船橋ノワール 第五章

作戦開始の時刻まで、まだ余裕がある。そこへ、向こうからセダンが接近して来た。先に到着していた第十一位の面々である。

「待たせるんじゃねえよ、新入りども。」運転席のドアを開けて、大柄で筋肉質な男が眉間に皺を寄せながら言い放つ。タンクトップに、デニムを合わせた色黒の男。いや、男たちが車内からぞろぞろと出てくる。さらに、向こうにももう一台停車している。

第十一位側の認識としては、自軍の数合わせ程度にしか第十二位を見ていない。また、序列的にも見下しているのは当然だった。そして、のこのこやって来たのは理系学部にたまたま混じったような文系連中が四人だ。三人の手下は全員眼鏡を掛けている。落胆と苛立ちが手に取るように分かる。熱せられた飴のように延びた時間の中で、綿摘恭一が考える隙も与えずに、瓜生昇が電光石火で結論付ける。

『此奴ら揃いも揃って野球部出身で御座いって風貌だが、同じ高等教育まで受けた人種のようには到底思えない。それもそのはずだ、俺達が安定した生活を掴み取ろうと当て所もなく勉強に明け暮れていたその頃、此奴らは遊びの延長みたいな部活で散々に人生の夏休みを謳歌して、さて引退したと思ったら下の根も乾かないうちに(下で間違いない)推薦入試で進学バンザイと来やがる。挙げ句の果てが、俺らも此奴らも同じで仲良くヤクザ稼業とは、そんな結末を一体誰が決めやがったんだ。』誰が決めたか知らないことを、瓜生昇は即断で決め付けた。そしてこの男は、一度きりの人生だから、どんな挑発にも応じる。果たしてそれが挑発で無かったにせよ。

「アンタ、そんなことより靴紐が…。」まだ自己紹介も済んでいない大柄の男は、そう言われてジッと足元を見つめる。スニーカーには特段変わり無い。しかし、ふと視線を上げた先にあった光景は、異常だった。名前も知らない新入りの手中に、小型のリボルバーがいつの間にか握られている。目が合った瞬間に瓜生はS&W M60の撃鉄を起こし、一同がその音に気付いて一斉にそちらを注目する。

「バァン。アンタ死んだぜ。」引き金を引けばいつでも殺せる。スーツの袖に隠した電動アームが静かに目覚めたのだった。この場にいる誰かが死ぬまで、それが再びの眠りに就くことは無い。これが、瓜生昇のシューゲイザー。

「手前、何向けてやがる!」金縛りのようになりながら、半狂乱で男が叫ぶ。今までは、いつだって銃口を向ける側だったから。第十一位付きの面々は、まだ銃を身に付けていない。完全に想定外の事態である。まさか、身内に銃口を向けられるとは。

「五月蝿え!こちとら予定より十分も前に到着してんだ!第十一位の序列が上ってだけで、手前達そのクソの周り飛ぶ蝿ほどの存在が!何を上からデカい口ききやがる!無礼に死で報いる礼儀を拝まされてえか!」序列が上であるならば、その構成員たちも上役となるのだが、今この場の瓜生の狂犬さながらの気迫に第十一位付きの一同固唾を飲んでいる。此奴らどう言う教育を受けてるんだと思いつつ、第十二位自身が船橋に来てから日が浅い事までは頭が回らない。

「分かったから、向ける相手はこの中にいる連中だろうが…。」男が、怒り半分呆れ半分という顔で柵の向こうを親指で示す。

鈴井は運転席から姿を現さない。子桜、瓜生に『よっ、肝っ玉』と目配せ。起こした撃鉄を元に戻した瓜生は、しかし袖の下にある仕掛けが露見した以上、次に死ぬのは俺か連中のどちらかだなと刹那的感情に囚われた。西武に居た頃には、親兄弟からこのような仕打ちを受けたことはないのだ。ついこの前まで睨み合っていた兵隊同士だから、東武に来てからは外様扱いすらされない現実を突き付けられた。怒りの余りつい暗中必殺のエフェクターを作動させてしまったが、これはそうやって見せびらかすものでは無い。見せた以上は、死んでもらうか死ぬしか無いのだから。後悔しても反省しない、それは悧巧な奴がすることだ。

瓜生が昂ぶった感傷に浸っている間に、恭一が簡単な挨拶を先方と済ませる。第十二位から直々というのがどうやら驚きのようで、今度は逆に第十二位本人が非礼を詫びられる側に回った。束になっても機関銃には敵わないと思っているのだろうか。腕っ節と捨て身が取り柄のような男たちは、対弾素材の上着を羽織ることすらも恥じ入るといった有様。第十一位の捨て駒上等という気概すら感じるのは、東武構成員らしからぬ班員だ。東武といえばもっと狡猾で卑劣なのが常だが、義竹は上手く部下を手懐けているらしい。その代表格は大内と名乗った。実は瓜生が勝手に決めつけた通り、野球部出身で陽気な好青年だったのだが。

「仁さんは、今日別行動です。兵隊は俺たち義竹班の六人と、そちらの。」運転手の鈴井を除いた三人、併せて九。車両から出て、西部劇のようなガンベルトを腰に巻き終えた彼ら。どうやら第十一位付きの義竹班は、何らかの拘りで使用銃器は回転式拳銃で統一しているらしい。廉価で扱いやすいとはいえ、これが正気とはとても思えない。瓜生はダブルブレストの上着の背面腰部にホルスターを取り付け、後部座席に仕舞っておいたGSh-18を差し込んだ。子桜は弾薬の入ったショルダーバッグを担ぎ、ルガーを抜いた。綿摘恭一は代替器だったミネベアM9に続いて与えられたAR15を後部座席から引っ張り出した。音に聞くその長物を見て、義竹班の男たちは唖然の様相である。漫画でよく見る日本一有名なアサルトライフルの実物だ、引き取る時には恭一自身も同じ表情をしていた。いや、その時は余りにもあからさますぎて、これからの愛銃にするのが気恥ずかしい思いの方が強かったかも知れない。

 

「M4カービンをベースにバレルは14.5インチのミリタリーモデルながら、フルオート射撃は勿論、使用弾薬を5.56から9mmパラベラムにカスタマイズして汎用性を上げてある。それだけなら、コルト 9mm SMGで済む話だが、コイツはガス圧作動方式って所が売りだ。ガスブロックを兼ねる照星は9インチミッドレングス。12インチライフルレングスの用意もあるからお好みで。」漆黒のライフルを披露しながら、銃匠さかもとのマスター坂下竜次はそう言った。小型で持ち運びやすいM9はこのまま手元に置いておこうと、恭一は思った。この銃は、それこそ戦争用とも呼べる大袈裟な印象を受ける。その銃を手に取ると、意外にも軽量だ。

「強度と軽度を維持するために、バレルには硬化テクタイト複合鋼を使ってある。流石にそれ以外の部品は炭素樹脂にしたが、高くつくよ。」自信を持って硬化テクタイト複合鋼が扱える職人は国内でも指折りである。素人が此奴を使って殴っても、相手の方はあまりの軽さに戸惑うことだろう。この銃匠、表向きはお好み焼きが楽しめる居酒屋を営んでおり、その特殊合金は此処の鉄板やヘラにも使用されている。銃を構え、高くマウントされた光学照準器を覗く。

「銃床は楓。レンズはニコン。此奴はサービス。」M203がテーブルに乗せられた。なるほど、だからわざわざガス圧作動方式と言うことか。しかし、こんな物までくっ付けておいたら、味方から使うのを期待されるようになるからダメだ。擲弾発射器の二つ名は遠慮したい。持ってきた分の金を払い、残りは後日連絡してもらう事にして、店を出た。

市役所出張所の海堂は、届け出された新規登録銃器を見るなり怪訝な顔をした。本来米国で民間向けに販売されているAR15は、単なるライフル。子桜達が持つようなハンドガンとサイズこそ違えど、どちらの性能も一発ずつ手動で引き金を引く必要があるという点で同じだ。しかし、添えられた銃籍登録申請書は黄色の用紙、特殊の二文字が赤字で印刷されている。この銃は一度引き金を引けば、連続射撃が可能な改造銃という事だ。同じ型で軍用のM16がおいそれと手に入る筈がないのだから。この点に関して厳しい規制のある国内に於いて流通経路なぞ皆無だ。よしんば入手できたとして、いずれは細かい交換部品まで用意できなければならない。にもかかわらず、この銃の匂い立つような艶やかさは何だ。前回届け出された、陸上自衛隊のお下がり染みたM9とは訳が違う。そうこう考えている間に、受け皿へ免許が提出された。この通りに従うしか、仕事のやりようがないのだ。『アンタ、こういうの初めて?』とは、まさに今、海堂自身が置かれたこの状況に他ならなかった。

瓜生達三人はというと、乗車前の昼、事務所でしきりに触らせてくれだの写真を撮らせてくれだのと騒がしかった。特に子桜は、綿摘家に伝わる武術がなんだの実包の呼び名の由来がかんだのと興奮冷めやらぬ様子で捲し立てていた。鈴井の琴線に触れたのはやはり、この銃を所持しているのはデュークがどうだのパチーノがこうだのと、気持ちは分かるが的外れな比較ばかり並べ立てられた。

 

こんなに早く装備する機会が来るとは、と綿摘恭一は自身の皮肉に苦笑する。何年かすれば、この銃から離れられないような、兄弟以上夫婦未満の関係になっているのだろうか。想像出来ないし、実際その別れはすぐに訪れるのだが、どちらも彼には思いもよらない。見る者を様々な表情に惑わす兵器を肩に担ぎ、彼は門へ向かう。アンデルセン公園北ゲートは半壊しており、侵入者を拒まない。第十一位付きの男達はあまりジロジロと機関銃を見ないようにしながら、先ほどの小競り合いでは第十二位側に華を持たせる形で終えて良かったと思った。先日の打ち合わせでは、ここをずっと前進できれば芝生の広場があるとの事だ。大規模な攻防になるとすれば、それ以降だろう。がらんどうの廃屋となったジェラート売り場周辺の索敵を済ませる。前方遠くに馬鹿でかい像が立っているのが不気味だった。

それは、平和を呼ぶ像。昭和六十一年、船橋市民が世界の恒久平和を願って、平和都市宣言をした記念に建てられたものだ。願いは残念ながら届かなかった事になるが、その像は今から始まるであろう戦火を拒むかのように屹立している。燃え上がる太陽を主題にしたと一目で分かる意匠も、此処船橋に於いては悪夢からの使者以外の何物でもない。この一線を超えたら後戻りできないと、誰もが思って固唾を飲む。平和を呼ぶ像が纏っている、そう思わせるだけの異様が、いや威容が彼等の胃の腑へ一つまた一つと石を入れてくるようだ。おそらく、一人の男を除いて。

「おー、芸術は爆発だの人が作ったのか。ボス、グレネードランチャー無いんすか。」碑文を読んだ瓜生昇が面白半分に軽口を叩く。無かった事にしようとしていたM203の事を指摘されたようで恭一はギクリとした一方、この発言には義竹班の強面一同も呆れ顔となった。野生児の好奇心だなどと好意的に解釈する者はおらず、その場に応じた行動が取れない社会からの落伍者の認識が、第十一位側からなされた。

「ねえねえ。」あまりにも場違いな少女の声が、彼らの一瞬の気の緩みと言う寝耳に水を差し、肝を冷やされた全員が息を飲む。そちらを振り返ると、美しい一輪の黒百合の様な少女が佇んでいた。13歳とも8歳とも見える容姿。襟の白い、黒のワンピース。手を後ろに組み、上半身を楽しそうに揺らしながら、満面の笑みをこちらに振りまいている。

「かくれんぼしましょ。」厄介事は何故連続して起きるのかと、第十一位付きの班長、大内は思った。従来の薄情で暴力的な東武の構成員なら、目撃者として始末してしまうだろうが、彼らはそうしない。ただ、この少女が好奇心で付き纏って離れないとなると、班は壊滅しかねない。あるいは、抗争に巻き込まれて死なれでもしたら寝覚めが悪い。そんな事くらいは理解できるから、この娘を門から遠くに離して戻って来ないようにしなければならない。だが、義竹班の男たちが少女に対応するまでもなく、本日一番の厄介者が早速獲物に喰らい付く。

