【三月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #011神楽坂龍朋【キ刊TechnoBreakマガジン】

昼間っから飲酒するのだと、いつに無く意気込んでいた。

酒気帯びの方が気楽にやれる事もある、などと何かに影響を受けていたのかも知れない。

実際そうだ、勤務中に酒気帯びでいると日常が上向くという筋の映画を観た。

この日、僕は十二時半からの勤務で良かった。

車の運転は絶対に無い。

最高のお店で餃子とビール。

僕はかつて一度だけ行ったことのある、神楽坂の炒飯で有名なお店に決めた。

なぜ炒飯なのか、やはりそれもテレビ番組の影響を受けたらしかった。

お店の名は雛朋。

行列必至なのは知っていたから、開店の時刻である十一時に合わせて赴いた。

「炒飯でビールとは、オツであるな」

何処からとも無く帰還した、夏見ニコルが仰々しくのたまった。

「いやいや、違うよ」この自称龍神とやら、浅いぞ。「炒飯の名店で炒飯を注文せずに、餃子でビールを飲むのという行いがオツなんだ。で、そこの麻婆豆腐がね、宇宙一優しい味した麻婆豆腐なんだよ」

と言いかけると、小柄な彼女の可愛らしい笑顔がキラリと光ってこう言った。

「この自称変態食欲、浅いぞ。雛朋は餃子を提供してはおらん、半知半能を侮るでないわ」

この数ヶ月に起きたちょっとした事が、走馬灯の様に頭をよぎった。

自分がどうやら死にかけた事、いやおそらく死んでしまった事。

胸に銃弾を受けたのだから無理もない。

さらに、何故か知らないが僕が今生きている事。

僕の蘇生にどうやらこの、自称龍神とか言う女性、夏見ニコルが介在したらしい事。

きっと僕の味方であり、ずっとそばにいてくれるであろう女性、モツ野ニコ美との出会い(別れたく無いし、死に急ぎたくない)。

抑えが効かなくなってきた僕の食欲と、変わりつつあるヨモツヘグリの意味。

古くからの友人、エージェントW大尉が、最近姿を見せなくなった事も気掛かりだった。

「そんな事より、良いのか。“最終回”に主役の餃子が不在で」

僕は一瞬、天を仰いだ。

そんな僕の心情を、一瞬も二瞬も先回りして彼女が満足そうに言った。

「最後の最後にハズしてみる、それはそれでオツであるな。貴様は、一年前には手作り餃子でもこさえようとしていただろ」

「だからこう言うんだよ、もう付属の餃子のタレは使わない、って」

「おお、肉体という脆弱な牢獄から解き放たれた魂は、いよいよ己の教義からも自由になったか!それでこそ我が見込んだ男!」

彼女が予見した通り、炒飯でビールというオツな展開となった。

着席からわずか一分程度で炒飯が出てきたからだ。

大盛りにしたから、皿の上に双子のようなコブが並んでいる。

グラスに入れた瓶ビールを一口飲んだくらいの頃合いだった。

広大な砂漠のようなやつをレンゲですくってかきこむと、熱すぎずしっとりしていて具沢山の炒飯が口の中で爆発したので、直ぐにビールで流し込んだ。

炒飯でビールか、これは面白い。

続けざまに麻婆豆腐が到着する。

血の油の中で煮えたぎったやつでは無く、やわらぎのある赤みをとろとろの餡が包んだような料理だ。

これも一口。

久しぶりに食べたが、やはり独特で他所にはない味。

辛くないわけではない、ほどほどの辛味が小気味良い。

このお店、やっぱり好きだと実感し、嬉しさにたまらず回鍋肉も追加した。

後から続々と入店しているお客たちの分の調理があるので、少し待つように言われたが、まだ一口ずつしか食事は進んでいないのだから何も問題はない。

そして、回鍋肉の提供は予想の十倍は早かった。

この回鍋肉は、他の料理と比べて量が少なめに見える。

味噌ダレが全体的にべっとりと付いていて、強烈な味がしそうだったが、食べてみるとこれがまたしても優しさを含んだ味わいだった。

最近、回鍋肉食べてないなあ、などとしんみり想う。

龍神ニコルも続けて食べているが、その食べ順やビールを飲むタイミングなど、僕にそっくりなのに気付いて笑ってしまった。

「知っている事と実際の行動とが乖離すると言うのは、善悪の範疇を超えているのだ。」回鍋肉の肉と野菜を両方箸でつまんで、彼女は口に入れた。「一緒に食べる方が美味だと知っていながら、先に野菜から食べてしまう貴様とて同じ事」

「さて、次は何を注文する。麺類なぞ十種はあるぞ、貴様からすれば飲み物なのだろう。胃の腑に入れた物、悉く吐き戻してまた食らうが良い」

「悪しき龍神よ、去れ。僕はもうヨモツヘグリの戒めからも自由だ」

「ヨモツヘグリのyから、一個の小さき者に成るか。優しい約束が恐れ入ったわ。だが、我は往ぬる前にやきそばを食らおう」

やきそばと聞くとソース焼きそばを連想しがちだが、雛朋の場合は野菜餡かけの滋味深い一品だった。

麺もきちんと焼けており、色々な食感が楽しい。

中華丼の上にかかっているのがおそらくこの餡なのだろうが、その日その日の気分で変えられて良い。

何より、僕の中華料理店での選択肢に中華丼が加えられた記念すべき一皿である。

ニコルに礼を言うと彼女は煙のように姿を消したが、また直ぐにでも顕れるだろうと言う予感は残して行った。

大満足の翌日、十一時。

僕はまた雛朋さんの先頭に並んでいた。

一度に食べきれないならば、分けて食べにくれば良いとおもったからだ。

焼きそばには感動した。

では、このお店のラーメンはどうだろうか、それを確かめに来た。

美味しかった炒飯大盛りとビールを注文して着席。

直ぐに二つとも配膳される、食べたい時に速いのは嬉しい。

「麻婆麺ください」

持ってきてくれた店員さんに追加で注文する、大盛りにはしなかった。

十種類近くある中で、なぜか一番確実そうな感じがしたのだ。

今までに麻婆麺を注文した事があるのは、他に仙台にあるまんみさんだけなのだが。

まだ三口くらいしか食べていないのだが、麻婆麺が到着した。

風が語りかけるかのようです。

速い、速すぎる。

兎も角、早速一口頂く。

醤油ラーメンの上に、少し麻婆豆腐がかけられている。

つゆに沈み込まないよう、慎重に麺に絡ませながら啜る。

独特だな、と言うのが率直な感想で、ちょっと唸ってしまった。

このスープは、炒飯を注文しても付いてくるのだが、魚介が強く主張していてなかなか他所で味わう事がなかった。

癖のあるような魚介と調和するかの様に、辛さ甘さを併せ持つ麻婆豆腐が味に変化を付けている。

『今度来たら、ラーメンと麻婆豆腐を単品で注文して一緒に食べてみよう』

炒飯は一先ず置いておき、食べたかった麻婆麺を手繰った。

初めての味わいに感動したのが食を進めたのもあるかも知れない。

すると、ここで手が止まった。

するすると心地良い麺を食べ終えると、しっとりとしていながらもっさりとした炒飯が喉を通りづらくなっていたのだ。

もちろん、単純にお腹いっぱいになっているという事もある。

まだ、ゆうに一人前は残った炒飯を前に、僕はレンゲを持ったまま動けなくなってしまった。

天啓、彼方より来たり。

この炒飯に、麻婆麺の残ったつゆをかけたら、スープ炒飯になるぞ。

碗底に沈んだ麻婆豆腐の残欠は、再び炒飯の上に。

皿は染み渡るスープで満たされ、新たな展望が眼前に立ち現れた。

ヨモツヘグリとは、言わばこの麻婆麺汁かけ炒飯のようなものだろう

熱狂的に恋をして、燃え尽きて次へとうつろう。

もう餃子を食うこともあるまいか。

先ほどの喉の通りとは打って変わって、軽快にさっさっとかき込める。

こんなことやってしまうのは失礼だが、一緒に注文したのならやらない方が損だ。

良い食べ合わせを探し出せて満足している。

僕はきっと塩分過多で死ぬ。

そう思うと、Wの事が気がかりだ。




もう付属の餃子のタレを使わない 了

【二月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #010 催事の551蓬莱【キ刊TechnoBreakマガジン】

