【五月号】ヨモツへグリ #004 森下山利喜【キ刊TechnoBreakマガジン】

約束の地、シド。

約束という言葉は、優しさだ。

絶対や永遠などと言う、神との有耶無耶な契約とは違う。

人を信じる、人を信じている自分を信じる。

そこにしか約束はない。

約束の地、シド。

絶対は無い、だから面白い、それが楽しい。

大江戸線という、悪い冗談のような名の地下鉄があるとかないとか。

飯田橋地下には東西線、南北線、銀座線とあるが、大江戸線の乗り場なんて見かけたことがない。

などと言っては暴言にもなりかねないが、そういう視点もあるのだ。

無論、十分に調査してはあるから、知ってはいるが識らない。

ということは、大江戸線の方でも僕のことを知らないと言うことだ。

そういう存在ってあるだろう。

などと下らない事を思いながら、雨の日本橋室町の裏路地でモツ野女史を待った。

暑がりの僕にとっては心地よい冷気だ。

そろそろ彼女の、我々の世界での名が知りたくもある、それが僕にとってはyであると言うような。

しかしながら、識ることによってほんのわずかであったとしても関係性に変化が生じるのは望まない。

正体不明、謎の美女、モツ野ニコ美と、コードネームyこと優しい約束の宜敷準一。

こういう二人の関係のままがいいのだ。

お互いを契約で縛るような、優しくない真似はしたく無い。

サマになる渋いジャケットを羽織ってその女性サマは来た。

「今日は洒落た店でワインでもと思って」

「あら、イタリアンかしら。ハチノスをトリッパって言うのよね?」

大衆居酒屋の飲み物の選択肢の狭さに辟易していたためだろうか、彼女の瞳は普段見かけない色を帯びた。

「いや、すまないがそうじゃない」僕は苦笑しながら言った。「今日の大衆居酒屋は洒落ているからワインを提供するんだ」

意に反して爽やかな微笑み。

今夜、結果的に梅酒くらいはあったから、彼女が好きなソーダ割りを注文できたのも良かった。

門前仲町から二駅、もんじゃ焼きの街とは逆方向へ。

いよいよ、生きていて指折り程度しか乗ったことがない大江戸線に乗った。

願わくば、今日のお店へ足繁く通うようになり、大江戸線からも僕のことを知ってもらえますよう。

地上に出てみれば大きな十字路が、三ノ輪駅前大関横丁交差点を彷彿とさせる。

お牛様のモツも好きだが、お酉様に繰り出すのも縁起のいい風を感じられるから好きなのだ。

「ふぅん」お嬢サマみたいなモツ野女史が冷笑を浮かべて言った。「神社なんかに興味があるのかしら、全く別の施設に行くんじゃなくて?」

「行くのはそこでじゃない」

「不潔よ」

今度はキッパリ言われてしまった。

冗談が昂じてしまうのは僕の悪い癖かもしれない、反省だ。

「後悔しても反省しないが、一食一飯の宜敷準一なんじゃなくって?」

何だ読まれていたか、自己肯定感の高まるような否定の言を頂けた。

あるがままの姿だろうとあるべき姿であろうと、らしさを忘れてはならない。

「今日から僕は、優しい約束の宜敷準一だ」

「ふぅん、それなら私は、ミルキィでママの味のモツ野ニコ美ね」

信号待ちをして十字路を渡ってすぐにお店があるため、雨降りだが助かった。

本館と新館とがそれぞれあるのだが本館へ。

新館は煮込みを提供していないそうだ。

戸を開けると階段だけがあり、上か下かへ通じている。

そこで店員さんからの指示を受ける。

待たされることなく地下のテーブル席に通された。

ビストロという言葉がぴったりで、殆ど満席ながらそれほど窮屈な感じはしない。

十年ぶりくらいだろうか。

久しぶりのこのお店へのエスコートが叶って良かった。

ここに来るの、僕は結構楽しみにしていたから。

瓶ビールと、辛うじてメニューに載っていた梅酒ソーダを注文。

黒板に書かれている鰹の刺身、冷奴は海苔の佃煮を載せたものも。

テーブルで向かい合うと、さっそく唇の瘡蓋について聞かれた。

ありのまま話した。

一回ハズしたせいなのか、外れくじばかり引く羽目になったこと。

餃子に絞った焦点を少しハズして、焼き小籠包にしたら痛い目にあったこと。

目隠しして食べたら分からないかもしれない二杯の坦々麺は、それでもあの食感がもう気になっているのだということ。

赤星と梅酒ソーダと、お通しの細切り大根の酢漬け。

さらに最初の注文品が続々と届いた。

乾杯して飲み始める、仕事のことを忘れられる月に一度の時間。

六等分された冷奴を二人でつまむ。

モツ野女史は海苔の佃煮を自作したことがあると言うから驚いた。

飛んだ酒呑みじゃないかと思ったが、お茶漬けにするのが良いらしい。

僕の場合は時間がないからお茶漬けが好きなのだが、彼女はその時間を延々と煮詰める時間に費やしたのか。

煮たといえば筍も煮たのだとか。

職人魂の塊じゃないか、素直に感心する。

刈根流大衆活法の奥義に、無店無刀というのがあるが、それに通ずる。

店で飲まず自分で作る、包丁に頼らず自分で作るということに。

表面にごくごく薄く焼き目のついた鰹は、焦げた不快感や食感の差異を全く感じさせず、もっちりとした快感を口中に与えてくれる。

お刺身が美味しい大衆居酒屋さんは、高級割烹と言って良いのではないか。

他のお刺身、わけぎとマグロのぬた、コハダ酢こういうのも気になる。

食べきってしまう前に煮込みを二皿とガーリックトースト。

ここで僕はグラスワインも注文。

「ねぇ、さっきのハズしたって話だけど、一食一飯の社員食堂の回みたく?アレはきっと習志野軍閥行田士官学校の食堂って事よね、例の団地」その手の者とバレないように、彼女は声低くして目配せしながら言った。

読まれている、僕は苦笑して頷いた。

「ラーメンドラゴンボウルのお蕎麦の回とか。ねぇ、一体何の任務で長野県の山になんて行くのよ?」

無論、野外訓練の指導教官としてだが笑って誤魔化した。

熱々の素焼き皿に入れられて、ふつふつと音を立てている煮込みがやって来た。

持ち手は別添えの鉄器になっている。

入れ違いに串物を注文。

シロと呼ぶべき部位はすでに濃い茶色に変わっているのだが、プルプルした脂が付いていて食べ応えがありそうだ。

色の秘密は連綿とつぎ足された歴史と、それに使われた赤ワインである。

他にはギアラのみ、ネギが薄い輪切りになって載っている。

五十円ほど追加して煮卵入りの方。

頬張れば、店構え同様に洒落た味がして、僕はこういうのが好きだと改めて感じた。

ガーリックトーストなんて、洒落過ぎていて鼻につくと言わないでほしい。

パリの裏路地のビストロを、ここ森下の下町に再現したって良いじゃないか。

串物は普通といった印象。

ここは一皿二本で三百円である。

だから、二人で飲みに来れて幸いだった。