「やあやあ。これはこれは可愛らしいお嬢ちゃん。カークティビャザヴート?なんだそのツラは、かくれんぼはもう始まってるんだ。見つかったら射ち殺される、死んだら終わりのかくれんぼが。ほら、俺が目をつぶっている間に行けよ。ひとーつ、ふたーつ、」これに肝を冷やして、あどけない少女はすぐさまこの場から逃げ去るかと思いきやそうはならない。浮かべていた笑顔は今や鬼の様な形相となり、目を瞑って数え始めた瓜生の額に穴が空くかという程睨みつけている。その表情は先程までと打って変わって、顔中に深い皺が刻まれているように見える。第十一位付き達は、これで良いのだろうかとも思いつつ、厄介事は厄介者に任せて置こうと決めた。一方で第十二位側の判断はそうではない。おそらく数秒後には、ひと昔もふた昔も前のヤクザ者の背中に彫られた不動明王が如き形相でガンを飛ばしている少女と、一度言ったら撤回しない天才と狂人の狭間を揺れ動くやじろべえとが目を合わせる羽目になる。その状況を飲み込み次第、瓜生はGSh-18を抜き撃ちにするだろう。まだ付き合いの日が浅い綿摘恭一ですらそれくらいの予想がついた。

「お姫様ご機嫌よう、御伽の国に現れた貴女は紛れもなくここの姫君。どうか此奴めの無礼をお許しください。私めは子桜殉、こちらにいる騎士殿の衛士を務めておりますれば、ここは危のうございます。」狩人の反応で瓜生の絡みに割って入り、子桜は俺に芝居を合わせるように目配せした。俺は、彼女と同じ目線まで腰を落とし、簡単な自己紹介をする。綿摘恭一、三十三歳、趣味は読書。俺の声も届かないような満足げな表情をして、少女は子桜に向けて笑みを浮かべている。それが俺の目には、まるで娼婦のような妖艶さに見えて不気味だった。何故そのように見えるのか、その時は見当もつかなかったが。

「ねぇ、おにいさあん、かくれんぼしましょ。」一際甘い声を出して子桜を誘う。

「姫君、今の我々がその大役を仰せつかるには些か荷が勝ちすぎておりますれば、後ほど時間ができました折にお望みのまま。」義竹班の男達も、話している本来の意味が判然としないこの会話を通して、子桜殉と名乗った男が演じる役回りが何を意味するのか分からずにいた。瓜生は瓜生で、目を瞑ったまま数えるのを止めて待っているこの状況を、自分自身でもよく分からないでいた。それでも目を瞑りながら、この状況にさらに子桜が介入したという事は、自分の立ち回りが賞賛されて然るべきだと確信したのではあるが。もしかしたらこの後、二人で手を打ち鳴らし合えるかもしれない、と。

少女はにこにこした表情で、門の方へと去って行った。

「殉君、もう目え開けて良い?」

「キスするわけじゃねえから早く開けろ。」目蓋を開いた瓜生は、子桜が片手を挙げているのを見た。その手をピシャリと打ち鳴らし、そのままポケットからドライバーを一本出して咥え、美味そうに火を付けた。

ちょうどこの場所で、道が分かれている。直進する本道と、右手に折れる路地は道幅が狭く木々が繁っている。義竹班一同は、ここで二手に別れる提案をした。我々の厄介払いをしたかったのだろう。本隊が正面から押し、遊撃隊は搦め手から隠密行動で、最終的に挟撃しようという算段だ。敵の主戦力を十分引き出した上で、機関銃の一斉掃射が最も効率的だった。戦力的にそれが最善だったし、綿摘達一同で行った先日の打ち合わせではそちらからの迂回路も想定していたため、二つ返事で受け入れる。こちらとしても、鉄火場に対弾装備すら着て来ない命知らずと行動を共にするのはぞっとしない。

「アンタらが、ここぞの時に来てくれることを期待してるよ。」警戒しているのか、波風の立たないような指示が出されて両班動く。

別れてしばらくすると、発砲音が聞こえた。遠くに乾いた音が交互する。六挺の回転式拳銃は支障なく働いているようだ。彼らは、効率的な陣形で前線を押し上げて行っているらしい。こちらは、木々の林の中を進む道ながら、守備の兵隊はどうやら配備されていない。この進路が、我々第十二位側の迂路ではあるが、背面からの奇襲を可能にする一縷の光明となる筈だ。しかし、第十一位付き義竹班の銃声が、この道を進むにつれてどんどん遠のいていくのは若干不安ではある。十分に警戒をしながら、極力最大限の進度で先を急ぐ。分かれた道を、左方向の内回りへ。天気が良く、木漏れ日が快いと思わずにいられない。

義竹班の一同は、像からすぐ先の、枯れた泉を左面へ展開。廃墟になった売店で、駄弁っていた旧西武残党を始末した。この銃声に対する反応は、流石に旧西武と言わせるだけのものだった。そこからは進度を落として、しかし着実に前進していく。タイル張りになっている段々から先へと向かうには、開けた地形が防衛側の有利ではあったが、六人は互いを護るような行動を心がけていた。それは功名や野心からではない。義竹仁の顔に泥を塗らないよう、この日の仕事を終えてから、全員で祝杯を上げるそのためだけに鉄砲を扱っているのだ。およそ東武の構成員らしからぬ毅さを備えた、組織の今後に一石を投じる働きぶりである。すぐ先の小屋に居座る数名の男たちを、外壁から窓ガラスまで纏めて蜂の巣にし、そこへ班でも腕の立つ二人が突入する。ここを押さえ、残るは西側半分メルヘンの丘ゾーン。実際のところ射撃訓練場以外での発砲は嘗て経験したこともなく、修羅場というのは初めてだったが、第十二位の加勢なぞ頼りにせずとも作戦は順調に運んでいた。

その頃第十二位一同は、荒れ果てた散策用の林道をぐっと左に折れ、一度は遠くに聞こえていた銃声の元へと再度近付いて来た。園内の看板に、自然散策ゾーンと区分されているだけあり、管理されなくなって久しい今は暗く鬱蒼とした樹林だ。警戒すべきなのは、西武残党による文字通りのアンブッシュ。幸いにも、ここまでは全くの手薄で、進行速度は極力早めることが出来た。義竹班は健在だろう、発砲は絶え間無く続いている。何度かあった小径への分岐ではなく、四叉路に差し掛かったその時、銃声が一斉に鳴り続け、しばらくしてピタリと止んだ。大勢で連発する必要があったのは、どこかの拠点を抑えるためだろうか。合流を急ぐか、側面攻撃のタイミングを掴むか、綿摘恭一は戦略上に於いても岐路に立たされている。しかし今は合流を見送り、銃声の方角を迂回するように、水溜りのような小さい池の間を縫って進行。あれだけの人数が、ここで全滅しているぐらいなら、もう尻尾を巻いて第十二位側だけでも逃げた方が良い。それに、これだけドンパチが続いた後だから、西武の残党はいよいよ警戒を強めて抗戦するだろう。側面攻撃はその時を待てばよい。天気が良く、木漏れ日が快いと思わずにいられない。

アンデルセン公園を東西に分断しているのが、南北に延びた太陽の池だ。この上に架かる幅六人強の橋が、唯一この東西を結び付けている。この橋は長く、位置取りも高い。義竹班の大内は警戒を強めた。順調だったのはここまでだ。今までは不意打ちで圧せたが、これからは徹底抗戦の様相を呈するだろう。おそらく旧西武の拠点と見える、正面向こうにそびえる巨大な風車が持つ威容に気圧されそうだった。馬鹿げている、ドン・キホーテって柄でも齢でも無いというのに。気力を奮わせて脚に力を入れると、右手前方から銃声。壁を白く塗った平屋建てからのものだ。橋の手すりは柵状で、銃弾からの防御には全く期待できない。平屋の周囲には椅子やテーブルが散乱していることから、元々食堂か何かだったところだろうか。それならば、あそこでも大勢が拳銃片手にこちらの動静を睨んでいるはずだ。そこからまとめて誘き出すことができなければ、折角の機関銃も意味を為さない。

「散開!あの建物からの死角に隠れろ。」

幸いにも平屋は下手でこちら側には丘があり、その上で伏せれば銃弾は難なく凌げる。冷静に対処できそうだった。第十二位の到着を待ち、機関銃で屋内の掃除を任せるのも良さそうだ。作戦の幕引きまでの見通しはついた。ただ一つ、そびえる風車でどのような立ち回りを演じるかを除いて。

綿摘班一同は散策路から外れ、向こうに見える広場へと急行していた。公園東側は先ほどの銃声から察するに、既に義竹班が一掃し終えているはずだからだ。急いでいる理由は、さっきまでとは異なる銃声が遠くで、おそらく公園西側で絶えず鳴っているからだ。力強い銃声が、一秒弱ほどの間隔で続いている。一体、何発撃っている?恐怖のつり橋わたり、綱わたり、ネットトンネルくだり。焦れば焦るほど、向こうの広場までを隔てるアスレチックに足をとられる。ネットとびつき、モンキーわたり、ユラユラネットわたり。ヘビースモーカーの瓜生はゼイゼイ言いながら、何やらブツブツと悪態をついている。一方で子桜は器用に四肢を使って潜り抜けているようだ。V字つり橋わたり、足かけさかさま横進み、ターザンうつり。これで東側ワンパク王国ゾーンに合流できた。ちょっとした達成感を噛み締めながら、額の汗を拭う。

「瓜生が追い付いたら、俺たちはあの橋から西側へ向かいます。ボスは先に、そこのボートハウスから船で裏手へ渡って下さい。」子桜から挟撃の道筋を示され、それに従う。強い銃声は止んでいた。

その頃鈴井瞬は、北駐車場から早々に移動を終え、千葉県立船橋県民の森の自然を満喫していた。ここまで車で一分、目と鼻の先にある。どうせ連絡と回収なのだから、その効率を最大限に発揮するためと称して、束の間だけでも鳴り響く銃声や硝煙の臭い、人間どもの雑念から離れようとした。こういう事全てをひっくるめて任務と捉えると、なかなかどうしてこの現場も悪くない。杉林をサッと横切り、広場に出る。出発前に淹れたコーヒーが魔法瓶の水筒に入っている。リュックサックから組み立て式のコンパクトなサンセットチェアを出し、組み立てる。これの座り心地は抜群だ。実はこの日のために、午前中の食事は果物とヨーグルトという、簡単なブランチで済ませていた。ここで数枚の食パンにマヨネーズを塗って食べるためだ。

都内で一人暮らしのビジネスマンが昼に食べたら自殺でもしたくなるように思わせるようなこのメニューを、喧騒とは無縁のアウトドアでやることに大きな意義があるのだと鈴井は考えている。他に誰もいないこの場所で、他のメンバーにも知らせずに、孤独を噛みしめに来ているのだ。さらなる味付けと言っては何だが、マヨネーズはハンドブレンダーで自作してきた。材料を全て常温にしてから混ぜたので、美味そうに見える。全く、心が洗われるとはこの事だった。

『作戦終了の通信が入って無線アラームが静寂を打ち破るまで、ここをキャンプ地とする。』心の中でそう呟いて、愉快だった。

その他、通信傍受用の計器類は作動してはいるものの、ラジオ番組ほど熱心に耳を傾けようという気も無く、そのため行田にいる軍閥から斥候が放たれていることには結果的に気付かなかった。どうせ野次馬が来ているだろう、程度に認識はしていたのだが。そんな事、今はどうでもよいのだ。スーパーの食パンは柔らかく、マヨネーズは味が濃く、コーヒーは酸味が良く、陽光は空高く。自身がこの環境に溶け込んだかのような一体感に浸っている。だから、瓜生達の殺したり殺されたりという役回りにだって感謝の念が自然と湧いてくる。通信装置を使えば、彼らの状況は分かる。だが、今はその様子を想像するだけで良い。仮に状況が悪かったとしても、こちらまでドンパチに参加して生還者ゼロとするわけにはいかないのだから。

一方、子桜と瓜生は、静かにボートを漕ぐ綿摘恭一を眼下に見ながら、太陽の橋を慎重に渡っていた。走れなかった理由は、橋の中央にタンクトップを着た男の死体が一つ有ったためだ。うつぶせで倒れているから顔までは定かでないが、背格好から大内ではないかと予想される。背中から心臓付近を撃たれたか、赤く染まったシャツの周りに大きな血溜まりが出来ている。他の連中は無事だろうか、そう思った瞬間に気付いた。

「こっちに頭を向けて倒れてるってことは、敵に背を向けたところを撃たれたって事だ。逃げようとしたか?」まさか既に第十一位付きの班員は全滅しているのでは無いかと察し、子桜と瓜生は目を合わせる。

事実、平屋を警戒して丘の上で伏せていた義竹班一同は、気配なく風車小屋から出てきた男によって、一人々々が虫けらのように殺された。一面の凄惨さは、先ほどの大内の比では無い。手足が千切れた者、内臓が飛び出した者、顔が半分吹き飛んでいる者。あるいはそれらを併せた者。この光景を見て、子桜は未知の脅威に対する報道精神に火が付き、瓜生の心臓はこの邪悪に対する静かな怒りに覆い尽くされた。丁度その時、綿摘恭一の機関銃が向こうの白い壁の建物で唸りを上げはじめた。

「これをやった化け物があの建物に居ればボスが危ない。」そう言い終えるか否かの瞬間、子桜の視界に男の姿が映った。

その様子に気づいた瓜生は、サッと銅像の影まで飛び退いて先に発砲した。男は、まさに銃を構えようとしているところだった。一発、二発と聞こえた銃声は、子桜の身体には当たっていないらしい。冷や汗と胸の鼓動が煩わしいが、息つく暇もない。三発、四発。瓜生の援護を受け、何とか子桜は、手近な花壇に咲いた花々の中へ身を隠すことができた。舞い散る花弁は、自分がそうさせたのか銃撃によるものなのか分からない。五発、六発と絶えることなく、子桜の方へ銃弾が浴びせられる。地面をのたうつように、対弾繊維を編み込んだジャケットを砂だらけにして、何とか弾に掠らないように遮蔽物に向かって動いた。瓜生が、

「デザートイーグルだ!」と叫んだから。

およそ5mの高さを持つアンデルセン像の裏に隠れた瓜生からは、敵の様子が良く把握できた。グレーのソフト帽を被り、身に纏うのは漆黒のトレンチコート。年季の入った長い顎髭は白髪の方が多く、右目には伊達男かくやと言わんばかりの眼帯をした偉丈夫。鼻持ちならないジジイが向こうへと、両手の銃を交互にブッ放している。十一発、十二発。執拗に、追い詰めるように子桜に銃撃が続いている。そんな事は考えたくないが、あの二挺拳銃がどちらも.50口径なら装弾数は七発。もう撃ち止めだ。両手の塞がった状態で、弾倉の再装填をどうやるつもりだ、呆けジジイ!