地域と人とに張り付いている事を生業としていたから、飛行機にも新幹線にも乗らない。

何なら東京駅を使うという事もない。

崎陽軒のシウマイ弁当がジェットだとか知らない。

何世代も昔に販売中止になったとは言え。

先日、関西の同業者と雑談していて、5050蓬莱の話題が出た。

そういえば、下士官だった友人と何も考えない気ままな行楽に一度だけ関西へ行った帰りに買ったっけ。

結果的に強行軍となり非常に疲弊して帰ってくることとなったが。

その時たまたま甘酢のかかった肉団子を買って、帰りの新幹線でビールを飲んだ。

それはこれ以上無いほどに美味しい肉団子で、ちょっとこれ以上の美味いものが駅で売られているようなお惣菜では太刀打ち出来ないであろう事を直感させるものだった。

で、その同業者が言うには、催事かなんかで関東にも出店することがあるから、気にしておくと良いとの事だ。

調べてみれば、なんと明後日から船橋で開催されると言うではないか。

僕は、嬉々として初日を迎えた。

無事仕事から解放されて夕に会場入り、催事場へ急いでいるのは閉店間際だからと言うわけでは無い。

まだまだ時間には余裕がある。

急いでいるのは早く食べたいからだ。

我ながら食い意地が汚くて恥ずかしいが、息を切らせて五階に到着した。

京阪の名産が所狭しと出店しており、大盛況だった。

なるほどね、5050しか無いものかと思っていた。

本当に久しぶりに催事場と言うものに足を運んで、色めき立っている。

お目当ての店舗では、数多くの職人さん達が、せっせせっせと肉まんを包んだり、蒸籠を運んだり、そこへぐるりと並ぶ行列の最後尾には案内のスーツ姿。

表示が出ている。

本日の整理券の配布は終了しました

また来ればいいとかそう言う前向きさのまま、消沈は五階から垂直落下の気分だ。

整理券を獲得できなければ買えないというなら、日中働いている僕はもうお手上げである。

あの時、どうして肉団子だけしか買わなかったんだろう、餃子や肉まんは家に持ち帰って焼いたり蒸したりが必要なやつだったからか。

噂に聞く以上の大人気は、喉から手が出んばかりという比喩に相応しいものである。

なんだか頭の中が蒸籠のように朦朧として来た。

「いつものパターンでは無いか」

僕の頭に、またあの声を聞く。

「外す回はたまにだから外しになるのだ」「この後、近所の下らん餃子などで済ませようとはすまいな」「本当のハズレ回など読みたくはない」「食うのはいい」「だが、タダで食うことまかりならぬ」「餃子も焼売も肉まんも食え」「もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)とはどう言う意味だ」「書け」「食え」「書くために吐け」「我は貴様が地獄でのたうつ様な暴飲暴食が読みたいのだ」「吐け」「書け」「とくと見せてもらう」

そんな事があった日から四日後。

僕は幸運なことに、丸々一日の休みを得ることが出来た。

降って湧いた様な突然の休暇だった。

僕の仕事は朝早くからの行動を強いられるため、大抵は夜の九時前から飲み始めて十時には寝てしまう。

だから、有難い事にその休みの前は眠りに着く時間など気にせずに飲んで、目覚ましをかけずに寝た。

ところが、である。

昼間まで寝ていたかったのに、何故か午前九時半にむくりと身体が起き上がった。

変だ。

睡眠時間は十分に確保できたかもしれないが、僕はそんなにあの餃子が食べたいとでも言うのだろうか。

シャワーまで浴びてしまった。

こう言う休日は、昼まで布団の中に籠って、腹が減って身動きが取れなくなる事が多いのに。

ちょうど店が開く時間に着くだろう。

集合住宅の部屋を出て、階段を降り、裏路地を縫って近所の催事場へ行く。

僕は京成船橋駅のすぐそばに住んでいる。

そこの駐車場に彼女がいた。

年頃二十歳過ぎの、フリルは付いた空色のワンピースを纏った女性だった。

表情はあどけなさと、目鼻立ちの綺麗さが同居した、妖しい美しさをしていた。

まるでこの駐車場の一角だけ、現世から隔離されて、裏路地からさらに隠れる様な羽目に遭っているような、そんな異様な感じがする。

だが、僕は彼女を知っている。

「私は夏見ニコル」

彼女が浮かべた笑みは、僕を睥睨する様な不遜に満ちている。

「貴様の宇宙で唯一の読者だ」

宇宙で唯一とは大袈裟な気もするが、言われた僕はそれで全て合点がいき、少し嬉しい気持ちがした。

どう言う訳か、僕たちは互いに自己紹介の必要も無さそうだった。

一食一飯に訪れた駅周辺の飲食店を幾つか、例えば回転寿司とその向かいのラーメン屋さんとかを紹介しながら、我々は今度こそ催事場へ向かった。

整理券は、開店から十八時までの間ならいつでも並べるものだった。

朝一番だ、一旦引き返してもう一度並び直そう。

僕たちは近くのスーパーで、デンマークかどこかのクラフトビールを買って来た。

行列は最後尾で四十分待ちと表示されていたが、僕たちは二十分程度で済んだ。

迷わず二千五百円くらいのBセットを一つ。

これには餃子が十五、焼売が十、肉まんが六入っており、5050を網羅できる欲張りかつお買い得なセットだ。

だって、十五個入りで六百円しないと言う事は、五個で二百円しないって事だ。

お店で食べる半額ではないか。

「何にするの?」

「多元宇宙に持ち帰ると怪しまれるから」

はたから聞けばブッ飛んだ事を、夏見ニコルと名乗った女性は返答する。

特に説明も無いままにこちらも頷く。

人の身体で顕現している時は、半知半能程度しか力を発揮できないのだそうだ。

それでも十分ブッ飛んだ性能だが。

僕が会計を済ませると夏見女史が続けて注文を始めた。

焼き餃子と肉まんだ。

半知半能では、三十分前後行列に並び直すと言うのはしんどいのだろうか。

赤い紙袋に入ったBセットを受け取ると、ズッシリと重い。

僕の感慨がそのまま質量になっているのだろう。

ちょうど隅に一息入れられる様なテーブルと椅子があった。

ここは何も買わずに帰宅する事を余儀なくされた際に確認していた。

僕の様に、そこで食べてしまおうなどと心得ている人は少なく、座席には余裕があった。

きっと、となりで売ってるアイスか何かを食べる場所なんだろう。

「何に乾杯するんだい?」

「永遠の命に」

随分と優しく無い話題を好むようだ。

よろしくと伝えて缶ビールを開栓、グッと飲む。

さて、それでは焼餃子だ。

箸、それはバッグの中に他所で買い物した時に使わなかったのが何本もある。

紙箱の熱気がたまらない、辛抱し切れずパクついた。

ぐわ、ドーンと来る香味野菜が濃厚で、これはビール以上にご飯食わせる様なやつだ。

はっきり言って、この月一餃子で一番美味い、海神軒ゴメン。

日本で一番美味しい餃子ということなら、それはすなわち多元宇宙で一番美味しい餃子という事である。

そんな餃子を夏見ニコル女史にも五つほどお裾分けし、ペロリと食べてしまった。

続いて、大きな紙箱から冷める前に肉まんを一つ、ほじくり出すようにして手に取った。

かぶりつくと、もちっとした皮の芳醇な甘みと、中味の香味野菜の濃厚さが、口の中で兄弟戦争を引き起こしている。

これがたまらなく取り合わせが良いから、食べながら笑みがこぼれてしまう。

やはり、タレに付けでもしなければ食べられない様な餃子は紛い物である。

だが、それは裏を返せば、僕が忌み嫌う塩分を身体の中へ筒抜けにさせてしまっているということでもある。

僕はちょっと黙ってしまう。

家に着いてから意外に思った事だが、焼売の紙箱を取り出した時が一番ズシリとした感じがあった。

言われてみれば、焼売なんかはほとんど肉と言って良いだろう。

味は無論のことである。

夏見女史との顛末は、来月に譲るつもりだ。

【一月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #009 高田馬場 餃子荘ムロ【キ刊TechnoBreakマガジン】

