【六月号】巻頭言 神話と新説と真言【キ刊TechnoBreakマガジン】

呉越同舟、私も好きな言葉である。

芸術派の小林秀雄と川端康成、プロレタリア作家の武田麟太郎と林房雄が結成した同人誌「文学界」も当時は呉越同舟と評されたものだ(昨年一月に創刊一千号を記念した)。

啀み合う二人は、さいわいである、和解は彼らのためにある。

マタイ伝にもそうあった。

だから“ゼロサム状態”は回避されうるのだ。

今から二千五百年以上も昔の中国春秋時代の興亡を、文字だけで理解するのは難しい。

なるほど、だから実写版キングダムの予告が流れたというわけか。

いやいや、それでは少々時代がズレる(同じ時代ならば私は、王欣太の『達人伝~9万里を風に乗り~ 』を好んで読む)。

そんなわけで、シン・ウルトラマンを鑑賞してきた。

無論このシンには進化や深化という意味も含まれる。

初代ウルトラマンの主人公はハヤタ・シン(早田進)であり、本作の主人公は神永新二(かみながしんじ)、つくづくシンの字は意味深である。

この作品のキャッチコピーは

空想と浪漫。

そして、

友情。

前二つの観点が示す通り、娯楽作品として安心して楽しむことができた。

そして、二時間に満たない上映時間は、友情とは何かに思いを馳せながら観た。

序盤、息が詰まるような、禍威獣による災害に対処する混乱が終わる。

サラリーマンたちの群れに混じって、一人、霞ヶ関を闊歩する後ろ姿。

さっきまでとは打って変わって、日常が描かれるシーンだ。

そこを、聴き慣れた楽曲が、強くて弱い一人の者が街を征くテーマが流れる。

Early morning from Tokyo、いやEarly morning from Londonか。

関係ないことを言いたくはないのだが、真・女神転生の街のフィールド曲が想起され、私は思わず涙しそうになっていた。

世界が壊れたとしても、そこに安心感を見出せる、そんな気がしたからだ。

メディア上の斎藤工は野趣あふれる男前だが、神永新二を演じている表情はウルトラマンさながらで、これを見抜いたのはキャスティングの妙である。

初代と同様、彼もまたウルトラマンと一つになって活躍するのだが、ウルトラマンとして人間の行動や心理を探究し実践することに余念がない。

その不自然さは、観客にとっての分かりやすさへ転じる。

分かりやすさや安心感はこの作品の土台として確たるものがある。

脅威は大型禍威獣たちだけではない。

異星からの知性が人間社会、日本政府の裏側から侵略してくる。

ウルトラマンの物理的に巨大な正義の力だけでは争い切れぬように思われる。

それでも、ウルトラマンは知恵と力を貸してくれる。

我々人類、いや何故か判らないが地球の中でもその橋頭堡とされている日本の自律や矜恃のために。

だから、この作品のもう一つのキャッチコピーが

そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン。

なのである。

ウルトラマンが我々を理解しようとしたきっかけは人間のどのような行いだったのか、自分にその行いが出来るだろうか、考えながら話を先へ進めたい。

安心ではなく、安心感を仄めかすことで悪魔のささやきを仕掛ける異星人がいる。

ウルトラマンの安心と、侵略者からの安心感。

日本政府は他国に先んじる必要性に焦らされて誤った選択を掴まされてしまう。

それもそうだ、人智を超えた技術を、巧妙な策略に載せて提示されるのだから。

山本耕史という俳優のことを私はあまりよく識らない。

しかし、ウルトラマンに匹敵する安心感を俳優の表情が十分に提供する。

なぜならば、山本耕史演じる異星人はウルトラマンの人間理解、日本人理解とは別の角度から我々を評価しているらしいためである。

換言すれば、他者を手玉に取るのが巧みだ。

彼は、自分が今発している台詞を、どのような表情を見せながら言っているのか、よく知っていると断じて良い。

人類ならばきっと誰もが、アッと驚くような場所で両者が殴り合うシーンが、この作品のハイライトだ。

日本人ならば、おそらくほとんどが、同じ場面の殴り合いを演じたことがあるだろう。

何かを理解するために。

何をか、きっと人の心を。

そしてきっと、好きになりたいと願いながら。

古人はきっと月明かりに照らされて、僕らは燦めくネオンの下で。

いやいや、もっと淡くて朱い灯りに照らされて。

それからすぐ後、実際に二人は本来的な意味において殴り合うこととなる。

特撮ファンであるならば、誰もが嗚呼と納得するような場所で行うのだ。

ここに来て熱量は最高潮へ導かれている。

それは何故かと言えば、鷺巣詩郎氏の楽曲に導かれているせいだろう。

そうだろう、しかしながら、さらにそれは、政府の男に言い放ったアフターケアという名の全ての流れが奔流となっているせいだろう。

血闘は、さながら「例の作品」におけるシン・メトリーを彷彿とさせる一騎打ちを展開する。

ふと、ここまで書いたことを台無しにするのを恐れずに言えば。

もしかすると安心感は、この異星人と手を組んでいる「政府の男」が存在するが故かも知れない。

彼の出現が、劇場の座席に着いている私をグッと身構えさせた。

ここに来て、作品の構造的な複雑性、多層性が顕になる。

すなわち

侵略者、政府の男、光の星

ウルトラマン、禍威獣特設対策室、全人類

この対立の先の展開は、劇場で確認してもらいたい。

最後に。

私たちの理解者、随伴者、すなわち友達のウルトラマンはもういない。

私たち人間と友情を築こうとしてくれたウルトラマンはもういない。

そうでなければならない。

彼はたった一人の人間だけを救ったのだから。

その喪失感があんまり切なくて、エンドロール中も呆けていた。





四月二十日(水)から五月下旬までのタイアップ企画。

シン・ウルトラマンを最も効率よくメディア視聴者の目にふれさせられる企業がある。

マクドナルドの期間限定商品だ。

宮崎名物チキン南蛮タルタルの新商品、シン・タツタ。

一九九一年から日本人に愛されている、帰ってきたチキンタツタ。

そうか、あの世界にウルトラマンは帰ってくるに決まってる。

信じるしかない。

信じるということを、この作品は繰り返し教えてくれたではないか。

【五月号】環状赴くまま#009 西日暮里-田端 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

まだ陽が出ていることを懸念しながら、西日暮里にたどり着いた。

しばらくこの嫌な感じが続く事になる。

18時半、帰宅者たちの波が途切れることのない駅前である。

シャッターを切るのに難儀し、不審な目で見られたかもしれない。

少し歩いた所にセブンイレブンがあるのがやや不便で、エビスビールの取り扱いがないことは非常に不便に感じた。

ロング缶は残り半分でぬるくなるのでショート缶で出発した。

いい飲み屋というのは隠れているもので、駅前は殺風景だ。

おさらいすると…

前回のゴールで伺った千べろの喜多八さんは、良し、後で気付いたのだが、チレ串を注文しておけばよかった。

普段Kと訪れているのが、一つ向こうの路地にある千べろの三吉さん、ポタージュ風味のモツ煮はもう十分だがそれ以外はリーズナブルで種類が豊富。

大勢で飲むときによく利用する筑前屋さんが、西日暮里では韓国料理の李朝園さんと融合しているので、注文の幅を広げたいときには来たい。

ではおさらいを終えて出発する。

改札の向こう側にある路地から田端駅に向けて北上。

信号の先にあるさくら水産とミライザカが殺風景さに拍車をかけるかのようだ。

両店に挟まれた路地を行きながら、私は日暮里ー西日暮里間で感じた死の予感に、再び囚われそうになっていた。

繰り返しになるが、帰宅者たちの波は途切れることがない。

駅から離れたため、人混みと感じることはないのではあるが。

そこを駅へ向かって、手に手にA4サイズの洋菓子の手提げを持って、帰宅者たちと逆向きに歩くのは喪服姿のサラリーマンたちだったことが尚更不気味だった。

涼しい風がそよいでいたのがジャケット姿にせめてもの救いだったか。

T字路を左方向へ、そのまま真っ直ぐ歩けば次の駅に着きそうだ。

非常にシンプルなのだが、趣きのある風情が立ち並んでいる。

このポンプ置き場もまた、T字路の起点だった。

後ろを振り向いて一枚。

左方向には駐輪場が続くのでさらに北上していく。

と、右手に廃墟らしき建築物。

大学の研究棟かと思えたが、施設として生きている感じはしない。

帰宅者の群れを受け入れる街にポツンと現れる死の感覚。

後日調べると荒川区立道灌山中学校跡だという。

太田道灌公は日暮里駅前に碑が立っていた。

信長の野望で都心を選択すると太田家で始めることになる。

隣にはすぐまた駐輪場が、あるのだが、道が右へ九十度折れている。

地図を確認すると、真っ直ぐ続くはずだった道を一本間違えて進んでしまったようだ。

スタートから十五分経っている。

うなだれながら急ぎ足で来た道を戻った。

ポンプ置き場で見過ごしていた掲示板。

妙な自負心を感じる街の宝石店、珍しくて振り向いて撮影した。

気を取り直して、改札正面の路地に移動して再北上。

ゆるやかな坂がしばらく続く。

沈んだ気分は最低辺にある。

選択を誤るとまた行き止まりに着くことになる、表示に従えるので助かった。

ここらで尾根に到着した。

なんとも見晴らしが良い。

素晴らしい。

日光から中禅寺湖へ向かう途中、いろは坂を過ぎて明智平ロープウェイの展望台に着いたときに感じた開放感であると言っても過言ではない。

ただ見晴らしが良いだけではない、ここはこの尾根道が良いのだ。

感慨に浸っていると回送電車とすれ違ったのだが、誰も乗っていない電車の死の予感が、今は不思議と肯定的に捉えられた。

誤解のないように繰り返すが、見晴らしが良いことは言うまでもない。

この時、十九時前である。

幽明境を異にする夏の黄昏時が、死の空恐ろしさを生の充溢へ一変させてしまったのだ。

引き続き一本道、しばらくは下り坂だ。

先ほど私が言った、尾根道の良さが伝わりそうな写真が撮れた。

熱いコトワリと書いて、熱理さんの工場が蒼然と現れた。

映していないのだが、この逆側には安心のスーパー、マルエツさんが存在する。

その先に、少し歪な四叉路があった。

今日のゴールはこの先に設定してある。

実はこの界隈、良い飲み屋さんがあまり見受けられないようなのだ。

が、意外とあるな、こちら二件。

で、修繕中のこちら、恋湊さんは以前利用させてもらったお店。

美味しいお魚を出してくれるコスパの良い居酒屋だ。

目と鼻の先にある初恋屋さんも母体が同じらしく、地元の名店と認められている。

こちらのお店は禁煙のため、近くの煙草屋さんが用意してある灰皿まで移動して吸う必要があることをここに記しておく(煙草を楽しんでいる方がいたため、今回写真は控えたが、そこは四つ前の写真の路地にある)。