男はアンデルセン像に向けて発砲するのを躊躇っているのか、ずっと向こうへばかり射撃を続けている。十四発目の銃声が確かに鳴って、間。

「殉、今だ!!」十字砲火を仕掛けてジジイを殺る。祈るのは、子桜が既に始末されていないこと、それだけだった。

「応!」体勢を整え直した子桜が、銃声がしていた方へルガーを構える。その老人と目が合った、気がした。実際には目を合わせてはいない。右目には眼帯が当てられ、左目は帽子の鍔に隠れているから。いや、弾切れになったはずのデザートイーグルに目が釘付けになっていたと言う方が正確かもしれない。

『デザートイーグルだ!』そう言ったじゃねえか、昇。何で両刀遣いだって言わねえんだ!子桜は、鉄球クレーンの衝撃染みた銃声から、逃げ惑うばかりで精一杯だった。再装填が一度あったのだと思いながら、銃声の数を数えていた。だから、その得物を両手にそれぞれ持っているという、今の光景を急に信じるわけにはいかなかった、何としても。今、この光景を受け入れたら、何でもありになってしまうからだ。それはおかしい。あんな物を両手撃ちが出来るはずがない。そして、その一方で、どうしても認めざるを得ない、或る一つの伝説を思い出した。

この界隈で“ウィザード級”と言えば、超一流の暗殺者を指すが、その由来は、“魔法使い”と呼ばれた綿摘壮一の通り名、ザ・ウィザードに因む。尤もその名は、結婚後に姓が綿摘に代わる以前、刈根壮一が三十歳前後で呼ばれていたものだが。そして、当時の船橋に居たもう一人のウィザード級、その腕力は魔力仕掛けと称された、百の通り名を持つ“戦神”こと大典而丹。二十歳以上も歳の離れた綿摘壮一を、兄弟と呼んだ男である。六十がらみの綿摘壮一が引退だなんだと言っていて、八十を優に超える大典而丹が、現役さながらの銃撃戦を演じている。

ミイラ取りの心得は?ミイラになるな。深淵を覗く時?深淵もまたこちらを見つめているのだ。では、伝説の殺し屋-グランド・アサシン-と対峙するときの心得は?自問自答する子桜を、瓜生が撃ったGSh-18の銃声が現実に引き戻した。応、今だ。弾切れの二挺拳銃に、もうこれ以上有利な状況を作らせるわけにはいかない。大典の右手に握られていたデザートイーグルは、今その足元に落ちている。そうだ、棄てるしかない。ルガーの弾丸は、盾代わりに出された左腕の袖に当たるだけ。もっと精密に狙わなければならない。大典の右手はトレンチコートの懐へ。あるいは、瓜生の弾丸が、奴の後頭部に命中するのが速いか。しかし奴は、大典は何をしている?翻ったトレンチコートの裏地は、どこかで見覚えがあった。

大典は右手に持った銃を棄て、コートから同じ銃を取り出して安全装置を外した。次に左手の銃を棄て、すぐに右手から受け取り、空いた右手は先ほどの動作をもう一度繰り返して安全装置を外した。こんな動きを見ている間も、二人は必死に射撃を続けている。それでも、弾は対弾繊維のコートに当たるばかりらしい。子桜は綿摘恭一の機関銃が駆けつけてくれるのはまだか、祈りながら引き金を弾いている。

ところで裏手にいる瓜生は、デザートイーグルを二挺とも手放したこのジジイはやはり呆けているらしいと思った。撃ちたい放題はこっちの方だ、と瓜生は思う。どう言ったわけか、律儀にもこちら側にあるアンデルセン像には傷を付けられないと見えるらしい。子桜には悪いがこのまま囮になってもらうしかない。殺るのは今、俺しかいない。

子桜は、大典の手元に新たに握られた二挺のデザートイーグルに戦慄した。また、逃げなければならない。形勢逆転の機会は逸した。もう一度、死に物狂いで遮蔽物へと逃げ切らなければ。十四発の弾丸、次は避け得るだろうか。もしも生き延びられたら、その次にこそ勝機はあるか。ただ、生存本能だけが、大典が羽織るトレンチコートの裏地のタータンチェックを思い出した。

『四次元トレンチ・・・。』イギリス軍が第一次世界大戦以来、国内で持ちうる最高の職人芸と現代科学の粋を集めてもなお、実用化にこぎつけるまでに後百年はかかると言われている兵器。まさか、大典があのコートの中に、無数のデザートイーグルを忍ばせているのだとすれば。勝機無し。前へ伸ばし切った両腕を力ませた大典が、その手に握る二挺拳銃にグッと力を込めた。ようだった。ハッキリと見て分かったのは、デザートイーグルの・・・遊底が滑った事だ。

『えー、死んじゃう。嫌、死んじゃう。Yeah,死んじゃう。遺影遺影遺影遺影。』鳴っているギターの旋律、いや戦慄。これは走馬灯だ。自分に向けて、はっきりと銃口が向けられている。引き金を引かれれば、音速を超えた弾丸に五臓六腑を破壊され、血反吐を吐く前に絶命する。だから、もう余りに実感の湧かない連射音を遠くに聞いて、機関銃が間に合ったという冷静な判断が出来ないほどだった。

絶体絶命なのは子桜よりも、むしろ瓜生の方だった。本人がそうと気付いていなかったから猶更だった。それは瓜生昇の背後高くから音もなく飛来した。背中にドン、という強い衝撃。前に倒れまいと本能的に左足を出して踏ん張ったが、不思議と体勢を崩すことはなかった。だがその瞬間、まるで雷にでも撃たれたかのような激痛がし、声も出ない。自分の腹から血塗れになった金属製の棒が突き出て、地面に刺さっているのが分かった時に絶叫した。

「みいつけた。」耳元で少女がささやく。

「カ・・・カークティビャザヴート?」少女の方へ首を向け、絞り出すように発した言葉。己の動揺を悟られないようにするために咄嗟に出た言葉は、却って混乱を証明しているように聞こえるが、二人の間でこのやり取りは成立している。

少女は、立てた親指をグッと地面に向けた。まだ自己紹介も済んでいない小柄な少女から、そう指を差された瓜生はジッと足元を見つめる。銀の槍から滴った血が地面に溜まろうとしているのが見える。だがその血はただ溜まらず、すぐに文字を描き出したのが異常だった。

ᚠᚢᚱᚲ

何語か分からないが、その血文字を見て瓜生の目の前は真っ暗になった。

子桜のルガーが狙いをつける相手もデザートイーグルを構えていたことから全て諒解したものの、あれは大パパじゃないか、と綿摘恭一は機関銃の引金を絞りながら思った。父親の兄貴分、だから大パパ。窮地を脱した子桜が、向こうで何か叫んでいるが、銃声で掻き消されて何も聞こえない。デザートイーグルの銃口は今や、恭一と子桜それぞれに向けられている。が、二丁拳銃の凶手もまた、乱入者の正体を察したようだった。だから、攻勢はより苛烈になり、両手のデザートイーグルはまた放り棄てられた。

船橋東武第十一位義竹班を救う迄には間に合わなかったものの、綿摘恭一の側面攻撃は絶好だった。それは間一髪で子桜を救い、ひいてはピンで留められた虫のようになった瓜生を救う事にもなったから。当たれば死ぬ.50口径の銃と秒間十五発の機関銃との相対は、熾烈な膠着状態に至る。

行田駐屯地から動静の偵察に来ていた二人組は、童話館の屋根に張り付いて、一部始終を見ていた。しかし、通信機器を使用した報告が仮に公園内外で傍受された場合、存在を知らしめることになるためあくまで見ているだけだ。命令が届くこともないから介入もしない。習志野軍閥の特務に就くエージェントWは、帰還用の車内で待機しているスゥと代わっておけば良かったと後悔している。彼は、黙ってじっとしていることに苦痛を感じる性質だった。

地面に槍で磔になった男は動かず、少女から嬲られるがままになっている。その少女の足元に駆け寄って跪いた男は、その手から銃を捨て何かを訴えているようだった。手を広げて何やらわめいているのを、少女が見つめている。大典の銃口がそちらへ向かないように、射撃の手を緩めない綿摘恭一。この状況を主導しているのは誰か、はっきりとしない。

「ソゥ、どう見る?」Wは右隣で腹這いになっている男に訊ねた。

「何とも。ただ、あの老人、ウィザード級の噂通り只者じゃないですね。」

「ああいうのが船橋に居るうちは、俺たちがする仕事もまだ半分で済むんだよ。」

「共喰いじゃないですか。」

「二代目は免許持ってるだけだ。」

「それでも張り合ってますよ。」

「生きてるうちに見てきた射撃の弾数を上回っちまうんじゃねえか、これ。」

「ハハハ、駄目ですよ。」ソゥと呼ばれた男は、Wの感情を先読みして諫めた。どうせ自分も混じりたいと思っているはずだからだ。「アサルトライフルとデザートイーグル二挺、先に弾を切らした方が死にますね。」Wの装備について触れると反発されそうだったので、話題を逸らす。彼らはちゃちな拳銃しか携行していない。

「矛盾、だな。あの故事は結局どうなるんだったかな。」

ドラゴンの尻尾をくすぐるようなもんじゃないですか。

「デーモンコアだ、それは。槍から目を離すなよ。」

無駄口を叩いている様でいて、二人の男の表情は真剣そのもの、と言うよりも緊張し切っていた。しかと目に焼き付けて生還し、報告することが任務だから、その緊張感を紛らわすために口を開かずにいられなかったと言うのが真実だ。瞬きも極力しないようにして、その光景を見届けている。大典がかぶっている中折れ帽が宙に舞った。

再装填を繰り返しながらAR15を撃ち続けていた綿摘恭一は、突風が起こったのかと思った。だが、帽子が脱げて露わになった素顔からは眼帯までもが外れ、くるくると錐揉みしながら落下していた。それまで眼帯に覆われていた瞼からは、鮮血が太い筋となって流れ出ている。鳴り響いていた銃声で、何が起きたのか誰も分からなかった。ただ、少女だけが、雷に撃たれたように身体を強張らせて、大典の方を凝視した。彼女はもう、まさに虫の息となっている瓜生も、無様な時間稼ぎのような命乞いをしている子桜のことも眼中にない。

大典に正対している恭一は見上げた。子桜は少女の視線の先を確認した。屋根の上の偵察員は仰向けになってようやく、その脅威が背後に迫っていたことを知った。半キロ先、300mほど上空に静止していた一機のヘリコプター。それは今、尾翼をこちらへ向けて南西方向に飛び去ろうとしている。

『狙撃成功、帰投する。』公園敷地外の路上に停めた車内で、ヘリコプターの通信を傍受したスゥだけは確かに聞いた。しかし、現場の様子を見ているわけではないので、狙撃と言う言葉の意味する所は判然としなかった。その後の『部下と鋏は使いようですよ。』という発言の意味するところも不明だった。とは言え、目の前でそれを見ていた現場の人間たちですら、何が起きたのか断定することは出来ない。

 

『恭ちゃん、スナイパーに狙われたらどうする?』遠い記憶、父から問われた言葉を急に思い出した。分からない、考えたこともない。あの時、父は自分に何を伝えたかったのか。

 

