【二月号】巻頭言 苦くて甘くて香り高い-週に一度、美味しい珈琲を-【キ刊TechnoBreakマガジン】

世界中で石油に次ぐ取引量であるという。

コーヒー豆のことだ。

私は、習慣的に珈琲を飲むという事がない。

だからこの一年以上、週に一度は珈琲を淹れる時間を設けた。

ハンバーガーと言えばマクドナルド、だからスーパーサイズミーになる。

それならコーヒーと言えば?

私はスターバックスで調達する事にした、さながらミ・トレンタだろうか。

トレンタとは日本では発売されていないサイズで、イタリア語の30を意味する。

ちなみにヴェンティは20を意味する、単位はオンスだ。

スターバックスではドリップコーヒーが一杯で四百円、コーヒー豆なら一杯分の十グラムでおよそ五十円ほどで売られている(コンビニなら一杯百五十円前後である)。

半年くらいは名代とも言うべきハウスブレンドを自分で挽いていた。

この豆は苦味が頑としているが、甘い余韻を発と残す。

甘い味付けがされる製品にはこれぐらいはっきりした焙煎が良いのだろう。

多く飲むにはくどいが、喉が渇いているときにひと口含むと、一瞬別世界に行ったような心地になれる。

エチオピアで祈祷と共に飲まれたと言うのも頷ける。

茶道には疎いが、精神性は一致しているのだろう。

私は、洋の東西に同時に存在しているかのようだ。

美味しい珈琲を淹れたい一念で、黙々と飲んでいると欲が出る。

もっと安く、それでいて納得出来る味を求める。

私は自家焙煎に手を出してみたくなった。

通販でコーヒー生豆が一キロ二千円弱で入手できる。

ブラジル産のものだ。

その豆を、これまた二千円弱で売っている銀杏煎器でガスコンロの直火に当てて焙煎する。

上手くいけば一杯二十円程度で飲めるから、スターバックスの半額以下だ。

美味しい珈琲を淹れるコツは、焙煎前の生豆をザッと水洗いした後に虫食いや変色のある豆を取り除く点にあると思う。

これをハンドピックと言うそうだ。

大規模な工場ではこの作業は省略せざるを得ないから、この一点だけならスターバックスよりも優れていると言える(産地で収穫後、出荷前に女性たちの手で選り分けられる工程があるが、虫食いや変色はその後にも起きる)。

