約束の地、シドはどこにある。
僕たちはいったいどこで再会を果たす。
山林など消え失せてしまったこの地上で。
まばゆい電光掲示板を見上げ、下水の汚臭に気付かない。
張り巡らされた下水道のような道を行き交いながら。
その日初めて出会った僕たちは、まる福で軽くひっかけて店を出た。
向かいの女性の髪型や化粧、仕草など特に気にすることは無かった。
それは僕の習性なのだろうか、わからない。
もう一つ分からないことがあった。
女性というものがどれくらいの量を適量として食べるかだ。
店の前の通りを向こうへ渡って、そのまま前進。
他に店も無いような裏町の四つ角に次の店。
移動にわずか一分、目と鼻の先だった。
冷えたビールとサワーがもたらす冴えた外気から逃れるように、足早に移動した。
勝手の知らない女性を引き回す羽目にならなくて良かった。
この梯子は個人的に一人飲みの際に使おうと思った。
次の店はさらに空席が多かった。
串屋長屋は県内と都内に、やはり五十店舗ほどを展開している。
賀々屋と規模は全く変わらないが、一九六五年創業に対して二◯◯三年創業だ。
意外なことに、一号店と二つのセントラルキッチンが存在するのは茂原市だ。
もつ焼きが食べたいと客が思った時に、真っ先に思い出されるお店でありたいという理念があるらしい。
まさに賀々屋の牙城を崩さんといった意気込みだろう。
だから今夜、ここへもつ焼きで飲みに来た。
四人がけの席に二人で着く。
混雑が始まった賀々屋の風情とは違う、明るく清潔感のある店内だ。
僕はたまに亀戸店に行くので、プラスチック製のドリンクパスポートを所持している。
カードにシールを三枚集めると、特典として最初の一杯を無料にしてくれる。
次年度はブラックカードへのランクアップが待っているようだ。
今夜これは出さないでおくことにした。
お通しのキャベツが運ばれる、これはおかわり自由。
レモンサワーをピッチャーで注文。
いつものバラ軟骨1号。
これは、とろとろに煮込んだもの。
ちなみに2号は薄切りのを焼いたもの。
目に付いた馬肉のタタキ、お得サイズで。
同じ1号でもレバー1号というのもある。
角切りの豚レバーをザッと焼いたやつで、安くて美味い。
不思議なことに2号は存在しないのだが、レバーフライも安くて美味い。
モツ野ニコ美と名乗った女性は、レバーがあまり得意では無いそうなので見送った。
お酒に関しては、杏酒や梅酒のような甘いのをソーダ割りにしたのが好みだという。
残念ながら、そういうのはここには無い。
止むなく彼女はピッチャーからレモンサワーをジョッキに受ける。
僕もどういう心境の変化か、ビールをやめてレモンサワーに移行。
乾杯して飲み始める。
僕はビールを飲んでいる姿を、他の女性に見せたく無いとでも内心思っているのだろうか。
今はがぶがぶとビールを飲み干せなさそうだから、こういう酸っぱいのが丁度良かった。
たいして待たされることなく注文が届いた。
時間のかかる串物をこのタイミングで頼む。
「熱いぞ」
「ありがとう」微笑しながら彼女が言う。「けどすごく美味しい」
ほろほろに煮崩れた肉と、どろっとして原型を止めていないゼリー状の軟骨。
鼻に付く臭みには目を瞑って、練り辛子の痛みに耐えることにしよう。
不味く無いはずがない。
禁忌の食材を時間が解決する。
いや、圧力鍋が何とかしたか。
邪推を口にするのは無粋だ、相手に失礼になる。
馬肉のタタキは赤身の淡白さがはっきりしている。
脇にあるおろしニンニクを遠慮なくつけて食べる。
「お通しのキャベツに付いてきた辛味噌の方が合うかもしれない」
「馬肉に味噌って、信州スタイルって感じね」
そんなことを言われて、ずいぶん前に飯田駅前の箕輪へ食べに行った記憶が蘇った。
信州飯田名物、馬のおたぐりだ。
馬の内臓を手繰り寄せて捌き、煮込み、無駄なく食べられるように工夫したものと考えて差し支えあるまい。
首都圏では絶対にお目にかかれない、安くて美味くて新鮮で量の多い現地の馬刺しに思いを馳せる。
「素材が無いから文化で飲むんだ」
「飲み屋の流儀?」
「僕らはその文化を生きているだろ、今まさに」
「客が店を作るってことね。次は人でごった返した平日の夜中が良いわね」
笑って頷き、ジョッキを空けた。
向かいの女性の酒量は控えめだ、ピッチャーの残りは僕が明けることになるだろう。
串が届いた。
一本目は赤モツMIX。
ここはいちいち塩かタレか聞くような野暮なことはされない。
タン、ハラミ、ハツが二つずつ交互に刺さっている。
この方が五本盛りを冷ましてしまうより良い。
味わっていてもまだ冷めるような時間じゃ無い。
二本目はスーパーホルモンロール。
ぷるぷるしたやつがいくつも刺さっている。
僕はこういう、一寸冷めてもとろとろなのが好きだ。
白もつをパリッと炙った串なども確かに良いが。
飲み食いして、満足して会計して帰った。
他にどんな会話をしたか、覚えていない。
いや、ろくに会話しなかったのだろう。
色っぽいことには期待していない。
ただ、次の仕事を楽しみに待っている。