禍原先生の酒客笑売、高田馬場という地名を久し振りに聞いて、少し懐かしくなった。

機会があれば行ってみたいと思っていた餃子店があるためだ。

餃子荘ウロ、気紛れに其処へ行ってみよう。

調べてみると、一九五四年創業だというから驚いた。

歴史の長さとは、信頼の深さの表れである。

学生の頃に全く認知していなかったのは、駅前から少しばかり逸れているためだろうか。

ルノアールを越えた辺りからは踏み込んだことが無い地区だ。

お、と思った飲み屋さんや、別で行ってみたいと思っていたトンカツ屋さんを見遣る。

いくつ目かの通りを右に折れる小径、お店は簡単に見つかった。

先客二名、空いているカウンターに勝手に座らせていただく。

荷物は後ろに置くよう、勧めて頂いた。

九人がけ、二人がけのL字カウンターが店内の全てだが、清潔感がある。

二階席もあるらしく、土足厳禁でスリッパが多数置かれていた。

ここも席を間引いているように感じられる。

取り立てて下調べもしないままにメニューを見ると、驚いた。

ビールも、つまみも、さらには餃子も高い。

この価格設定で成立するのだろうか。

高価格だから先客二名なのか、先客二名だから高価格にせざるを得なかったのか。

腑に落ちないながら、好みの物を物色。

餃子荘と冠している割に、麺類、飯類、その他料理はそれなりにあるから、餃子専門店と言うわけでは無い。

ピータン豆腐、豚の骨付き唐揚げ、瓶ビールは小瓶のみ。

女将さんから、どれにするかと聞かれ、メニューをよく見るとなるほど大体の種類が揃っている。

プレモルを選択。

突き出しがネギみそ、ネギの辛味が絶妙だ。

正面で真面目そうな亭主が餃子をこしらえている。

会話によると、明日送って明後日着くらしいのだが、カウンターに着席していたオヤジが礼を言っていた。

待っている間に、と言って亭主がオヤジに酒瓶を寄越していた、いくらでもどうぞと添えて。

オヤジは、こんなに良いお酒をと感激していた。

優しげな、渡哲也似の亭主である。

薄皮カリカリの豚唐揚げが先に届いた。

中華スパイシーでかなりの香ばしさを出している。

骨の周りの肉が美味いとよく聞くが、ゼラチン質で確かに美味い。

このお店が採用しているのが骨付きでなければならない理由がハッキリした。

こういうのは他所で食べたことがない。

しかし、残すところあと一つというときに、歯が折れそうなのが混じっていたので、念のため僕は次回以降は遠慮しておこう。

塩分を控える気持ちに加えて、いつまでも自分の歯で食いたいという願望がある。

さて、唐揚げを食べ終える頃にピータン豆腐が入れ替わりでやって来た。

そのタイミングで、餃子を注文する。

此処のお店の餃子はにんにく不使用だそうで、非常に落胆した。

以前、ビールを提供していない餃子屋さんに這入った時と匹敵しかねない。

何も考えず、にんにく餃子を注文。

丸で入っているという註が付いていた。

しかしなぁ、どれも一皿七百円、さすが老舗と言うべきか、時代が違うと言うべきか。

さて、遅れてやってきたピータン豆腐。

視界の隅に、絹豆腐をキッチンペーパーか何かに包み、念入りに水分を切っていた様子が見えた。

時間がかかった分だけ、美味い気がする。

いや、口当たりがしっかりとしていながら非常になめらかだ。

この一手間かけた絹ごし豆腐なら、家でウニやイクラなぞを載せても水っぽくならず美味かろう。

今度やってみたい。

一口食べ終えてから、添えられている薄い金属製の蓮華を使って全体をざくざくに切って、混ぜてしまう。

激安中華食べ放題のお店では、どんぶりに入っているやつをスプーンでぐるぐるに混ぜて食べることが多い。

熱々の唐揚げのあとに、さっぱりと清涼感のあるピータン豆腐、この順序もすこぶる良い。

丁度食べ終える頃に、餃子が提供された。

「チーズ二つ付けときました」

寡黙だが人柄の良さそうな親父さんから、温かいサービスをしていただいた。

新規の客に親切なのはありがたい。

それにしても随分と小ぶりだ、サービスされたにせよこれで一つ百円の計算か。

タレは、前もって調合されたやつが小皿に入れられて出された。

カウンター上には箸入れくらいしか入れられていない。

チーズから頂くが、カレーの風味がするのは気のせいではなさそう。

噛んでいるうちに、口内にチーズが残った。

メニューにはエダムチーズ入りと書いてある。

エダムチーズって何だろうか、さけるチーズのような食感がする。

にんにく餃子は、しっかりホクホクになったにんにくが半かけほど入っている。

ちなみにタレは、酢醤油4に味噌1といった風情のやつだ。

食べ終えて会計を済ませようかと思うと、先にカウンターのオヤジが支払った。

三万円である。

それだけの数量の、おそらく三百個という郵送を依頼しに来ていたわけか。

彼はしばしの別れめいた口上を述べてから、「お元気で」と言って出ていった。

僕はそれに続いて三千円ほど払って出た。

半時間程度の滞在で、僕たちお客三人と、後から来た三、四人とが入れ替わる格好になった。

芳林堂側へ向けて歩き出すと右手にすぐ、肉汁餃子を大きく打ち出した店が現れた。

立て看板には書かれていたのは

「餃子とビールは文化です」

それを見て、僕は何とも言えない心地になった。

【十二月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #008 浦安 秦興【キ刊TechnoBreakマガジン】

自分が死んだ感覚を鮮明に覚えている。

僕は、酔っていた訳ではないから。

殴られるのには仕事柄慣れていたが、不意の衝撃だった。

胸元を、どんと殴られた感覚。

深海に、どぼんと突き落とされた感覚。

気が動転して視点も定まらず、見慣れない天井をそれと認識できないまま。

苦しい、苦しい、だがすぐにその苦しみも麻痺していく。

最期に見るような彼の表情は、鏡に映した僕自身の表情だったのかもしれない。

Wの青ざめた顔が、あと数秒だけ僕をここに留めてくれた。

それが信じられない。

ハインツのケチャップでしたとか、まだ開栓して間もない赤ワインでしたなんて。

僕は死んだはずだ。

なぜなら声を聞いたから。

「記事は読んだ」と。

「生い立ちは総て見返した」と。

「私は全てを読むものだ」と。

「もっと食え」「まだ書け」「人の倍では足りぬ」「寿司で冷えた体を温めるラーメンを食う前に、焼き肉屋へ這入って最後は牛丼屋に行け」「合間に吐け」「口にできない物を口にすることを、ヨモツヘグリと称すること罷りならぬ」「伊邪那岐がこの世とあの世とを行き来した程度では満たされぬ」「お前は行ったり来たりを繰り返すのだ」「それは成人でも童でもない埒外の存在だ」「満腹と空腹とを止め処なく行き来していろ」「二つの矛盾を内包すること罷りならぬ」「ついでに膣内射精障害にしてやる」「私は夏見ニコル」「お前の背後で全宇宙を睥睨する者だ」「目覚めろ」「立て」「食え」「食って吐け」「書け」「駆けろ」「賭けろ」「お前は敷居を踏んでいる」「いや、お前は内と外を行ったり来たりし続ける」「禁忌を犯せ」と。

改札の前に彼女が、モツ野ニコ美女史が待っていた

青いニットが良く似合っている。

「急に、何というかその、不安になってしまって。こういう仕事をしていると、いつ急に、会えなくなるか分からないから」店へ向かって歩き出しながら言った。

「貴方が消息不明になっても私の所には詳細が来るはずだから、安心して」彼女は快活に笑って言った。「それに私たちは探す側であって、決して探される事はないわよ。人員が割かれるような事無いもの、代わりは多いんだし」

