【2023秋号】『東京名酒場問わず語り』レビュー【キ刊TechnoBreakマガジン】

 読んだが良かった。私なぞ、CoCo壱でカレーを食ったと言うだけで、ダラダラと二千字書いたりがザラだ。しかし、『東京名酒場問わず語り』の奥祐介さんは、問われても無いのに語り出しせばきりが無いらしく、出るわ出るわこんなにあるかと言う程の名店に次ぐ名店。知られざる、いや知る人ぞ知る飲み屋さんの真実めいた秘宝がザクザクだった。一章に何件も紹介してくださる、これがすごい。

 大体こんな本は首都圏外の方には無縁だし、奥さんの様な東京者なら既に知っていることでもあるわけだから、誰に需要があるのかと言うと私みたいな田舎者にということになる。東西線の東の端から、南北線の北の果て、行動範囲が広そうでありながら出張は滅多に無いので都会に疎い。こう言う奴にはピッタリだった。

 大塚江戸一、神楽坂伊勢藤、知ってるよ行けるよ、けど行ったことはないのよ。電車降りて、ちょっと足を向けるのが億劫だったもんで。そんな気持ちを払拭してくれる。地図アプリに投稿されている幾多の写真より、筆者の語り口の妙でその気にさせられた。

 どこの職場にも呑助の通人は居るもので、そんなアニキやオヤジが後輩の指導にあたる。そんなご時世は過ぎたので、この本や筆者さんの様な先生に頼るしかない。名店でのお作法も書いてくれているから、こちらからわざわざ恥をかきながら体当たりで学ぶ羽目にならないのも助かる。もちろん紹介されているお店の数々は言わずもがな、勿体無いくらいうんと紹介してくれている。

 ははぁ、掲載誌は小林秀雄特集にロックンロール・ブックの石川一郎氏を呼んだ、あのen-taxiか。当時はそこの編集だった奥さんが、要請されて書き始めたと言うわけね。あの特集も、もう十五年前とは。で、連載されていたものがまとまって、やっと出たのが今年の三月だったと言うわけ。先生、刊行おめでとうございます。現在との齟齬を、各章末の追記が整えてくれているのも嬉しい限り。

 そんな本にサインまでしてお渡し下さったので読んだ。読んだが良かった。毎月必ずもつ焼きの名店を訪ねるぞと息巻いていた頃。東京中を足で探して、知られざる飲み屋の真実めいた秘宝を見つけ出すと言うわけにもいかず、ネット検索を適当にしていた。するとある日、真っ赤な表紙のこの本が引っかかった。高橋義孝さんの『酒客酔話』で止まっている自分からすれば、へぇ、現代の名店案内ってのは便利だろうなと思っていた所だったのだ。

 奥さんは大変エネルギッシュな印象の人で、偉ぶってなくて、お連れの方々もみんな上品ですぐ好きになった。品川の路地裏、店先で煙草を吸っていたら、ここの牛すじが辛いやつでねえ美味しいよ、とみんなを先導して来た。ええ、我々も真っ先に注文しました、さっきまで満席でしたが今は丁度がらがらですよ。と、自然に話せる気さくな人だったが、お連れの紳士が

「東京問わず語りの人、赤い表紙の」

とうっかりもらしたもんだから、私は取って付けたかの様に喜んでしまった。

「ギコウさんのお名前の入った札をね、最近江戸一は外しちゃったんだよね」

高橋義孝さんの系譜に連なる方とお見受けして発言した返しがこれだ。大塚江戸一、気張って行くぞと言う気になった。

 最後に、この本にあった数々のありがたかった中から一つ。神楽坂の伊勢藤にはいせとうとルビが振ってあった。名店の読みを間違えて覚えて居たんじゃ野暮の極みである。たったこれしきのことのおかげで、自分が半可通じゃ無くなったかの様な気がしている。格好佳いね、イゼットの和名みたいで素敵。あとは通うべし。

俺もやっとこういうお店にいける歳になったかと感慨深かった。