【01】虚飾性無完全飯罪

CHAPTER:01 かっこいいスキヤキは要らない

「あ、俺にも頂戴。そんな多くなくていいから。」

向かいのスゥの大盛りの丼に、ひとつまみの紅生姜がのせられる。そうしてからソゥは、つゆだくにした並盛りの牛肉、その最後の一片までも紅生姜で覆い隠した。

俺はつゆぬきにしたアタマの大盛りを掻っ込んでから、牛皿の肉をさらにひと箸頬張る。

コの字のカウンターに横並びでなく、テーブル席で食うなんて昔じゃ考えられなかった。時代は変わる。飲むのも出された番茶でなく、ビールだなんてその頃には考えもしなかった。歳も食った。しかし、味覚の好みには、不易と流行がある。

「勇ましいな。」

俺は隣のソゥに素直に打ち明けた。牛丼に紅生姜を山盛りにした光景は、たまに見かけてうんざりするが、気心の知れた仲間がそれをやるのは少し魅力的に見える。彼は、内面にあるそれとは裏腹な上品さで、ひと山つついて味わった。頼りになるんだかそうでないのか、今一つ判然としない所作だ。

「うん、美味え。Wさん、それは刺激の多い人生に惹かれるからですよ。サナトリウム、と言えば分かるでしょうか?」

ソゥは食事にも人生にも退屈しているらしい。こんな生き方をしている男が、と思うと少し可笑しい。

「ああ、宜しい。しかし、塩分の少ない食生活は控えるからだよ。ナトリウム、と言えば分かるかな?」

「それでつゆぬき、ですか。」

炊きたての丼飯より白けたような視線を寄越してスゥが言う。カウンター向かいに整列したスーツの四人組からの視線が刺さるようだ。注文する口元をニヤニヤ歪めている様子まで聞こえて来る。

「いや、つゆぬきと紅生姜との因果関係は無いんだ。」

分かりにくいはぐらかし方をしてから、思い直して続ける。

「俺は、紅生姜の使い所が分からないんだ。」

言うや否や、カウンターに陣取った集団が、一斉に笑い声を上げた。

「使い所って!あっははははは!」

「分かる分からないじゃはははは!」

「あっははは!つゆぬきあはははは!」

「問い詰めたい!小一時間あはははは!」

彼らは、この牛丼チェーン店内における俺のレゾンデートルを、一斉に否定した。先ほど彼らが着席して注文したのは一様に「大盛りねぎだくギョク」だったのを覚えている、はっきりと。彼らもまた、その丼に一際大きな紅い山を積み上げていた。

つゆぬきは、白いご飯を愛しているが故だ。いつもなら牛皿定食肉二倍ご飯大盛りなのに、自分でも何を血迷ってアタマの大盛りつゆ抜きと牛皿にしたんだろう。牛皿定食だったらつゆは多くしたっていいし、卵も味噌汁も付いたというのに。だが今夜は、身内で長居しないが為の注文なんだ。そう、これで足りなければ、さらに追っかけて並でも注文すれば良いからだ。一人牛丼では無く、身内との関係性を優先に、柔軟性を持たせた注文にしたのが仇になっていたのか!だがどうして!紅生姜をたんまり使った、この隣のソゥでは無く!!“使わなかった”俺が嘲笑の対象になる!!俺は彼に対し、心の中でも敬意を払っていたのに!!!

ひとしきり笑い終えたかのような顔つきになって、カウンターの一同が見計らったかのように、卵を丼に入れてかき混ぜてから掻っ込む。然るのち、めいめいが食事の終わりを迎えるべく丼の紅生姜も一つに混ぜ合わせて、また掻っ込む。そんな彼らの心の声が聞こえてくるようだ。

「これぞ王道。」

「誰も知らない魔法。」

「残り四割の丼に混ぜる卵。」

「そして紅生姜、黄金律極まれり。」

そうでも言いたげな満足感を表情に出して、流し目で此方を見遣りながら、スーツの男たちは最後の一口を終えようとしていた。そんな彼らに、俺は立ち上がり、懐から抜いたコルト・ガバメントを突きつけて声を張り上げる。

「俺の味覚が子供みたいだからって、子供でも同じ一人の人間のはずだ!あんたらのその狂った味覚を馬鹿にしていない俺を、にも関わらずどうしてせせら笑う!あざ笑う!」

丼飯の最後の一粒まで平らげた男たちが、示し合わせでもしたかの様に箸を置き、そしてこちらを見遣る。その丼の底のように黄色く濁った視線と共に。それが俺の怒りの炎にさらに油を注ぐ。

「また始まった!おい、ソゥ!」

二人に羽交い締めにされても尚、俺は店内で吠える。

「なぜ、そこにある紅生姜を無尽蔵に使おうとするんだ!お前たちにとって、それは石油と同じか!結局、個人的な問題に帰結した瞬間、持続可能な開発目標はゼロになるのか!」