僕はそれでも切り出した。

「つながりが欲しくて、偶像崇拝的で嫌だと思わなければ、同じ指輪をはめていたい。今度、それを見にいくのはどうかな、来月にでも」

「お酒の力を借りずによく言えたわね。」彼女は大笑いしたが、照れかくしのようでもあった。「給料の三ヶ月分は覚悟できてるのかしら?」

「もちろん」

ロマンティックな事なぞ何も無いが、そのまま中華料理店へ這入った。

急に呼び出したのだが、彼女は応じてくれた。

のみならず、僕からの申し出も許諾してくれたようだ。

楽観主義者の僕が、こんなに不安になった事はおかしい。

その日は彼女の地元である浦安に来た、というか押し掛けた。

事前に調べて良さそうな和食店は予約満席だったため、こちら秦香さんを予約した。

モツ野女史も訪れた事はないそうだが、駅から近かったので案内してもらった。

駅の真横にくっついている施設の表から裏へと抜け、向こう側へ出る。

ほんの数メートルとはいえ、建物も道になる、街の中にも道があるというのが可笑しかった。

外観も、内装も、街中華という感じは全くなく、中華料理店だ。

案内されたのは六人掛けも可能そうなテーブル席で、前評判通り女将さんの愛想が非常に良い。

席に着くなり瓶ビールと餃子を注文した。

モツ野女史には、その間にドリンクを選んでもらう。

彼女は即決で杏酒のロックと言った。

「ソーダ割りじゃなくて?」

「ビール少し頂くわ」

その注文に重ねて、彼女はエビマヨネーズを、僕は蒸し鶏の葱塩和えをそれぞれ選んだ。

さっきあんな事を言ったのに、グラスに注いだビールでの乾杯は何事もなかった様に行われた。

会ってから、まだ半年と少しくらいしか経っていなのだが、お互い多くは語らない。

ただ、仕事の後の仕事と称した、こういう酒盛りが好きな二人だ。

優しい約束の宜敷ことyがしみじみ飲んでいると、しばらくして餃子がやって来た。

皿の余白が目立つ、焼き目はあるが乾いたような見た目のが、五つころんと不揃いに転がっている。

醤油を垂らそうと容器を傾けると、口元についていた雫が一滴落下した。

こんなもんで良いかと、小皿にラー油を垂らす。

こちらのラー油は、小さなお碗で小さじと共に提供される。

その上から酢を流し入れると、先に入っていたラー油が小皿一杯に広がった。

タレにつけて齧り付けば、何とも平凡な味である。

ふむ、どうしたものかと残り半分を口に放り込む。

若干、野菜が香りはするものの、平凡な印象は拭いきれない。

僕は苦笑して、猫舌の彼女に火傷しないよう忠告した。

「もう付属の餃子のタレをつかわない、か」

「ねえ、小籠包も注文しましょうよ」僕の落胆を見かねたかの様に彼女は言った。

「食べる時には、くれぐれもご注意を」

「火中の栗を拾って食べるのが、貴方が言うヨモツヘグリなんじゃなかったかしら」

言われて僕は、メニューにあった豚モツ、豚ガツとハチノス辛味鍋を注文したくなった。

今夜はいつもと外してゲストと共に餃子のつもりが、それに便乗してモツ煮まで頂こうと言う寸法だ。

小籠包と一緒に追加注文、瓶ビールも。

到着したエビマヨネーズを早速頬張る。

もったりと濃厚な食感に、弾ける様なエビが口の中を幸せにする。

温度も熱過ぎずで、いくらでも放り込めそうだった。

選んだモツ野女史も美味しいと言って食べた。

彼女のグラスビールは空いていて、杏酒のロックに口をつけたところである。

蒸し鶏はたっぷりのもやしがくたくたになったのに載っていて、一緒にモリモリと食べられる。

僕は塩分が強いのをあまり好まないのだが、塩梅の良い味つけだったので箸が進んだ。

平らげる頃に豚モツ、豚ガツとハチノス辛味鍋が届く。

結構な大きさのお碗に入れられている。

もやしやキャベツや刻まれた香辛料などに覆われて、中身がよく見えないが、モツの類もふんだんに入れられているようだ。

よく吹いてかき込むと、まだ熱く、そして辛い。

内蔵は煮込みではなく調理されたばかりのようで臭い、しまった。

辛くて臭くて地獄の池みたいなひと碗だ、黙々と食ってしまおう。

ニコ美女史も取り分けて食べているが、熱いとか辛いとか言う程度である。

変な汗が出て来た。

毒を食らわば皿までで、麻婆豆腐も注文する。

「この石鍋麻婆豆腐を、普通のお碗に入れて頂けませんか?」

「ウチはそれできないの、よく焼いて出すから」

「わかりました、それで下さい」

上手く行かない。

向かいのモツ野女史が赤面しているのは、辛味鍋の所為か僕の失言の所為か。

きっと彼女よりも僕の顔の方が赤いはずだ。

指輪の件なんか頭から飛んでしまっていそうである。

鍋を平らげ、小籠包を仲良く二つずつ食べ、麻婆豆腐に舌鼓を打ち、最後に炒飯と汁物代わりのパクチー水餃子で〆てお会計。




モツ野ニコ美は、目の前の男エージェントyが、トイレから戻った後で炒飯を猛烈に食べる様子をしかと見届けていた。

彼の目は席を立つ前に比べ、邪悪な赤さに染まっていたのだが、それは決して料理の辛さから来るものではない。

彼が箸を持つ手の甲には、自分で自分を食ったかの様な歯型がはっきりと認められた。

そして、いつか優しい約束と自らを呼称したその男とは、もう二度と会えないのだという事を直観した。

『哀れな男。貴方を誰にも渡すもんですか。そのために私たちWAR GEARは居るのよ』

【十一月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #007 飯田橋 揚州商人【キ刊TechnoBreakマガジン】

