【十一月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #007 飯田橋 揚州商人【キ刊TechnoBreakマガジン】

眩暈も頭痛もしばらく無いのではあるが、多忙を極めていた。

どれくらいか例えるならば、チャーハン屋でラーメンを注文するかしないか、パッと決められなくなる程の忙しさである、喩えが悪いか。

しかしながら、やっと月末を迎える明日で、職業柄に見合わないような労働にケリがつく、そんな気がしていた。

丁度肉の日だったということもあり、明くる日となる幕引き当日に向けリキを入れるため、いつもより一寸早く抜け出して餃子を食いに行く。

のだが、抜け出すまでに逡巡があった。

と言うのも、遠出してしまうと次の日に影響が出そうで怖いからだ。

さりとて近場に、もしくは動線上に、今宵に相応しい名店があるかといえば自信が無い。

高田馬場に出向く時間も無駄にしたくないと思うほどに追い込まれていたのだろう。

ならば亀戸はどうかと言えば、それはもう路線が全く異なるので、地元から一番近そうに思えても、出向く気になれなかった。

さりとて船橋にはもう行くべきお店が無いように思える。

乗り換えの飯田橋に、都内屈指の名店があるのだが、以前出向いた際には特に何とも思えなかった。

ご覧の通り、ややこしい逡巡である。

座りながら十分近く考えて、兎も角、今夜は飯田橋にしようと決めた。

まあ、その街には幾つか餃子のお店はある。

どこに行くか、電車で移動中に決めればいい。

と言うか、幾つもあるではないかと、これを書いている今はそう思う。

その日の僕は、相当焦っていた。

優しさのかけらもなくなって、その罰を一身に引き受けているかのようだった。

暗路から抜け出せるその先の光明に気付けないほどに。

筆頭のおけ似、天鴻餃子楼、眠眠、これらは行った事があるのを思い出した。

調べてみるとDAIRONという専門店もあるようだ。

あぁ、今とは違って視野の狭かった自分に、冷めた笑いが引き起こされる。

その夜は、散々迷って行き渋りながら、おけ似へ向かった。

腹の中では、割高で平たい味わいの餃子とビールですぐ店を出て、チェーン店の揚江商人と食べ比べてやろうと思いながら。

今考え直すとするならば、天鴻餃子楼へ行ってから、チェーンの眠眠だな。

DAIRONは駅からやや遠いから別日に特集するか、割高感があるから却下とするかだ。

東京餃子ひかりと言うお店も今知ったが、行ってみたいと思った。

kingの照明が切れているバーガーキングの前を横切り、ビル前のもう暗くなった広場を過ぎ、おけ似の店頭を確認。

すると、しまった。

土曜の18時過ぎは翌日の日曜に向けて景気良く外食気分のお客たちで長蛇の列だ。

うかうかしていたが、同じ日曜に対して、業務と行楽二つの見方があると言うのが癪だった。

結局足はその場で反転し、迷う事なく駅ビルのラムラへ直行。

エントランスから階段を降りてすぐ、揚江商人も盛況だったが、残り一つ分のカウンター席に通された。

ここには、担担麺が食べたいと思った時、たまに訪れる。

瓶ビール、青島ではなく、量を取ってアサヒ。

餃子六個、それに回鍋肉。

興が乗れば後で麻婆豆腐を注文しよう。

瓶ビール、すぐ来るがぬるく非常に景気が悪い。

こうすることによって、青島ビールに促そうという作戦だろうか。

落ち込んだ気分で待っていると、何と先に回鍋肉が届いた。

そんなことってあるのだろうか、餃子の焼きに時間がかかる、そんなことって確かにあるか。

しかし回鍋肉、量が少ない。

海神軒が基準と言うのは、私と店の双方にとって都合が悪いかもしれない。

甘めで平凡な味は可もなく不可も無いのだが、油でひたひたなので、私の好みではあるが誰かに勧める気にもなれない。

ぞっとしないので、野菜も肉も一緒くたにして食べてしまう。

一分ほど後に餃子が届けられる。

改めて見れば、大ぶりでふっくらしていて、非常に美味そう。

そうそう、ここのお店は、卓上に鎮江香醋が置かれているのが非常に好印象。

小林秀雄も揚州で蟹まんじゅうをこの酢につけていたと空想する。

そこへ、特製辣油を底に溜まった具ごとたっぷり入れる。

焼き目はパキッと、皮はしっとり、肉汁がふんだんで美味い。

餡の下味がしっかりしているので、鎮江香醋との相性がばっちり。

メニュー脇の案内票が目につくので取り上げて見ると、何やら凄い事が書かれている。

月三◯◯円定額で支払い続けていれば、本当かどうか信じがたいが、毎回合わせて五八◯円で餃子六個と生ビール二杯飲めるらしい。

やっとのことで発見したが中央に小さく条件が書かれており、一品以上注文必須なのだが、頻繁に訪れるなら是非検討したいサービスだ。

さあ、回鍋肉を注文してはいるのだが、麺類も注文することとしよう。

鎮江香醋に刺激され、この日は酸味のあるものを欲したので、汁なしサンラータン麺にした。

麺の太さを聞かれるので、一番細いもの(柳麺)をお願いした。

ついでに、気になった汁汁餃子も、四つ入りを注文。

これは焼き目がなく、モチモチというよりもペロンという食感だ。

割高感と美味しさが小籠包の手前くらいにある、器用なやつである。

無論、このお店では小籠包の販売もある。