張り裂けそうだった。なりふり構わなかった。仮にここが紳士淑女の社交場であるならば、あるまじき発言。しかし、誰かが声を上げねば。誰が。俺が。

男たちは何も見ていなかったかのように冷めた表情で、何も言わず、代金をカウンターに置いてぞろぞろと立ち去った。

「その言い分も、最もだと思いますが。」

押さえ付けていた腕を離したスゥが言い、テーブルに三人分の料金を多めに置く。

「そんな無作法は、なか卯でもやったらダメですよ、大尉!愛用のコルトを泣かせるような真似しないで下さい!」

俺を押さえる腕を緩めながらソゥが説得する。その腕を振り解きざまに殴りつける。一発まともに受けてソゥはスッ転ぶ。

気付けば、俺は独り夜道を歩いていた。その夜は、雨がしとしと降っていた。漆黒の軍装が、夜風に揺れて、それでも気は紛れない。傘もささずに“団地”への帰路を急いだ。蓋のない𠮷野家の丼と同じだった。こんな夜は顔が濡れる。

 

【00】虚飾性無完全飯罪

Chapter:00 たとえそこに行くのが最初で最後であったとしても、今の自分に悔いは無い

胸がすくような思いとは正反対の感覚が続いていた。後楽園辺りで乗り換え案内を確認すると1時間以上かかることに気がついた。次の飯田橋で降りなければ、帰路からは逸れる一方になる。分水嶺は此処だ。行くのは負担の上塗りになるだけだと本能が告げている。一度行かねばならないと理性が叫んでいる。実を言うと、ねばならないでの行動を、今は回避したい。

目を閉じて「ヤクザ偏差値75」に代わるフレーズを1時間かけて考えようと思った。案の定、快眠は間も無くやってきた。一度目を覚ますと、車内は既に満員で、扉を閉めてはまた開きを四度も繰り返すような有様である。南北線で目黒に来るのは、帰りの電車で昏睡状態になっている時に通過する程度の経験しかないから、それを経験と呼んで良いかは別として、この混雑はほとんど初めての経験だった。新橋へ向かうのに溜池山王で降りるときは流石にこれ程ではないから。むしろ、銀座線の新橋行きへ乗ったときに感じるような状況だ。

泥酔状態で日吉や武蔵小杉の改札を出るときの記憶はほとんどないが、武蔵小杉駅のファサードは太巻きの様な絢爛さとそれを丸呑みする喉元の様な禍々しさを想起させ、ここを抜けるのが初めてでは無いと言うことを思い知らされた。

JRへ移動し、南武線に乗る。これから南部へ行くんだと思った。クレオール料理を食うんだ、と。乗り込んだ列車の短い乗車時間の間にこの記事をメモし始める。「ヤクザ偏差値75」に代わるフレーズを思いつくことはついぞなかった。

川崎駅。此処から先はイヤホンをして音楽を聴いていこう。ボーカルが女性である以外は我々のバンドと変わらないようなのを選曲し、流す。川崎駅改札口の構造は品川駅に似ていると思うが、通り抜ける人達が違う。そんなつまらない想像しか出来ないのは、此処を通るのが何度目かになったからだろうか。十代終わりの頃に来た、此処の深夜のゲームセンターが懐かしい。川崎の土地勘は新宿くらいにはある。つまり、どちらの土地勘も無いに等しい。

この日の前日は、実は、何らかの粗悪なヤクでもやったかのような頭痛と胸の苦しみがあった。その夜、インド料理屋で三杯目の生ビールを飲み終える頃にようやく気分が落ち着いたものだ。

ところがどうだ。迂路を辿った通りの向こうに、高々と赤く光るウェアハウスの文字。横断歩道を渡った先では、二人組の女性がこれから俺がするのと同じようにカメラを向けている。それを見て、さっきまでの不安感は一気に引き、胸がすいた。此処から先は、みんな同じ目的地。観光地に来た。何が違うかといえば、観光後に行く飲み屋がどこになるかくらいだろう。

駐車場へ誘う大きな虚のすぐ脇に、堅く閉ざされた小さい門。同時に通過できるのはせいぜい二人がいいところだ。その正面玄関の前には人だかり。自動扉の前に立つのを怯む者。それを好機とばかりにカメラを構える者。ぽかんと空きの出来た人垣に入り込み、そこを写真に収める。都度、歓迎降臨の四字が書かれた扉が二つに別れて開く。

その間、入店の作法を見て取ることができたから、直ぐに前進する。第一の扉の先に第二の扉。どちらも自動だが、第二の扉が開く時、直ぐ後ろで排気音が鳴る仕組みになっている。初見殺しの粋な計らいと言える。分かっていても、内心それには驚いた。

第二の扉の先は、上階へ向かうエスカレーターまでの廊下が続くが、他の客たちが一列縦隊でゆっくり進んでいた。内装が凝っており、素通りは出来ないのだ。前方には内部の様子を動画で撮影する女性たち。後ろからは常連と思しきスーツの男。廊下の突き当たりにあるのは、真っ赤に光る電脳九龍城塞の電飾を掲げたエレベーターホール。エスカレーターに乗れば、如何にもなビラが貼られてリフレインしている。

エレベーターを登った二階正面は、九龍城砦さながらの意匠を凝らした外壁。いや、内壁。下着にもしないような汚れた服が干され、栄養があるだけ幾分マシな獣肉が干され、空いた壁にはまたビラが干されている。