三十年以上前、刈根壮一という一人の殺し屋が伝説になった。当時、非合法組織が群雄割拠の首都圏はさながら世紀末の様相であったが、繰り広げられていた抗争“第二次環七ラーメン戦争”を一晩で終結させたからだ。ラーメンブームの終焉は、アサシンブームの払暁となった。わずかばかりの生存者や目撃者が、白馬に乗って現れた謎の男の挙動を口々に称え、いつしか彼は“ザ・ウィザード”と呼ばれるようになった。男も女も彼に憧れ、黒いトレンチコートが流行し、スーツの脇に拳銃を吊るすようになった。

そのブームをさらに加速させたのが『凶手の掟』だ。当時、全くの無名だったと言われる記者が、刈根壮一に取材し、その行動規範や哲学を一冊にまとめた書籍である。第一条「命乞いならあの世で言わせろ」第二条「一流の凶手は一流の革靴を履いている」から第三十一条「死にたくなければ墓から出るな」で終わる一冊のルール。サブカルマニアの子桜は当然この古典とも呼ぶべき著書のファンであるし、この界隈で生きるものなら誰もがその概要程度は知っていなければならない。

この書籍の中に「スナイパーに狙われたらどうするか」という題で書かれた章もあった。結論から言えばその内容は、国内での殺し合いは今後一切、狙撃と言う不意打ち闇討ち大量殺人を自粛せよという、凶手としての矜持に訴えかける文章だ。ルールの中にマナーを盛り込むことで、狙撃に対する絶対的弱者を護ろうという刈根壮一の願いが込められていた事を知るものは誰もいないが。本書が広く国民に読まれることで、凶手という存在の地下活動が広く知れ渡り、大衆からの誤解は大いに払拭された。壮一がその生涯を賭して極めんとする刈根流現代殺法は、ここに一つの到達点を迎える。自らがその境界に立つ死線に法を敷いたのだ。それから数年後に結婚、綿摘に姓を変える。兄貴分の大典而丹が親父格になると同時に叔父貴格就任、表舞台から去ったというのは既に述べた通りである。

話を戻そう。つまり、この界隈で狙撃とは最も悪辣であるとされる禁忌であり、現場にいる全員何が起きたのか混乱して分からないのである。

唯一、大典而丹だけが、人生の幕引きを察した。男は背後の風車小屋へと向かって歩き出す。吹き付けた風に弄られて、漆黒のトレンチコートが裾をバタバタと言わせた。それを聞いて、大典は風に向かって語りかける。

「おお、一緒に来てくれるか。」餞別代りと強請られて壮一にもう一着を寄越した時には、そっちなら呆けずに済むだろう、と半ば強引に引っ手繰られたようなものだったが、今日に至るまで頗る健在だった。なぜなら、あの頃の“記憶”があったから。溢れ出すそれのほとんど半分に壮一が居て、残り半分には少女が居る。しかし今は、“思考”にまで費やしている時間は無い。階段を上がり、窓から風車に輪縄をかける。何という事はない、かつて一度は行った動作の通り、それで首を括った。だらんと吊り下げられた身体が、ぶらんぶらんと揺れている。

『カークティビャザヴート?』ロシア語で相手の名を尋ねる際の成句である。ただ一点、二人称が余りにも馴れ馴れし過ぎたため、大いに不興を買っているのではあるが。その少女の名は揺子。瓜生の胴体諸共に地面を穿った銀の槍を抜く。子桜の目には、もうその少女が二十歳を過ぎた、強い意志を持った女性のようにも観えた。

少女が駆け出し、風が立つ。詩が旋律を得るかのような、ふわりとした跳躍。右手の槍は大典の背部から胸へと突き刺さる。肉体という老いた器は空になり、その輝かしい魂が解き放たれて星になる。

朦朧として呻る瓜生を支え、子桜がすぐ目の前の南ゲートへ向けて歩き出す。静寂を破ったアラームに飛び起きた鈴井は、次はたまごサラダを用意すると再訪を誓う。全身に欠損が見られないことを確認し、綿摘恭一はまた煙草に火をつけた。

一足も二足も速く、船橋東武に帰り着いた第十一位義竹仁。第八位の戒備に経緯を報告し、死んで行った者たちの分は、次の要員に気前良く払って貰いたいと告げた。使えるようになるまで仕込むのに時間はかかるが、鉄砲玉どもの学の無さは美徳だ。馬鹿ならぬ、部下と鋏は使いようなのだから。

全てを見ていたスナッフィーこと飯島誠。放置されたかつての親父分の死体からコートを剥ぎ取り、袖を通す。ウッドストックと名付けたお気に入りの鶴橋を懐に忍ばせる。四次元トレンチも今や、便利な嚢に成り下がった。豚の耳に真珠と言っても過言ではない。

行田駐屯地で報告を受けた小林秀英少佐は、ただ一言

「槍は何処だ!」と叫んだ。

「消失しました。背中に刺さって、胸から突き出る事無く消えました。」特務代行大尉W、同准尉ソゥの二人は口を揃えて言った。無いものは無いのだ。少女の行方も分からない。

習志野軍属大佐、永井日出夫から綿摘壮一に直通回線で連絡が入った。会話の最中に自分の声が安堵していると気が付いたのは、我が子の存命によるのか次期第十二位の椅子を回避したことによるのか分からず、その事が輪をかけて愉快だった。しかし、次の話題は不愉快極まりないものだった。

「跨いじまったね。」越えてはならない一線を、だ。狙撃の禁忌を侵した。

「豊臣秀吉の感覚でいると朝鮮で失敗するんです。しかし・・・。」義竹は身動きが取れなくなったのではない。鴨がネギを背負って来たのでもない。ただ、刑死者が頸に縄を巻いて階段を登っているだけなのだ。要は時間の問題だった。

受話器を置き、綿摘壮一は呟く。誰も彼もが分かっていないのだろう。永井先生はもとより、大典而丹その人までもが。

「今日が水曜日って事を、さ。」

さて、死んだのは誰か。

 

第五章    自縄自吊    了

船橋ノワール 第四章

奇しくもその日は水曜日だった。

食肉工房アンドレの定休日であるにも関わらず、今朝は四時に得意先から予約が入っていた。人肉解体業者の朝は早い。相手が相手だけに、寝ぼけ眼というわけにはいかず、昨晩彼は十九時に床に就いた。我ながら健康な生活を送っているとつくづく思うのも、ひとえに肉中心の食生活のお陰だと感じる。全身を締め付ける黒革の仕事着に身を包み、安藤玲はヘルメットの中での瞑想を終えた。

連れて来られたのは、大柄な筋肉質の男。両腕を後ろに縛られて猿轡を咬まされた状態だった。動きを鈍らせるため、右脚にはナイフを刺したままにしてある。その眼には諦めの念が見て取れる。作業場の天井から太い鎖が、ただぶら下がっている。素朴な造りのそれを、男の両腋に通して括り付けた。硬く張られた鎖に両肩まで繋がれて吊るされた男は三十過ぎといった所か。引っ越しあるいは運送業者のような体格をしている。つまり彼は、体型維持の努力を怠らないプロの“運び屋”なのだろうという事が、同業者の直感で解った。

剥き出しのコンクリートに四方を囲まれた、薄暗く手狭な部屋の中は、先日目の当たりにしたスナッフィーの仕事場ほど洗練されてはいないものの、この食肉工房は安藤の聖域である。依頼主から材料が届けられるから、檻などは必要ない。他にあるのは鋭利な刃物が一式、水洗用のホース、お気に入りのチェーンソー。そして、今朝は生きた素材と、それを見ている眼球六つ。『哀れだ。』安藤は似たような境遇のその男に内心同情した。彼と我とに違いは無い。肉体作りは生涯現役の気概の顕れだ。それはつまり、稼業が現状で軌道に乗っている証拠だった。

すぐ傍に、ウェディングドレスもかくやと言わんばかりな純白のドレスに身を包んだ女性が立ち、その光景を睨めつけている。婚礼用には少々機能的に過ぎる意匠だったが、それがどうしたと言うのか。披露宴会場が人肉解体工房で行われている、それだけのことだろう。今朝の仕事は、国際誘拐企業連合から直々に持ち込まれたもの。安藤玲は業者として最優先の顧客相手にこの仕事を引き受けざるを得なかった。東京湾最奥の南船橋を国内最大の拠点とする連合。その船橋支部代表とは、つまり日本支部総帥相応の意味を持つ。International Kidnapping Enterprise Associationで絶大な権限を持つクロエ・ド・リュミエールその人が腕を組み、涼しげな表情をしてその場で傍観している。人肉解体現場の特別桟敷に居ると言って良いだろう。

肉の食い方については、日本では及びもつかないフランスの舌が、クロエとアンドレとを宿命的に結びつけた。切っ掛けは、安藤が手を下す素材に懸ける情熱と、その仕事に対する姿勢だった。解体用人肉の入手経路というものは、とかく人身売買の営業経路と重複が生じやすいものだ。査察として定期的に出向く関東一円の様々な焼肉店で、ある日彼女の舌が一口で見抜いた事があった。鹿浜橋のアドレナ苑店主を丁重な尋問にかけると、彼はすぐに話し始めた。それを辿って行き着いたのが、京成海神駅前の此処、食肉工房アンドレと言う訳だ。以来、安藤は不用意に連合のシマを荒らす事なく、違法ではあるにしても合意の下に新鮮な素材を手に入れられるようになった。そして、連合は暴力部門を持たないながらも、船橋支部代表の手元には忠犬という強力な札が入った。

まさに人形のような顔立ちの彼女の、いつもと変わらぬ澄み切った瞳の奥に、暗い影が射している事に気付く者はこの場に誰もいない。西船橋のホテル街で、安藤が綿摘恭一を殺し損ねたことは、依頼主のクロエとしては想像通りではあるものの予定外だった。連合には暴力専門の部署が無いため、あの時は安藤に外注となったのは止むを得ない事ではあるが。船橋東武第十二位の一騎打ちに便乗し、結果的に東武・連合共に“採用試験”突破とも言える結果。船橋東武にこれ以上の戦力が追加される前に殺してしまう算段だったが、先代第十二位の呆気なさたるや、何ともはや。機関銃を扱う特殊免許もさることながら、一族に代々伝わると言う近接格闘の心得が、あの呉の暗殺術をも凌いだということか。方針転換で恭一を取り込み、協調路線に舵を切ることにしたのは、第十二位就任早々に流れてきた西船橋からの情報が理由だ。曰く、船橋西武のシマで女どもを侍らせ、公然と現船橋東武の体制批判を言い放ったのだという。だから、船橋東武では手出ししにくい、南船橋の虱どもをこの様に一匹ずつ捕らえてやることにした。

しかし、ここに来てまさか、東武が西武の残党狩りに乗り出す事になったというのはぞっとしない。彼女は自分の思い描いた絵図が、日に日に予定から脱線しているこの事態を楽しもうという気にはなれなかった。今度の仕事で、綿摘恭一は死を免れ得ない。さながら田園の麦のように命を落とす。誰が判断してもそうだろう。クロエの判断も同様だった。だから彼女は苛立っている。一度手放したものをもう一度手放すのが運命なのであれば、彼女はその神を刺し違えてでも殺す女だ。

「支度できました。」安藤がクロエの側近オーギュスト・ドートリッシュに伝える。眺めていたのであればその様子も解っていようものだが、クロエはオーギュストの通訳を受けても知らん顔だった。そしてなに食わぬ顔で、ムッシュ・ド・船橋に執行を命じる。彼女が話す仏語とは、仏の言葉なぞではない。死神からの密やかな口付けだ。

「猿轡を外せ。首斬りにしろ。」オーギュストからの伝達に安藤は竦然とした。

「こんな夜明け前に、猿みたいな断末魔は困ります。」工房でチェーンソーを使用した事は未だ嘗てない。解体にはよく研いだ刃物数本で事足りるからだ。もともと活け造りを前提に建設した工房ではないので、防音には自信が無かった。解体する手順として、まず始めにナイフを入れる喉にこんな形で手を着けさせようと言うのは、全く素人の発想でもあった。水洗用ホースがあるとはいえ、飛び跳ねる血飛沫の量は見当もつかない。それより何より、大好きな喉ナンコツをそのように扱いたく無いのだ。男は必死に目を瞑り、ぶるぶると首を横に振っている。

クロエは詰まらなさそうに右手をぷいと振る。返り血が跳ねても構わないように、オーギュストがポリプロピレン製のカーテンをクロエの前に高く持ち上げる。此処が独裁政権下の某国ならば、機関銃の一斉射撃が始まる合図。殺るしかないのだ。気持ちを切り替える。人間を生きたまま殺す試みはこれで二度目だ。高揚感に身を委ねる。自分の仕事を、連合の麗しき死神が見ている。大きく、しかし早く呼吸する。

