【十月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #006 吉祥寺 一圓【キ刊TechnoBreakマガジン】

習志野に団地と呼ばれる学校があるように、中野には学校の中の学校がある。

先日、其処出身のh教官と久しぶりに飲んだ。

歳が十も離れているのだが、団地から離れる前は、互いに一人者同士毎晩のように酒保で飲んでいたものだ。

そんな彼には、謎の美女の話なぞ持ち出しても野暮な気がして、黙っていた。

ただ、話題がふと、月々食べ歩いている餃子に逸れると、彼の当時の下宿先だった吉祥寺にも有名店があったらしく、たまたまなのだが上手く情報を引き出せた。

吉祥寺か。

新宿区の大学へ通っていた際に、気に入ったバーがあり数度訪れてはいた。

高田馬場から何駅も先だったため、そうでもしなければ行く機会などほぼ無かったということだ。

当時の私にとって、東の果てが西船橋、西の果てが東中野、世界の全体がこの程度だったから。

三鷹や東葉勝田台なんて、今聞いたって気が遠くなる、なんて言うのはカッコつけ過ぎだろうか。

東京を舞台にしたRPGシリーズのスタート地点だったから、吉祥寺には強い印象と僅かな憧れを抱いてはいた。

あとは、何だ、その、私みたいに異常食欲と変態食欲を併せ持った主人公の、谷津干潟五郎だか印旛沼五郎だか。

今夜、私は東西線で東の果てから西の果てを越える。

あのバーにもまた這入ってみようか、何て考えながら。

またも乗らない大江戸線には、門前仲町で会釈でもしておいた。

エージェントとしてでも、巡邏としてでもないので、黒のTシャツという知り合いには見られたくないいつもの格好だ。

身分証なぞ携行していないから、これで捕まって仕舞えば職業はライターですと答えざるをえない。

一体全体ライターという身分は、彼ら軍閥にとって尻尾を掴んでくれと身を投げ出しているようなものである。

ライターとヤクザは叩けば埃がでる、両者の違いはヤクザならば名乗るという事くらいか。

この日は、冷たい雨が降っていた。

しかし、その日に行かねばならない気がしていた。

吉祥寺の駅は広いのだが閉塞感があり、私は早く雨の中へ飛び出していきたいと思っていた。

西口目の前の通りをそのまま西へ。

慣れない街の冒険だ。

三分程度でお店があった。

冒険は終わった。

随分狭いなと思ったが、見えていたのは店舗の脇だったようだ。

張り紙が目に飛び込んでくる。

ーー閉店のお知らせ

言葉を失った。

施設老朽化による建て直しのためであるとのこと。

今回伺ったのは吉祥寺、一圓さん。

近所に姉妹店の篭蔵さんがあり、テイクアウトできます。

三鷹駅周辺にも三店舗あります。

気を取り直して引き戸を開ける。

正面は広くなったが、店内は歩く幅が狭く、海神亭の様だ。

外観の洗練さは流石吉祥寺と言った造りだが。

コの字カウンター、左端に三脚、正面に四脚、右端は未確認だが三脚か。

左端が空いていたので奥へ案内された。

後でわかったのだが、待たされずに済んだのは幸運だった。

メニューにある白金豚焼き餃子というのが美味そう。

注文すると、

「ジャンボは焼き餃子ですが、大丈夫ですか?」と訊かれた。

そういえば、h教官も言っていた、其処の餃子は大きいと。

すぐさま焼きに変更、十分ほどお時間を頂きますと返ってきた。

一圓さんの餃子は四種類だ。

焼き餃子、五個で五五◯円、これが名物のジャンボ餃子。

白金豚焼き餃子、五個で六◯◯円、サイズ比で余程美味いのだろう次に注文しよう。

ひとくち焼き餃子、六個で三七◯円、サイズ比。

とりしそゆで餃子、六個で五◯◯円、ゆで餃子大好きだ、これも注文しよう。

餃子ライスはスープとザーサイ付きとあり、ライスが小なら七◯◯円、中なら七五◯円、大なら八◯◯円。

他に、拉麺。

醤油味だろう。

焼叉麺、葱辛麺、支那竹麺のバリエーション。

そして味噌拉麺。

トッピングが数種類、味玉、ワカメ、焼叉、辛葱、支那竹、ザーサイ。

ビールが無い。

聞くのが怖いのでネットで調べる。

残念ながら無いという口コミがあった。

馬鹿丸出しで十分近く待たされる。

雨が降っていたから、ランニング出来ずに訪れたのが、不幸中の幸いだったか。

着席と同時に氷水が出て来た時に感じた違和感の理由はこれだったのだ。

右隣の空席二つに二人組が座る。

外に待ち客が現れ始めた。

到着早々入店できたのは幸運だったようだ。

その後のお客たちも、みんな焼き餃子を注文する。

二人で来て、各自拉麺、焼き餃子を分けるような具合だ。

私はさっと食べて、早くあのバーに行きたかった。

十分待って餃子が提供される。

たしかに、大きめというより、大きな餃子だ。

お腹が減っているのでパクついてしまった。

幸いにも、熱々で火傷してしまうという事は無く、安心。

それでも一口に飲み込んでしまう勇気はない。

三回くらいに分けて食べた。

空腹なので味などは意に介さない。

一つ食べ終えると、いつも食べている餃子と食感が違う事に気付いた。

確かめるべく、二つ目を食べる。

なるほど、皮の厚みだ。

普通の餃子の倍くらいのサイズとなれば、皮がしっかりしていなければならないわけだ。

焼きに十分かかるというのも頷ける。

しかし、食べたことの無い食感の皮というか。

皮が皮々していて、口中にへばりつくのが笑える。

餡の味は、タレで食わせるようなやつだった。

白金豚焼き餃子はさぞ美味いのだろう。

熱過ぎ無い餃子をパッと食べ終えて、退店。

大通りの方へ急ぎ、路地へ入る。

すぐに看板が見当たった。

そうそう、この、プラスティックな階段だ。

ここを三フロア分ほど上がり切ると、東京のラム(ラム酒としないが良い)の聖地。

利休の茶室と言っては大袈裟だろうか。

カウンター五席、四人掛けテーブル二つの小メキシコが在る。

懐かしい、左端のカウンターに掛けてモヒートを注文する。

学生の頃は、割高な気がしてカクテルを注文する勇気がなかったが、あれから十五年でこのカクテルも随分と名を上げた気がする。

爽やかさに隠れた苦味が絶妙の一杯。

金属製のストローは先端がクラッシャーとなっており、ミントの葉を潰しながら飲める様になっていて、愛好者必携のアイテムと言える。

坂口安吾の『風博士』を読みながら、マルティニックラムを注文する。

かつてとは違い、マルティニックラムは“発掘”されてしまったため、価格が上昇していると言う。

ラムは好きだが詳しく無いので、いくつかボトルを出してもらう。

昔馴染みのJ.Mを選んだ。

ウィスキーより早く知った味は、やはり舌に染み付いているかのようで、美味いと感じる。

当時のT屋マスターは二年前に退職し、来月独立店を出すのだという。

グレードを変えて飲み比べたが、高くついた。

色々と歳月を感じさせる来店となった。

ゆっくり読書できず、早く店を出たくて最後に注文したラムラシカなど、バーテン氏久しく作ったことがないそうだ。

しばらく吉祥寺に来ることはないだろう。

餃子や煮込みで東奔西走していたい。