【2024冬号】西芳寺観光案内【キ刊TechnoBreakマガジン】

 利益を求めて苔寺の愛称で呼ばれる禅寺へ行って来た。人数制限があり、申し込みは前もってオンライン予約する必要があったので注意されたい。拝観料はクレジット決済で四千円。

 この日は十時半の開門に申し込みました。桂駅から最寄りの上桂駅まで歩いていると、築何十年という昭和の家並みが軒を連ねていた中に嫌らしく黒光したベンツが駐車してあったのが面白かった。線路沿いの住宅街というのはさぞかしの御喧騒だろうと、デヴィッド・フィンチャーのセブンを思い出した。

 上桂駅に着いたのが十時で、西芳寺へ向かう途中で十五分になった。遅刻するのが怖くなったので、タクシーを拾って届けてもらった。丁度五分で現地に着いた。

「あそこの右にあります」

 所々焦茶になった木々の緑が深い。虚子の『禅寺の苔をついばむ小鳥かな』が掲げられていた。列に並んでぼうっとしていると、確かに鳥の鳴き声がよく聞こえる。ここは西京都嵐山の麓である。さっきまで一駅歩いて来たのが対照的に思えたから良かった。

 境内の撮影は禁じられていた。門をくぐり説明を受けて進むと、すぐ左手に大きな石碑がそびえている。大佛次郎、鎌倉文士として小林秀雄関連の文章を読んでいるとたまに見かける、彼の文章を川端康成が揮毫したものだという。大意は『こんな所に来て、人々は何を思うのだろうか。手に入らない漠然とした文化を羨んで眺めるのか、それとも自分自身と地続きな生活の延長に愛しみを以って触れるのか。』そんな風なことが、筆者の優しさを感じられる格調高い文章で綴られていた。いいなと思った。

 すぐ先に瀟洒な本堂が鎮座している。順路としてはまず、そこで写経をさせてもらえる。受付で筆ペンが貰え、用紙に薄書きが印刷されているのを上からなぞる。なぞるのに集中するだけでも雑念が払われそうなものだが、頻繁に現れる『観』の字を書くのが煩わしく雑念だらけになる。そして待ち受ける最終行の署名、それまで書けた気になっていた筆ペンの字がみにくく崩れる。

 本堂を出て順路を先へ進む。ここからが苔寺の庭園だ。

 石畳から砂利道へ。自分の足音が静寂の邪魔になる。ジャリジャリ鳴るから砂利なんだ。俺もやっと小学生の程度に回帰できた。

 池の周りのぐるりが順路である。池はこの金剛池と黄金池とが瓢箪状に連なっている。

 ここの縁起は聖徳太子からスティーブ・ジョブスまで説明書きに記載されていたのに閉口する。ZENマインドって、忙し過ぎ働き過ぎ疲れ過ぎならば、過剰なものを削ぎ落とせって事?残念ながら、最近は自分自身を表す言葉がまさに法外たれなんだよな。

 室町時代の様子を復元するために発掘調査をこの先で行なっているという注意書きがあった。たしかに、先に調査をしているような人がいる。

 が、その人は庭師の方で古くなった苔を剥がし、新しいものと植え替えの作業をしていたのだった。馬鹿な自分。

 岩倉具視や千少庵(利休の養子)にゆかりのある茶室が丘の上に建っている。渋い。

 黄金池周りをぐるりと巡っていく。

 天候に恵まれたのは良かった。冬の苔寺だが、四季折々の表情を見に来たい。帰宅してから父に写真を見せると、冬でも青々とした苔が広がっているのに驚いていた。周りはほとんど外国人観光客だったが、写経の際に黙れと指示が書かれていた延長で皆静かだった。

 思いついたことのメモをTwitter(新X)に書き留めていると、世の中では政治家のカネ問題が目に飛び込んでくる。それだけ日常の煩わしさから無縁の場所を彷徨いているということなのだろう、一興々々。

 中央右奥に小舟が認められた。江戸川に浮かんだ釣り船たちとは比べ物にならない造りをしていて、悠久の時を感じずにいられない。ひょっとすると室町時代からそこに在ったかのような、茶室に負けず劣らずの感慨を催す。

 枯葉が流れていくのが見え、この池にも変転流転が訪れるのだと感じる。行く川の流れは絶えずして、とか、徒然なるままに、とか、知っていることがあるお陰でひたれる、救いみたいなものが赦されているらしい。教養は金では買えない、ここの流れみたいに時間をかけて汲まれていくものなのだ。

 うろうろしながら色々考えたが、虚しかった。考えることをやめ、全身を眼にして歩けないものだろうか。黙っていたのは写経の時くらいだ。言葉は邪魔だ。二週目に赴けば良いか。

 しかし、うろうろしてはいたのだが、日々やっているゲーム『MtG』の事はすっかり頭の中から消えていた。実は次回使用するデッキの必勝祈願にこの地へ来る必要があったのだが。これは次回も負けたかな。

 庭園から出て、帰りの順路へ。もう一度本堂の前を通ったので、さっきとは別な願い事をしよう。

 西芳寺を辞してすぐ、茶屋さんがお蕎麦を出していた。身体は冷え切っていた。なめらかなとろろ蕎麦は、苔を模したのか青海苔が散らされていて気分が良い。すぐ隣にもう一軒ある。

 上桂駅まで徒歩二〜三十分の道のりだった。

 みなさま、今年も宜敷おねがいいたします。今月のデッキは『西芳寺観光案内』。