その呼吸に合わせ、I.K.E.A.本部が置かれたスウェーデンにあるハスクバーナ社が、安藤の為に特注で仕立てたチェーンソーを始動させる。特注の依頼はクロエの命令であり、その譲渡はすなわち彼女の意思で誰であろうと惨殺するという魂の契約を結んだも同然なのだ。フル回転のエンジンが爆音を鳴らしながら駆動している。名も知らぬ男の眼には、既に生への執着、つまり恐怖という感情が顕れていた。

安藤、さっと左手で猿轡を取り除く。男は泣き叫んで命乞い。

「オイオイ、しっかり胸張って顔上げねえと、キレイに切れねえだろうが。」オーギュストは持ち上げたカーテンを下ろし、男の顔の傍まで寄って言った。必要な伝達事項以外には一言も発しないオーギュストがそうしたのは、つまり顔を上げろと言うのは必要な伝達事項という事だ。クロエとは対照的に、彼は流暢な日本語を雄弁に扱う。安藤としても、そうしなければ余計な箇所まで傷付けてしまうから、顔は上げて欲しい。しかし電動のこぎりに自分から首を差し出すなど、まともな神経では出来ない。出来るはずがない。こんな事になるなんて。殺すなら別の方法で殺してほしい。様々な言葉が男の口から飛び出す。安藤はチェーンソーを停止させて下ろし、ヘルメットを傾げてオーギュストの方を向いた。

「I.K.E.A.のシマを荒らしていいのはI.K.E.A.だけなんだよ。特に、お前たちが扱うヤクは南船橋に流すなって事を、これからみんなに良く知ってもらわないと。」東西の冷戦状態であれば、両者が一線を越えて来る事は無かった。だが、撤退以後に市内が東武一色となる前に、新習志野ー南船橋までに越えてはならない一線を引く必要があるとの判断だ。船橋東武に向けて、これから国際誘拐企業連合が相手となることにやぶさかでないと血文字で宣言をする。肉屋のアンドレこと安藤玲は、駆動を弱めた鎖鋸を再び最大出力で唸らせる。だが男が、男の名は大塚と言うが、大塚が発したのは、家族の名だった。叶うなら最後の言葉を交わしたいと言う願いだった。安藤は再度チェーンソーを停止させて下ろし、ヘルメットを傾げて念押しのようにオーギュストの方を向いた。

「自分の臆病を家族にまで伝えたらダメだろう、それは。もういい、早くやれ。お前一人だけにはさせねえから、安心しな。」オーギュストはこういった場面に慣れているようで、徹底して冷徹だった。吐き捨てるように言って、またプラスチック製のカーテンを高く持ち上げる。この期に及んで外部への連絡など許されるはずが無いのに、演技か本音か知らないが命乞いはこれだから聞いてはならないのだ。この業界、つまり職業凶手達の間で、命乞いを聞いてはならない事は鉄則の第一条であると言われる。会話などが始まる前に、相手が死んでいる事が職人気質であるためだ。頭では分かっていても実践までに経験が要るし、それまでの命のやり取りで必然と短命な者が多いから、鉄則を遵守しつつ臨機応変という動きが出来無いのは半端者である証なのだが。勿論、今のオーギュストの行動は、主人の望みが恐怖心を与えて殺す事であるから、臨機応変であったと言える。同時に業者に対し、的確な指示も出さねばならない。厄介な問題ほど、解決してから主のクロエは満足するから、従者の腕の見せ所となる。その為に彼は日本語も覚えたし、単純すぎる問題は敢えて複雑にし直すという趣向を凝らす時さえある。

一方で安藤は、逃げ出したい気持ちを抑え、高揚感を維持するのに必死だった。今までしていた死体の処理では、こんな工程を考えすらしなかった。それまで彼が考える死とは、もっと抗いようのない大きくて強い存在だったのだが。最初の経験、西船橋のホテル街では、自分自身が死そのものだったのに。今か、あの時か、錯覚しているのはどちらなのか。一瞬、安藤は大塚と目が合った。無論、ヘルメットがあるから、大塚には分からない。しかし、大塚もその時、磔にされたかのように動きが止まった。瞬間、安藤は大塚の喉元をチェーンソーで縦に突き刺した。鎖鋸は気道と頸動脈の間を裂いて延髄に達し、すぐに大塚は恐怖から解放された。絶命して項垂れた頭の重みで、顎まで裂いてしまわぬよう、最速で仕事を済ませた。気道が裂けた時の、あの喘々という嫌な呼吸も聞こえない。その間、コンマ三秒。だが、安藤玲にとってその時間は、三時間に及ぶと言っても過言ではない疲労に感じた。せめてこの同業者を苦しませたくない一心で仕事をしたい。それ故、横向きに歯を入れて首を飛ばし、頚動脈を断裂させてしまうのを避けたのは本能。喉から得物を抜き出すと、男はすぐにがくんと俯き、裂けた喉からだらだらと血を溢した。返り血は鎖鋸を差し込んだ際に、回転する歯によって飛び散った僅かな血煙がヘルメットを覆ったのみ。

記憶が飛びそうになっている程に鮮やかすぎる仕事を終え、ヘルメットの中で雄叫びを上げたい衝動を堪える。あまりの興奮に安藤は勃起している。このまま刃を振りかざし、安いビニール製のカーテンを切り裂いて、サイコのジャネット・リーよろしくクロエ・ド・リュミエールを惨殺したいという思いが頭をよぎり、彼は下半身を痙攣させて射精した。しかし、フランス人形の奴隷になるのは良しとしても、己の殺人衝動の奴隷にまで堕ちてしまうわけにはいかないのだ。そんなやり方では、自分の手で掴み取ったことには決してならない。凄腕の業者は、その冷静さを併せ持つが故に神域へとその足を踏み込める。今の安藤は、まさに死を体現する存在だった。

黒づくめのヘルメットとライダースーツに隠された男の様子を易々と見抜きながらも、クロエ・ド・リュミエールの不機嫌は晴れない。いつ見ても安藤の仕事ぶりは、期待に応えて予想を裏切る。それだけに、西船橋のホテル街であの忌々しい軍閥からの横車さえなければと思えば腹が立つ。船橋東武の歯車に組み込まれた綿摘恭一が、自分のコントロール下にどんどん置けなくなっているというその事にも我慢がならない。ましてや、その活殺与奪を他者に譲渡するなぞ言うまでもない事だ。この気晴らしには益々の血が要る、と純白ドレスの死神は思った。それは無慈悲で理不尽かつ容赦無い、嵐のような流血を意味していた。連合が戦争に乗り出すとはそう言う事だ。業者は一人では足りない。

クロエはドレスと同じ白のハンカチを安藤に投げて寄越す。飴と鞭ならぬ、ティッシュとハンカチはこれから益々用意する必要がありそうだ。此処でチェーンソーに血を飲ませ続けることになるから。工房の防音改修は費用を立て替えてやろう。欲しいならスウェーデンの家具まで付けてやる。だが、業者は一人では足りない。

今はクロエと目を合わせられないアンドレはヘルメットを脱がず、朝食用に昨日準備したタンシチューの食卓に二人の客を招く準備を始める。献立を聞いたクロエが少女のような喜びの声を無邪気に上げたのは、通訳を介さずとも解る。安藤は顔が耳まで赤くなるのを自覚し、ヘルメットを脱がずにいて良かったと思った。受け取ったハンカチは、ヘルメットの血飛沫を拭うのでは無く、後で使う為にポケットに捻じ込んだ。

その日も朝八時五分前に、綿摘壮一は自宅を出た。ゆっくりとした足取りだが、一歩々々は確かだ。軋んだ身体が痛みはするが、痛いだけであってそれ以上でもそれ以下でも無い。彼は今朝も、いつもと変わらぬ陽の光を浴びながら、その光の粒子一つ一つを眺めながら歩く。丁度八時、ログハウス風の外観とスペイン産の石窯を擁するベーカリー、パァントムに到着する。

駐車場に停まっていた真っ黒なセダンから永井老人が姿を現わす。この車は西船橋で綿摘恭一と安藤玲を諸共に撥ね飛ばしたものだ。運転席からは小林秀英が壮一に目礼する。堅気だから軍隊式の敬礼は遠慮してくれと綿摘壮一は常々言っていた。そういう彼自身、極道の中の極道だったのだが。

「おはようさん、いい天気だね。」こんな言葉をどちらからかけたかは、彼ら二人の長年の関係からすれば取るに足らない事だった。開店から一時間後のこの時間は、普段なら店内に他の客が十人弱と空いている。二人の朝はここから始まる。何もなくなった船橋にインフラが整備され、上前を撥ねられることなく物流が循環し、味わいや質の高い飲食がまた提供されるようになって出来たこの店で。

揃って店に入ると、この日は既に二十人程の客が店内に居た。それだけでも十分な数なのだが、休日ともなるとこの倍は店に入り、自分の意思で動く事すら困難なほどになる。今朝の壮一はカレーパン、永井老人はいつもと同じくるみパンをトレーに載せた。名札にすずねと手書きされた女子が、明るい声でイタリアンパニーニが焼きあがった事を告げ、売り場に並べ始めた。焼きたてのこの商品は、ふっくらとはりのある見映えで、これ以上ないほど美味そうだ。

「鈴音ちゃん、おはようさん。」と永井老人がその店員に挨拶する。壮一とは異なり、最早歳相応の胃袋になってしまった自分。その事に今朝は怪しく物狂おしい感情を抱きながら、運転手の小林少佐の為にイタリアンパニーニに手を伸ばす。毎朝のようにこれを好んでパクついている小林が何とも微笑ましい。

「おじいさん、おはようございます、今朝は暖かいですね。」彼女の明るい返事は、暗くなった心中を陽光のように照らし、影が伸びきった感情を一掃した。妻子無き彼にとって、この場所から壮一と一日を始めるのは意義深いものだった。孫ほども歳の離れたこの娘と言葉を交わし、壮一に託した夢に揺られて、この老骨が朽ちていくのを身を以て感じる日々は何たる幸福であろうかと思う。いや、これからもまさしく幸福であるに違いなかった。昨日、あの報告を受けるまでは。

「コーヒーカップは三つでよろしいですね?」レジに立つ店長の横手英理子が訊ねる。購入者はここで、受け取ったカップにマシンからコーヒーを注げるサービスが得られる。受け取ったカップに壮一がコーヒーを入れ、そのうち二つを永井に渡す。永井はカップ二つを手に取り、その片方とパニーニを運転席で待機している小林に差し入れた。

綿摘壮一は店舗入り口の傍にあるテラス席でコーヒーを啜っている。

「なぁ壮ちゃん、良くないことが起こる。」

「県民の森が燃えちまうより酷いことですか?」焼け落ちたスナッフィーのアジトは、広報ふなばしの第二面に不審火として小さく載るだけで処理された。これに便乗するかのように紙面には、災害時の避難やら廃棄物の処分やら住宅改修の費用やらと言った防災対策の記事が掲載された。県民の森の松林に延焼しなかったのは奇跡としか言いようがないが、その住人が建てたシェルターの堅固さの裏付けでもある事を知る者はごくごく僅かだった。

「それ以上かも知れない。こんなに早くなるなんて思ってなかったよ。燃えるのは県民の森じゃなく、その隣…。」

「…⁈」報告を受けた壮一は、三十を過ぎたばかりの我が子の死に様を想像した。それは壮絶で、堂々たる犬死に他ならなかった。願わくばそうならないで欲しいが、不可避のものであるとは壮一自身が一番良く知っている事だった。

「恭一が死んだら、俺が船橋東武の第十二位ですか?」壮一が軽口をたたいてみせたものの、永井老人は二の句が継げぬと言う表情をしていた。

朝十時、船橋大神宮には穏やかな時間が流れている。

小高い丘の上に広い境内を持つこの神社は正式名称を意富比神社と言い、太陽神を意味する大日、あるいは食物神を意味する大炊に社名を由来すると言うが、諸説ある。主祭神に天照大神を祀っているのは、日本武尊が東征の折、船橋において戦勝祈願のついでに地元の旱魃を救おうと、天照大神を祀って祈願したことに端を発するとある。この直前、現在の横須賀走水から上総へ船で東京湾を横断する際の荒天を、妃の弟橘媛、古事記では弟橘比売命の入水と引き換えに鎮め、無事渡り切っている。その喪失感は余りに大きく、嘆きの歌が詠まれた碓氷峠、古事記では足柄峠以東の諸国が吾妻と呼ばれるようになったのがこの故事に因むというのは有名な話だ。降ったのは叫び泣く様な大雨だったと察せられ、祈りの旱天慈雨がこの地を潤し、枯れた河川を瞬く間に蘇らせた。船橋市の臍に位置する、金杉の御滝不動の湧水を源流とし、東京湾へ流れ着くその川は海老川という。船橋市街に於いては市街東境を北から南へ流れる。本町一丁目交差点から東へ直進すると、船橋大神宮の正面に海老川橋が架かっている。それには船橋地名発祥の地という碑があり、その全文をここに引用したい。

