【02】虚飾性無完全飯罪

CHAPTER:02 そこは男二人で行く場所じゃない

「スゥ空いてるな。ウィーゴーだ。」

唐突に付き合わされるのには慣れているが、We go.とは、あまりに赤裸々な誘い文句じゃないか。今日のWさんは、何かある。そう思ってスゥは、二つ返事を一つに統合し、小気味良く応じた。

午後四時過ぎ、二人は“団地”を出て一キロ強の道のりを足早に南下。当然、軍装ではなく私服である。Wは赤地に黒チェックのフランネルに、黒に近いインディゴのタイトなデニム。スゥは白いTシャツにシングルのライダースジャケットを羽織り、若干ダメージの入ったやはり黒っぽい紺のデニムを履き、メタルフレームでスクエアのサングラスをかけている。西船橋駅から武蔵野線で一駅、南船橋へ。電車は待たずにやって来た。

南船橋を拠点としている組織は大きく二つ。“連合”ことInternational Kidnapping Enterprise Association。そして、今日の偵察先、死神集団との呼び声高かりしLaLaMORTである。とはいえ数年前に第三勢力による壊滅的な打撃を受けて以来は鳴りを潜めており、その様子見として定期的に訪れる事が、彼ら習志野軍属の任務となっているだけなのだが。

浜町界隈は広い野原の上に線路、駅、集合住宅と量販店をただ乗せたかのような様相である。これでも、五十年前の活気を取り戻しつつあるとは言えるのだが。特に、LaLaMORTが沈黙してからは、浮浪者たちが暮らす区画と商業施設の区画とが明確になり、上辺だけならば華やかさすら間々見られる。その割に今日薄暗く感じられるのは、重く浮かんだ雲のせいだ。雨になるかもしれないが、彼ら二人が傘をさすことはない。

駅から陸橋を渡って、施設二階に足を踏み入れる。道中は制服姿の中高生や、どこの馬の骨とも知れない大学生の男女連れが目立った。LaLaMORT現役の時代には考えられない光景である。そういう手合いや、彼らに無縁の衣料品店を黙殺し、南区ハーバー通りへ出る。初めて訪れるならここは広大で入り組んだ施設だが、彼らからすれば庭のようなものだ。

「二時の方向。」Wが厳しい口調で発した。

ガラス張りの建物の中に座っていたのは、マッドネスパーカーことジョージ・パーカー。向かいには自称下町の犯罪王、ロバート・マクマキャヴィティ。“マイアミの職員”ジョン・バーキンまでもが居る。三役揃い踏みどころか、大三元役満レベルの共演だ。

「これは我々の手に負えませんよ。」盗聴班、追跡班、警戒班、偵察班、小隊レベルの動員が必要なのは明らかだった。

「ああ、覚えとくだけでいいだろう。」Wは前を向いてずんずん進んでいく。

「え?」三匹のローンウルフ達に背を向け、どんどん離れていく事に混乱した。

「あいつらがここに居たのはたまたまだ。そう考えるより仕方あるまい。」と言って、Wはある店の前で足を止めた。「報告は後。ここだ。」

スゥが外観を確認する暇もなく店内に入った。空席はわずか、賑わった店内だ。アロハシャツを着た店員に二名と告げると、小さなテーブルに案内された。木造りの内装で、真珠湾を意識しているのは明白のようだった。

「で、ここが、何です?」声を潜めてスゥが訊ねた。周りには女性客たちしか居ない。

「俺はパンケーキを食う。お前は何にする、おごりだ。」Wは至って真面目に言う。

スゥの頭の中で百機の空中攻撃機が舞い踊った。編隊は一斉に急降下し、彼の大脳皮質へ爆弾投下。桃色の爆炎と黄色い煙が立ち込める。前が見えない。airraid on pearlharbor x this is not drill真珠湾空襲、これは演習にあらず。

「トラ・トラ・トラって気は全然してないぞ。早く選べ。」Wはハワイアンサンプラーという、ホイップクリームにバナナ、マンゴー、ブルーベリー、イチゴ4種類のトッピングがそれぞれ乗った、ディナー限定のパンケーキを選んだ。

この店、Eggs’n Thingsのコンセプトは“All Day Breakfast”だと言う。朝ラーメン、昼にカレー、夜はハンバーグの典型と言った生活をしているWが、こんな店に興味を持つなんてどうかしているんじゃないかと思いながら、そのメニューに目を通す。パンケーキ、ワッフル、クレープ。屋台で出される粉モノばかりが、一桁余計な値段で提供されている。女性客ばかりの理由が分かった。時間は五時過ぎ、少し早い夕食というのにこれでは何が何やら分からない。だが、流し見ていたメニューの中に、猛烈に惹かれるエッグベネディクトの写真があった。これだ、と思った。ホウレン草とベーコン、スパム、BLTなど色々な種類があるが、スモークサーモンとアボカドが特に良い。還元性の糖を検出するベネジクト液とは何の関りもないだろう。

Wが女性店員を呼び、注文を伝える。ビッグウェーブと言う名のエールも頼んでいる。こんな小さなサイズの瓶ビールが八百円もすることに動揺したので、スゥは水で良いと言った。真珠湾価格ここに極まれりの感がある。そんなスゥの気を知ってか知らずか、すぐ運ばれて来たビールをコップに注ぎ、Wは気ままに飲りはじめた。目的の無い潜入調査染みたこの展開に、素面のスゥは気が気でない。