喜多屋酒店さん、角打ちをしてらっしゃるお客さんたちが見受けられた。

この界隈、飲み屋さんは少ないながら、名店揃いか。

正面から撮影しなかったが、浅野屋さんはお蕎麦屋さんだ。

お蕎麦屋さんにしては有り難いことに二十二時閉店、飲んだ〆にうってつけだ。

そして、本日のゴールがその向かいにある。

立飲スタンド三楽さん。

この店構えを見よ、くぐってみろよこの縄のれんを。

中にあるコの字カウンターは、全盛期にごった返したであろうお客たちを悠々受け入れたであろうと感じさせるような広さだった。

店内は外見以上に汚いのだが、それが良い。

すでに先客が七名ほどいらっしゃる。

私は指を一本立ててカウンターの角に着いた。

十九時五分、道を最初に間違えたのを差し引いても、景色の良さが歩みをゆっくりさせたらしい。

間を置かないように店内を見渡し、酎ハイ二五◯円とお刺身の二点盛り三五◯円を注文する。

酎ハイとお通しのお新香がすぐ届く。

「六百円です」

このお店も立飲みによくあるCODだ。

立飲みが本当に久しぶりなので驚いたが、以前の感覚を取り戻せた。

二点盛りはマグロとホタテ。

厚みは絶妙で、値頃感を保っている。

黒みがかった赤は久しく見ていないのだが、マルエツさんで売られている物とも思えない。

私としては全肯定メニューである。

とりガーリックペッパー焼き二五◯円、スパサラ一六◯円。

これは驚異的である、他所の半額だ。

レモン酎ハイ二七◯円、これで丁度良い酔いとなって帰路へ。

珍しく昼食が腹持ちしていたのでどこかに寄ろうとは思わなかった。

田端駅は左手にある緩やかな坂道を登ってすぐにある。

次はいよいよ駒込、私が山手線のハブとして最も高い頻度で使用している駅へ。




編集後記

何よりも環状赴くままが神回だった。

つい書き過ぎてしまった、写真が多い記事なので語り過ぎは無用かもしれない。

逆に、他の文章作品にほんの一箇所で良いから光る物を添える努力をしたい、書いたらそれで良いという物でもあるまい。

【五月号】棒きれ #002 すべての小さな星たちへ【キ刊TechnoBreakマガジン】

すべての小さな星たちへ、今夜は月も見られない

たまにはこんな夜もいい、月に一度か二度くらい

近視眼の僕の目に、あの月は少し明るすぎる

近視眼の僕の目は、小さな星こそ見つめたい

優しい光を浴びている

夜闇が心を落ち着かす

足元は暗く染まってる

星空の友に耳を澄ます

きらきら街が輝きだす

宿酔になって寝転がる

夜更しのため起き上る

星たちの声が囁きだす

とろとろ夜に溶ていく

空まで高く飛んでいく

遠くへ逢に行きたくて

夜と気持ちが加速する

歌うみたいに口ずさむ

僕等は言葉を交し合う

彩りを添えて届いてる

少しは詩心が動いてる

すべての小さな星たちへ、今夜は月も見られない

たまにはこんな夜もいい、月に一度か二度くらい

懐疑に満ちた僕の目に、星の光があふれ出す

懐疑に満ちた僕の目は、少しは光を取り戻す

【五月号】酒客笑売 #002【キ刊TechnoBreakマガジン】

「酒の席での迷惑は掛けたもの勝ち」

小林秀雄にお酒の飲み方を教わって以来、私の意匠は変わっていないらしい。

経験主義者の我々としては、迷惑の掛らない飲み方は無作法であるとすら感じられる。

すると、私の方はお酒が好きだが、お酒の方から嫌われている。

なんていう厄介な勘違いを持ち出して、また人様に迷惑を掛ける。

これは甚だ無益な次第であり、無作法は私の側にあること明白だし、心得た飲助から叱責か説諭かどちらかを頂戴することになる。

だが、彼らが一体何を心得ているというのか、覚束ない気もする。

家庭か、持病か、懐具合か。

まあそんな心得に過ぎまい。

生老病死の経験主義者たちに、いわゆる経験病の末期症状を垣間見ること通じて、何らかの尊敬や羨望の念がゆくゆくは生まれることを期待していたい。

さりとて、今この一杯の幸福感が、二十年後の幸福に関りがあれば上々なのだが。

さて、小林秀雄に「失敗」という短文がある。

そこに倣って、私と全く関わりない誰かとの一座建立を書こうと思う。

見ず知らずの人とお酒の席で会話が始まるというのは、先方によほどの余裕がある時か、双方が十分に酔っている時くらいだ。

前者では面白く無いので、後者を思い出す。

私は自分のペースで飲むということが出来ない成人した子供である。

初めのうちは見栄でグイグイ飲む。

酔いが回ってきてからは、お酒に呑まれてまたグイグイ飲む。

だいたい、今夜飲もうかと思い立つ動機といえば、飲まねばという半分は強制的で半分は強迫的な観念からだ。

これから脱しきれないうちは子供だと思う、達人の域には到底立てぬ。

酒体的ではなく客体的、言い方を変えれば他人事で飲んでいる。

そして、その場に安住しているのだから始末に負えない。

その日は九時過ぎに合流ということで、八時ぐらいから亀戸で飲んでいた。

テーブルが立ち並んだ広々としたホールにお客はまばらだった。

大衆居酒屋とダイニングの悪い所を併せたようなお店だ。

自分の引きの悪さとこれから来る友人の間の悪さ。

腹の虫を鎮めるように飲んでいた。

あまりビールを飲みすぎても、後に飲めなくなってしまう。

矮小な馬刺しをつまみながら、黙々と日本酒を続けた。

時間通りにKが来る、予定通り私は酒に狂う。

Kというのは彼死のKであり、幸福のKであり、また、仮名のKである。

予定通りとはいえ、七合飲んでいたとしても、別段普段と見分けが付かないそうなので、四合未満に飲んでいた私は楽しくおしゃべりを始めた。

Kの乾杯に合わせて私もビールからやり直す。

「韓国人が食べるクサい飯のことです」

「何ですか?」

「監獄料理」

「南仏料理にニンニクは厳禁です」

「その心は?」

「南無阿弥陀仏と言うためです」

「あんま巧くないぞ」

「イライラしてるから、イラマしてくれよ」

とまぁ、そんな下らない、いつものオゲレツ大百科で酒場をゲスのどん底に陥れていると、だいぶ酔いが回ってきた。

当然だ。

何食わぬ顔で二周目攻略スタートしたからである。

気が大きくなって気前良く注文した貧相な馬刺しの二皿目をKに勧めて、じゃあそろそろもっと良い店へ腰を落ち着けようという運びになった。

根が張るばかりで満足度の低い肴にイライラしてきていたのは事実だった。

「イラマしてくれよ」

「うるせえよ!イラマはするもんであって頼むもんじゃねえ!」

異常な放言に対し、真っ当らしい狂気の主張をしたKと店を出た。

今はもう閉業してしまったが、国道十四号線の裏路地にふくわうちという料理屋があって、景気の良い夜は都度利用していた。

本場物とまではいかないが、信頼のおける馬刺しを出してくれるお店だった。

当時すでにご禁制だったレバ刺しも、馬のものならば提供可能だったようで、高価だったがありがたがって食べていた。

酩酊寸前、いや、一線を踏み越えた私がそのお店へ這入った。

三席程度のテーブル席は全て埋まっていたが、五人掛けのカウンターは誰も居らず通された。

適当に瓶ビールと言わず、馬刺しに合わせる日本酒を注文。

徳利二つ、盃二つ、男二人、ご機嫌である。

人にこれを飲もうと言っているときは気が大きくなっている証拠だ。

どうやら、真後ろのテーブルに着いている女性四人の気配を感じ取って、粋がっているらしい。

当時まだまだ赤貧だったKはイマイチ懐具合が落ち着かなさそうだ。

「これ美味そうだ、食おう、出すから」

「いやぁ、悪ぃな」

「イラマしてくれよ」

カクン!

ありえない角度で私の背中が仰け反ったと後日談。

私は不覚にもカウンター席に腰掛けながら居眠りを漕いてしまいそうになったらしい。

確かに会話をしているようなのだが、突然眠りに落ちるらしい。

入眠の衝撃ですぐに目が覚めるので、眠気が払拭されると言うこともない。

グリン!

身体を捩りながら仰け反ったので、今度は動作が大きかった。

いよいよこの異常事態に見ず知らずの女性四人は騒然となる。

その様子を鋭敏に察したKは振り向いて

「失敬」

とだけ言ってカウンターに向き直る。

この一言で、尋常ならざるサーカスの幕が上がった。

観客の女性たちは無念無想ピエロに声をかける。

「何してるんですか〜?」

「私は会長です」

何してる違い、私を除く一同爆笑。

グリン!

「失敬」

「もぉ、会長大丈夫ですか〜?」

「もう大丈夫です」

カクン!

