【人生5.0】Junの一食一飯 #001 てんや【ONLIFE】

十二時過ぎの放課後が来て、家に帰らずゲームセンターへ行っていた土曜日。

当時中学生だった私は、同級生のTと共に船橋のてんやさんでしばしば昼食を摂った。

穴子と海老が載ったやつの、薩摩芋を茄子に変えてもらって、大盛りタレ多め。

Tはそこへさらに卓上のタレをどっとかける、私も悪乗りで同じくかける。

味の濃い所にさわやかなおしんこを頬張る、でまた天婦羅を食べる、食べる。

カラカラになった喉を冷たい麦茶でぐっと潤して、また食べる。

 

てんやさんにはそんなかつての懐かしい思い出もあって、よく行く。

現在バンドの拠点にしている文京ベースにも最寄りにある。

今は定食にして注文する、白いご飯が好みになったからだ。

定食にするには百九十円払う必要がある、どうだってかまわない。

喫煙者が千円になるまでは吸い続けようと思っているのと変わらない。

 

定食には天つゆがつく、これが嬉しい。

ほうれん草のおひたしもつくし、ご飯は食べ放題になる、これも嬉しいが言ってみればおまけだ。

定食にすると、天婦羅を天つゆでも、お塩でも、タレでも食べられる。

選べるというのは幸せなことだ、悩めるというのは贅沢なことだ。

白状すると、人の倍食べたくてタレの塩分を避けたいのが無いではないが。

 

そんなわけで、てんやさんに夕食を摂りに来た。

一番安い天丼を定食にしてもらって、穴子を追加。

他は海老、烏賊、野菜どれも嬉しい。

どうしても鱚の思い出が頭から離れないから、赤魚は変えてもらう。

執着するのは醜いが、無頓着ではいられない。

こちらでは大抵季節の天婦羅を出してくれるから、それは追加する。

春の山菜、夏の真鯛、秋の牡蠣、冬の帆立。

ここは必ず注文するが、他にも季節の野菜などちょっと迷うくらいある。

準レギュラーみたいな鶏天も小回りが利いて良いが、皮つきの腿肉ならより良いのにと思う。

カロリーお化けが出来上がっても別にいいだろう、天婦羅を食べるのは私にとってハレの日だ。

 

穴子は最初には食べない、食べ進める喜びが尻すぼみになるから。

と言って最後にも食べない、冷めて美味しくなくなるのは嫌だ。

のぼせているだけだろう、子の字に濁点は不要と思っているから。

穴子のことを考えていると、なんだか恋でもしているみたいだ。

 

かき揚げは試されているような気がするから敬遠している。

私は天邪鬼だから、かき揚げのあの

「賞味できるのか、お前に」という雰囲気に顔を背けたいんだろう。

高校の頃の生徒指導部長の威厳染みたものを感じて、私のような脛に傷持つ半端者には怖れ多い。

そんなことで誤魔化して、かき揚げ賞味の鍛錬に励まないから、また遠ざかる。

 

だから、何が言いたいのかというと、かき揚げにたっぷりとタレをたらして、ドロドロのべたべたになったやつを頬張って、白飯を一気に掻き込みたいのだ。

否、ビールでもいい、ビールがいい。

思えば、てんやさんで日本酒を呑んだことが無かったな、これは不覚だった。

天婦羅で日本酒、ビールじゃない方のコロナの馬鹿野郎。

 

そんなわけで、かき揚げ丼を追加する。

私は人の倍食べたいし、色々な味を食べたい。

心の中に、異常食欲と変態食欲とが同居していると思っておく。

こうすると天婦羅が冷めないで済む、どうだろうこの策は?

 

しかし、メニューにはかき揚げ丼が見当たらない。

ならば単品でよかろう、定食ならご飯のおかわりもできる。

だが、単品も見当たらない。

生徒指導部長、衝撃の左遷。

みんな同じ思いだったのだろうか、私との再会そして和解もならず。

執着するのは醜いが、無頓着ではいられない。

目を皿のようにして探すと、季節のメニューに「つまみ揚げ」というのがあった。

これだ、ハーフサイズのかき揚げだ、夏野菜の天丼を注文だ。

さて、てんやさんのかき揚げを頂くのも、タレったれを頂くのも久しぶりである。

ちなみに、白いご飯が好きなので、ご飯にタレをかけないでいただきますよう注文した。

ここからはさらに卓上のタレにも存分に御活躍願いまして、頂きます。

ひ、ひ、ひ、思わず下卑た笑いが心の中で巻き起こる。

ラプチャー、というヤツだろうか、これが。

蕎麦をどっぷりとツユにひたして食べるというあの感覚か(もちろんこれは江戸時代の都市伝説であり、蕎麦店の系譜ごとに妥当な食べ方があることは断っておく)。

こんな浮かれ気分の頭を、襟首ぎゅっと掴まれて、ぐんと現実世界に引き戻す力が作用する。

つまみ揚げに含まれたセロリのさわやかさだ。

ズッキーニも米茄子も甘唐も大振りで非常に愉快だった。

 

非日常の満足感を懐に仕舞い、お会計へ。

レジのてんやおじさんに目礼する。

フォールアウトのマスコットそっくりだといつも思う。

ごちそうさまでした、こんな身近な所に美味しいお料理をありがとうございます。

「またの!」そんなふうにおじさんが言った気がした。

 

件のゲームセンター、ゲームフジ船橋はもう何年も前に閉業してしまった。

私も大学の頃には、ゲーマーとしての第一線を退いてしまっている。

当時の相方のふ〜ど氏は今や、日本を代表するプロゲーマーであり、尻職人ことグラビアアイドルの倉持由香さんを奥さんに迎えて本当に良かったと思い、祝福する気持ちに溢れている。

羨ましいんだよこの野郎、ともちょっとだけ思っておくことする。

 

そして、船橋のてんやさんも去年閉店を迎えた。

今、その跡地には、このコロナ禍でもハイボールを平気の平左で出す居酒屋が建っている。

別に、外飲みをどうこう言うつもりはない、“感染しなければ”酒類の提供に何も文句はない、むしろ私を含めた世の飲助たちへの懐の広い対応に頭が下がる思いもある、ちょっとある。

だけど、そんなんなら、船橋のてんやさんを返して欲しいという気持ちのほうがある、もっともっとあるのだ。

でも、誰に言えばいいか分からない。

分からないからこうして書いた。