『古い伝説に寄れば、船橋という地名の起こりは、この海老川の渡しに由来する。古代の英雄が東征の途次、此地の海老川を渡ることが出来なかったとき、地元民が小舟を並べて橋の代わりとし、無事向こう岸に送り届けたという。海老川は長く住民に親しまれてきた。春堤に風吹けば花蝶遊び、秋洲に水澄めば魚鱗踊るといった時代を経、近年の都市化の中で浸水被害が繰り返され、流域住民にとって“恨みの川”となったが、今、市政五十周年の記念すべき年に当り、国、県の御協力を得、市の総力を結集し、河川及び橋梁を改修、“希望の川”として蘇ることとなった。』昭和六十二年のものである。昭和三十年代から始まる海老川の河川改修事業の経緯も非常に興味深いが、ここでは触れない。関東が政治の中心となる江戸時代以前の海老川は、今では想像もつかない程の大河川だったか。日本武尊は走水において、この程度の海は一っ飛びであると大言し海神の怒りに触れたのが余程堪えたと見え、船橋の土地の民に助けられたと言うのが面白い。

海神と言えば無論、船橋にもある地名だが、日本武尊の別の伝説にその名の由来があるらしい。曰く、ここの海上に光り輝く船を見つけ、怪しく思って近付けば柱に掛かる神鏡があり、その鏡を持ち帰った場所、だから海神と呼ぶ。神鏡が祀られて出来たという神社には二つの説がある。と言うのも、元々海神は船橋海神と呼ばれた海神村と、行徳海神と呼ばれた西海神村に別れており、おそらく双方の村で主張していたのではなかったかと思われるからなのだが。あるいは、双方真実か。いずれにせよ、千葉街道こと国道十四号線以南は埋立地で、かつてここは遠浅の東京湾の海岸だったから、二つの神社の鳥居は当時南の海へ向けて建っていた。

一つは船橋中央病院前の十字路傍にある龍神社。大海津見命、仏名で娑竭羅龍王を祀るが、むしろ弘法大師空海にまつわる石芋伝説の方が知られているかもしれない。かつて神宮寺を務めたのは、そこから東に四百メートル程度の位置にある赤門寺こと大覚院。龍王山海蔵寺の号に当時の名残がある。

もう一つは国道十四号と総武線との陸橋付近、入日神社。ここの石碑には由来として

『当町鎮守「式内元宮入日神社」は皇統第十二代景行天皇の王子日本武尊が東夷御征討の砌り伊勢湾方面より海路を利用し先ず上総の国に上陸。次いで軍団は上総の国を出帆せられ下総の国に入るに及んでこの地に上陸された。上陸地点は現在地に当たると伝へられている。その後村人によって日本武尊の上陸を記念し且つその御遺徳を偲び併せて郷土守護、五穀豊穣、豊漁の神として社を建立し崇拝して来たのが即ち入日神社である。祭神は天照皇大神と日本武尊を祀り古くから船橋大神宮意富比神社の元宮と言い伝えられている。』そう主張するのはこの碑文のみだが。

この言い伝えについて船橋大神宮は、天照大神との関係を、市街北一キロ先の夏見台一帯が伊勢神宮の荘園、夏見御厨だったことに起因するとしている。平安末期の頃だ。夏見御厨について詳しい事は未だに判明していないが、吾妻鏡には院御領船橋身御厨の記述があり、室町時代まで存続したと推定されている。その後、夏見御厨の衰退と共に、地元最大の太陽神を祀る意富比神社に合祀され、以後は天照大神への信仰が強くなっていったと言うのが通説である。

この夏見と言う地名に関しても、その由来に日本武尊の東征と縁がある。父である景行天皇がこの地へ赴き、地元の人にこの地の名を問うたところ、都言葉を理解できず

「只今は、菜を摘んでおります。」と返事をした云々。東征完了後の巡幸であったか。海老川には船橋を架けて渡ったか。以上、記紀には一切記述の無い事だが。

ところで、この川は当時から海老川と呼ばれていたわけではなく、古代は大日川と書いておおいがわの名であったらしい。意富比神社の信仰はやはり篤かったことを示しているようだ。では、それが何故海老川と呼ばれるようになったかと言うと、この地へ来た源頼朝に川で獲れた海老を献上した際に名付けられたという説が広く知られたものである。無論、冗談に過ぎないのであろうが、洒落た冗談だ。

実際にこの地へ来た征夷大将軍は、徳川家康である。東金への鷹狩の折り、旅の宿泊地として船橋御殿を建設し、三代に渡って利用していた。それ以後、東金での鷹狩が催されなくなると、船橋御殿は廃止された。ちなみに、その跡地には日本一小さいと呼ばれる東照宮が建っている。さて、船橋大神宮境内の見所の一つに、土俵があるのだが、これは徳川家康が漁師の子供たちの相撲を供覧して以来のものだと言う。十月二十日の例大祭では奉納相撲の取り組みがあり、その前の土日には子供相撲が開催される。

境内の見所と言えばもう一つ、かつてこの場所が海岸であったことを示す灯台だ。あの忌まわしい事件により木造瓦葺だった初代は焼失したが、被災から十年の期に新たに建てられた。以来四十年、夜空に向けて煌々とライトを照らし、光の柱を演出している。灯明台は、船橋復興を象徴する存在である。

朝十時、船橋大神宮には穏やかな時間が流れている。神主である大神宮秀作は、その灯明台の下を箒で掃いていた。灯明台は、彼の策謀を象徴する存在でもある。陽が沈んでからLED光が照らすのは、何も夜闇ばかりではない。

十三時ごろ、スナッフィーこと飯島誠は、トレンチコートの上から重ね着したいつもの浮浪者のような身なりで喫茶店に入った。愛用の鶴橋も入れられるバッグと同道するその姿は、やはりどこからどう見ても浮浪者にしか見えない。覆面をしていない時の彼は、市街では一人のホームレスに過ぎない。違いを挙げるとするならば、処刑動画配信から足を洗うと決めてからの彼が、ホープレスでは無くなったと言う事か。注文を告げて席に着く。

美味い話と甘い香りは気を付けろ。大麻の依存性が低いなんて事はない。それが事実だとしても、実際に出回っている紙巻には即効性と持続性と依存性が高い合成麻薬がかさ増しのために混ぜられている。美味い話は無いし、その香りは純粋な大麻でも無い。入るのは楽だが、一歩踏み出せば真っ逆さま。これが真実だ。タダより高い大麻は無い。いわんや覚醒剤をや。

虚栄心ならまだマシな方だ。他者より優位に立ちたいという心理は自然なものだから。だが、他者との比較に疲れ、自分がオンリーワンではないと気付いた瞬間、何故あの時ナンバーワンを目指す努力を怠ったのかという後悔と絶望が押し寄せてくる。優劣だけで人間関係を築いた“離脱症状”に抗うためには、より多くのものに“依存”しておく必要がある。酒、煙草、博打のどれか一つくらいなら我慢できるのと同じように。

畢竟、絶望とはその場限りの幻想にすぎない。絶望には決まって現実味が伴っているのが厄介なだけだ。それは薬物を摂取したときの症状によく似ている。だが、覆水が盆に返らないとは誰が決めた。泥水でも啜ってみれば分かることがある。例えば、薬物に手を出すよりは経済的である、とか。虚栄心にすらも絶望色の化粧が必要になってしまったこの世界では、0.01mm程の規範なぞあろうはずもなく、ただ剥き出しになった陰部に短絡的な旭光を当てるのに誰もが必死だ。

ゴキブリが一匹死んでいる。だが、死んだゴキブリに興味はない。今までの俺は屋根裏に巣食った蜘蛛。捕えて、喰らい、肉とする。だが、その屋根裏、いや地下室はもう無い。狩りの時間は終わった。もう十分だろう。もっと対外的な持て成しをするべき段になったという事なのだ。いつ狙われているか分からないだけに、元々連中にとって分が悪い戦いだったのだから。これからは、この俺が敢えて火中の栗拾いと洒落込もう。生身の人間相手のルールは破棄だ。此処船橋で最も薬物精製能力を持つ施設はどこか。先ずは、五十年経っても政府から見放された東京湾沿岸、海浜地区の工場群から当たることにする。船舶航行がきな臭いのはそういう理由からと見える。良いだろう。あいつらが大好きな、もっともっと甘い香りを囂々燃やしてやる。

「お待たせしました。」丁寧を通り越した卑屈な笑みを浮かべて、船橋本町の珈琲屋焙軒の店主、降巣惹句が言った。六十手前で、うねりのある髪が肩にまでかかるロングヘアの男だ。その甲高い声に飯島誠はふと我に返ったのだが、そんな様子に気付くことなく店主はこちらに猫背を向けてカウンターの方へと引き下がっていた。

『小汚ねえ野郎。コーヒーショップにコーヒーなんか飲みに来やがって、一文の得にもなりゃしねえ。さっさと消えろ。』この小汚く見すぼらしい、風呂にもまともに入っていない様子の男に対して、降巣は心の中で悪態を吐き、それから完全に興味を失くした。浮浪者なぞという者は例外なく、薬物という頼りになる最後の友達に裏切られた成れの果て。だから、そういう目をしているものなのだが、男の眼はそれとは違った種類のギラつきを帯びており、降巣が最後まで気にしなければならなかった点はそこだった。しかし、浮浪者は浮浪者に過ぎないのだし、なによりスナッフィーこと飯島のような薬物中毒にならない覚醒剤常習者がいるという事自体、通常考えられる事ではない。飯島の表情からは、乱用者特有の気配すら読み取ることが出来なかった。

飯島がグッと口に含んだ珈琲は、それでも降巣がこだわって淹れた果実の香り高い甘みを含んだ一杯だったが、彼の味覚がそれに気付いたかどうか知れない。まだ熱いカップの中身を二口目で飲み干し脇に退け、皿の上に勘定を置いて店を出た。滞在時間は僅か十分に満たない。足取りは一歩々々踏み締めるかのようだ。防犯カメラのレンズだけが、店での一部始終を見つめていた。

徹夜で徘徊していた眠気を醒ますには贅沢過ぎる時間だったが、代わりに毎日々々覚醒剤を注射というわけにもいかないのだ。頻度にだけ気を遣いさえすれば、薬物に魂の全てを売り払うこともない。その実感があるだけに、飯島は世の依存症どもが憎くて憎くて堪らなかった。彼にとっては、ドラッグもジャンキーも纏めて殺して万事解決としたい。昨晩から今日にかけての、調査と言う名の徘徊はこれで終わり。新たな、仮初めの根城を目指して、船橋駅北口のバスロータリーへ向かう。タクシーを拾う程度の金には無論困ってはいないが、今の飯島誠には金も時間も夢すらも十分に有るから、バスに揺られているのが良いのだった。駅を越えた先、一旦エスカレーターで上に昇り、もう一度乗り場の中心へ向かって降りる。小室駅行きの5番乗り場でバスが来るまで十数分待った。結局、乗るバスも行き先も、今までと変わってはいない。それは、己の来し方行く末を暗示しているのかも知れない。得た夢の対価は何か、飯島は早く思い知る必要があったのではあるが。

十四時過ぎ、船橋東武第十二位綿摘班一同は、船橋駅前から北上する県道を、トヨタのSUVに揺られながら通過していた。

「背中に拳銃とモノ押し当てられて、後ろから『たとえ親の死目に会えなくなっても、お前みたいに小利口そうな面した男をブチ犯してやるのが大好きでねぇ』って耳元で囁かれたのよ。」子桜がルイジアナ・スピリット・ペリックの煙を吐き出しながら言う。

「え⁈男から⁇」助手席の瓜生が聞き返す。

「そう、男から。」車内の男達は、後部座席の子桜が語る、先日舞浜であった出来事のハイライトに耳を傾けていた。

「ま、そこは探偵さんですよ、演技でギャン泣きしておしっこ漏らしてやったら、奴さんのチンポも萎えちまったらしく解放。」子桜の言に運転席の鈴井が間髪入れずに、

「殉くん、行く前とスーツ変わってないよね。どうやって帰ってきたん?」

「そん時のスーツだよ。」

「降りろお前!俺の車おしっこ付いちゃう!」

「うひゃひゃ!君ってものはモテモテじゃないの、舞浜にはドレス着て行ったわけじゃないのに!」瓜生はもう車内で何本目になるか分からないドライバー6mgの煙を、美味そうに吸い込んでいる。彼の喫煙ペースは車内で一番早く、バニラ香の副流煙は全員が厄介になっている所だ。

