船橋ノワール 第四章

かつて、イギリスに大層な博打好きで知られた貴族がいた。彼の好みは賭けトランプ。公務も疎かに、寝食も惜しまず、鉄火場での賭けに興じる日々。

流れは誰のもとにある。今落ち目なのは本当に自分か。利益の総量が保存されない均衡の破綻はいつ起こる。向かいの男が仕掛けた賭け金の引き上げは虚勢か。沈黙した表情の下に激情を抑えた者だけが唯一この場の有金を攫うことができる。鉄の意志が錆び付いて知性と感性の軋轢がわずかな所作に顕在する。目元、喉元、胸元、手元、卓の下では足元にそれが顕れる。何が、甦る昨日までの絶望が。何が、今日一日の期待が。何が、明日からの生活への希望が。

Carpe diem.ーその日を摘めーそう言って、彼は刈り取るのだ。最後のマッチ棒で見た灯りのように華奢な何かを。麦畑用の両手鎌のように避けることの出来ない何かで。敗北者たちは思い知らされる。望みは希だったのだと思い知らされる。そうして真の絶望が、滅望がやって来るのだ。絶望、希望、滅望。授業料は高くつくが、一連の人生訓を教授するのに彼を超える大先生なぞそうそう見つかるものでは無い。皮肉な事に、彼は大ペテン師と呼ばれることはあっても、大先生と呼ばれることは生涯無かった。それもそのはずだ。巣立った教え子たちは例外無く学び舎へ戻って来るのだから。彼は天使の翼を捥いで、子羊さながらの四つ足に仕立てて飼い殺す術に長けている。分かっちゃいるけど辞められないと言う、人間の性の様なものまで教えないためである。彼は貴族だが、四つん這いになった納税者たちの上に胡座をかいて搾取するよりも、もっと上等な趣味を持っている。Carpe diem.

彼の名はサンドウィッチ伯モンタギュー。全六感の一分一秒を卓上の動向に集中するため、口にするのは二枚のパンにハムの切れ端を挟んだ物。彼の人となりや職務に対する姿勢の真偽については諸説あるが、しかしその食事様式には彼の名が現代にまで刻み込まれている。同様に、江戸時代の鉄火場で、博徒たちから好まれていたのが鉄火巻き。どちらも手を汚さず、片手で摂ることができ、当時の賭場で食されていたという共通点を見出せるのが面白い。これらは説の一つに過ぎないのではあるが。

毎月六がつく日の船橋駅前では異様な光景が見られる。駅前にその店を構えるメガ・アマテラス。この店先に朝七時頃から人々が並び始め、九時になる頃には長蛇の列が東武拠点ビルの裏、さらに駅前バスロータリーの上まで延々と続くのだ。彼らの目当ては回胴式遊技機。五百六十七台を誇る遊技機からその日メダルを吹き出しそうだと見当つけた台に座るための抽選待ちの列である。

月に三度の六がつく日、その男はこの列に並ぶ。抽選番号の如何に関わらず、着席した台では千円でCZを捉え、そのゾーン中の三択は悉く正解させ、突入させたATでは子役の波から特化ゾーンへ、ラッシュ中は上乗せの嵐。流石の強運も陰りを見せたかというAT終盤、左リールに刺さる中段チェリー…。約束されたかのようなその豪運を信じてはいないのか、ボーナス中の演出では常に完全告知を選び、確定演出を拝んでは安堵している光景は不思議だとしか言いようがない。

有り得ないことが起こっているのだ。いや、限りなく有り得ないことが起こっているのだった。昼の月でも見ているような。レバーを叩くそれは魔拳だった。

十時過ぎから打ち始め、二時に差し掛かるかという頃にコンビニ袋から取り出した握り飯を頬張る。休む事なく台と相対しながら、その台がメダルを切らした時、店員を呼びメダル補充をしてもらう時だけが一息つける瞬間だからだ。いやいや、それに加えて、この男が水分補給できる瞬間もある。ベットボタンを押下し、レバーを叩き、三つのストップボタンを停止する。淀む事なきその一連の動作を妨害する唯一の瞬間。すなわちロングフリーズ。この時、男は台から離れて自販機へ向かう。買って来た缶コーヒーの栓を開け、一口飲んで溜息をつくのだった。期待値たかだか二千枚とは、地獄の閻魔も一目置くようなこの男にとっては誤差の範疇なのかもしれないが。八時ごろのメダル補充でまた握り飯を頬張り、他店より少し早い十時半にこの店の営業が終わる。一枚二十円のメダル三万枚ほどを換金し、その日も男はいつもと変わらぬ帰路につく。

コンビニで買う握り飯は決まってツナマヨネーズ、その男はこれを好んでいる。二百年後、サンドウィッチや鉄火巻き同様にその名が冠されているか誰も知らない。おにぎり、おむすび、男の名は五十嵐。

博徒と呼ばれるには少々気が弱い彼は、その証拠に月三度の大勝を手付かずのまま貯金している。確定申告もしている。いわゆるパチプロとして生計を立てている五十嵐だが、月のほとんどは、船橋に九つほどある店舗でAタイプを回すだけにしている。千円でランプを光らせ、7を揃え、ボーナスゲームを消化し、三百枚のメダルを換金し、その日は帰る。一日を五千円で過ごす日々は、裕福だ。しかし、そんな彼に長らく不調が続いている。

日替わりで九店舗を訪れる彼が、いつものように両替した千円分のメダルをAタイプに入れ、いつものようにランプを光らせる。ここまではいつも通りだ。しかし、揃うのは77バー。あり得ないレギュラーボーナス。初めは、自分にとってのこれはむしろプレミア演出だなどと思っていたくらいだが、それが二日三日、二週三週と続いているのだ。もちろん六のつく日にメガ・アマテラスでAT機を打てば大勝する。しかし、月々のほとんどがAタイプ一発勝負の五十嵐にとって、レギュラーボーナスだけに偏ってしまったこの運気は何か底知れない異変が起きている事を示唆しているに他ならない。それはベルもスイカもチェリーも全く落ちないスロットと同じ様に、明らかな異変だった。何かが起きている。そのことに気付いているのは彼だけだった。だが、何が。そのことまでは思いもよらない。一体何が起こっているのか。

この小説を読む諸兄は、くれぐれも賭博者とならないことだ。いかなる仕事にも感謝し、自分の趣味の時間を大切に、本当に必要な人たちとだけ過ごす。賭博はこの三つ全てをふいにする。

日々の仕事に感謝しているかどうか意識下にはないものの、それなりに真摯に取り組んでいる男たちはここにもいる。彼らは趣味を仕事にしているようなもので、互いに互いを必要と認め合った人間である。話は船橋本町四丁目の事務所に移る。

第四章 続

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