眩暈も頭痛もしばらく無いのではあるが、多忙を極めていた。

どれくらいか例えるならば、チャーハン屋でラーメンを注文するかしないか、パッと決められなくなる程の忙しさである、喩えが悪いか。

しかしながら、やっと月末を迎える明日で、職業柄に見合わないような労働にケリがつく、そんな気がしていた。

丁度肉の日だったということもあり、明くる日となる幕引き当日に向けリキを入れるため、いつもより一寸早く抜け出して餃子を食いに行く。

のだが、抜け出すまでに逡巡があった。

と言うのも、遠出してしまうと次の日に影響が出そうで怖いからだ。

さりとて近場に、もしくは動線上に、今宵に相応しい名店があるかといえば自信が無い。

高田馬場に出向く時間も無駄にしたくないと思うほどに追い込まれていたのだろう。

ならば亀戸はどうかと言えば、それはもう路線が全く異なるので、地元から一番近そうに思えても、出向く気になれなかった。

さりとて船橋にはもう行くべきお店が無いように思える。

乗り換えの飯田橋に、都内屈指の名店があるのだが、以前出向いた際には特に何とも思えなかった。

ご覧の通り、ややこしい逡巡である。

座りながら十分近く考えて、兎も角、今夜は飯田橋にしようと決めた。

まあ、その街には幾つか餃子のお店はある。

どこに行くか、電車で移動中に決めればいい。

と言うか、幾つもあるではないかと、これを書いている今はそう思う。

その日の僕は、相当焦っていた。

優しさのかけらもなくなって、その罰を一身に引き受けているかのようだった。

暗路から抜け出せるその先の光明に気付けないほどに。

筆頭のおけ似、天鴻餃子楼、眠眠、これらは行った事があるのを思い出した。

調べてみるとDAIRONという専門店もあるようだ。

あぁ、今とは違って視野の狭かった自分に、冷めた笑いが引き起こされる。

その夜は、散々迷って行き渋りながら、おけ似へ向かった。

腹の中では、割高で平たい味わいの餃子とビールですぐ店を出て、チェーン店の揚江商人と食べ比べてやろうと思いながら。

今考え直すとするならば、天鴻餃子楼へ行ってから、チェーンの眠眠だな。

DAIRONは駅からやや遠いから別日に特集するか、割高感があるから却下とするかだ。

東京餃子ひかりと言うお店も今知ったが、行ってみたいと思った。

kingの照明が切れているバーガーキングの前を横切り、ビル前のもう暗くなった広場を過ぎ、おけ似の店頭を確認。

すると、しまった。

土曜の18時過ぎは翌日の日曜に向けて景気良く外食気分のお客たちで長蛇の列だ。

うかうかしていたが、同じ日曜に対して、業務と行楽二つの見方があると言うのが癪だった。

結局足はその場で反転し、迷う事なく駅ビルのラムラへ直行。

エントランスから階段を降りてすぐ、揚江商人も盛況だったが、残り一つ分のカウンター席に通された。

ここには、担担麺が食べたいと思った時、たまに訪れる。

瓶ビール、青島ではなく、量を取ってアサヒ。

餃子六個、それに回鍋肉。

興が乗れば後で麻婆豆腐を注文しよう。

瓶ビール、すぐ来るがぬるく非常に景気が悪い。

こうすることによって、青島ビールに促そうという作戦だろうか。

落ち込んだ気分で待っていると、何と先に回鍋肉が届いた。

そんなことってあるのだろうか、餃子の焼きに時間がかかる、そんなことって確かにあるか。

しかし回鍋肉、量が少ない。

海神軒が基準と言うのは、私と店の双方にとって都合が悪いかもしれない。

甘めで平凡な味は可もなく不可も無いのだが、油でひたひたなので、私の好みではあるが誰かに勧める気にもなれない。

ぞっとしないので、野菜も肉も一緒くたにして食べてしまう。

一分ほど後に餃子が届けられる。

改めて見れば、大ぶりでふっくらしていて、非常に美味そう。

そうそう、ここのお店は、卓上に鎮江香醋が置かれているのが非常に好印象。

小林秀雄も揚州で蟹まんじゅうをこの酢につけていたと空想する。

そこへ、特製辣油を底に溜まった具ごとたっぷり入れる。

焼き目はパキッと、皮はしっとり、肉汁がふんだんで美味い。

餡の下味がしっかりしているので、鎮江香醋との相性がばっちり。

メニュー脇の案内票が目につくので取り上げて見ると、何やら凄い事が書かれている。

月三◯◯円定額で支払い続けていれば、本当かどうか信じがたいが、毎回合わせて五八◯円で餃子六個と生ビール二杯飲めるらしい。

やっとのことで発見したが中央に小さく条件が書かれており、一品以上注文必須なのだが、頻繁に訪れるなら是非検討したいサービスだ。

さあ、回鍋肉を注文してはいるのだが、麺類も注文することとしよう。

鎮江香醋に刺激され、この日は酸味のあるものを欲したので、汁なしサンラータン麺にした。

麺の太さを聞かれるので、一番細いもの(柳麺)をお願いした。

ついでに、気になった汁汁餃子も、四つ入りを注文。

これは焼き目がなく、モチモチというよりもペロンという食感だ。

割高感と美味しさが小籠包の手前くらいにある、器用なやつである。

無論、このお店では小籠包の販売もある。

【十月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #006 吉祥寺 一圓【キ刊TechnoBreakマガジン】