「失敬」

女性たち爆笑。

延々とこれを繰り返して夜は更けたらしい。

サーカスの主人はピエロを出汁にして、女性たちと大いに盛り上がったという。

私が無事家に帰り着けたわけがない。

帰れない話は次回にでも書く。

我が酒客笑売の殆どが、私が伝聞した後日談である。

#002 小林秀雄のエピゴーネン 了

【五月号】ヨモツへグリ #004 森下 山利喜【キ刊TechnoBreakマガジン】

約束の地、シド。

約束という言葉は、優しさだ。

絶対や永遠などと言う、神との有耶無耶な契約とは違う。

人を信じる、人を信じている自分を信じる。

そこにしか約束はない。

約束の地、シド。

絶対は無い、だから面白い、それが楽しい。

大江戸線という、悪い冗談のような名の地下鉄があるとかないとか。

飯田橋地下には東西線、南北線、銀座線とあるが、大江戸線の乗り場なんて見かけたことがない。

などと言っては暴言にもなりかねないが、そういう視点もあるのだ。

無論、十分に調査してはあるから、知ってはいるが識らない。

ということは、大江戸線の方でも僕のことを知らないと言うことだ。

そういう存在ってあるだろう。

などと下らない事を思いながら、雨の日本橋室町の裏路地でモツ野女史を待った。

暑がりの僕にとっては心地よい冷気だ。

そろそろ彼女の、我々の世界での名が知りたくもある、それが僕にとってはyであると言うような。

しかしながら、識ることによってほんのわずかであったとしても関係性に変化が生じるのは望まない。

正体不明、謎の美女、モツ野ニコ美と、コードネームyこと優しい約束の宜敷準一。

こういう二人の関係のままがいいのだ。

お互いを契約で縛るような、優しくない真似はしたく無い。

サマになる渋いジャケットを羽織ってその女性サマは来た。

「今日は洒落た店でワインでもと思って」

「あら、イタリアンかしら。ハチノスをトリッパって言うのよね?」

大衆居酒屋の飲み物の選択肢の狭さに辟易していたためだろうか、彼女の瞳は普段見かけない色を帯びた。

「いや、すまないがそうじゃない」僕は苦笑しながら言った。「今日の大衆居酒屋は洒落ているからワインを提供するんだ」

意に反して爽やかな微笑み。

今夜、結果的に梅酒くらいはあったから、彼女が好きなソーダ割りを注文できたのも良かった。

門前仲町から二駅、もんじゃ焼きの街とは逆方向へ。

いよいよ、生きていて指折り程度しか乗ったことがない大江戸線に乗った。

願わくば、今日のお店へ足繁く通うようになり、大江戸線からも僕のことを知ってもらえますよう。

地上に出てみれば大きな十字路が、三ノ輪駅前大関横丁交差点を彷彿とさせる。

お牛様のモツも好きだが、お酉様に繰り出すのも縁起のいい風を感じられるから好きなのだ。

「ふぅん」お嬢サマみたいなモツ野女史が冷笑を浮かべて言った。「神社なんかに興味があるのかしら、全く別の施設に行くんじゃなくて?」

「行くのはそこでじゃない」

「不潔よ」

今度はキッパリ言われてしまった。

冗談が昂じてしまうのは僕の悪い癖かもしれない、反省だ。

「後悔しても反省しないが、一食一飯の宜敷準一なんじゃなくって?」

何だ読まれていたか、自己肯定感の高まるような否定の言を頂けた。

あるがままの姿だろうとあるべき姿であろうと、らしさを忘れてはならない。

「今日から僕は、優しい約束の宜敷準一だ」

「ふぅん、それなら私は、ミルキィでママの味のモツ野ニコ美ね」

信号待ちをして十字路を渡ってすぐにお店があるため、雨降りだが助かった。

本館と新館とがそれぞれあるのだが本館へ。

新館は煮込みを提供していないそうだ。

戸を開けると階段だけがあり、上か下かへ通じている。

そこで店員さんからの指示を受ける。

待たされることなく地下のテーブル席に通された。

ビストロという言葉がぴったりで、殆ど満席ながらそれほど窮屈な感じはしない。

十年ぶりくらいだろうか。

久しぶりのこのお店へのエスコートが叶って良かった。

ここに来るの、僕は結構楽しみにしていたから。

瓶ビールと、辛うじてメニューに載っていた梅酒ソーダを注文。

黒板に書かれている鰹の刺身、冷奴は海苔の佃煮を載せたものも。

テーブルで向かい合うと、さっそく唇の瘡蓋について聞かれた。

ありのまま話した。

一回ハズしたせいなのか、外れくじばかり引く羽目になったこと。

餃子に絞った焦点を少しハズして、焼き小籠包にしたら痛い目にあったこと。

目隠しして食べたら分からないかもしれない二杯の坦々麺は、それでもあの食感がもう気になっているのだということ。

赤星と梅酒ソーダと、お通しの細切り大根の酢漬け。

さらに最初の注文品が続々と届いた。

乾杯して飲み始める、仕事のことを忘れられる月に一度の時間。

六等分された冷奴を二人でつまむ。

モツ野女史は海苔の佃煮を自作したことがあると言うから驚いた。

飛んだ酒呑みじゃないかと思ったが、お茶漬けにするのが良いらしい。

僕の場合は時間がないからお茶漬けが好きなのだが、彼女はその時間を延々と煮詰める時間に費やしたのか。

煮たといえば筍も煮たのだとか。

職人魂の塊じゃないか、素直に感心する。

刈根流大衆活法の奥義に、無店無刀というのがあるが、それに通ずる。

店で飲まず自分で作る、包丁に頼らず自分で作るということに。

表面にごくごく薄く焼き目のついた鰹は、焦げた不快感や食感の差異を全く感じさせず、もっちりとした快感を口中に与えてくれる。

お刺身が美味しい大衆居酒屋さんは、高級割烹と言って良いのではないか。

他のお刺身、わけぎとマグロのぬた、コハダ酢こういうのも気になる。

食べきってしまう前に煮込みを二皿とガーリックトースト。

ここで僕はグラスワインも注文。

「ねぇ、さっきのハズしたって話だけど、一食一飯の社員食堂の回みたく?アレはきっと習志野軍閥行田士官学校の食堂って事よね、例の団地」その手の者とバレないように、彼女は声低くして目配せしながら言った。

読まれている、僕は苦笑して頷いた。

「ラーメンドラゴンボウルのお蕎麦の回とか。ねぇ、一体何の任務で長野県の山になんて行くのよ?」

無論、野外訓練の指導教官としてだが笑って誤魔化した。

熱々の素焼き皿に入れられて、ふつふつと音を立てている煮込みがやって来た。

持ち手は別添えの鉄器になっている。

入れ違いに串物を注文。

シロと呼ぶべき部位はすでに濃い茶色に変わっているのだが、プルプルした脂が付いていて食べ応えがありそうだ。

色の秘密は連綿とつぎ足された歴史と、それに使われた赤ワインである。

他にはギアラのみ、ネギが薄い輪切りになって載っている。

五十円ほど追加して煮卵入りの方。

頬張れば、店構え同様に洒落た味がして、僕はこういうのが好きだと改めて感じた。

ガーリックトーストなんて、洒落過ぎていて鼻につくと言わないでほしい。

パリの裏路地のビストロを、ここ森下の下町に再現したって良いじゃないか。

串物は普通といった印象。

ここは一皿二本で三百円である。

だから、二人で飲みに来れて幸いだった。

【五月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)#002 日暮里 馬賊と京の華【キ刊TechnoBreakマガジン】

巷の連休というものは、僕みたいな血で血を洗う洗濯屋稼業とは無縁だ。

裏街の清掃員に休みなし、などというと気取り過ぎだと笑われるだろうか。

といったって、軍隊所属のエージェントみたいなものなぞ開店休業だし、デスクに座って読書でもしているのがせめて仕事をしているふりを神様に見せる身ごなしだ。

そんな日常だったのだが、たまたま妙なめぐり合わせで足を使う羽目になった。

お決まりの日本橋室町界隈よりも北へ、上野から日暮里。

最近、なぜだろうかこの付近に寄ることが多い気がする。

奇妙な縁だ。

上野に比べて、妙に手狭な感じがするこの土地だが、上野と比べること自体が酷か。

どうにも日暮里には目を引くお店が少ないというか、それを良いことに「目を引くような主張をしている店舗」に人が集まるかのような気がする。

そんなわけで、一仕事終えてからここのランドマークの一つともいえる、駅前の「馬賊」に這入った。

昼食時と夕食時のちょうど狭間だったのだが、店内はほとんど満席だったのが驚きだ。

僕の次のお客からは待たされている。

瓶ビールと手打ち餃子。

ここはもう十年位前に一度寄ったきり。

前に、いや前の友人が

「ここの餃子はとても美味しい」

なんて言っていたのを思い出す。

あいつは、今頃シドの地を踏みしめているだろうか。

突き出しに出たもやしのナムルで飲み始めながら昔が偲ばれた。

足で稼いだ仕事の対価が喉に心地良い。

待っている間に、空席に着いた他のお客たちの注文が聞こえる。

やはり餃子、それと担々麺。

女性の一人客もそれを頼んでいたのが印象的だった。

僕も担々麺を頼もうと思っていたから、見当外れではなかったようだ。

じきに餃子が運ばれてきたので、担々麺を追加した。

そのあとに来た学生のような四、五人組がやはり餃子と担々麺。

それを大盛りで注文していたのは盲点だった。

僕もそうすればよかったのだが、次は無いようにしたい。

熱そうな餃子が五つ、互いにそれほど癒着することなくひっくり返っている。

見た目にはドライな印象。

潤いを表に出さず、皮それ自体に秘めているかのようだ。

一口焼き目をかじれば、カリリという音が響きそうに思える。

僕は小皿にお酢ばかりだっと垂らし、そこへ醤油を一滴程度の気持ちで落とす。

ラー油は多めに入れる。

準備万端、火傷しないように半分かぶりつく。

『難しい』

これが第一印象。

梅雨の季節の空模様みたいな皮の食感なのだ。

極力風流に言ってみたが忖度してもらいたい。

餡は薄味で繊維質だ。

用意してある調味料を個人々々で調合して合わせたい。

この調合具合が餃子食いの醍醐味と言える。

鎮江香醋くらい強いのが欲しくもある。

僕のドライマティーニを意識したタレの調合では弱すぎた。

つまり、そろそろハッキリ言うが好みではない。

餃子はタレで食わせておけ、物言わぬそんな声に賛同はしない。

そろそろ担々麺が来そうだ。

皿に残った最後のは一口で頬張れるくらいに冷めている。

餃子一人前を食べ切るという物語は、展開がハッキリしていて面白い。

吹き冷まして半分ずつ食べる段、冷めたのを口に放り込む段。

それに寄り添う小皿のタレ。

最後の一つを口の中全体で噛み締めるが、やはり梅雨空を連想させる。

しかし、これを風流だと感じている人々が居るらしいことも事実。

そうだ、日暮里駅前の気質や風情を堪能するのに、味覚第一主義である必要はない。

この店が、あるいはこの土地が愛されているのだという証拠だ。

僕はお店の中で一人だけ疎外感を抱いているようだった。

届けられた担々麺もまた難しかった。

表層は真っ黒で、そういうタイプもあるだろうからそれは良い。

だが目を瞑って食べたとして、坦々麺であると看破できるだろうか、覚束ない。

坦々麺ではないと偽って出されたとしても、この挽肉の飾らないそのままの感じから察知できるだろうか。

なるほど、手打ちの麺は他所にはない食感だった。

もちもち、しっとりとしていて、あんまり美味しいからと言って頬張りすぎると咀嚼が大変になる。

なんとも、もしかすると本物の手延べ素麺ってこんな感じなのかもしれない(実際の手延べ素麺は、工程のほとんど全てが機械化していて人の手が加えられていないのが一般的な商品で、意外にも梅雨の季節を二、三度越してコシを出すのだという)。