先ず、ビールが来てから十分後にスゥのエッグベネディクトが提供された。勿論、食べるのは初めてで、この店にこの料理があることを心の中で感謝したほどである。

「一口くれ。」届くや否や、Wが満面の笑みで言った。もう右手にはスプーンを握っている。

だが、Wが一口欲しくなるのも無理はない。それくらいに美味そうに見えるのだ。かけられているオランデーズソースの味も想像がつかないくらい美味そうだ。これを注文した自分が褒められているみたいで、スゥは嬉しくなって一口勧めた。

Wは右手に『二枚重ね』で握ったスプーンとフォークをサッと開いて持ち直し、西洋式サーバーの使い方でエッグベネディクトを掴むと、一口にそれを頬張った。あっと言う間の出来事だった。口いっぱいにおいしいを詰め込んだWは至福の表情で格闘している。残っているのは、あと一つのエッグベネディクトと付け合わせのジャガイモ。

「あっ!」遅れてスゥが発した。

「刈根流大衆活法、ジャックナイフ。」口中のおいしいをビールで洗い流し終えたWが、満足げに言った。

刈根流大衆活法とは、行田駐屯地で修める武術を彼がふざけて文字ったものだ。教官の小林少佐に聞かせてやりたい。拳骨十発は食らう羽目になるだろう。スゥは呆れて物も言えなかった。

「ま、ナイフは使ってないんだけどな。」何とも思っていないWは続ける。

「早く中佐になっちゃえばいいのに。この万年大尉。」憮然としてスゥは言った。

准尉から始まり、一年ごとに順調に昇任し、四年目に大尉という前代未聞の出世を為して以来、もう七年間もその階級で留まっていることから、Wは畏敬や軽蔑の念が入り混じった『万年大尉』の名で陰口を言われることもある。公然の秘密として、無い事になっている特務部隊の昇任は遅いものの、四十台で少佐というのが一つの目安だ。スゥの言を聞いて、Wはにやにやしている。

そうこうしているうちに、Wの注文が届く。ただし、隣のテーブルに、だった。そこには女性客二人組が座っていたが、その場で注文していないと言って、店員が間違いに気付いた。その不手際にWは不承々々で皿を受け取った。男が注文するはずが無いと店員から思われているのだ、という思い込みがWの頭を支配しつつあるようだ。

「ともあれ、PKでKPだ。」気を取り直してWが言った。

「何ですそれ?」

「パンケーキで乾杯っていう。」

「遊星からの物体エッグスじゃないですか!」脳かという程に盛られたホイップクリームに驚いたスゥが発した。

「原題はThe Thingだしな。」Wはマンゴーが乗ったパンケーキをナイフで切り、クリームをたっぷりとつけて頬張った。口を動かしながらナイフを指し示し、残り三種類のうちから一つ選んで良いぞという手振り。クリームの甘さはかなり抑えられているので、脂肪分の嫌な味が分かってしまう。卓上にあるメープルシロップ、濃厚なココナッツミルク、クランベリーソースのいずれかをかけなければならないのだろう。これらはどれも強い甘さだ。自分も有り付けるのだと分かったスゥは少しばかり機嫌が良くなって、付け合わせのジャガイモを一粒ずつつまんでいる。無論、エッグベネディクトも最高だった。オランデーズソース作りに挑戦したいと思うほどに。

しかし、幸せだったはずの時間は急に終わりを告げた。店内のシャッター音をWの耳が捕らえてしまったのだ。そちらを睨み付けると、案の定、女性客がカメラを使っていた。後はいつもと同じ。盗撮されたと喚き散らしながら、銃を抜いて客を恫喝するW。確認した画像に写っていたのは当然Wであるはずもなく、その女性が注文した料理だった。

「こんなモンの写真が何になるんだ!ネットに上げるんじゃねえ、この承認欲求の亡者め!この一皿はお前では無い、決して!受けたサービス自慢をしているお前は、何者でも無い!只の消費者風情が、傷の舐め合いを見せつけるんじゃねえ!自炊した調理なり創り出した作品なら良いんだ、紛らわしいシャッター音を聞かせるんじゃねえ!」振り上げた拳を、その女性の有り様に向けて殴りつけたW。

泣き出す女と、店員の叫び声。それ以外は客たちの沈黙。高い金で非日常の体験を買っているはずの店内の雰囲気は、一気に現実世界の中にあるはずの危機に直面したようだ。そして遂には、二人の男たちは店から追い立てられ、雨脚が強くなった外へと出された。

目立ち過ぎも良い所なのですぐに彼らは二手に別れて帰路へ着いた。Wは徒歩で船橋競馬場駅方面へ。もうずぶ濡れになったネルシャツ。軍装のコートと軍帽が恋しい。稼業の軍属と、趣味の飲み食い。本当の自分はどちらなのだろう。そう思いつつも、気の合う仲間がネットに上げた新しい写真は相変わらず、買ってきた肉を豪快に調理したものだったから、自分が拳を振り上げたことには後悔も反省も無いのだった。触発されたWは、駅前のフォルクスでスペシャルロインセットを平らげてから帰った。

 

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