって、辛子を美味しく食べさせるために」云々していた。

これは、高橋義孝の『酒客酔話』にも記述が見られる。

私は私でちくわぶが好きなのだが、それもやはりフォルテ・シュトーレン大尉の影響だろうかと思う(竹輪よりも好きだ)。

行きつけのおでん屋って、あるだろうか、私はある。

王子駅前の平沢かまぼこさんだ。

王子十条赤羽の呑助ゴールデントライアングルは、職場に近いのでよく行く(赤羽の有名なおでん屋さんは盛況すぎて、まだ行こうという気が起きない)。

そこは、おでんダネ製造業者の旗艦店である。

もう十年近く前に、二回りほど上の先輩に連れられて行った。

彼はこの界隈の先導者である。

当時は先代の女将さんもよく店頭で接客していた。

だいたい十月に入って頃合いのときに、件の先輩(塾長と呼ぶ事としよう)から話を持ちかけられて行くのがそのシーズンの開幕。

以降は、寒さが強く感じられる様になった十一月中旬から頻繁に通うことになる。

今はやらなくなったが、店頭で氷水を張った中から瓶ビールを出してくるのが好きだ。

我々はそこでは決まって赤星。

狭いカウンターばかりの立ち飲みだが、押し合いへし合いしながらおでんをつまむのが風情だ。

席へ通されると、小皿に色々な漬物が小口切りになって提供される、のだがこの頃そのサービスは無くなった。

こうして書いていると、変わってしまった事についてのぼやきばかりになってくる。

変わらないのは冬季限定販売の煮こごり、これが美味い。

最初の注文では瓶ビール、煮こごりと、おでん三つほど、大根、ちくわぶ、こんにゃく。

塾長はおでん五つほど、大根、昆布、はんぺん、竹輪、カレーボール。

一回目の注文を瓶ビール二本で平らげた後には、鶏皮の煮たのと二皿目のおでんだ。

私はたいてい、卵、はんぺん、じゃがいも、あぁ厚揚げもいいなあ。

塾長は、一皿目の五つで十分らしく、このあとレモンサワーに代えて鶏皮をつまむ。

飲み物が変わった時には、私も同じもので付き合う。

カウンター立ち飲みなのだが、ここからが長い。

その後、一通り食べ終えてもまだアテはあって、源氏巻きを注文する。

これはウィンナーとチーズをくるんと巻き込んだ蒲鉾のことだ。

輪切りになったのが五切れほど、マヨネーズを添えて出される。

これが中々イケる。

お互い好きなので、鶏皮のお代わりもする。

変わり映えしない話、と言うわけでも無いのだが、業界の時評を延々聞かされる。

熱心な人だし、勉強になるのでうんうん言いながら聞いている。

だから塾長と内心で思っているのだ。

彼がもっと飲みたいと思っている時には、ここらでカレーボールが追加される。

しかし、こないだ行ったらメニューからカレーボールが無くなっていた。

「おつまみタイカレーなんて新メニュー出してないで、チャイポンはカレーボールを出せ」

帰り道に塾長はぼやいていた。

先代の女将さん以来、店頭にずっと立っているのは、我々が勝手にチャイポンと呼んでいる小太りな東南アジアの店員さんだ。

無くなったサービスについては知り得ないだろうが、変わらない味をたとえばこんなお店に訪ねてみるのもいい。




#008 疾走アンビュランスの肝機能障害フォルテッシモ 了