これが本場の汁なしになったらどうなるだろう、いやメニューにあるのはつけ麺か、どんな味がするのだろうか馬賊つけ麺とは。

そんなことを思いながら再訪しているうちに病みつきになってしまうのかもしれない。

僕は十年に一度で十分という気がしているのだが。

五十二万五千六百倍の差があるのが可笑しい。

担々麺を大盛りにしなかったことと、餃子が難しかったということもあり、もう一軒気になった店舗へ行った。

駅から見て左翼にある「京の華」だ。

黄色い看板が嫌でも目立つ。

ここもまた、「目を引くような主張をしている店舗」の一つに数えたい。

餃子をテーマの食べ歩きのつもりだったが、僕はこういうことは一度ちょっとずらしてみる。

黄色の看板には青字で「手打拉麺」「焼小籠包」と書かれていたから、焼き小籠包を注文した。

六つで八百四十円、某有名小籠包店より少し値が張る。

高くて美味いがこの小籠包の欠点でもある、高くて美味いは当たり前だ。

役職手当が付くと忙しくなるというのと同じだ。

だから僕は一生ヒラで居たいし、安くて美味くて嬉しいお店を足で探したい。

それを誰かと共有するのは幸せなことだからだ。

小籠包はヒダが下になって焼き目が付けられている。

注文を受けてから焼いてくれるので十分弱で到着する。

絶対に熱いから、泣く泣く一つ目を箸で破り、タレに浸してかじりつく。

ここでもお酢に醤油を一滴、生辣油といった辛味ペーストは多めに入れる。

『難しい、いや上手くいかない』

裏目ばかり出ているのか、僕が低い位置にいるから裏目が見えてしまうのか。

判らない。

焼き小籠包というのを良いことに、これも手打ちと思える皮は厚ぼったく、中の餡からはそう多くの肉汁が感じられない。

僕が世界一好きな餃子も手打ちだから、今更手打ちなぞというものを有り難く思わなくても良いような気すらする。

気落ちしたせいで自棄になって火傷した。

二個目に勢いよくかぶりついてしまったためである。

最初の印象から、中に肉汁はそこまで含有されていないと見誤った。

前歯によって裂かれた皮の切れ目から、勢いよく肉汁が真上に飛び出した。

それが僕の上唇の外側を縦に焼いたのだ。

これには流石の僕も悄気た。

この後頼んだ担々麺の大盛りも、さっきとほとんど同じだった。

【五月号】総力特集 今夜、すべてのババァで【キ刊TechnoBreakマガジン】

「好きな映画は何か」と聞かれたら、俺は相手を選んでこう返事する。

「『許されざる者』だ」と。

「あれは大人になった、男から漢になった、女からをんなになった、俺たちのためのアンパンマンだ!」と声を大にして言うだろう

だが、本当に気心の知れた、あるいは心を許したいと思える相手には

「『マーズ・アタック!』一択だ!」と言葉を贈る。

今夜、俺はババァに関する詩を書きたい。

よみがえれババァ、俺の腕に抱かれて。

ご存知、ティム・バートンの奇形趣味。

ジャック・ニコルソンのジョーカーも素晴らしいが、続く『リターンズ』では何とペンギンとキャットウーマンがダブル悪役で登場し、以降の流れを、トゥーフェイスとリドラーのように決定付けた。

下水育ちの醜男&神経症染みたOLが強い力で中指を立てるような様は、見ていてなんとも共感を禁じ得ない。

(最新作『ザ・バットマン』ではペンギンを演じるコリン・ファレルの原型も留めない特殊メイク&キャットウーマンを演じるゾーイ・クラヴィッツの予想を裏切る期待以上の魅力など見所満載だった。)

その奇形趣味が遺憾無く発揮されているのが、『マーズ・アタック!』である。

脳味噌から目が飛び出したような火星人もさることながら、ババァだ!

このババァ、もうほとんど呆けてやがる!

漫★画太郎が描くババァの腕力を全て呆けに振ったかのようなババァ!

お前のようなババァがいるか!!

いたとしたらよぁ…てめー俺だってそうしたぜ!

『マーズ・アタック!』が俺のババァ趣味に火を付けたんだ!

どう考えたって、俺と、一緒に暮らしてるギネスババァを描いた作品だ!

(ギネスババァとはShunメンバーが家に来た時に、俺の祖母が着ていたTシャツにGUINESSのロゴがデカデカと書かれていたから以来そう呼ばれている、呆けてはおらず頭はしっかりハッキリしている。)

とにかく、観ろ!(雑)

現代の逆姥捨山がそこにある。

男よ、孫よ、無力なままで居てはならぬ。

さて、俺はジブリが嫌いだ。

バランスを取るためにディズニーも嫌いだと言っておく。

だが!

嫌いなジブリにもババァは居る。

ここは湯婆婆とかいうババァが経営しているから、『ババァの湯』だろうか…。

ん……んん〜?

これはババァじゃなくて奇形だ!

俺はババァが好きなんだ、奇形じゃねぇ!

何だこのババァ、ガンジャガンギマリ夏木マリがCVか!

ガンジャ「お客の全ては生かして於けぬ」

とか言って、ババァがミサイルみたいになって雲戻しガスのタンクに穴を開けた例のシーンは普通に泣いた(雲の王国)。

あれババァ出てないのに普通に泣けるの何でだろうか。

のぶ代がババァだからだろうか。

あと、カリオストロとジョドーみたいなババァいるよね。

これだ!

「あたしゃ、電気が嫌いだよ!(大事なことなので)」

このババァ達がたまらねえんだ!

テクノも嫌い、実写だったらピエール瀧かな。

白内障気味白髪のババァと力を合わせて、二人が身分と貧富の差をこえて作った渾身の鰊のパイを、小娘が一瞥するなり

「ババァのパイは食えたもんじゃねぇ!」

って呪詛をまともに浴びたせいで、魔女が魔力を失う展開には大いに得心するところがあった。

嫌いなものは嫌いと全力くそデカVOICEで言い放つ、その態度嫌いじゃないぜ。

だから俺からも言ってやる。

「オメェもいずれはババァになるよ!」

って、たまたま4/29の金曜ロードショー、魔女の脱臼便かよ!

最後、落下するガキを間一髪でキャッチしたときいわしたよね。

渡に船というか、三途に脱衣婆よろしく流し見た。

そしたら、ババァ!

二度も出てくるのかよオイシイなぁ。

ジョドー寄りのババァ、バァサって名かよ、ババァだな!

箱を開けたらチョコケーキ「運び屋本人が自分自身に届けろ」って依頼…あれか?

これ「Get Backersー奪還屋ー」だ!

ジャスト一分だ、夢は見れたかよ。

この映画、ババァ二人の悪夢か?いやいや。

魔法が使えないと何の取り柄も無いって?

「プログラミングの勉強したら結構いろいろ出来るよ」

ババァ、アドバイスが的確だな!

聖剣エクスカリバーならぬ、ババァ切り安綱ってあるよね。

漫★画太郎も(全然別のいつものクソ漫画として)コミカライズした、世界の名作『罪と罰』にそれは描かれている!

いや、ただの斧なんだけどさ。

ん〜、なんつうか、ババァを斧で切った話蒸し返してたら、俺の中のババァ成分がもう切れちまったみてえだな。

取って置きのババァを出して終わるか。

これだよ!

八つ墓村の岸田今日子は一粒で二度美味いぜ!

この岸田今日子の魅力を何遍でもしゃぶり尽くせるのが『御家人斬九郎』だ!

世界のケン・ワタナベといなせな若村麻由美、ここにババァが絡む!

松平麻佐女は九人産んだ肝っ玉バアさんで、家柄を誇っているものの超貧乏(ウチのギネスババァは本名を正子というのに妙なシンパシーを感じる)。

斬九郎は「かたてわざ」という副業を稼ぎにしているが、上りは麻佐女が高級料亭の食い道楽に注ぎ込んでしまうから親子喧嘩が絶えない。

しかも麻佐女は薙刀の達人でその腕前には斬九郎も敵わない上に、平気で抜刀し恐喝恫喝罵詈雑言のキチママだ!

