【2023冬号】担々探訪 #001 船橋川菜味【キ刊TechnoBreakマガジン】

 JR西船橋駅構内にインペリアル・トレジャーという担々麺専門店があった。大層美味くてよく行ったし、飲み仲間からも〆によく誘われた。麻婆豆腐も好きだが、それ以前から好きだったのが其処の担々麺だった。僕はまたあの味に巡り合いたい。急に感傷的になっている。

 東武と西武が対立していただなんて、池袋さながらではないか。それなのに、地元に担々麺の名店が無いというのであれば、船橋の名折れである。ちょっとした対立は駅前でまだ見られる。小籠包の名店、南翔饅頭店と鼎泰豊とが肩肘張って睨み合っているからだ。ブランド志向の方はぜひ行ってみてください。この先の文章を読む必要は無いでしょう。

 そのお店は街中華では決して無いが、高級店と言う程でも決して無い。程々なお店だ。程々なお店だが、提供する料理の数々は高級店のそれなのだ。だから、ランチタイムは程々に混雑している。駅からそれなりに歩く船橋の外れであるにもかかわらず。駅近が良いなら福満園、栄華光、謝謝、旬輝。

 途中ぶらぶら歩いていると、築五十年という当て推量がピッタリ合いそうなお惣菜屋さん、実際には天ぷら専門店の前に出くわす。ぼろなお店の外見に馴染んだ味わいのある店主さんに好感を得て、ふと買い食いしてみた。船橋のど真ん中にいなか亭と言う屋号がたまらない。店内にはわずかに座席があって、天丼が五百円で食べれるらしい。にんじんの天ぷら、七十円、そのままくださいと言った。

「じゃあ紙に包んで塩振っとくね。小さいのつけとくからお連れさんも」

 誰も連れてはいないのだが、脇を見ると、自称半知半能の龍神、夏見ニコル女史がニコニコしていた。いつの間に現れたのだろうか。お菓子のお家から出て来たかのような身なりをしているが、悪目立ちしていないのもまた不思議だった。

 おまけしていただいた小さい方は、ゆうに五十円分になりそうなくらいの大きさで、築五十年の重みある優しさが嬉しかった。噛み締めたにんじんは甘く、歯触りが硬すぎず緩すぎず絶妙だった。皮剥きが面倒だから、カレーにもどんな料理にもにんじんを使うことは無いのだが、にんじんを食べるなら天ぷらが一番だと僕は思っている。その事をはっきりさせてくれたのも嬉しかった。

 ずっと先へ行けば市役所がある。駅から市役所まで一直線に歩いて行けば、こんな所にまでだらだらと飲食店が散在しているのかという様子が可笑しい。かつては、帰路に就く公務員たちを受け入れていたであろう各店舗は、てんでばらばらの装いだ。天ぷら、蕎麦、刺身、大衆居酒屋にアメリカンバイカーズサロン。そんな中に、川菜味という中華料理屋さんがある。千葉街道側からしか店舗入り口に辿り着けないので注意されたい。開店前の時間調整なら、近所に石井食品のカフェ兼販売所があるので覗いてみるのも良いだろう。僕の好きなイスラエルワインが手に入るから、そこのことは信頼している。

 さて、川菜味さんに入店して早速注文する。上品で落ち着いた中華料理店さんの内装が嬉しくて、口を衝いて出たのは麻婆豆腐とライス。しまった、担々麺を食べに来たのに。でも折角川菜味まで出向いたんだし、これは外せないだろう。ランチ時なら川菜味御膳も間違いない。麻婆豆腐は塩味が強く、ライスと頬張ればうんうんと頷いてしまう旨さである。塩味が強いとは書いたが、決して塩辛いと言う訳では無い。鋭い旨味を強く感じさせるのを、塩味が強いと表現させていただいた。辛かろう臭かろう、市井の麻婆豆腐とは比べ物にならない丁寧さを感じずにいられない。

 店員さんから紙エプロンを勧められたのは、ニコル女史が襟元に手持ちのハンカチを広げて挿したためだ。おいおい、半知半能なら跳ねさせずに担々麺くらい食えるんじゃ無いのか。可愛らしい服装なのは分かるが。僕は紙エプロンを遠慮した。着ていたのは白いワイシャツだったが、担々麺を食べる時ってのは跳ねても又良し、跳ねなければ尚良しである。

 その担々麺は極細で喉越しが良いのに驚く。これがまた塩味が強い、いや鋭い旨味を強く感じさせる。非常に細粒に粉砕された白胡麻が、一面にさっと浮かんでいるのがきらびやか。熱々で辛さが後から来るスープはジャーに入れて持って帰りたいくらいなので、しっかりと胃袋に仕舞う。麺は大盛り、あっという間に無くなった。

『これじゃ無いんだよな』食後の満足感と込み上げる熱気に浸りながら思った。そして、そう思いながら、また近々お邪魔するであろうと感じていた。僕は呪われている。

 船橋市政の正義を守るという建前で軍務に励んでいる、万年中尉だが。で、あの女性とは別れた。それについては、追々書く機会もあるだろう。