【九月号】環状赴くまま #EX 船橋ー夏見 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

いつもと場所を変え、地元船橋からお送りする。

初秋の爽やかな夕方だった。

この日のゲストは、私の父である。

綿摘恭一と壮一のペアを狙ったが、親父の財布が頼みの綱だったというのもある。

東武百貨店のあるビル奥に船橋駅が収まっている。

小説では向こうに西武があるのだが、残念ながら閉店している。

よって、小説中でも早々に西武撤退から物語が始まる。

こちら側は、言わば船陰側だ。

反対側の船陽側はもっともっと歓楽街が広がっているが、今回歩く方は住宅街が続く。

この先、千葉県道288号、夏見小室線という道路を行く。

小室まで行けば、船橋アンデルセン公園がある。

奥にあるのは蛇沼公園。

かつて蛇沼という名の沼だったため、窪んでいる。

遠目に見たが、酒盛りに都合の良い落ち着いた雰囲気を感じた。

すぐ交差点となる。

ここが、駅前と呼べる範囲の限界と言えよう。

信号待ちしている間に、右手の長津川を収めた。

向こうで海老川に合流する。

業務スーパーの入り口はあるが、ここから先は住宅街然とする。

ゆるやかな傾斜の坂道。

左手が崖になっているのは、おそらく、長津川の河岸段丘だったからであろうとは父の説。

夕陽を浴びながら、消防隊員さんたちが訓練をしていた。

撮影者の後ろに船橋中学校がある。

彼らにとって、この光景は馴染みのものなのだろうが、私ははじめて知った。

飲めるハンバーグで存在感を出しつつある、焼肉屋さんの将泰庵。

奥の生そば、あずまさんの評判は、父も友人ずてに聞いていたらしい。

お蕎麦もお刺身もお肉も良いんだとか。

ここを一旦、右へ折れる。

行きたい行きたいと思っているお寿司屋さんは、月曜定休。

駅前に立ち食い店舗があり、ここを知らなきゃ船橋じゃモグリ。

市場のお寿司屋さんもおすすめだが、朝から昼までしかやっていない。

向かう先は雑木林。

というわけでは決してなく。

さりとて公民館が目的でもないのだが。

夏見日枝神社。

先日比叡山へ行ったばかりで、地図で見ていて気になったのだ。

入口がわからず、グルっと回ることになった。

道すがら、

「日吉大社は猿を尊重しているんだっけ」

「そう、神猿と書いてまさるって読むの。魔が去る、勝るっていう縁起のいいお猿さんが飼われていたよ」

「当時通っていた高専には全国から生徒が来るんだけど、パパなんかは小平の田舎者ってよく言われてた。友達に土屋勝くんってのがいて下北沢出身、父親が新聞記者のインテリで、当人は弁舌に長けてて全共闘でアジテーターを務めるカッコいいやつがクラスにいたんだ」

「高専ってどこにあるの?」

「高尾山のふもと、寮生活してるから。で、土屋くんからたまに誘われて、俺の身に危険が迫ったらお前が護ってくれって、用心棒みたいなのしたこともあってさ」

父は高専、大学と空手部で主将だった。部活ばかりしていたため、高専では友人たちからレポートを写させてもらう立場。大学三年への編入は成績不振で成らず、一年生として進学した。お陰で今度はレポートを友人に写させてやる立場になり、空手部でも期待の新人として活躍できたという。レールから外れても何とかなるというのは、外れても安全な範囲のレールに乗れていたためであろうか。

「けど、東京小平だけじゃなくて、本当に地方からやって来る、どう見たって田舎っぺみたいなのもいてね。柔道部の細野くんっていうんだけど、こいつがしょっちゅう人を笑わせる様なおかしなことを言うからよく一緒にいたんだ。あるとき、高専の漢文の授業で、青木先生っていう後に京都の大学教授になる先生が、李白の『早発白帝城』を講義してくれた。『早に白帝城を発す、朝に辞す白帝彩雲の間、千里の江陵一日にして還へる、両岸の猿声啼き往まざるに』と偉大なる青木先生が読んでいると、前に座っていた細野がすかさずクルッとこっちへ振り向いて「啼き、山猿に」と得意満面の笑みで土屋勝のことを指差すんだ。あの何とも言えない、ニンマリした表情は決して忘れられない。」

父もまた笑顔になり、身振りを交えて繰り返した。土屋勝と啼き往まざるで、山猿。田舎っぺでイモの細野氏が都会っ子でインテリの土屋氏を、ここぞとばかりに揶揄する様は、当人にとってはさぞ気が晴れたことだったろうし、される側からすれば苦々しいことだったに違いない。細野氏はその後、化学の道に進み、まだ若いから受賞は無理だが何年か前にノーベル賞候補になったという。

日吉大社が猿を珍重しているという話題が、刹那のうちに父に過去を思い出させたのだった。

通りに戻ると、目の前は小さな公園。

球技をしている子供たちもおり、ここの向こうに小学校がある。

将泰庵のもとまで戻る。

右へ、夏見小室線を改めて直進する。

もうゴールはすぐである。

お寿司が休みなら、焼肉にしても良いのだが、鰻。

こちらのメニューは至ってシンプル。

鯉の洗い。

これを摘みながら、父の宴会の余興にバニーガールの格好でいつまでも待機させられた所為でキリンビールだけは飲むまいと決めた話も聞けた。

現在、父とキリンビールは和解している。

うざく、二人前から注文可。

菊正のぬる燗は主役を引き立てる大健闘で、大いに株を上げた。

この後、鰻重。

ぱりぱりではなくふわふわのやつで、美味い美味い言って平らげる。

船橋の住宅街、夏見にも良いお店や美味しいお店が沢山あることを伝えられただろうか。








編集後記

 休刊をはさんだ九月号は、船橋特集となった。特筆すべきは船橋ノワールの世界に、宜敷準一が参上したことだろう。これは、ライターごっこを続けていくうちに、どうしてもそうせざるを得ない様な気がしたために実現した事であり、今後はスピンオフの虚飾性無完全飯罪の内部で、ヨモツヘグリともうタレに並行して進行する予定だ。

 で、本題の船橋ノワールを今月の総力特集としていたのだが、有体に言えば落とした。八月末に四泊五日の業務が急に入れられたのが原因である。しかしながら、「落とした」ということは「書いている」ということでもある。次回第七章は前半の区切りとなるから、楽しみにしていてほしい。