習志野に団地と呼ばれる学校があるように、中野には学校の中の学校がある。

先日、其処出身のh教官と久しぶりに飲んだ。

歳が十も離れているのだが、団地から離れる前は、互いに一人者同士毎晩のように酒保で飲んでいたものだ。

そんな彼には、謎の美女の話なぞ持ち出しても野暮な気がして、黙っていた。

ただ、話題がふと、月々食べ歩いている餃子に逸れると、彼の当時の下宿先だった吉祥寺にも有名店があったらしく、たまたまなのだが上手く情報を引き出せた。

吉祥寺か。

新宿区の大学へ通っていた際に、気に入ったバーがあり数度訪れてはいた。

高田馬場から何駅も先だったため、そうでもしなければ行く機会などほぼ無かったということだ。

当時の私にとって、東の果てが西船橋、西の果てが東中野、世界の全体がこの程度だったから。

三鷹や東葉勝田台なんて、今聞いたって気が遠くなる、なんて言うのはカッコつけ過ぎだろうか。

東京を舞台にしたRPGシリーズのスタート地点だったから、吉祥寺には強い印象と僅かな憧れを抱いてはいた。

あとは、何だ、その、私みたいに異常食欲と変態食欲を併せ持った主人公の、谷津干潟五郎だか印旛沼五郎だか。

今夜、私は東西線で東の果てから西の果てを越える。

あのバーにもまた這入ってみようか、何て考えながら。

またも乗らない大江戸線には、門前仲町で会釈でもしておいた。

エージェントとしてでも、巡邏としてでもないので、黒のTシャツという知り合いには見られたくないいつもの格好だ。

身分証なぞ携行していないから、これで捕まって仕舞えば職業はライターですと答えざるをえない。

一体全体ライターという身分は、彼ら軍閥にとって尻尾を掴んでくれと身を投げ出しているようなものである。

ライターとヤクザは叩けば埃がでる、両者の違いはヤクザならば名乗るという事くらいか。

この日は、冷たい雨が降っていた。

しかし、その日に行かねばならない気がしていた。

吉祥寺の駅は広いのだが閉塞感があり、私は早く雨の中へ飛び出していきたいと思っていた。

西口目の前の通りをそのまま西へ。

慣れない街の冒険だ。

三分程度でお店があった。

冒険は終わった。

随分狭いなと思ったが、見えていたのは店舗の脇だったようだ。

張り紙が目に飛び込んでくる。

ーー閉店のお知らせ

言葉を失った。

施設老朽化による建て直しのためであるとのこと。

今回伺ったのは吉祥寺、一圓さん。

近所に姉妹店の篭蔵さんがあり、テイクアウトできます。

三鷹駅周辺にも三店舗あります。

気を取り直して引き戸を開ける。

正面は広くなったが、店内は歩く幅が狭く、海神亭の様だ。

外観の洗練さは流石吉祥寺と言った造りだが。

コの字カウンター、左端に三脚、正面に四脚、右端は未確認だが三脚か。

左端が空いていたので奥へ案内された。

後でわかったのだが、待たされずに済んだのは幸運だった。

メニューにある白金豚焼き餃子というのが美味そう。

注文すると、

「ジャンボは焼き餃子ですが、大丈夫ですか?」と訊かれた。

そういえば、h教官も言っていた、其処の餃子は大きいと。

すぐさま焼きに変更、十分ほどお時間を頂きますと返ってきた。

一圓さんの餃子は四種類だ。

焼き餃子、五個で五五◯円、これが名物のジャンボ餃子。

白金豚焼き餃子、五個で六◯◯円、サイズ比で余程美味いのだろう次に注文しよう。

ひとくち焼き餃子、六個で三七◯円、サイズ比。

とりしそゆで餃子、六個で五◯◯円、ゆで餃子大好きだ、これも注文しよう。

餃子ライスはスープとザーサイ付きとあり、ライスが小なら七◯◯円、中なら七五◯円、大なら八◯◯円。

他に、拉麺。

醤油味だろう。

焼叉麺、葱辛麺、支那竹麺のバリエーション。

そして味噌拉麺。

トッピングが数種類、味玉、ワカメ、焼叉、辛葱、支那竹、ザーサイ。

ビールが無い。

聞くのが怖いのでネットで調べる。

残念ながら無いという口コミがあった。

馬鹿丸出しで十分近く待たされる。

雨が降っていたから、ランニング出来ずに訪れたのが、不幸中の幸いだったか。

着席と同時に氷水が出て来た時に感じた違和感の理由はこれだったのだ。

右隣の空席二つに二人組が座る。

外に待ち客が現れ始めた。

到着早々入店できたのは幸運だったようだ。

その後のお客たちも、みんな焼き餃子を注文する。

二人で来て、各自拉麺、焼き餃子を分けるような具合だ。

私はさっと食べて、早くあのバーに行きたかった。

十分待って餃子が提供される。

たしかに、大きめというより、大きな餃子だ。

お腹が減っているのでパクついてしまった。

幸いにも、熱々で火傷してしまうという事は無く、安心。

それでも一口に飲み込んでしまう勇気はない。

三回くらいに分けて食べた。

空腹なので味などは意に介さない。

一つ食べ終えると、いつも食べている餃子と食感が違う事に気付いた。

確かめるべく、二つ目を食べる。

なるほど、皮の厚みだ。

普通の餃子の倍くらいのサイズとなれば、皮がしっかりしていなければならないわけだ。

焼きに十分かかるというのも頷ける。

しかし、食べたことの無い食感の皮というか。

皮が皮々していて、口中にへばりつくのが笑える。

餡の味は、タレで食わせるようなやつだった。

白金豚焼き餃子はさぞ美味いのだろう。

熱過ぎ無い餃子をパッと食べ終えて、退店。

大通りの方へ急ぎ、路地へ入る。

すぐに看板が見当たった。

そうそう、この、プラスティックな階段だ。

ここを三フロア分ほど上がり切ると、東京のラム(ラム酒としないが良い)の聖地。

利休の茶室と言っては大袈裟だろうか。

カウンター五席、四人掛けテーブル二つの小メキシコが在る。

懐かしい、左端のカウンターに掛けてモヒートを注文する。

学生の頃は、割高な気がしてカクテルを注文する勇気がなかったが、あれから十五年でこのカクテルも随分と名を上げた気がする。

爽やかさに隠れた苦味が絶妙の一杯。

金属製のストローは先端がクラッシャーとなっており、ミントの葉を潰しながら飲める様になっていて、愛好者必携のアイテムと言える。

坂口安吾の『風博士』を読みながら、マルティニックラムを注文する。

かつてとは違い、マルティニックラムは“発掘”されてしまったため、価格が上昇していると言う。

ラムは好きだが詳しく無いので、いくつかボトルを出してもらう。

昔馴染みのJ.Mを選んだ。

ウィスキーより早く知った味は、やはり舌に染み付いているかのようで、美味いと感じる。

当時のT屋マスターは二年前に退職し、来月独立店を出すのだという。

グレードを変えて飲み比べたが、高くついた。

色々と歳月を感じさせる来店となった。

ゆっくり読書できず、早く店を出たくて最後に注文したラムラシカなど、バーテン氏久しく作ったことがないそうだ。

しばらく吉祥寺に来ることはないだろう。

餃子や煮込みで東奔西走していたい。

【九月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #005 船橋 海神亭【キ刊TechnoBreakマガジン】

地元船橋で一番餃子が美味しいお店はどこか。

その判断はしかねる。

船橋も広いので全食制覇は難しいし、その割にほとんどがハズレだろうという感覚を持っているから。

例えば、『よく行く』美味しいラーメン屋さんの餃子は、注文するに値しないことを知っている。

さらに東武と西武の抗争よろしく、南翔饅頭店と鼎泰豊とが睨み合っているのが船橋だ。

この地には餃子だけではなく、小籠包も花開いたようである。

しかしながら、ここに来たら必ず餃子を注文する、というお店がある。

そこの餃子が、世界で一番美味しい餃子なのだ。

もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)、紹介したくないお店を書く。

土地の規模が違うから街中華、ではなく町中華となる。

カウンター九人程度(が埋まっているのを見たことはない)、奥にテーブルが確か二人用一組(座ったことはない)。

ガラリと引き戸を開け、奥へぐっと細長い店内だ。

年季の入った朱色のカウンターが、当然褒め言葉だが、小汚い便所のような空間に延びている。

店主は寡黙だが愛嬌のある面構えで、高齢の割に挨拶の声に張りがあるのが良い。

その名もずばり、海神軒という。

数十年前、ここ海神には何件もお寿司屋さんが建ち並んでいたという。

今となっては只二軒ではあるのだが、うち一軒の大将が言うには、この海神軒さんが最長老だということらしい。

僕はお寿司屋さんでガリの使い所が分からないながら、そのお店では海神軒さんの良い評判を聞いたことがある。

そんなわけで、世界で一番家から近くて、(僕の)世界で一番美味しい餃子を、(この頃は色々なお店で食べ歩いているため)久しぶりに食べに行った。

実は、前回の麻布皇竜さんを訪問してから、そう日が経っていないのだ。

皇竜さんの餃子一つが、紛れもなく海神軒さんの餃子一皿、すなわち四百円で五個入りなのである。

引き戸を開けて、定位置、手前から四番目の席に着く。

「いらっしゃい」穏やかな声色のマスターがメニューを差し出してくる。

「瓶ビールと餃子ください」受け取ったメニューは脇へ。

女将さんが瓶ビールとグラスを出してくれる。

すかさず、小皿のキムチ。

それからグラス二杯、ものの二、三分で餃子が提供される。

ひだ少なめのやつが、油でしっとりぬれて、きつね色に焼き上がっている。

僕は、餃子のタレで論争を引き起こしたいなどと思わない。

ただ、好みの調合があるだけ、エキストラドライのタレにする。

何だって良いのだ、もう付属の餃子のタレを使わないのだから。

すなわち、海神軒さんの餃子の下味がしっかりしているということだ。

熱々のやつを、火傷しないように半分かじりつく。

しんなりした皮が、ほくほくの餡にからむ。

味付けは強めの甘みが印象深く、香味野菜の風味が鮮烈だ。

この味わいは他所で出会ったことがない、唯一のものである。

手作り、手包み、素晴らしい逸品。

この味が後何年もつのか、書きながらふと考えて寂しくなる。

一つ目を食べ終え、ビールで流し込み、回鍋肉を追加注文する。

ここの回鍋肉も絶品なのだ。

あまりにもここの回鍋肉が好きなので、お給料を貰うようになってから

『都内 回鍋肉 名店』

で検索したことがあった。

そのうちの一軒がたまたま動線にあったので毎週行っていたのだが、しばらくしてからそのお店では麻婆豆腐ばかり注文するようになった。

それくらい、海神軒さんの回鍋肉の影響が強いのだ。

(そのお店の麻婆豆腐は、後の麻婆演義の切っ掛けとなり、ニンニクGenoci道にも通じたが、店舗老朽化のため閉業した。)

ビール、手作り餃子、回鍋肉が私的な海神軒さんの三種の神器だ。

他には豚の唐揚げがおすすめ。

こういうときに

「このお店では何を注文しても美味しい」

と書きたいのだが、正直に言うと、おすすめしたお料理だけが良い。

一通りこれらで飲んだら、近所の『あき』という居酒屋さんで飲み直すのが良い。

世界一美味しい餃子と、世界一好きな回鍋肉のお店。

以前来た時にふとカウンターの上を見たら、クックドゥの業務用回鍋肉ソースのボトルが置かれていたのが笑えた。

【七月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #004 麻布十番 登龍【キ刊TechnoBreakマガジン】

