ラーメンドラゴンボウルが完結したその日の夜、私は喜びのあまり、ついラーメンを食べに行ってしまった。
揃った七つのラーメンドラゴンボウルから呼び出された龍神との契約やら経緯やらは、他所に書くことにする(おそらく虚飾性無完全犯罪から船橋ノワールへと移行するだろう)。
ともかく、その日の夜、その日三食目となるラーメンを食べに、隣町の津田沼へと赴いた。
前から行きたい行きたいと思っていたお店があったのだ。
およそ二十年前、中高生だった頃の私は家庭用ゲーム機を所有していなかった。
アーケードゲーマーとして、船橋のゲームフジさんを拠点にしていた。
朝七時から開店という神様のようなお店だったので、ビートマニアやらギルティギアやらは新作が出てから朝イチで練習ができた。
一番やり込んだのは連邦VSジオンDXで、グフの操縦に関しては当時日本一を自負している。
それらの背景は、一食一飯の初回にも記した。
さて、土曜の放課後に実は食べていたのは何も、てんやさんばかりではなかった。
ラーメンも食べていた。
週に一度のラーメンを、決め打ちで通っていたお店だ。
ゲームセンターのすぐそばにあったので、そこしか行かなかった。
中高生の私が、外食で冒険をするということは無かったし、その必要も無かった。
今日はここに行こう、ではなくて今日もここに行こうと思わせてくれるお店だったのだ。
大学に進学してから行かなくなり、しばらくで閉業してしまった。
ゲームセンターも店仕舞いしてしまった。
『醤油ラーメンなんか全然食べないな』
背脂ギタギタ、カレーラーメン、お二郎、滅多に食べないタンメン、とんこつ醤油、鶏ポタージュ。
房総(半)島ド真ん中にあるアリランラーメンを食べてみて平凡だと感じたのは、醤油ラーメンを全然食べていなかった所為だろう。
『あのラーメンスープが失われたって、世界的にみてちょっとした不運だよな』
私自身、業務上の錬金術を秘匿し続け、父から譲り受けた情報などは親子代々の物として運転しているからそう思える。
私が死んでも商材が残り然るべき者が扱えば世界は回るが、一世一代のラーメンスープが失われてどうなるかを思うと胸が苦しい。
漁だし亭 船橋
検索してみれば、何という事はない。
“船橋の「漁だし亭」・・・津田沼で大胆なラーメンで復活し…”
食べログのレビューがトップにヒットして謎即答に昇華した。
二◯一◯年に船橋店が閉店し、場所と名前を変えて翌年再開していたそうだ。
そこは津田沼、「魚骨らーめん 鈴木さん」自信を感じさせる名付けである。
存命の安堵の反動から来る、急激な馴れ馴れしさに声を張り上げたくなってしまう。
さりとて、隣町の津田沼へ足を延ばすには何か理由が必要だ。
問い続けた理由の訪れを私は辛抱強く待った。
検索したのは昨年の十月だったから、一食一飯の前半を書いていた頃だ。
この次にラーメンドラゴンボウルを書く、それが終わったら行こうと。
その日がやっと来た。
休みを取って、車を出して、開店すぐからラーメン食べて、家に帰って記事にした。
あんまり嬉しかったから、その日の晩もラーメンにした。
さあ、そこで漁だし亭あらため、鈴木さんである。
地図でだいたいの場所の見当をつけて、大通りの向こうだろう、と路地から顔をヒョイと出すと目の前になりたけがあったので声が出た。
津田沼店めっきり行かなくなったけど、もっと遠くじゃ無かったっけ。
どうやら地図の見方が悪かったらしい、駅前の大通りをそのまま歩けばよかった。
そういえばツイッターもフォローしたが、昨年末に世界一近い引越しと称して、一軒隣へ移転もしていた。
引き戸全開で屋台然とした渋い内装の漁だし亭とは雰囲気を変えて、明るくカジュアルな木造りのお店となっている、清潔感があって良い。
ともあれ、ビールだ。
もう中高生じゃない。
アーケードゲームはしないが、居酒屋でビールは毎晩だ。
おつまみちゃーしゅー。
焼きもできるが、ゆで餃子五個。
秋刀魚奴、大きいサイズ。
漁だし亭から鈴木さんに化身して、躍進した点がこれ。
ぽてりと載っている秋刀魚のペーストが、31のレギュラーシングルサイズで存在する。
目を瞑って食べてみたら、あん肝のパテと混同するかもしれない。
醤油らーめんに百五十円追加で載せられているものは、さんまらーめん。
このお店の主力メニューと言えるだろう。
その秋刀魚ペーストを載せたやっこ、丁度良いではないか。
ぐいぐい飲み進めて、いよいよラーメンを注文する。
ペーストが載っていない方、醤油らーめん大盛り。
赤黒く澄んだスープに、わずかばかりの油滴がきらめいている。
大きめの海苔一枚、メンマと輪切りのネギが少し、チャーシュー。
あぁ、碗こそ違えど、あのラーメンだ、見ればわかる。
水菜も焼きネギも無いながら、このラーメンだ、見ればわかる。
細麺をすすれば涙が出そうになる、煮干しラーメンとは違う、魚介ラーメンの“あの”味がする。
『わかった。』この数ヶ月の謎が氷解する。
『何がって、俺十代で毎週尖ったラーメン食べてた。』
最初の一歩がこれならば、今歩いている道がこうなってしまうのも無理はない。
塩気に意識が向かない、魚の旨味がスープをどんどん飲ませてしまう。
ああ、これはいけない、だがこういう日のために塩分を節制して来たのだ。
ここに秋刀魚ペーストを少しずつ溶かしながら食べる一杯もたまらないだろう。
豚トロ飯。
ほぐしたお肉と輪切りのオクラ、うずらの生卵。
お肉の味が濃くなくて、ご飯と一体になっている。
オクラの青さが爽やかだ。
これをスープでグッと流す。
沁みる。
ビール飲みで良かった、ラーメン食いで良かった。
十五年だ。
十五年ぶりの邂逅、感無量だ。
さんままぜそばの大盛りを追加してお店を出る。
これが一食一飯の宜敷準一だ。
次は鯛骨塩らーめんを食べに来よう、すぐにでも。
パルコの一階でイスラエルの白ワインを買って帰った。