このババァが鬼の形相から一転、斬九郎の稼ぎをヒョイと受け取っては「こればかりじゃ雀の涙」などと言いながらえも言われないラリ顔(脳内飲食によるエンドルフィンMAX状態のご様子)を見せるのだ。

もうね、岸田今日子さんを見るための時代劇なのだ、岸田今日子さんが居なければシーズン5まで続かなかっただろうね。

以上がババァを出汁にした記事だ、美味かったろ。

かちかち山の伝統を継承した、正真正銘のババァ汁である。

【五月号】巻頭言 事実と秘密と真実【キ刊TechnoBreakマガジン】

2021年のクリスマスイヴ、彼はモツ野ニコ美女史と神楽坂の路地裏にあるビストロで帆立のパイ包み焼きなどに舌鼓を打っていた。

年に一度も身に付けないくらいお気に入りの、金魚と水草を描いた明るい色のタイを締めて来たものだった(色違いの暗い方は年に五度は身に着ける)。

彼から彼女へのプレゼントは何を渡したかもう忘れたが、彼女は仕事着がわりにもなるようなボディスーツを寄越した。

商品の選別の眼差しの先に、彼自身の存在を見ていてくれた気がしたのが嬉しかったらしい。

さて、ニュースはその会食中に知らされた。

北欧の至宝、メインビジュアル解禁の報である。

妻への暴行により、ジョニー・デップがファンタスティック・ビーストシリーズから降板、後任をマッツ・ミケルセンが務めることは前々から発表されてはいたが。

『カジノロワイヤル』で世界へ向けて華々しく反逆の狼煙を上げてから15年。

その間のキャリアにハンニバル・レクターを演じ、危険な魅力に拍車をかけ、さらに人間的な魅力から世界中にファンを拡大した。

『ドクター・ストレンジ』でカエシリウス役を演じて来日した際には、公式ツイッターが「#マッツとこたつ」というタグで動画を投稿していた事も記憶に新しい。

今作で代役を引き受けた大きな理由の一つが、二人の子供がハリー・ポッターシリーズの大ファンで、圧力をかけられたからだというのがスゲー良い。

その男、ゲラート・グリンデルバルドは、ル・シッフルかハンニバル・レクターのヴィジュアルをそのままに、前髪は白髪を交えた様子をしているので

「あぁ、これだよ、これこれ!分かってるじゃないか!」

という感覚がファンの全身を歓喜で震わせるものだ。

その衝撃の度合いと言えば凄まじく、彼はBlu-ray Discを入手しすぐさま前二作を鑑賞したほどである。

心を開いて見てみれば、全面的に良い作品だった。

様々な視点や議論が散りばめられていた。

特に一作目は、目に涙を溜めながら見させられるようなシーンが多かった。

ジョニー・デップの人間離れした容姿が少し気になって、二作目中盤の屋内のシーンでは浮いているような印象を受けたのではあるが。

いやはや、ハリー・ポッターシリーズを毛嫌いしてロクに観もしなかった、厄介な映画好きの戯言だ……。

というわけで観に行ってきた。

Fantastic Beasts: The Secrets of Dumbledore and MADS MIKKELSEN

(邦題:ファンタスティックビースト ダンブルドアの秘密とマッツ・ミケルセン)

未見の方は眉間にシワを寄せないよう、以下ネタバレ注意!!

本作にはマッツの秘密として、お風呂入浴シーンがあるからおったまげた!

すげぇよ、マッツに恋したダンブルドア(世界のケン・ワタナベ似)がおっ勃つ!

お風呂上がりはチリンビールで乾杯だ!

真面目な話、『ダークナイト』ですら、冒頭五分間たっぷりと息詰まる強盗シーンを見せた上で、いよいよジョーカーがその顔を明かすのに。

一作目だって、化けの皮が剥がれるのは物語のラスト、拘束されてからなのに。

スッとぼけてんのかこの北欧の至宝さん、シレッとお茶飲みに来ちゃったもん!

そこからはまぁ、出るわ出るわ、原作の人も吹っ切れたかのように出す出す……。

これって、アレじゃねーかな、大人になってからそういう映画情報をキャッチしにいくように行動変容したけど、中高生ファンの人の中には当然裏事情を知らずに三作目観に来て

『このおじさんは誰だろう?』

っていう現象あるでしょ(笑)

旧グリは、北欧ではなく北極育ちなのだろう。

極寒の冷気を身に纏い、関わるものを震え上がらせる北風だ。

まつ毛の先まで凍りついていて、対話よりも命令を好んでいるらしい。

これに対して新グリは、早々にキャラ設定を変更されたかのように美味しい立ち位置。

マッツファンはこの瞬間を劇場で体験できて歓喜しているに違いない。

では、唐突ですがまとめ(2つ)に入ろうと思います。

まとめ1、先ず考えたこと。

ダンブル「サイコ野郎と距離おいたらさ、捨てたのやら何やらって逆恨み激しくってさ、困ってます」

みたいなのスゲー腹立つ。

確かに、グリはサイコ野郎で、ダンブルを利用するために言い寄ったとか、利用とまではいかないながらも敵対させないための束縛大好き彼氏なのかもだけど、だったら

「さも捨てたと取られるような距離の置き方をしたオマエの行動に非があるから、困っているのは身から出た錆だろ」

って思うよ。

で、その先は法が裁くわけで。

(上記は筆者の良くない思い込みであり、当然冗談です)

チリンのお辞儀なんか、そういうこと吹聴してる奴に相応しくないだろ。

いや、双子じゃないだろ、ホムンクルスだアレ!

だからクリーデンスも気付かなかったんだ……。

よく広告に書かれてる

「ハリー・ポッター」では明かされなかった最大の謎、解禁

ていうのは全く意味がわからなかったのだが、それはハリー・ポッターシリーズを全く観ていないからだろうか?

俺からしてみれば、ホムンクルスで二重のチリンすり替えして、名声を手に入れている権力欲とかそういうところが黒い秘密の誕生って感じね。

最後にあのカバンを手渡したのが誰かっていうのがそこら辺の動かぬ(状況)証拠ですわ。

まぁ、岸田今日子さんに似てて、僕は岸田今日子さん好きだからこれ以上言わないけど。

最後に一言。

一番好きなシーンは、マッツさんのパーティ会場入り。

【四月号】環状赴くまま#008 日暮里ー西日暮里 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

前回から一年半も開いてしまった。

「環状赴くまま」は、山手線を一駅分歩き、最後は千ベロで終える。

それがコロナ禍において困難になってしまっていた。

代わりに「一食一般」、「ラーメンドラゴンボウル」など成果もあった。

キ刊TechnoBreakマガジンは毎月最終日に、「環状赴くまま」と編集後記で終える。

前回とは文体が変わっている事だろうが、毎月のロケを楽しみたい。

1720スタート。

駅を背景に飲み歩きで始めるのがこの企画の主義でもある。

久しぶりの再開は一人で行うことになった。

夜の街が好きなのだがそうならなかったのは、職場の後輩が車で送ると誘ってくれたから。

少し引き返すが、馬賊という惹かれる名の中華料理店は日暮里のランドマークだ。

以前の友人が、ここの餃子が美味いんだと言っていた。

楽しみながら連載予定の「もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)」、五月の取材場所は決めているから、六月は馬賊さんでも良いかもしれないな。