うれしはずかし、給料日。

昔好きだったアニメで、こんな言葉から始まる回があった。

五人少女の戦隊モノみたいなギャグ、再放送をよく観ていた。

給料日にお鮨屋へ繰り出し、ヘンテコな蛸の板前から酷い仕打ちを受ける回。

あがりというのは最後の番茶を指すもので、とりあえずの場合は出花と言うんだという指摘が妙に印象に残っている。

僕なんか、ガリと呼ばれている生姜の使い所が分からないから、あんな大将がいるようなお店に行ったら怒鳴られっぱなしなんじゃなかろうか。

しかし、お店の方達が使う符牒とか、そういった言葉を知ったかぶって、通気取りの発言が実は場を白けさせていたなんてシーンを想像すると空恐ろしくなる。

そういえば、小学生の頃の理科の授業で、お風呂なんかで見られる湯気のことを、湯気と断言して良いか慎重になって

「白いもやもや」

と言ったのを、クラスのみんなが笑ったことがあった。

「準ちゃん、それは水蒸気だよ」

すると理科に詳しい担任のN先生が、説明してくれた。

水蒸気というのは気体になった水で、それは目に見えない。

目に見えているのは細かい粒子状の液体に戻った水のことで、水蒸気とは別物であること。

湯気と言う代わりに、白いもやもやと呼んだ方がまだ誤りではないのだ、と。

僕の言葉に対する姿勢の原点は、あの授業にある。

話がそれたが、こんな僕にもうれしはずかし給料日がきた。

ただの給料日ではなく、年に二回のボーナスだ。

この日に行こうと決めていたお店がある。

普段の日常の延長で行くようなお店ではないと思えたから、待ちに待った日だといえる。

少々善良にすぎる船橋市民として面白みにかけるのだが、麻布十番という街、何処にあるのやら、詳しくないのだがやって来た。

なんと、乗り換えに門前仲町から大江戸線を使った。

もつ煮と餃子が取り持つ路線になりつつあるのが、なんだか可笑しい。

皇竜というお店は、伝説的なコメディアンの某氏も薦めたという美味しい餃子を出すそうだ。

それが驚くべきことに、というか恥ずかしながら、お給料を握りしめて船橋くんだりからこのお店へノコノコやって来たのは、そのお値段の高さも理由の一つである。

高くて美味いは当たり前のことだから、特にヨモツヘグリの教義は普段口にできない物として滅多にないお店で安い煮込みを頂いたりする。

そこを、今日はちょっと外してみようというわけだ。

で、洒落た船橋、といった印象の慣れない街並みを少しばかり歩き、お店の中へと這入った。

狭い、とまでは言わないが、コンパクトな店内だ。

二階席もあるらしく、そちらは別の落ち着いた印象があるようだ。

調度品は古ぼけていて、良い意味の伝統を感じさせる。

四人掛けテーブルが六つほどある一階の席に着く。

テーブルクロスが不自然なほど真っ白で、高級店の矜持を感じられる。

何せ、瓶ビールが一本千円もするのだから。

麹町にも皇竜さんはあるそうなのだが、焼き餃子を提供しているのはこちらだけだという。

厳選した素材だけを選りすぐって作られる品々が自慢のお店との触れ込みである。

それならば、瓶ビールに素材もへちまも無いだろうと思いつつ、注文する。

銘柄を訊かれた、アサヒかキリンかサッポロかモルツか。

そういう事じゃないんだけどなと思いつつ、喉が渇いているのでスーパードライにした。

小皿三つと併せて提供される。

胡桃に溶かした砂糖を薄く塗りつけたもの、刻んだザーサイ、赤黒いタレに浸された刻みネギ。

胡桃は歯触りと香りがよく、ビールを飲む手に拍車がかかる。

胡桃のお皿が空になるころに餃子が届けられた。

大ぶりの餃子が五つ、見事な焼き目を上にして胸を張る様に並んでいる。

これら一つひとつが、そこらの街中華の餃子一皿と同程度の値段なのだから驚きだ。

あらかじめ調合されたタレも別皿で添えられている。

何もつけずに半分かじりつく。

ビールで呆けた目蓋が見開かれた。

皮の中いっぱいに詰まった熱い肉汁が溢れ出そうになったためだ。

小籠包でもないのにこの瑞々しさは、正直凄い。

包み込んでいる厚ぼったく無い皮に非常な好感を持つ。

冷たいビールで口中と頭を冷やし、残り半分を食べる。

で、再度それをビールで流す。

はっきり言って最初の一つ目に感想は無い、無心でパクついたのだ。

それで、改めて二つ目の餃子を半分かじりつく。

解像度の高い餡、パラパラと口の中でほどけていく。

なるほど、舌触りに緩急強弱を演出する要素の一つは、この春雨か。

さらに加えて、下味がしっかり濃口でグイグイと迫ってくる。

まだ僕は付属のタレを使っていないのだから尚更面白い。

三つ目をタレにつけて頂く。

酸味が立つ印象だが、下味が強いのでさほどの変化を感じない印象。

しかし、どうやら練り辛子を使用したような酸味なので、僕はこちらが好きだ。

辣油の辛さも付加されて味わいに一層の深みが出る。

この日は幸い、皮が張り裂けて肉汁で火傷を負うような悲劇に見舞われることは無かった。

試みに、突き出しの小皿の一つに入っていたネギを乗せて、もう半分を頂く。

パンとはぜるような辛味、これは青唐辛子だったようだ。

ここの餃子、益々楽しませてくれるじゃないか。

このタイミングで、炒飯と麻婆豆腐を注文。

結局、残りの二つは青唐辛子を分けて乗せて、タレはつけたりつけなかったりして食べ終えた。

炒飯来来。

値が張ることもあり、一番平凡な素炒飯にしたが、平凡な見た目だ。

味も平凡で吃驚した。

以前、「麻婆演義」という麻婆豆腐の食べ歩記を行っていた頃から、次は「炒飯立志伝」でもやるかと思っていたのだが、ここの炒飯はもう無いな。

高級店で並のものを選んだ報いかもしれないが、値段不相応も甚だしい。

麻婆豆腐も然りであった。

麻婆演義においても、一言触れておく必要があるかと思われる。

それに、有名コメディアンは、このお店の餃子を推していたのだ。

最後に、ここのところ準レギュラーの担々麺。

こちらのお店では、麺類を一括して皇麺と呼んでいて、筆頭は炒韮皇麺(ニラソバ)だ。

で、我々が担々麺と呼んでいるものは、こちらでは四川皇麺となっている。

こちらは高い分、大満足の一杯だった。

ここ最近、滅多に出くわさない味わいである。

落花生も混じっているようなペーストが全体にたっぷりと掛けられていて、赤茶けた湖の中にふわふわの花崗岩で出来た雲が浮かんでいるかのようだ。

今は閉業してしまった担々麺専門店の味が若い日からの基準になってしまっているため、もう一度食べたいと思えるような担々麺は片手で十分足りてしまう。

ここのお店が三本目の指となった。

つゆを飲み干し、汗だくになりながら御会計。

一人で四、五人前の料金になったのだが、普段からそれくらい食べている。

【六月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #003 餃子の王将【キ刊TechnoBreakマガジン】