「流石ソドミーってだけあるよ、ドレス着て行くんだったかなぁ。」舞浜のソドミーランドとゴモリーシーとの冷戦が紛糾する予兆を逃さずに現地へ飛んだ子桜だったが、幸か不幸か火薬庫に火が着く前に不本意な撤退を果たしたと言うことらしい。

「しかし気に入らねえな、女装趣味のオカマ野郎が自分の貞操第一で尻尾巻いて逃げてきたとは、飛んだ処女様じゃねえか、行くんならケツに気合入れて行ってこいや!」子桜の志半ばな撤退に対する率直な批判。こういう時の瓜生は公平だった。それに慣れている子桜はにこにこしながら言わせ放題にさせているし、鈴井はどこ吹く風で運転を楽しんでいるらしい。車内の騒がしさは、事務所での騒がしさと遜色なかった。

 

『マンハントじゃねえか…。』吐き捨てるように子桜が言った。

『ポーさんのマンハント‼︎』何かのアトラクションのつもりで瓜生が発した。

『人の味を覚えたヒグマかな?』鈴井の羆好きは高水準のようだった。

 

昨夜の打ち合わせでは、この日の船橋東武第十二位への指令は、初の団体行動と言う事だった。終戦協定と同時に解散したはずの船橋西武残党が、武装して立て籠もっている拠点の制圧。家屋の襲撃であればものの数分で済みそうなものだが、今回は範囲が広い。第十二位の集団規模のみでは到底人員が足らず、第十一位の義竹たちとも合流して遂行する。今彼らが北上している県道は、ほんの数日前に、綿摘恭一と安藤玲が通行した経路と全く一緒である。

子桜は重々しい口どりでマンハントと評した。最終的かつ不可逆的な殺戮を目的とした根絶作戦は東西抗争の頃には見当たらないのに、事実上の終戦から間も無くそれが行われるというのは非常に恥知らずな事ではないかと憤っていたためだ。そして、これで自分たちはいよいよ、かつての親兄弟に銃口を向けることになる。資料上での東西抗争に詳しい子桜は、連絡員の鈴井から伝達を聞いて、今回の作戦が船橋暗黒街史上稀に見る殺戮になる事を予見して気乗りしなかった。鈴井と瓜生はこれまでの歴史を知らないし、興味もないらしい。職業凶手として、ある程度割り切っているような節がある。

彼らが向かっているのは船橋アンデルセン公園。先日焼け落ちたスナッフィーのアジトがあった県民の森のすぐ隣に位置している。閉鎖前は、世界の人気観光スポットテーマパーク部門に於いて日本国内第三位だったこともある施設だ。組織を失くした船橋西武構成員たちのごく一部は船橋東武への抵抗を決め、残された武器を手に大親父格を頼ってそこへと流れた。

大親父格とは、当代の親父格以前にその地位に居た者たちへの尊称である。非合法組織のトップが代替わりするというのは、その大概が死亡によるものだ。そのため、大親父と呼ばれた時には既に故人である事が殆どである。その代の構成員が大親父と呼ぶかどうかで、生前の会頭が支持されていたかどうかが露骨に分かる。船橋からの全面撤退に踏み切った弱腰の戸井田興造なぞはその典型で、ジジイで呼んでもまだ足りず、風貌から渾名した狸を頭に付けた蔑称で呼ばれる程だ。

だが、その先代は違った。歴代会頭の中でも屈指の武断派で、彼の穏やかな引退はその苛烈なる半生からはとても想像がつかない。長生きをすればするほど怨恨堆積するこの界隈で、結局は誰もが彼への意趣返しを企てなかった。そんな気を起こしただけで悟られてしまいそうな、畏怖の念が船橋全土を覆っていた時代が十数年前にあったのだ。これにより正面切っての抗争は避けていた船橋東武だったが、その一方で麻薬売買での資金調達はこの期で絶頂に達した。あまりにも強大なトップが引退した反動は、潤沢な資金力を武器にした東武を勢い付けた。戸井田が無能なのではなく、その先代があまりにも偉大過ぎた、それだけの事だ。

船橋西武構成員達は例外なく、彼を特別視していた。何処と無く異国じみたその風貌と、余生を過ごす根城としてアンデルセン公園を選んだことから、引退後の彼は幹部達から親しみを込めて大パパと呼ばれていた。男の名は大典而丹。現役時にはトレンチコートを身に着け、中折れ帽と眼帯がトレードマークの男だった。結婚して姓が綿摘に変わる前、刈根壮一が二十代の頃から兄弟と呼んだ、その倍ほども歳の離れた兄貴分。親父格に付けられた時は、幹部筆頭の叔父貴格に壮一を抜擢する事を条件に、渋々引き受けた。今では、彼を慕って集った義兄弟らと共に、ネオ・ウエスタン再興に想いを馳せているのだろうか。音に聞くかつての伝説も今は昔。その年齢は八十をゆうに過ぎ、九十に差し掛かると数えられた。

「おじいちゃん子だったから、気乗りしねぇ・・・。」あくまで悪評を気にする子桜。

「じゃんじゃん殺るぞー、殺し合いに歳は関係ねえ。」知名度を上げる気満々の瓜生。

「それ鳴らしてくれたら迎えに行くから頑張ってねー。」ドンパチには我関せずの鈴井。

第十二位一同を乗せたSUVが、荒れ果てたアンデルセン公園北ゲート正面の駐車場に乗り入れた。鈴井は回収係として、この後付近に車を移動させて待機。瓜生は助手席のドアを開けるなり足元へ吸い殻の山を捨ててから降車した。後部座席から子桜と恭一がそれぞれ出る。

人の出入り絶えて久しいチケット売り場、幽明境を異にする。入場料は九百円、かろうじて読み取れる。綿摘恭一は、今日初めての煙草に火をつけた。

 

第四章    前途憂々    了

【決定版】戸隠蕎麦の新しい地図

10年の節目と思えば感慨深い。

社会人1年目から毎年、夏期研修で長野県戸隠へ赴いた。

今回、現地の蕎麦に関する報告を、【決定版】と銘打ってお届けする。

早速総論から。

まずは、筆者が現地でお気に入り登録している地図をご覧いただきたい。

戸隠蕎麦は2店押さえておけば十分。

奥社参道入り口「なおすけ」と、中社正面の路地「しなの屋」だ。

この二店を推薦する基準は以下の通り。

① 戸隠参りで絶対に外すわけにいかない社の傍に位置し、

② 特殊性において他店より優位にあると認められ、

③ 筆者の限られた守備範囲で来店可能であること。

ハッキリ言って、こんな観光地の客商売にハズレがあるはず無い。

一生に一度の戸隠参拝ならば、目についた蕎麦屋に入って何ら問題ない。

奮発して天ざるにでもすれば良い、どこだって満足させてくれる。

だったら、何故こんな記事を残すのか。

分からぬままに書き始めたのである。

 

以下各論、先ずは「なおすけ」から。

Google Mapsは、せいぜい縮尺が正確な程度なので、併せてこの地図もご覧頂ければ現地の様子を想像する一助になるかと思う。

昨年訪れた際に、中社向かいにある観光情報センターにあったものだ。

戸隠は大きく2つの地域に分けることができ、ここは奥社周辺エリアの地図。

奥社とは、戸隠に伝わる岩戸伝説にまつわる、天手力雄命を祭神とする社だ。

さて、県道36号(信濃信州新線)を折れ、随神門へ向かう途中に「なおすけ」はある(随神門から先は樹齢400年の杉並木がおよそ2キロと、数えたことはないが一説には270段の石段の上に九頭竜社と奥社)

参拝者に向けて熊笹ソフトクリームを出しているから、アコギな商売をしている印象だと早合点してはならない。

新しい木造りで落ち着いた店内は、満席でも窮屈に感じる事は無い。

突き出しは、歯触りの良い山菜の漬物、さほど大げさではない。

この店が出す蕎麦が異形。

激辛鴨ざるそば(¥1,650)+追加10ぼっち(¥120×10)

有り体に言えば、韓国ラーメンの一番辛いののつけ蕎麦版だ。

「ぼっち」とは、戸隠蕎麦に特有の一口分に盛られた束の事。

1人で16ぼっち注文したので、最早ぼっちで盛られてすらいないが。

この店のおススメは、鴨ざるそば(¥1,550)なのだが、その激辛版。

まあ、辛いです。

初めて入る焼き肉屋の辛いスープは

「今まで店で出た一番辛い奴の一つ上で。」と注文する筆者でも辛く感じた。

こういう変わり蕎麦は都内でもそうそう無い、だから良い。

さらに言えば、県道36号に用意された参拝者用の駐車場隣にある「奥社の茶屋」が、観光客ホイホイとして機能しており、「なおすけ」の評価がさらに高まる。

そう、観光客ホイホイと言えば、江原〇啓之が10年以上前に戸隠を絶賛したそうで、そういう二度と戸隠に来る気も無いような連中がクリボーレベルの初見殺しの餌食になるのは、霊験あらたかの極みで思わずありがたや~と口から発してしまうレベルなのだ。

知り合いの宮司の家系の60手前のおじさんは

「そういう人たちが伊勢神宮に行かずに戸隠に来るのは不思議だ。」と身も蓋も無いが真実に相違ない事を言っていたのが印象深い。

「なおすけ」の天盛り(¥1,030)+ヱビス中瓶(¥620)

天ぷらはどこの店でも美味いだろうが、ラッキーヱビスとは景気が良い。

筆者はこれで、嬉しい再会に恵まれた。

 

さて、奥社周辺エリアから、ついでにあと2軒。

県道36号をさらに奥へキャンプ場まで行った先、戸隠牧場。

戸隠蕎麦の北限がここにある。

狛犬のように向かい合った2軒の蕎麦屋。

そのうち向かって左側、「岳」。

キャンプ場を拠点としているなら、他所まで足を延ばさず是非ここにすべきだ。

人気店だが、五月蠅さが無い。

他店は暗いが、ここは半テラス状で明るく涼しく快適である。

突き出しはたしかさわやかな大根のお新香。

夏野菜の天ぷらは、ズッキーニ、さやえんどう、茄子、大葉、トウモロコシなどなど。

スタンプ10個で天盛りorざるそばサービス。

ちなみに、ここの向いの「白樺食堂」はなんと、突き出しが天ぷら。

ははは、悪い冗談だ、早まっちゃいけない。

 

奥社周辺エリアから最後に、県道36号沿い「そばの実」。

車で移動していれば嫌でも目に付く店である。

流して走っていれば「駐車場広いな、後で来よう」と誰もが思うはずだ。

だから混む。

30台停められるという駐車場が満杯というのはよくある。

口コミ上位の常連だが、前述の2店舗でいいだろう。

必ずしもここでなければならないという理由はないのだ。

突き出しはかりんと。

土産に買っていけと言わんばかりのこれが個人的に一番嬉しくない

 

ここからは後半、中社周辺エリアの紹介。

中社の祭神は岩戸参謀で有名な天八意思兼命。

合格祈願はここで(奥社は必勝祈願なので注意)。

この中社の目の前にある「うずら家」。

このエリアの観光客ホイホイはここだ。

荘厳で険しい奥社と変わって、中社は土産物店や宿坊、飲食店が多く軒を連ねている。

そんな中社の正面、いわば戸隠の商業のど真ん中にある「うずら家」は他の口コミサイトでも筆頭に挙げられるほどだ。

だからここでは食ったことが無いし、食わなくても分かる。

誰もが口コミをあてに来店し、他店と大して変わり映えしない蕎麦に満足して帰っていくのだと。

混んでる店と並んでる店で入っていいのは、パチ屋か焼肉屋ぐらいだ。

 

「しなの屋」は、そんな中社から県道36号を渡った先の路地にある。

大ざるそば(¥950)、7ぼっち。

言ってしまえば、普通の戸隠蕎麦だ。

前述の「そばの実」だってこれとさほど変わらない。

店の雰囲気が違うくらいだ。

「しなの屋」は2階にある座敷のみで、そこに差し込む柔らかな陽光が心地良い。

ここを紹介する理由は、突き出しのそば饅頭。

あんこが入ってカリッと揚げ焼きになったもちもちの饅頭に、ぺっとりとしょっぱいタレが付いており、散策で汗をかいた後の塩分補給として身体が喜ぶ。

これが水分補給のビールにも合う。

写真は、食後に全員で一つずつ追加したもの。

持ち帰ってその日の夜のツマミにしても良し。

日持ちする土産は、最早土産と呼ばないのだとすら思われる。

 