駅前の大きなビル。

中に一軒だけ、非常に良い店舗がある。

是非探してみて欲しい。

今日歩く一本道。

西日暮里へ向けて真っ直ぐ向かう。

立ち飲みができる酒屋さん。

角打ちには行ったことがないが、逆回りの回で寄ろうか。

いったいいつになるやら。

向こうのセブンイレブンで缶ビールをよく買った。

奥のベンチはプランターが置かれて、人が座って飲酒できないようになっている。

が、私の背部はまだベンチが生きていて、何人か雑談していた。

右手にあった焼小籠包のお店。

焼小籠包を前面に出しているお店ってそうそう見かけない。

いつか行ってみたいお店の一つ。

通りを右に折れる路地。

この先に立ち食い蕎麦業界のレジェンド、一由そばさんがある。

コロナ前は二十四時間営業だったから、界隈で飲んだ〆によく行った。

知っている街に行くと、こんな感覚で淡々としているな。

発見がいまいち見当たらない。

かつても行きすぎていた道。

両脇の居酒屋さんには当時から這入っていなかった。

今回も特に気を惹かれることはなかった。

唯一気になっていていたお寿司屋さんは、その日閉まっていた。

日暮里と西日暮里の境界発見。

常磐線が急カーブする踏切だ。

踏切の先は、京成線の高架下。

この向こうが西日暮里エリア。

振り返ると不吉な看板。

上記四点の写真が今回の蒐集で感じ入った。

縁起でもないかもしれないが、死が予感されるような写真だ。

人だかりは何かと思えばNASの送迎に来ていた保護者の方々だった。

足早に先へ。

右手。

日暮里に馬賊、西日暮里にアルハムブラ。

左手。

立ち並ぶ飲み屋さん。

アメ横に一瞬こんな並びがある。

ホルモン道場へ、頼もう。

喜多八さん。

タンとカシラ、タレ。

二本づつ注文のお店です。

一本百二十円、良いんじゃないでしょうか。

不覚にも今気づいたのだがチレがあった、これは押さえておきたい。

ニンニク焼き、こういうの初めて。

よく火が通っていて美味しい。

特製煮込み鍋、三百八十円と見てピンと来た。

案の定といった風情。

だよね、これ加賀屋のじゃんね。

加賀屋の方が良し、なれど辛子付きというの良し。

実は、この通りの一つ東側にある三吉という焼き豚屋さんへはよく行くのだった。

では帰路。

来た道を日暮里へ引き返して、例の路地を左に折れた。

過橋米線、麺がオススメの中華屋さん。

その先、一由そばさん。

幸運にも並び一名でスムーズ入店。

特盛、春菊、舞茸、玉葱。

これで七百円くらい、安い。

趣旨変わるけどご飯も欲しい、もったいない。

で、イブニングライナーで船橋まで。

最近、職場の先輩と二人で乗ったりする。

次回は西日暮里ー田端間、どんどん活動場所に迫ってきた。





編集後記

キ刊TechnoBreakマガジン四月号を無事に出すことができて嬉しい。

「ヨモツへグリ」、「もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)」を担当している宜敷準一

「酒客笑売」を担当している禍原一屰

「巻頭言」、「総力特集」、「環状赴くまま」を担当している卍潤一郎

一同から御礼申し上げます。

為せば成るの力を信じて。

【四月号】酒客笑売 #001【キ刊TechnoBreakマガジン】

私のお酒は四合が分水嶺だ。

ここで掌が赤く熱を帯びてくる。

七合で前後不覚、一升飲んだという記憶も記録も無い。

こう言うと、大抵の人からはお酒が強い人だと見做されるのだが、そんなことは下戸の言うことで、私は酒豪でも酒聖でもない。

せいぜい酒客が関の山である。

だが、酒好きの飲助であることには変わりない。

人並みに、お酒にまつわる喜怒哀楽を享受している。

これまでの経験から、好きだが飲まないとか、飲み放題でセーブしながら飲むという様な人たちは、どうやらかつてお酒で大きな失敗をした反省があるらしい。

後悔しても反省しないが第一原理の私である。

大きな失敗を繰り返して来たし、またそんな失敗の記憶を忘失して来た。

繰り返す宿酔の不快感と高揚感が、眼の前に拡がる実生活という小さな世界を駆動させる。

この頃、愉快な事には事欠かないが、不愉快なことが殖えて来た。

だから、毎晩の深酒で朦朧とした脳髄から、不愉快の観念を打ち払うために書く。

読者は、他人の愉快は自分の不愉快という真理に照らして読むことに留意されたし。

さて、職場では「会長」の尊称で呼ばれているが、そこに至るまでの損傷は数えきれない。

勤め始めて二年目くらいか、部署で慰労会が設けられた。

池袋の百貨店屋上で開催されたビアガーデンである。

ジンギスカン染みたバーベキューのようなものでも食べながら飲んだ。

無論飲み放題、注ぎ放題だ。

ビアサーバーなぞ、飲む側の人間がおいそれと操作出来るようなものでも無いので、そこから注ぎ放題というのは気持ちが浮かれるものである。

私の気持ちが浮かれているのは、まだ良い。

毎晩飲むと言ってもその頃は、麦とホップのロング缶二本程度だ。

仕事なら向こうから来ると高を括っていたから非正規雇用に甘んじており、毎晩飲み歩くなんて必要性を発明するだけの懐事情ではなかった。

当時は過度の減量に励んでいたから、四十分のランニング後に飲む発泡酒はたまらない。

過度というのは、今と違って食事制限もしていたためで、肴は決まって豆腐である。

その状況下で、食べ放題、飲み放題、慰労会。

私の気持ちが浮かれないわけがない。

部署の中から八名の飲み会だった。

四、五歳離れた先輩二人、私の同期が一人、十五上の課長二人、大御所格が男女二人。

この中でもとりわけ、先輩の一人は私を会長と呼び始めた張本人だし、課長の一人は後に同じプロジェクトで反目する羽目になるので、別の機会に書くことにもなろう。

宴も闌の頃になって、前に座った先輩が二人ひそひそやっている。

私はまだ、右も左も判らぬひよっこ、二人は気鋭の有望株だ。

すると、副島先輩が席を立ち、しばらくしてから戻って来た。

「禍原(まがはら)さん、飲み過ぎたんじゃない」

「これはどうも」

先輩から受け取ったジョッキにはウーロン茶が入っていたのでグッと飲んだ。

一口で判った。

これはウィスキーだ。

注ぎ放題だとこれがある。

試されるのが嫌いで、挑発には乗るタイプの私だ。

すぐにその中味をウーロン茶でも飲み干すように一気に空けようとして止められた。

副島先輩は、悪戯好きだが優しい方で、職場内で非常に慕われている。

全部飲み切る前に止めてくれたから、私も慕っている。

この一件があったから、彼は私を「会長」と呼ぶようになった。

広域指定暴飲暴食団 禍原会 会長 禍原屰一

以来十年弱、これが私の肩書だ。

さて、愉快な話の裏には不愉快な話がある。

その日の帰り、当然私は酩酊した。

学生時代から帰巣本能だけは破綻したことが無かったため、タクシーに乗せられ家まで送り届けられた。

池袋から船橋までの料金は、当時赤貧の暮しだった私には大きな痛手である。

だが、それはまだ良い。

金曜夜の宴の翌日は、職場で外部のイベントに駆り出されていた。

集合時間に大きく遅刻し、出番には辛うじて間に合った。

イベントも終えて、慌ただしく搬出を行っていると、階段の踊り場で例の課長に呼び止められた。

この男を仮に、残念な方の福沢とでも呼ぶ事にする。

福沢は先ず、至近距離で右手を差し出した。

その仕草を「私から貴方へ、伝えることがある」という意味に捉えられなかった私は、失礼に当たらぬようすぐさましっかりと握手した。

固い握手のまましばらく小言が続いたのだが、昨夜の酒がまだたっぷりと残っていたからまともに聞ける筈もない。

代わりに、どこまでがおでこでどこからが頭か判然としない、眼の前にあるぴかぴかに禿げ上がった頭部に、呆けたような冷笑を備えた自分の顔を写し見するようであった。

私は笑えない酒が嫌いだ。

#001 会長、禍原一屰の無謀 了

【四月号】棒きれ #001 鯖の詩【キ刊TechnoBreakマガジン】

今日も鯖

明日も鯖

鯖鯖鯖鯖

鯖が好き

朝起きて

鯖食べて

回転寿司では

鯖で〆め

塩焼きだ

照焼きだ

一時間かけた

鯖味噌だ

鯖缶は

大根煮

冷や汁にしても

イイ感じ

夕食は

お刺身だ

衣まとわせて

揚げ物だ

今日も鯖

明日も鯖

鯖鯖鯖鯖

鯖が好き

鯛が好き

鮪好き

それでもやっぱり

鯖が好き

【四月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #001 大阪王将 業務用冷凍餃子【キ刊TechnoBreakマガジン】

学部一年の頃、二外の講義で

「ドイツで早い、安い、美味いを狙うならケバブです。おまけに、栄養バランスも良いから、長旅で資金面が不安になったら、屋台がそこら中にあるからおススメです」という話があった時、

『餃子みたいなもんか』とふと思った。

美味しんぼのアニメで山岡士郎が、餃子は完全食になりうる云々していたためだ。

資金面が安心だった欧州旅行において、ドイツでは右も左もバーガーキングで世話になり通し。

結局、買い食いした屋台はブランデンブルク門に臨んだカリーヴルストと、オクトーバーフェストの出店だけ。

だから、ケバブには少しも縁が無かったのだが、餃子には少なからぬ因縁がある。

因果、と言っても差し支えないかもしれない。

先日もその因が生じた。

モツ野ニコ美女史と、業務上の連絡を取っていた終わりのことだ。

やりとりの仕舞いに、その日は家で餃子を食べたなどと話が出た。

理研の大葉ドレッシングにつけたらいくらでも食べられるのだとか。

僕は家で餃子ということを滅多にしない。

作ることになるためだ。

市販のものを焼くくらいなら、別のごった煮なりなんなり作ってしまう。

しかし、彼女の意見は、僕の心に抜けない棘となって残留した。

僕にとって餃子は、地元の町中華と、木場の来々軒の二つで自足できる。

しかし、それも小さな世界の出来事だ。

ありのままの人生に折り合いをつけているような場合ではないのではあるまいか。

モツ野ニコ美という、素性も本性も本名も不明の謎の女。

不定期で行われる、彼女と同じ現場での仕事が少しだけ楽しみになっているのだが、その合間々々の慰みにでもふらっと餃子で飲み歩きというのも、なかなかに酔狂なものだ。

と思って、早速買ってきた。

先ずは、家で、だ。

家から始まり、家で終ろう、と思う。

買ってきたのは、業務用の大阪王将冷凍餃子。

千円弱で、五十個前後入っている。

話は逸れるが、#001ということで、まあよかろうと思って述べる。

千円で五十個なら、一つ二十円。

なるほど、これを業界最安値と仮定してよかろう。

近所の好きなお店では、五つ四百円。

自分で作れば、二十四個で五百円ほどだろうか、手間賃も含めば額は跳ね上がるが。

何が言いたいというわけでもないが、有り難いことと当たり前とを混同してはなるまい。

では、作る。

冷凍餃子の有り難さは、作らなくて良いことである。

だから、焼くだけで良い。

だが、私は焼かぬ。

串うち三年、裂き八年、焼き一生。

鰻と一緒というわけでもあるまいが、私には焼きの技術はないに等しい。

日にたった三度しかない食事の機会を、焼きに左右されて一喜一憂したくはない。

なので、茹でてしまう。

男三人なら、大鍋に全てを入れて水を張り、茹でるだけ。

一人の夜は、小さなフライパン一面に餃子を載せ、水に浸して火にかける。

沸騰したら食べ頃、というわけにはいかない。

その時は、まだ餃子の温度にむらがあり、冷たい箇所が残っている。

沸騰させたまま三分程度が良い。

少々煮過ぎたとしても煮崩れしないのは大したものだと思う。



アクアリウムを優雅に遊ぶ観賞魚というには大袈裟にすぎるが、真っ白な金魚が一面にたゆたっているようだ(金なのか白なのかという議論は置くとして)。

これを湯豆腐すくいでドゥルルルル。

湯豆腐すくいでドゥルルルル?

ふむ、気に入った。

理研の大葉ドレッシングで満たした器に入れてから、湯豆腐すくいでドゥルルルル。

「げほん!!」

むせた。

本来、生野菜に振りかけて頂くためのドレッシングが気管にダイレクトに作用した。

炎のさだめかと思った。

気を取り直し、渇いた心をビールで癒し、飽くことなぞないであろう戦いに備える。

二度目は慎重に頂く。

強い香りの餡と、爽やかで滋味あふれるドレッシングが絶妙だ。

で、ビール。

さっきは慌てて飲む羽目になったわけだが、やはり気持ちがほぐれる。

餃子とビールでドゥルルルル。

美味しい、楽しい、心地良い。

なんかもうこれだと、餃子は飲み物。

……と言うのはパクりみたいで面白くないから、餃子は麺類。

となると焼き餃子は焼きそばみたいなもんだ。

もう付属の餃子のタレを使わないかもしれない。

謎の女と、たまのモツ煮で飲み歩きも良いのだが、一人餃子で飲み歩き。

こういうのに出向いてみる気が俄然湧いてきた。

【四月号】ヨモツへグリ #003 川崎 おさやん【キ刊TechnoBreakマガジン】

約束の地、シド。

誰がそこに行く。

僕と、その他に誰かが。

その誰かと、僕は会えるだろうか。

いつか、どこかで。

七輪の煤煙に包まれて。

策が成るか成らぬか、成るように為すのか。

二十日ほどの勤労、心労、気苦労、過労。

あとは実働部隊が為すこととして、僕は連絡会の帰路についた。

隣を歩いているのは深緑のコートを着た女性、謎の女モツ野ニコ美。

風を切るようにして二人は、日本橋一丁目を歩く。

僕は肩の荷が降り、彼女は現状の成り行きに満足していた。

「時に」と言って我ながら可笑しな日本語を口走ったものだと思わず笑い、「銀座線で新橋へ出てから、川崎まですぐなんだけど。」口調が統一されていないのがさらに可笑しい。