煎器には生豆百グラムを入れるのが良いが、その内一割弱は取り除かざるを得ない。

それに加えて焙煎により水分が失われるから、重量はさらに一割減る。

つまり、生豆一キロから得られる珈琲はおよそ八十杯と見積もれるので、コスト計算の際に見落とさないように注意したい。

直火で焙煎していると、なるほど大豆のような懐かしい匂いが立ち込める。

煎器をコンロから十五センチほど上にして、絶え間なく揺り動かすのは大変な作業だ。

しばらくすると、豆の中から揮発した水分がはじける音がパチッパチッとしはじめる(これは一ハゼと呼ばれる)。

この時点ではまだまだ浅煎りで、酸味が強すぎるから飲めたものではない。

頃合いは目と耳とで判断する。

豆が黒く艶やかになり始める頃、一ハゼとは音の様子が変わってピチピチ言い出す(二ハゼと呼ばれる)。

このタイミングが火から上げる最低ラインで、好みによってもう少し火を通せば酸味が減って苦味が増す。

ただし、二ハゼから間もなく白煙が立ち始める事があるので、確認した場合それは強制終了の合図だ。

コーヒー豆から油分が表面に浮き出ているため、白煙が生じると直ぐに炎上して騒ぎになる。

余熱で焙煎が進行してしまうのを防ぐため、すぐさま団扇を使ってコーヒー豆をあおいで冷まさねばならないから気を抜けない。

火元で汗をかくような作業を終えても、飲み頃まで寝かせなければならない。

コーヒー豆の内部から炭酸ガスが少しずつ出て落ち着く、二、三日経ってから飲むのが良いらしい。

数多くある自家焙煎の記事を読みながらそこまで夢想し、かかる手間を考えるまでもなく生豆の購入は諦めた。

時間は取り返せないが、ある程度ならお金で買うことが出来る。

自分のクラフツマンシップを探るために、没頭してみたいという気持ちが無くもない。

とある調理師の専門学校では毎週あんを捏ねているという記事を見かけて感銘を受けた事もある。

さて、支払う金銭と負担する労力との兼ね合いを考慮して、うすうす気付いていた事がはっきりとした。

コーヒー豆を挽いてから珈琲を淹れるという営みには、時間がかかると言う事である。

一杯五十円の珈琲を得意になって飲んでいたつもりが、実は一杯千円だったわけだ。

これに気付いて、私は珈琲ことが一気に嫌いになりそうだった。

ドリップ用の『オリガミ』というのは六杯で七五◯円、ドトールならバラエティパック四十杯が千二百円しないから、価格と時間を重視するならこの線だ。

しかし、味はどうだろうか飲み比べたわけではないからなんとも言えぬ。

気掛かりな事が二つ現れた。

他のコーヒー豆はどうかと言う事。

それと、豆は挽いた物を買えば良いのだと言う事。

スターバックスにはCORE COFFEEと言う、全店舗に常備された豆が十八種類ある。

二五◯グラムで千五百円しない程度のものばかりで、十グラムからの量り売りが可能だ。

浅煎りで明るい色のブロンドローストはライトノートブレンドを含む全二種、私は酸味が気になって好まない。

中煎りのミディアムローストが主力で全九種、非常な深煎りに感じられるハウスブレンドもここに含まれる。

深煎りのダークローストが全六種で、フェアトレード商品を標榜するイタリアンローストも含まれる。

週替わりでこれらを二種類ずつ飲み比べていた頃もあった。

記録を取っておけばよかったのだが、簡単に言えばハウスブレンドが私には合う。

イタリアンローストは苦いが後味がすっきりしていて、気紛れに買うのも良い。

ダークローストで唯一、千五百円を超えるスマトラは一口で美味いとすぐ気付いた。

これらを店舗で挽いてもらって飲んでいたから、何とか一杯千円の珈琲からは脱却出来た。

ペーパードリップに勧められたのは七番の粒度。

調べると、細かい順に一番から十三番まであるようで、七番がその中間という事になる。

水溶液のpHみたいだ。

七番で挽いてもらったハウスブレンドはいつもより薄く感じたが、味を比較するためにCORE COFFEEは全て七番で挽いてもらう事で通した。

手で挽いた豆を四人分ほど抽出していると、仕舞いにはフィルターの中身が粘土状になっていて、淹れる時間も長い。

もちろん挽く時間も。

七番では普段の粒度より荒めだったと言う事らしく、湯の滴下が早く、私が慣れていた味に比べて成分の抽出が不十分だったのだ、きっと。

ミルで挽いた豆は、淹れ終わる頃には粘土状になっていた事だし。

先方が推薦する粒度と、私の手元のコーヒーミルの粒度とに齟齬があり、濃い抽出の珈琲が私好みという舌になっていたというわけか。

同僚に飲ませた時の反応も、「あぁ…これは」と言って刹那の沈黙があって「美味いですね」と言う者や、「ガツンですねぇ!」と爆笑する者、一口飲んで感想も言わない者など様々であった。

彼らの慣れない味だったのだろうと気付いたのは、つい最近の事だ。

あんなハウスブレンドはスターバックスでも提供しちゃいない。

味の好みという、卑しさすら感じるような面のある中で、ちょっとした喜怒哀楽の享受が出来るから、珈琲が世界中で愛されているのだろうと今は思える。

美味しい珈琲を飲んでもらえる事は、嬉しい。

嬉しい気持ちを相互に授受する時間は、楽しい。

この活動は、ある種の千利休ごっこでもあった。

好意を珈琲で伝えるという事。

一昨年の年末、セールだったのでブルーマウンテンNo.1を奮発して買った。

百グラムで三千円くらいする。

その事を伏せて副社長に飲ませると、後日、美味しかったと一言もらった。

あんなものはただ優等生的な味というだけで、美味いなどとは思わない。

美味い不味いは、好き嫌いの議論の延長でしかないから、私が美味いと思う珈琲を振る舞えば、口を閉ざすような人達も居るだろう。

通じる言葉を話さなければ、話にならないのだ。

あれから私は、豆を五番で挽いてもらうようにしている。

いつものハウスブレンドと、気紛れに注文するイタリアンロースト、滅多に飲まないスマトラ。

こないだ、コンビニにmeiji THE Chocolate のブラジル、ドミニカ、ペルーの三種類が売っていたのを見かけた折、確かに味は違うだろうが、それは七十%のカカオを除いた三十%の影響ではあるまいかと思った。

同じ事はコーヒー豆にも言えるだろう。

ちなみに、このミルは受け皿に収容できる量が想像以上に少ないので用の美を損なう。

水筒は四人用ドリッパーを乗せる事が出来るため重宝している。

対立は極同士に偏在しているが、矛盾は一つのうちに内包されている。

だから矛盾に対しては、目をつぶることが困難に見える。

本当は対立だって、同じ人と人とにまたがって内包されているはずだけれども。

ありがた迷惑に思われる家族を愛する訓練として、好きだけど嫌いな恋愛感情に苦しむ前の心構えとして、苦くて甘いという矛盾する二つを内包する珈琲を飲む時間を大切にし続けたい。

ホームレス対策として、広場に敷かれた突起やベンチの仕切りなどを見て、我と彼との身を同時に案じる優しさを獲得するために。

清楚系ギャルは存在しない?

馬鹿言っちゃいけない。