【九月号】ヨモツヘグリ #007 船橋 坊ちゃん【キ刊TechnoBreakマガジン】

船橋で一番のお店、そこならば一番の煮込みを出すだろう。

僕はかつての行きつけのお店を失念していた。

地元の本当の名店というものは、数ある地元のお店に紛れて、姿を眩ませてしまう。

先日、と言っても一年近く前だが、船橋で行きつけにしていたワインバルを再訪して以来、今日のお店の記憶も鮮やかに蘇った気がする。

京成のガード下を少し先へ入った位置にある、倅っこというお店。

あのお店にも、昔の知り合いに連れられてよく行ったものだ。

この歳になって気付いたのだが、ボーイという名のスロット専門店の上に看板を掲げていて、二つの店名が類似しているようで何か関連性を感じさせる。

その日の仕事は、てっきり池袋であるものとばかり思っていたのだが、合流後に渋谷だったことに気が付き、時間の浪費をせずにぎりぎり済んだ。

飯田橋で有楽町線に乗車する前に、南北線に乗って永田町経由で半蔵門線で行くことに気付いたのだった。

今回ばかりは大江戸線の出番は無し。

それと、大手町は広いので乗り換えに利用することは今回は考えていなかった。

渋谷での仕事は駅前で簡単な情報収集で、その後は銀座線で銀座へ。

特に何かをするというわけでもなく、散歩するような形で新橋へ一駅戻る。

謎の美女、モツ野ニコ美女史の装いは、どちらかといえばここ銀座向けの華やかさだ。

人形町を拠点にしているエージェントと僕とでは、住む世界が違うのかな。

一仕事終えてから一杯やるというのは、たまたま西船と浦安で近所にいるからなのだが。

こないだ、日本橋室町界隈で、なかなかの美丈夫から彼女が声を掛けられていたのには流石に驚きを禁じ得なかったものだ。

どうしよう、今日は船橋で一番のモツ煮を紹介するのに、地元のどうしようもないような連中と鉢合わせでもしたら。

一番厄介なのは、警邏中の軍閥にWが紛れていることかな。

本当の優しさを滅多に見せない彼には悪いが、何を言われるか分かったものではない。

通りをただ歩いているだけなのだが、モツ野女史から一つ提案があった。

なんでも、肉のハナヤマで滅法美味い冷凍餃子が売られているからそれを入手したいんだとか。

そこの地下が、まだ我々に焼肉食べ放題を提供していた頃にはよく行っていたから、案内した。

その冷凍餃子は、餡の中に寒天が混ぜられており、それが肉汁を吸収して保湿することが美味さの秘密なんだそうだ。

僕が彼女と会えない間、心ひそかに餃子を食べ歩いていることを彼女は知らない。

それだけに今回の紹介は、僕に少なからぬ衝撃を与えたし、それならばぜひ機会を設けて食べてみたいと思わせてくれた。

来月きっと食べよう。

新橋からグリーン車で船橋へ。

僕はこの、ちょっと物足りないような短い時間が好きだ。

三ヶ月に一度訪れるような嬉しい時間が。

くつろげる車内で缶ビールを空けながらうとうとする。

僕は、恥ずかしながら、帰路では彼女の隣で居眠りしてしまう。

この日も、その日初めてのビールを飲みながら少し寝たのだが、やはり電車が早く着いたのは少し物足りない。

予約の時間通りに入店すると、案の定、お店の中は満員だった。

休日の十七時半だというのに、これはちょっと驚異的な光景ではないか。

変わらぬ名店のままだったようでひと安心である。

懐かしの小さいテーブル席に二人で着いた。

僕は瓶ビール、モツ野女史はゆずサワー。

突き出しに何かを煮たのの小鉢が出る。

ひんやりしていて爽やかだ。

しばらくして、肝心の煮込みがやってきた。

通っていた当時はこういうのにあまり興味がなくて、実は頂くのはこれが初めてだ。

なんの変哲もない、弾力を残した平凡なやつである。

これなら前回行った神田のお店に軍配が挙がるだろう。

少し先に賀々屋もあるので、船橋で煮込みを頂くならそちらという手もある。

そんなことを思いながら、ふと、それでも我々が食べてきた煮込みは各地の名店にばかり推参していたから、案外こういうのが地元にあるだけで貴重なのかも知れないとも思った。

で、ここのお店ではやはり焼きとんを食べなければ話にならない。

先ずは、ニンニク芽豚肉巻き串。

このお店を紹介してくれた友人が、彼は出張でこの地に立ち寄ることが多かったのだが、その時には真っ先に必ず注文する絶品だと言っていた。

久しぶりに食べてみても、改めて香り高く、しゃきしゃきとした食感も楽しい逸本だ。

壺に入った辛味噌を小皿に取り、適宜つけて食べると良い。

加賀美と名乗っていた彼が偲ばれる。

ワインバルの井上、川崎のさおやんを紹介してくれた摩耶という男も加えて、我々はみんな、あのゲームセンターで繋がっていたのだった。

次に、てっぽう。

ニンニク芽から全てタレで注文している。

てっぽうというのは、直腸のことだ。

白モツのような味をしているのだが、僕は食感を含めるとこちらの方が好き。

倅っこさんでは、この食材の表面をぱりっと焼いてくれる。

てっぽうは、やや厚めのお肉なので、内部はふんわりしていて素晴らしいのだ。

そうそう、飲み屋さん駆け出しの頃に、ここの串物のてっぽうと、さおやんの七輪焼きのてっぽうをそれぞれ好んでいたんだっけ。

後は、ればー、かしら、みの。

流石にレバーは、ここから目と鼻の先に、七輪焼きの名店があるからそこには及ばないか。

しかし、このお店が仕入れている食材も凄絶であり、焼きの腕も大いに振るっている。

近所だし、また行こうと食べながら思っている。

まだ他にも、ハラミ、なんこつ、たん、しろもつ、はつ、こぶくろ、めんち、注文していないものがあり、焼きとん以外にも、焼き鳥、お刺身、一品料理、揚げ物、季節の商品と溢れんばかりなのだ。

とはいえ、焼きとんも焼き鳥も、一本百八十円からなので、質の良いのが当然ではあるのだが。

この日は他に、タコの唐揚げ、茄子ホルモン味噌炒めなど。

お酒もお銚子二つほど。

舌鼓を打ちながら、穏やかな一日の終わりを迎えた。

この船橋が取り持った様々の縁に想いを馳せながら。

約束の地、シド。

それは意外なことに、旅の果てから帰った我が家が建つ場所にあるのかも知れない。