「川崎、そうね」彼女が微笑してこちらを向いた。

「覚えてる?」

「もちろん、いつ行けるか楽しみにしてたの」

「今夜」その日初めてしたかのように、僕たちは目を合わせた。

解放感をビールで恍惚感へと止揚する、おあつらえ向きの夜だ。

寒風すらも肌に心地良い。

川崎駅前は、さながら「池袋」の活気である。

さくら通りを横断しようとすると、外国人旅行客が立ち止まり、地面に向けて硬貨を投げた。

何かと思いそちらを見ると、ボロを着た老人が、そばに平皿を置いて地べたに座っていた。

誰が乗せたか、硬貨の枚数はそれなりにあるようだ

横切ろうとしてすれ違った、これもまたボロを着た別の老人は、高濃度酎ハイの缶を手にして歩き飲みしている。

歩き飲みの老人は、地べたの老人を忌々しそうに見下して、何事か口にしながらとぼとぼと歩いて行った。

約束の地、シド。

あるとすれば、それはここかもしれない。

そうであっても構わない。

新川通りの左側をしばらく歩く。

通りの向こうはまるでサンシャインシティを平屋にでもしたかのような施設だ。

四つ目の曲がり角は、いくらか狭い路地なので見落とさないように。

そこで折れて少し行けば、軒先に七輪を積んだその店「さおやん」が。

ガラリと引き戸を開け、奥へ。

店内は満員御礼。

そんな気がしたので席は予約しておいた。

ここ川崎総本店は朝九時まで営業しているから、待っていることができさえすればいずれ席は空くのだろうが。

モツ野女史が決めるのを待つ。

梅酒ソーダ割り、ふむ彼女の好みが分かってきた。

僕は瓶ビール。

これに併せて、煮込み二つ、鶏ユッケのマヨネーズ味二つも注文してしまう。

すぐに届いた飲み物で乾杯して喉を鳴らし、深くため息をつく。

それからすぐに注文の品が届いた。

ここの煮込みは、言うなればジャパニーズトラディショナルシチューだ。

中にはちょっと何が入っているやら分からないが、色々とゴロゴロとしていて美味しい。

硬すぎず柔らかすぎず、ハッキリと形が残っている髄がたまらない。

一口頬張って、グイグイとビールをあおる。

僕が世界で二番目に好きな煮込みである。

向かいの女性は無言で、しかしながら箸が止まらないといった感じで食べている。

鶏ユッケは満遍なくマヨネーズで和えられている。

「これが鶏マヨね」モツ野女子は臆することなく卵黄を崩し、食べた。「あっはは、これも良いわね。ねえ、七輪で焼くものも注文しましょうよ。これしかないと、すぐ食べ切っちゃうもの。ゆっくり焼きながら、それに合わせてつまみたいの」

「焼くものを注文するのももちろん良いが、食べ切ったら追加したって良い。僕はね、卑しく聞こえるかもしれないが、ここに来るたび鶏ユッケはお代わりする気でいるんだ」

と言って気付いた。

一人じゃない、独り占めじゃない、報われる瞬間だと。

ここではシビレを食べておきたい。

他所ではなかなかお目にかかれない。

シビレの語源は、sweetbread、甘い肉を意味する膵臓のことだ。

このsweetbredという言葉が日本に輸入されたため、sweetの音から膵臓と呼ばれたんだとか。

膵臓とは全く別の位置にあるものの、胸腺の事も指すそうで、まとめてそう呼ばれている。

膵臓は足が速いので、実際に店舗に出回るのは胸腺であることがほとんどらしい。

仔牛の胸腺は、フランス料理でリードヴォーと呼ばれる。

それと、刻んだネギがたっぷりと載ったハラミ。

それぞれ七輪に載せて、炭火でじっくりと焼いていく。

早くも僕の鶏ユッケがなくなったので、予定通りお代わりを注文。

それから、賽子状の豆腐、納豆、めかぶ、おくらの上にとろろがかかり、生のうずらの卵が載っている、ずるずるという商品も頼んだ。

これは醤油を適量たらして、箸で滅茶苦茶に掻き混ぜてから頂く、いわゆる爆弾というやつで、僕にとってはこれくらいのタイミングで持ってこいの逸品なのだ。

焼き目がつかないようにじっくりと焼いたシビレを互いの皿に載せる。

以前は付いていなかったが、別皿に特製パウダーが盛られている。

ははぁ、パリパリに焼いた鶏皮串に振りかける例のあれか、悪くない。

シビレはもちもち、くにくにとした食感だが、味わいは白子のように濃厚だ。

このお店、川崎さおやんには、ならではの商品が多いからいつも来店を楽しみにしている。

どうしたらこういうお店を見つけられるのか、と黙って食べていたモツ野女史が満足げに聞いてきた。

十何年も昔の記憶が一気に蘇る。

路地裏の溜まり場で一際懇意にしていた、三歳年上の摩耶という変わった名の男。

学生の頃に連れられてきて以来大好きなお店になったのだった。

彼はすぐにトヨタに就職が決まって、愛知県に越してしまった。

あんなに魅力的な人格者だったのに、最後に会った日には気弱になっていた。

友達なんてあの人にはすぐにできるだろうに、なぜか分からなかった。

会うときは決まって、僕一人だけと会っていたという理由も。

ここでならまた会える気がして、毎回通っているのかもしれない。

【四月号】総力特集 小林秀雄『無常ということ』【キ刊TechnoBreakマガジン】

 滋賀県の日吉大社、山王権現にわざわざ巫女さんのコスプレをした若い女性がやってきた。

「どうであってもかまいません。どうか、どうか」

とんとこと鼓をうちながら、聞き入ってしまう様な美しい声で唄っていた。夜も更けて人が寝静まったあと、十禅師社の前でのことである。

 なんでそんなことをしているのか、人から問い詰められると

「生死無常のありさまを考えてみれば、この世での自分のことはどうであってもかまいません。どうか死後は浄土に生まれますように」

と言ったという。鎌倉時代後期のことである。

小林秀雄『無常ということ』の書き出しは、上記『一言芳談抄』の引用から始まるが、この始まり方の効果は

「何を述べるのか、と読者に一種の謎めいた感じを抱かせ、筆者の思考のなかに一瞬にして誘い込む効果(高等学校現代文B指導書、三省堂(以下、指導書)、p.323)」

があるという。

実は、小林秀雄を扱っている教科書があるという情報を入手し、非常に頼もしく感じたのでその指導書を入手した。

今回はそれに関する雑談と情報のまとめを記しておきたかったのだが、巧く行かなかったため今こうして書き直しているところだ。

結論から言えば、やはり小林秀雄『無常ということ』は、文章でありながらもそこに確固として存在する一つの物質的な美術品である、という実感を強く感じた。

この実感が、書いておいた五千字を粉砕してしまったのである。

では改めて、『一言芳談抄』からの原文を載せる。

「ある人いわく、比叡の御社に、偽りてかんなぎの真似したる生女房の、十禅師の御前にて、夜うち更け、人静まりて後、ていとうていとうと、鼓を打ちて、心澄ましたる声にて、とてもかくても候、なうなうとうたひけり。其心を人にしひ問はれて云、生死無常の有様を思ふに、此世のことはとてもかくても候、なう後世を助け給へと申すなり。云々」

小林秀雄はこの文章を「読んだ時、いい文章だなと心に残った」と続けている。

なるほどそう思う。

日本語訳などと比べてみれば、歴然として文章の“姿”が優れている。

小林秀雄は、人間の外見と同じように、詩や文章や言葉にも姿があるとよく言う。

実はこの『一言芳談抄』の良さを共有する為に、彼は『無常ということ』を書いたのではあるまいかとも思われる(ポータルとしての小林秀雄)。

そして、小林秀雄はこう主張する。

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

『一言芳談抄』の和訳という解釈と、私が行おうとした『無常ということ』への解釈。

それを彼は否定する。

「解釈だらけの現代には一番秘められた思想だ」と。

だけど、今回、全国の中高生が格闘するであろう内容を、手元にある指導書をよすがとして、それでも解釈したいと思う。

出来る限り、解釈から離れることに努めながら。

さて、指導書の冒頭「学習目標」から三つの大問題がブチ上げられる。

(以下引用、指導書、p.310)

・「歴史の新しい見方」や「新しい解釈とかいう思想」、これらの筆者が否定している考えは何かを理解する。

・「上手に思い出す」ということと筆者の歴史についての考えとの関係について理解する。

・筆者の個性的な文章表現(文体)を理解する。

(引用終わり)

絶句である。

特に前者二つ。

文体に惚れて読み進めた経験が我々ファンにはあるので、後者一つは頼もしいのだが、それらをひっくるめて教えられるものなのだろうか。

いや、そんな事を意識しながら精読というか分析したことはないし、『無常ということ』を誰かと議論したこともない。

逆に考えれば、今の高校生はその機会を与えられて幸せということなのだろうか(三省堂の教科書を与えられなかった生徒は不幸せだなと思うとかなんとか逆説的な冗談も交えておく)。

唐突だがここで問い。

問 歴史とは何か。あなたの考えを書きなさい。

基本的にこういうのは、連想ゲームでやっていけば良さそうなものだ。

歴史という概念を中心に据え、その周辺にあるものを連想しながら言葉にしていく。

例えば、人、過去、事件、書物、記録、変遷など。

これらに語句を肉付けし、文脈化していけば良さそうだ。

答 過去の人物たちが引き起こした、あるいは引き受けた出来事や記録の変遷。

悪くなさそうだが、指導書には別の指摘も載っている。

「歴史を学ぶことで、よりよい現在の姿を探究する」という面だ、なるほど。

その後の記述には、小林秀雄の文体が「考えるようにして書いた、あるいは書きながら考えた(指導書p.310)」という指摘(文学者内での通念として一般的)、「あたかも物質的な美術品のよう(指導書p.310)」に堅固な文章という指摘(初めて見る意見だがその通りに思えて冒頭で受け売りを書いてしまった)、「「考えること」「書くこと」の奥深さに目覚めること(指導書p.310)」という生徒に向けての願い(今私がこうして書いていること自体、程度は低いが全く同類である)、こんな風なことが述べられている。

しめくくりに、「それにふさわしい批評としての「古典」といえる作品である(指導書p.310)」と、2013年のセンター試験に出題された「鐔」に対するフォローを入れているような風に見える所も面白い(後述)。