日持ちする土産が欲しければ、どうせ同じ長野県だから真澄でも。

県道36号に戻って坂を下っていくすぐ途中にある酒屋、越後屋商店で。

ぺーぺーの頃でも食い意地は汚かったので、女将さんに一番うまい酒はどれかと聞くと、真澄の蔵元がその名を冠して造っている「みやさか」を勧められた。

保冷手段が無い場合はクール便で送ってもらうことになるが、美味。

店内入って左に冷蔵庫が3つあり、真ん中下段にいつも置いてある。

年に一度、一瞬の訪問なのだが、その酒を手に取って会計へ行くと女将さんは嬉しそうに

「それは美味い酒ですよ。」とか「酒の味、知ってるね。」なんて言ってくれる。

のだが、昨夏はそれが見当たらず、聞いてみると「みやさか」は名前を変えたんだという。

今後はただ「真澄 出荷年」とだけ。

 

さて、上記の店舗を一覧にすると(増税で値上げの可能性があるのは御容赦)

 店名 ざるそばスペック  突き出し 備考
 なおすけ  6ぼっち¥900  山菜漬物 激辛鴨ざるそば
 しなの屋  5ぼっち¥800  そば饅頭 そば饅頭
 奥社の茶屋 観光客ホイホイ
 うずら家 観光客ホイホイ
 岳  5ぼっち¥800  お新香 夏野菜の天ぷら
 白樺食堂  5ぼっち¥800  天ぷら 戸隠北限
 そばの実  5ぼっち¥860  かりんと 駐車場30台

どこも良い商売をしてるなと思わずにいられないから腹が立ってきた。

まず、ぼっちという盛り方が、観光客に媚びているようで気に入らない。

そもそも俺は蕎麦を食って美味いと思ったことが無い。

別物だ、とは思うが。

だいたい、蕎麦なんてものは痩せた土地の名産品なのだ。

痩せた土地だから蔵は立たずに修行の地となるのだ。

なるほど、粉ものを扱っているのは的屋さながらというわけか。

俺が書きたいのは戸隠礼賛ではない。

蕎麦と言う商品の皮肉な料金設定についてさらに踏み込もう。

どこも大抵は、大ざるとなると150円増しで2ぼっち追加が相場だ。

七口で千円、マカロンの次に高い。

腹一杯14ぼっち食うためには、大ざる×2=2000円の出費を覚悟する必要があるかもしれない。

しかし、「なおすけ」には特ざるそばが用意されており、10ぼっち1300円で頂くことができる。

さらに、量を選べないとろろざるそばや、辛み大根おろしざるそばのような商品のために1ぼっち120円で追加が可能。

なんかもう、まとめていたら他店を選ぶ理由が無くなってきた。

我が半生をかけた報告は以上、以下補足。

戸隠神社について。

戸隠山のふもとを戸隠と呼ぶが、ここ一帯に五つの社が点在しており、まとめて戸隠神社と呼ばれている。誰が言い出したか知らないが、こじ開けられた天岩戸がこの山に刺さったことから戸隠と命名されたそうだ。よって、社には、岩戸伝説に由来する神々が祭られており、修験道の霊場としても名高い。蕎麦巡りに合わせて、五社巡りもすれば知食共々満たされるだろう。モデルコースをここに提案する。

まず、坂の一番下に位置する宝光社からスタート。いきなりで恐れ入るが300段弱の石段に出鼻をくじかれそうになる。ここに祭られているのは天表春命。参拝してすぐ近所に火之御子社。御存知、天地開闢以来最初のストリッパー、天鈿女命を祭っており、芸能に関してはこちらに参るのが大原則。この後、坂道を登りながら商店を行き過ぎ「越後屋商店」で真澄を注文。「しなの屋」で食事。付近の土産物店を物色したら、中社で合格祈願。ここには天八意思兼命が祭られており、樹齢900年の三本杉は天然記念物に指定されている。

中社から奥社までの距離が開いているので、県道36号を登っていき「そばの実」のすぐ手前を鏡池に向けて折れる。鏡池の景色は大河ドラマ真田丸のOP冒頭で使われている。ここの「どんぐりハウス」でガレットというのも、蕎麦の違った楽しみ方だ。この先は自然散策道の表示に従って、まっすぐ随神門へと進む。随神門から2キロの杉並木、200段を越す石段。まず、地元で信仰されている九頭龍を祭る九頭龍社があり、その少し上に奥社がある。奥社に祭られているのは、天手力雄命。ここで必勝祈願を行う。帰り道は下りなので助かる。「なおすけ」でもう一度蕎麦を楽しみ、県道に出ればすぐ目の前にバス停がある。

ん?蕎麦に飽きた?なら「小鳥の森」が良い。一日限定五食と聞くと焼きカレーを選びたくなるが、ここは岩魚のパスタで。

 

キョウジン、孔子

三十で勃ち

四十でFUCK

以降三十年以上も、

己の心の欲する儘。

孔子と言う大人物を俯瞰でこう眺めてみれば、やはり眺めてみる前よりも大きな魅力を伴って見えてくる。

強靭な精力。

今日はそのことを巡って書きたい。

現代で生きる日本人は、意識しようがしまいが、孔子を避けて通ることはできない。

論語の影響が、日本のいわゆる道徳心に深く根差しているからだ。

論語読みの論語知らずという言葉があるくらいだが、今では論語を一読だけでもした人間がいるかどうか。

論語知り>論語読みの論語知らず>論語読まず=現代人

この図式である。

さて、筆者TechnoBreak Junであるが、まさに2番目の論語読みの論語知らずに位置しているから、論語を自分の血肉とするために今記事にしている所である。

では、まず言っておく。

論語を書店で買え!!

で、パッと捲ったその頁の一節を読め!!

それだけで簡単に脱現代人、いわゆる解脱ができる!!

それで読んだことになるだろうが!!

ちなみに、筆者が好んでいる一節は。

しいわく こうげんれいしょく すくなしじん
子曰 巧言令色 鮮矣仁

言葉巧みで、容姿が良い奴ほど、クズ野郎。

という、2550年前から、後世に俺が現れることを予言していたかのような戦慄の一節である。

好んでいる理由は、まず短くて覚えやすいこと。

さらに、先頭から三番目に出てくること。

ここまで読み進めたら、もう立派な論語読みの論語知らずと胸を張っていい!

この論語No.3、あるいは参番目のタフガキは、職場でよく使っている。

ウチの職場もさながら春秋戦国時代なので、こういう奴らの多いこと!

伝わる通りの孔子の容貌と言うのは、216cmの長身だったという。

当時ならバスケットボールプレイヤーとして中原統一レベルである。

白メシとユッケが好物の今で言う美食家だった。

おそらく、科学的知見を取り入れた結果だと思われるが、

「時間が経ち蒸れや変色、悪臭がする飯や魚や肉、煮込み過ぎ型崩れした物は食べなかった。また季節外れの物、切り口の雑な食べ物、適切な味付けがされていない物も食べなかった。祭祀で頂いた肉は当日中に食べる。自分の家に供えた肉は三日以上は持ち越さず、三日を過ぎれば食べない」(wikiから引用)

これが、冒頭の筆者の主張の根拠にもつながるのである。

食欲と性欲はリンクするし、栄養ある食事と長い睡眠は長持ちの秘訣だろう。

おそらく、吾十有五而志于学とは精通したことの隠喩である、一般的な話だ。

しかし、孔子の孔子たる所以は、以降60年間ずっと悶々とし続けた生涯を貫ききったというその一点に尽きるのだ!

さて、論語を知らないから、ここで小林秀雄の言を借りたいと思う。

確か小林秀雄は、孔子に関して、人物を伝える文章は残されているものが非常に少ないと断ったうえで「道徳的人物の手本のようなイメージと異なり、その言はあまりに苛烈でもはや常軌を逸している」旨の文章を残している。

それは孔子が提唱する『中庸』の徳というものに関する意見にある「理想的な政治はできる、爵禄辞退もできる、白刃の上を素足で歩いて渡ることすらできる。それでもなかなかどうして中庸だけはできないものだ。(筆者意訳)」などの記述を根拠としている。

小林も孔子と同じく『中庸』を理解している者は無いと断ずる。

これは向こうの人の『Hey, yo』に通ずるものがあるように感ぜられる。

すると『中庸』とは、人類皆兄弟という簡単なことを表しているのかと一瞬思えるが、それならば話は単純なはずで、実際の所はそうではない。

いいだろうか、この事を意識し始める、つまり冒頭に述べた事と同様に、孔子の人物に肉感が伴って来れば来るほど論語そのものにも魅力が湧き出してくる。

侠仁、孔子があなたの心に現出するのだ。

美味しい所も書いたので、疲れてきたからそろそろ締める。

孔子の人物に魅力を感じ、色々と物色をしていると、とあるエピソードに心が動揺した。

本人の経験、その万分の一にも満たないだろうが。

実は、その動揺に居ても立ってもいられず記事を書き始めたのだ。

孔子の人生は、無政府主義のシンボルを擁する藤子 不二雄Ⓐが描いたのか。

所は魯国西方、大野沢。

時は哀公、十四年。

行われた狩りで、魯国重臣の従者が動物を捕らえた。

しかし、ソレは鹿とも牛とも見分けが付かず。

異形の相貌と見たこともない毛並みを備えていた。

凶獣怪獣の類は不祥の極み。

重臣一同怖れをなして、ソレを猟場の番人に始末させた。

その話に興味を持った孔子は、重臣の家来に訊ねて歩いた。

事の全容が知れるにつれ、孔子は自分を見失う。

鹿だの牛だのと言って、角が一本生えているなどという事は、あってはならない。

なぜなら、狩りの参加者たちはその動物を決して傷つけてはならなかったから。

実際に見たことが誰もないとはいえ、竜の顔だと気付かない事は、あってはならない。

なぜなら、その出現を丁重に寿がなければならなかったから。

その毛並みを、鱗に覆われていたと見間違える事は、あってはならない。

なぜなら、今の王は未だ仁のある政治を行っていなかったから。

孔子は、書き留めていた当時の歴史書『春秋』に以下の句を残し、筆を折った。

十有四年、春、西狩獲麟

鼻から!コカイン

Jun「ジュンでーす!」

Sho「超Suckでーす!」

三波春夫「???」

Shun「??????」

コカイン鼻からズンドコ節

鼻からコカイン吸いたいな~↓

鼻からコカイン吸いたいな~↑

鼻でコカイン吸いたいな~♪

法律的に、コカ・ア~ウ~ト~♪

「彼が最後の笑点メンバー、今では人間性を失ったHumanity Lack太郎さんだ。」

「…楽の部分しか合ってない。」

「彼は最後まで抗ったよ。しかし、結局は心の底まで漆黒に染まり切った。」

「コカインなんかに手を出すから…。」

鼻コカ!(ジングル)

Fuckin’ Jap去って、またFuckin’ Jap。

東京2020コカインピックまで秒読みです!

ムショヘンザ!ムショヘンザ!(手を上げてムショへ)

「小池都知事!会場(収容所)が足りません!」

バカ女「東京湾を埋め立てなさい!」

謎の男「てやんでい!こちとら江戸っ子でィ!!(ズビズバ)」

「「あ、あなたは!!」」

一ノ瀬邦夫「畳んだ店舗貸してやるから、そこを使いなってんでィ!(ズビズバ)」

~東京コカイムピック噺~ 終

池端Shun作「令和の世に麒麟はこねえな。」

股間にくる

Jun「足利尊師!足利尊師!」

Sho「それは太平記。」

Shun「違う。」

おれたちはとんでもない思い違いをしていたようだ。これを見てみろ。

まず、ペッパーフードサービスの店舗から「炭焼きステーキ くに」を選ぶ。

この表記を逆にする。

にく キーテスき焼炭

意味不明な文字「キーテスき焼炭」。

これはノイズと考えられるので削除し、残りの文字を取り出す。

すると出来上がる言葉は・・・・・・『にく』。

ペッパーフードサービスとは『にく』を表す言葉だったのだ!!

鼻コカ!(ジングル)

ステーキ屋さんの共喰いは見ていて気持ちが良いものですなあ。

蛇、百足、蛙、蚰蜒さながらのステーキ屋をこの大東京で喰い合わせ、残った最後の一店舗が最も強い毒のステーキを出す店となる。

蟲毒のグルメ「ステーキとステーキでステーキが被ってしまったぞ(吐血)」

ステーキに飽きたら松屋世界紀行ジョージア編でお腹いっぱいになればいいじゃない!!

Sho「松屋世界紀行第二弾ではどこの何食べたい?」

Jun「首狩り族の首狩り鍋、鮭が入ってるの。」

Shun「首狩り族と石狩鍋に謝れ!」

押し寄せる文明の波に呑まれ、月夜の晩に首狩りの儀式が行われなくなって久しい一族。首狩りをしない首狩り族とは、雨降る放課後の天文部のようなものか。自己同一性の喪失と引き換えに得たものと言えば、高速化する情報社会の窓口と依存性の強い食料品。畢竟、変化と進歩は全く異なるのだ。

シュクメルリ三太夫

「ババア、長生きしろよ!(鼻でコカインを吸わせながら)」