十個上に星の先輩というのがいる。

星野先輩ではなく、星の先輩だ。

最近はめっきり頻度が落ちたが、以前はほとんど毎晩飲み歩いていた。

一食一飯の頃より、もうだいぶ前のことになる。

軍閥の食堂で昼を食い、夜は船橋で飲み歩き、これで朝食まで一緒に食うことになったらそれはもう夫婦と言っていいだろうと内心思っていた。

お互い未婚である。

夜はずっと仕事の話で飲んでいる。

星の先輩は、習志野の士官学校で一番の文官だ。

私から誘うのが四、向こうからが二、他所様と合同が一。

こうなると、何が仕事で何が日常か判然としなくなる。

当時もまた、私にとって一つの危機だったのだと思えてくる。

過渡期ではない現代なぞ、過去に一度だってありはしないのだ。

あるとき、星の先輩から東北旅行の提案があった。

仙台で落ち合って一泊。

その日は先輩の御学友も参加し、車を出してくださった。

翌朝は松島へ向かい、牡蠣とビール。

その後、フェリーで塩釜まで揺られて、電車で山形県の山寺へ。

登り降りしてから、再び電車で酒田市へ。

彼のご実家がそちらにある。

夏の旅行だったのだが、既に陽は落ちて真っ暗だ。

駅までお父上が迎えにきてくれた。

二十分ほどでご実家に到着。

真隣が小学校という、随分と恵まれた幼少期が過ごせそうなお宅だった。

すると、夕食の準備にまだ少し時間がかかるから、と前置きをした上で

「星を見ようよ」

と申し出があった。

この話をすると誰もが笑う。

ついたあだ名が星の先輩、なのである。

笑い話の自覚が最近できたので書いた。

さて、最近はめっきり頻度が落ちたのではあるが、先日久しぶりに飲みに誘った。

すると珍しく、ここに行きたい、と先輩の方からお店の提案をされた。

近々値上がりするそうなので、その前に行きたいと思ったんだそうだ。

餃子の王将である。

普段は一人餃子なので、今回は期せずして楽しめそうな運びとなった。

どこにでもあるようでいて、動線上にないため、滅多に行かない餃子の王将。

お店に這入る前に雨が降り出したので、駆け込んだ。

十七時過ぎ、店内にはそれほどお客はいないので助かった。

席につくなり先ずは生ビール、と行きたいところだったが。

生ビールセットのようなのがあり、これが笑える。

生ビール、餃子一人前、それとシャウエッセンの茹でたの三本で千円弱。

ふふ、王将餃子六個対シャウエッセン三本でとんとんとは。

ちょっと待たされてビールが出てくる。

乾杯して飲み干す、もう喉がカラカラだ。

味も何も判らないが、発泡酒ではないことは確かだろう。

美味い、脳髄がパチパチするかのようだ。

グラスが空になった瞬間に餃子が二皿と、シャウエッセンが一皿来る。

もう一皿は出来次第運ばれてくるらしい。

先に星の先輩に譲った。

お互い餃子には手をつけず、ビールをもう一杯注文する。

で、ちょっと待つ。

我々の良くない癖というか呪いというか。

飲み干す、ツマミ来る、飲み物待つの悪循環がよくある。

ちょっと待たされてビールが出てくる。

いよいよ餃子をぱくり。

極薄の皮は何故かパリパリに乾くことなく、十分に潤いを帯びており、官能的な口当たりをさせてくれる。

僕は思わず顔を赤らめでもしそうだった。

まさか飲食の快感を、言ってはなんだがこんなチェーン店でさせられるとは思いもよらなかった。

まだ一口目なのに再度の来訪は間違いない。

餡にしっかりと味がついているのも良い、涙が出てきそうになっている。

日暮里の仇を王将で討った。

ここまでコンマ三秒の感動である。

感動はビールで一気に流された。

夢か現か、確かめるように二つ目を口に放り込む。

絹のように滑らかな食感のおかげで、閉じ目に施された襞の一つ一つまでもがはっきりと感じられる。

僕が餃子を食べているのか、餃子の方に僕の舌を食われているのか判然としない。

官能的な口当たりというのは、どうやらそういうことのようだ。

忌々しくなって、その感情ごとビールで飲み干す。

何て美味しい食べ物がこの世にはあるのだろうかと、そんなものは錯覚だと一生に付されるかのような幻覚を見た。

気を取り直し、先輩に遅れて届いたシャウエッセンへ。

横にあるケチャップはこの日は一度も使わなかった。

ハリのある皮を破って口の中を縦横無尽に駆け巡る肉汁は、やはりこちらに軍配が上がる。

何もつけないでも食わせる気概を感じる塩味が絶妙だ。

売り場で見かける包装の鯨幕めいた不吉さを一顧だにさせない、貫禄の逸品である。

で、ビール。

口の中が上海対ミュンヘンの代理戦争状態ではないか。

餃子二個からシャウエッセン一本で食べ比べながらビールを飲む。

交互に繰り返してその優劣を測る。

測り切れるものではない。

ホッピーセットに移行して、もう一巡比べてみる。

判らぬ。

しかし、この餃子が一皿二六◯円というのが破格であることは解る。

対するシャウエッセン三本の価値は、二六◯円足り得るのか。

ここが争点だ。

疑問は解決せぬままに夜が、飲酒が加速する。

星の先輩は歴史好きで、僕のことを真田幸村と喩えるから彼の判断はなんとも言えない。

【四月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #001 大阪王将 業務用冷凍餃子【キ刊TechnoBreakマガジン】

学部一年の頃、二外の講義で

「ドイツで早い、安い、美味いを狙うならケバブです。おまけに、栄養バランスも良いから、長旅で資金面が不安になったら、屋台がそこら中にあるからおススメです」という話があった時、

『餃子みたいなもんか』とふと思った。

美味しんぼのアニメで山岡士郎が、餃子は完全食になりうる云々していたためだ。

資金面が安心だった欧州旅行において、ドイツでは右も左もバーガーキングで世話になり通し。

結局、買い食いした屋台はブランデンブルク門に臨んだカリーヴルストと、オクトーバーフェストの出店だけ。

だから、ケバブには少しも縁が無かったのだが、餃子には少なからぬ因縁がある。

因果、と言っても差し支えないかもしれない。

先日もその因が生じた。

モツ野ニコ美女史と、業務上の連絡を取っていた終わりのことだ。

やりとりの仕舞いに、その日は家で餃子を食べたなどと話が出た。

理研の大葉ドレッシングにつけたらいくらでも食べられるのだとか。

僕は家で餃子ということを滅多にしない。

作ることになるためだ。

市販のものを焼くくらいなら、別のごった煮なりなんなり作ってしまう。

しかし、彼女の意見は、僕の心に抜けない棘となって残留した。

僕にとって餃子は、地元の町中華と、木場の来々軒の二つで自足できる。

しかし、それも小さな世界の出来事だ。

ありのままの人生に折り合いをつけているような場合ではないのではあるまいか。

モツ野ニコ美という、素性も本性も本名も不明の謎の女。

不定期で行われる、彼女と同じ現場での仕事が少しだけ楽しみになっているのだが、その合間々々の慰みにでもふらっと餃子で飲み歩きというのも、なかなかに酔狂なものだ。

と思って、早速買ってきた。

先ずは、家で、だ。

家から始まり、家で終ろう、と思う。

買ってきたのは、業務用の大阪王将冷凍餃子。

千円弱で、五十個前後入っている。

話は逸れるが、#001ということで、まあよかろうと思って述べる。

千円で五十個なら、一つ二十円。

なるほど、これを業界最安値と仮定してよかろう。

近所の好きなお店では、五つ四百円。

自分で作れば、二十四個で五百円ほどだろうか、手間賃も含めば額は跳ね上がるが。

何が言いたいというわけでもないが、有り難いことと当たり前とを混同してはなるまい。

では、作る。

冷凍餃子の有り難さは、作らなくて良いことである。

だから、焼くだけで良い。

だが、私は焼かぬ。

串うち三年、裂き八年、焼き一生。

鰻と一緒というわけでもあるまいが、私には焼きの技術はないに等しい。

日にたった三度しかない食事の機会を、焼きに左右されて一喜一憂したくはない。

なので、茹でてしまう。

男三人なら、大鍋に全てを入れて水を張り、茹でるだけ。

一人の夜は、小さなフライパン一面に餃子を載せ、水に浸して火にかける。

沸騰したら食べ頃、というわけにはいかない。

その時は、まだ餃子の温度にむらがあり、冷たい箇所が残っている。

沸騰させたまま三分程度が良い。

少々煮過ぎたとしても煮崩れしないのは大したものだと思う。



アクアリウムを優雅に遊ぶ観賞魚というには大袈裟にすぎるが、真っ白な金魚が一面にたゆたっているようだ(金なのか白なのかという議論は置くとして)。

これを湯豆腐すくいでドゥルルルル。

湯豆腐すくいでドゥルルルル?

ふむ、気に入った。

理研の大葉ドレッシングで満たした器に入れてから、湯豆腐すくいでドゥルルルル。

「げほん!!」

むせた。

本来、生野菜に振りかけて頂くためのドレッシングが気管にダイレクトに作用した。

炎のさだめかと思った。

気を取り直し、渇いた心をビールで癒し、飽くことなぞないであろう戦いに備える。

二度目は慎重に頂く。

強い香りの餡と、爽やかで滋味あふれるドレッシングが絶妙だ。

で、ビール。

さっきは慌てて飲む羽目になったわけだが、やはり気持ちがほぐれる。

餃子とビールでドゥルルルル。

美味しい、楽しい、心地良い。

なんかもうこれだと、餃子は飲み物。

……と言うのはパクりみたいで面白くないから、餃子は麺類。

となると焼き餃子は焼きそばみたいなもんだ。

もう付属の餃子のタレを使わないかもしれない。

謎の女と、たまのモツ煮で飲み歩きも良いのだが、一人餃子で飲み歩き。

こういうのに出向いてみる気が俄然湧いてきた。