【一月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #009 高田馬場 餃子荘ムロ【キ刊TechnoBreakマガジン】

禍原先生の酒客笑売、高田馬場という地名を久し振りに聞いて、少し懐かしくなった。

機会があれば行ってみたいと思っていた餃子店があるためだ。

餃子荘ウロ、気紛れに其処へ行ってみよう。

調べてみると、一九五四年創業だというから驚いた。

歴史の長さとは、信頼の深さの表れである。

学生の頃に全く認知していなかったのは、駅前から少しばかり逸れているためだろうか。

ルノアールを越えた辺りからは踏み込んだことが無い地区だ。

お、と思った飲み屋さんや、別で行ってみたいと思っていたトンカツ屋さんを見遣る。

いくつ目かの通りを右に折れる小径、お店は簡単に見つかった。

先客二名、空いているカウンターに勝手に座らせていただく。

荷物は後ろに置くよう、勧めて頂いた。

九人がけ、二人がけのL字カウンターが店内の全てだが、清潔感がある。

二階席もあるらしく、土足厳禁でスリッパが多数置かれていた。

ここも席を間引いているように感じられる。

取り立てて下調べもしないままにメニューを見ると、驚いた。

ビールも、つまみも、さらには餃子も高い。

この価格設定で成立するのだろうか。

高価格だから先客二名なのか、先客二名だから高価格にせざるを得なかったのか。

腑に落ちないながら、好みの物を物色。

餃子荘と冠している割に、麺類、飯類、その他料理はそれなりにあるから、餃子専門店と言うわけでは無い。

ピータン豆腐、豚の骨付き唐揚げ、瓶ビールは小瓶のみ。

女将さんから、どれにするかと聞かれ、メニューをよく見るとなるほど大体の種類が揃っている。

プレモルを選択。

突き出しがネギみそ、ネギの辛味が絶妙だ。

正面で真面目そうな亭主が餃子をこしらえている。

会話によると、明日送って明後日着くらしいのだが、カウンターに着席していたオヤジが礼を言っていた。

待っている間に、と言って亭主がオヤジに酒瓶を寄越していた、いくらでもどうぞと添えて。

オヤジは、こんなに良いお酒をと感激していた。

優しげな、渡哲也似の亭主である。

薄皮カリカリの豚唐揚げが先に届いた。

中華スパイシーでかなりの香ばしさを出している。

骨の周りの肉が美味いとよく聞くが、ゼラチン質で確かに美味い。

このお店が採用しているのが骨付きでなければならない理由がハッキリした。

こういうのは他所で食べたことがない。

しかし、残すところあと一つというときに、歯が折れそうなのが混じっていたので、念のため僕は次回以降は遠慮しておこう。

塩分を控える気持ちに加えて、いつまでも自分の歯で食いたいという願望がある。

さて、唐揚げを食べ終える頃にピータン豆腐が入れ替わりでやって来た。

そのタイミングで、餃子を注文する。

此処のお店の餃子はにんにく不使用だそうで、非常に落胆した。

以前、ビールを提供していない餃子屋さんに這入った時と匹敵しかねない。

何も考えず、にんにく餃子を注文。

丸で入っているという註が付いていた。

しかしなぁ、どれも一皿七百円、さすが老舗と言うべきか、時代が違うと言うべきか。

さて、遅れてやってきたピータン豆腐。

視界の隅に、絹豆腐をキッチンペーパーか何かに包み、念入りに水分を切っていた様子が見えた。

時間がかかった分だけ、美味い気がする。

いや、口当たりがしっかりとしていながら非常になめらかだ。

この一手間かけた絹ごし豆腐なら、家でウニやイクラなぞを載せても水っぽくならず美味かろう。

今度やってみたい。

一口食べ終えてから、添えられている薄い金属製の蓮華を使って全体をざくざくに切って、混ぜてしまう。

激安中華食べ放題のお店では、どんぶりに入っているやつをスプーンでぐるぐるに混ぜて食べることが多い。

熱々の唐揚げのあとに、さっぱりと清涼感のあるピータン豆腐、この順序もすこぶる良い。

丁度食べ終える頃に、餃子が提供された。

「チーズ二つ付けときました」

寡黙だが人柄の良さそうな親父さんから、温かいサービスをしていただいた。

新規の客に親切なのはありがたい。

それにしても随分と小ぶりだ、サービスされたにせよこれで一つ百円の計算か。

タレは、前もって調合されたやつが小皿に入れられて出された。

カウンター上には箸入れくらいしか入れられていない。

チーズから頂くが、カレーの風味がするのは気のせいではなさそう。

噛んでいるうちに、口内にチーズが残った。

メニューにはエダムチーズ入りと書いてある。

エダムチーズって何だろうか、さけるチーズのような食感がする。

にんにく餃子は、しっかりホクホクになったにんにくが半かけほど入っている。

ちなみにタレは、酢醤油4に味噌1といった風情のやつだ。

食べ終えて会計を済ませようかと思うと、先にカウンターのオヤジが支払った。

三万円である。

それだけの数量の、おそらく三百個という郵送を依頼しに来ていたわけか。

彼はしばしの別れめいた口上を述べてから、「お元気で」と言って出ていった。

僕はそれに続いて三千円ほど払って出た。

半時間程度の滞在で、僕たちお客三人と、後から来た三、四人とが入れ替わる格好になった。

芳林堂側へ向けて歩き出すと右手にすぐ、肉汁餃子を大きく打ち出した店が現れた。

立て看板には書かれていたのは

「餃子とビールは文化です」

それを見て、僕は何とも言えない心地になった。