二階から見上げたその施設の様子は、三階からは眼前に観察することができる。その分、上階の方が撮影者が数多く居座っていたが。四階にある二十四時間営業のスペースは、流石に聖域の感がして行くのはやめにした。二階にあった対戦アーケードゲーム群からは、もはや自分の時代の斜陽の先を感じたりもして、異邦人の心境は清々しいまでに重くなってきていたから。エスカレーターで下階へ行き、案内に沿って店を出る。

あらかじめ決めていたのは、この後に行く飲み屋だ。ウェアハウスに居た幸せそうなみんなに訊ねたい。ここ川崎に来て、この店以上の満足感を得られる店を他に知るか。川崎駅から放射状に延びる道は、なぜかアムステルダム駅前を思い出させる。旧東海道を北東へ。通りの向こう、セブンイレブンの真横に、明かり一つ見えない路地がある。その店の存在感を増すための演出だ。平日火曜の夜八時、客入りは半分ほど。これが翌朝九時まで営業するのだから驚きだ。難なくカウンターに通された。

生ビールを注文し、メニューを見遣る。何も考えていなかったことを思い出した。この店でまず注文するのは三つ。煮込み、ずるずる、とりユッケマヨネーズあえ。生を飲み終えたころに注文が届く。代わりに赤星を頼む。焼き物は頼まずに、一年ぶりの信頼感を楽しんだ。同じのをもう一つずつでも頼めるが、帰るのが億劫になるし、宿代の持ち合わせはないし、何より好い一日の締めくくりにしたかった。

帰りは京浜東北線に揺られて、ゆっくりと感傷に浸っていた。もうイヤホンから音楽を流さなくなって久しい。思いのほか早く告げられた下車駅に出る。ソクラテスは自らのダイモンの声に耳を傾け、何をしないべきかに従ったが、その最期の時ダイモンは死ぬべきで無いとは言わなかったと言う。結局の所、俺のダイモンは当てにならない。この事を知る友人くらいが真の友人なのだろうか。ダイモンは何も言わない。

バンドで久しぶりに立ち飲み行ったら概念が挿入された(脳とかに)

「失敗から学ばない、学びではない何か・・・。」

「滅び・・・。」

Shun『コイツ、誰と会話してるんだろう?』

そう、ホッピーはアクセルでありブレーキでもある、確かに。

亀戸の立ち飲みで久しぶりに飲むことになった。

先々週は、俺が持ち込んだ日本酒で宅飲みをしていたのだが。

さて、通された奥の卓。

いつもなら、その隣のドラム缶の上だ。

そこで対立構造が潜伏する。

どうやらShunは自身の無駄な体毛はwipe outしたいらしい。

自分の体毛に関しては持続可能な開発を見据えていない。

全ての体毛を自分事に考えている裏返しだろう。

誰も置き去りにしない。

その代わりに、無駄な体毛は一掃したい。

そんな、Shunの心の叫びだ。

一方でJunは、祖父譲りの体毛を良しとしている。

ピアース・ブロスナンには及ばないが。

すると、我らがTechnoBreakのハイパーコーポレートユニバーシティAIDAことShoが

「チン毛同士を固結びにしておくと、メンド臭くなってブチって引き抜けるよ」

Shunは笑い転げ、テーブルの向こうへNew Horizon(東京書籍)。

二の句が継げないJun、頭の中であの日の「石炭袋」が反響する。

夜、因果者の夜。

 

仔細は、思い出という名の虚無の中。

バンドで久しぶりに酒盛りしたら虚無を射精した

夢はオナニーを裏切らない。

オナニーも夢を裏切ってはならない。

きたがわみか、三船敏郎の娘が出た。

話の流れで、メンバーおススメのAV女優の話になった際だ。

何せ知らんのだ、聞いたままを検索に打ち込んでいる。

あるいは聞き間違いがあったのかもしれん。

きたがわみか、と聞いたままに平仮名を打ち込んだものの。

次に、あべみかこ、これは何とひらがな表記の芸名のよう。

この混乱に輪をかけて、俺の記憶力のなさである。

どっちがどっちをおススメしたか、検索しているうちに失念した。

2つの人名は忘れないうちに、慌てて打ち込んだのだ。

胸のサイズを見比べて、一目瞭然で誰がおススメしたか分かったが。

(虚無注:ShunとShoで好みのバストが極端に異なる)

そして、俺のおススメはというと、現状のAV壇を詳しく知らない。

世話になっていた当時でよければ、と前置きしたうえで、前置きした分の時間稼ぎもむなしく名前が思い出せない。

(虚無注:Junは酒の飲み過ぎで脳細胞が死に過ぎ、記憶力が貧困である)

君の名は。

えぇと・・・早く思い出して伝えたい。

世話してくれるのは皆平等なのだ、おススメしたい、伝えたい。

その・・・大沢さん。

母の旧姓である。

つまり、ギネスばあさんこと、わが愛しの祖母の姓である。

世代的には絶対に知っているはずなのに、伝わらなかった。

大沢さんは実在する、決して。