本文の要旨をまとめておく。

常なるものを見失った現代人は、もはや人間というより一種の動物である

小林秀雄がこう主張する理由として、自身の体験がまず先にある。

その体験は純粋経験と言っても良いかもしれない(これを「タイムスリップ」と表現しているYAHOO!知恵袋の回答があった、そう読み替えてみるのは良いことだと思う)。

幻覚という言葉だけで片付けられないほどに、鎌倉時代を鮮やかにありありと思い出していた」という比叡山(山王権現)散策中の体験である。

この体験をきっかけとして分析と思索を重ね、ついに

解釈づくで歴史を眺めなくなって以来、ますます歴史は美しい。記憶するだけではなく、思い出すことも必要である」という結論に到る(ベルグソンの思想の影響があるらしいが、ベルグソンについて未だ知らない)。

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

自己流で本文を紹介しようとすると、以上のようになるのだが(太字は『無常ということ』本文をパラフレーズして添えた文)、さてここで疑問。

題にもある「無常」や「常なるもの」が一体、本文の内容とどのように関わってくるだろうかということだ。

考えながら書いていたが、直観できないものは分析に頼るしかない(小林秀雄は直観なき分析はないと主張するので、その流儀から逸脱するが、直観がないものは仕方がない)。

そこで、ありがたいことに指導書があるので、それに促されてみるとしよう。

一応触れておくと、小林秀雄の「幻覚体験」の引き金となったのが、『一言芳談抄』中の短文が比叡山散策中に急に思い出されたことだ。

指導書には、当然というべきか、作者の概要を調べ学習させた後、音読と黙読を踏まえてから、『一言芳談抄』の現代語訳と内容確認を指導案の例にしている。

『一言芳談抄』は中世の念仏行者らの信仰をめぐる法語類を集録した書で、『徒然草』に引用があるという。

だから続く本文には「恐らく兼好の愛読書の1つだったのであるが、この文を「徒然草」の内に置いても少しも遜色はない。今はもう同じ文を目の前にして、そんな詰まらぬ事しか考えられないのである。」と書かれる。

例の幻覚体験の引き金となった文章があるにも関わらず、そのときの状態に戻ることができなくなっている。

ここで、小林秀雄は気付く。

「それを掴むに適したこちらの心身の或る状態だけが消え去って、取り戻す術を自分は知らないのかも知れない。」と。

しかし、そんな意見は「子供らしい」と一蹴する。

続いて、悪文登場、私の理解力不足も十分に考えられるが。

「こんな子供らしい疑問が、既に僕を途方もない迷路に押しやる。僕は押されるままに、別段反抗はしない。そういう美学の萌芽とも呼ぶべき状態に、少しも疑わしい性質を見付け出す事が出来ないからである。だが、僕は決して美学には行き着かない。」

理解力不足は指導書に促されるままに読み進もう。

曰く「「途方もない迷路」を文中で言い換えた表現は「美学の萌芽とも呼ぶべき状態」を指し、世の美学者たちが理解するような方法で「美学に行き着」くことはないと宣言している。美とは、あの経験と同様に一回限りのかけがえのないものである」ということのようだ。

悪文と断じたのはまだまだ私の経験不足だったようだ。

「僕は決して美学には行き着かない」という、これは小林秀雄がよくやる、他の一切を斬り捨てる断定だったというわけか。

キーワードから連想しながら、徐々に文脈化を進めていけば、すなわち。

歴史

―― 歴史は美しい。

―― 幻覚のような鎌倉時代の美しい思い出 。

―― あの美しい歴史上の人々や事件、すなわち景色を上手に思い出すということは、生が一回性であることに無自覚なままでいなければきっと出来るはずだ。

これを以って、私自身が『無常ということ』にケリをつけたと言っても良いだろう。

どうだったであろうか。

私の解釈が『無常ということ』本文に粉砕された様が伝わったであろうか。

それは、『一言芳談抄』の訳文という解釈と、原文の美しさとの差の様に歴然と顕われていると観てもらえるのであれば、筆者としての目的は達成したと一応は言えるか。

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

と書かれているのに、随分と駄目なことをした。。

興味本位で逆上せて、指導書なんぞ入手してみて、その暴露的好奇心を満たすために『無常ということ』を解釈してしまったことで気付けた。

学生時代に小林秀雄を読むことが習わしになっていた私にとって、高校卒業後に「教師が現れた」というのは、世の中捨てたもんじゃないなと思わせるような出来事だった。

それはきっと見方を変えれば、「生徒も現れる」と言ったって良いはずなのだ。

全ての人に対して、謙虚に教えを乞うような生徒でいたいと私は思う。

雑記Ⅰ

小林秀雄を全集一巻から読んではならない。

とくに『様々なる意匠』を読むべきではない。

ただし、小林秀雄は全集で読むべきである。

図書館で借りるのが良い、文庫を買うのは勧めない。

目次をざっと見て、短いページ数の関心あるテーマを選ぶのが良い。

例えばそれは、スポーツかもしれないし、好きな作家の作品評かもしれないし、国家や教育といった概念かもしれないし、ゴッホや徒然草かもしれない。

朝日新聞の特派員として戦地に赴いた従軍記や、紀行文も面白い。

小林秀雄はあまり自分語りを遺していないからだ。

美食家だったが、食に関しては、知る限り『蟹まんじゅう』の一作品しか遺していない。

これは上海にあったという南翔饅頭店の前身である長興楼に(場所は推測である)、小籠包を食べにいくという食レポなのだが、読むだけで絶品である。

雑記Ⅱ

池田雅延(小林秀雄晩年の編集者、小林秀雄をよく知る生き証人)の『随筆 小林秀雄』二十七回において。

小林秀雄は、朝日新聞『天声人語』と夏目漱石に並ぶ入試頻出御三家の一角だったという。

しかしながら、丸谷才一による批判があり、一九八◯年ごろから入試に出題されなくなった。

そんなようなことが書かれており、面白く読んだ。

意見を受けた小林秀雄の姿勢や指摘の的確さ、池田雅延の憤りや痛快な意趣返しも良かった。

そんな中、十年ほど前、二◯一三年のセンター試験に小林秀雄の『鐔』が出題され平均点が大幅に下がり、大きな議論を引き起こした。

共通一次を含めた史上初、まさに満を持してである。

反面、受験生たちの(ツイッター上での)声で印象的だったのは

「古文が出た」

というもので、彼らの無念がひしひしと伝わってくる。

文章は良いのだが、同じ小林秀雄の別の作品を選べば良かっただろうにと思う(例えば後期に書かれた平家物語など)。

のではあるが、これを機に十代の中高生が小林秀雄を読むようになれば良い。

理由は分からないが、だから今回の文章を書き始めたようなものだ。

小林秀雄の文章は難解で飛躍もあるのだが、読み切れば

「そういう見方もあるのか」

と為になることが豊富だ(それが顕著なのが『考えるヒント2』)。

課題は何を採り上げ、どの順に提示するか、これが上手く行きさえすれば読者は自発的に次へ次へと読み進めるだろう。

小林秀雄のユニークな見方、多様な見方、どちらも生きる力の一助となるし、古典や美術に対するポータルともなり得る。

大学卒業までにしっかり読み切っておけば、同期の十歩先は楽に行ける(採用面接で好きな作家や尊敬する人物として挙げてしまうと、もしかすると面接官が入試で嫌な目に遭っているせいで落とされることもあるかもしれないから気を付けたい)。

雑記Ⅲ

小林秀雄に『年齢』という文章がある。

四十八歳の作だ。

鎌倉小町通りの天ぷら『ひろみ』にはかきあげ・穴子・メゴチが載った「小林丼」というのがあるのだが、この『年齢』という文章には「小林定食全部載せ」といった趣があって、この頃大好きである。

前年秋に京都の寂光院の見慣れた景色が何とも言えず美しく感じられたこと、若い頃に八ヶ岳で経験した壮絶な登山体験、谷崎潤一郎『細雪』における鯛や桜の問題、孔子の耳順、喧しい頭脳で識ろうとする美術と単純に見るという目の作用との乖離や調和、若い人が面白がろうとしても理解できない『徒然草』。

ここで再度、『無常ということ』からおよそ八年ぶりに主張がなされる。

「「平家」には、見えたものだけが見えたと書かれていて、題も「足摺」と附けられた。」

すなわち

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

八年の歳月を経て小林秀雄は、ついに『細雪』を通して明言してくれた。

「年齢とは、頭脳と感性の一致を指すのだ」と。

そんなことは一言も書かれていないが。

最後に、私が小林秀雄を読むようになったのは、石川一郎氏のblog『ロックンロールブック』に負うところが大きい。

氏は、何らかのケリが着いたらしく、そのblogは今は読むことができない。

代わりに『ロックンロールブック2』として、その思索や鑑賞の幅を広げて執筆中である。

【四月号】巻頭言 嘘と痛みと戦争【キ刊TechnoBreakマガジン】

 諸隈元著「人生ミスっても自殺しないで、旅」に

「どんな言葉も嘘くさかった。」

 というくだりがある。戦争に関する知識を字面で垣間見、現地の旅情に感傷を仮託している著者自身の罪悪感の吐露だ。酒を飲んだ帰りの地下鉄で読みながら、言い様の無い心持になり、胸が詰まった。サラエヴォの事はよく知らないが、調べればおそらく正確で公正な情報を得られるだろう。あとは時間の問題だけだ。そして、ウクライナの事も分からない。時間の問題にしているという怠惰のせいもあるが、不安定な情報の移ろいの中に黙って身を置くという勇気が出せないためでもある。だが、そうも言っていられなくなって来たらしいから、こうして書き出した。

 Shunメンバーのツイートに

「そしてこの有事に自分は何ができるんだろうとも考えてしまう。」

 とあったのだが、私には今が『有事』であるという自覚が無かった。過渡期でなかった現代など、過去のどの現代にも無く、それは現代にもあてはまるという自覚はあるが。『何ができるんだろう』という感覚も同じく、一寸の虫にも五分の魂程度である。言い換えれば、有事だろうと平事だろうと、人類愛を根底においた自己実現を日々更新すること。西田幾多郎の説を蟻んぼにでもなったつもりでやっている。

 そこにShunメンバーは一線を画してしまった。さあ、これはうかうかしてはいられない。さらにここへ来て、冒頭の字面が私を戒める。実現性と現実性を兼ね備え、実行の勇気を奮い立たせて行動できることは何か。自衛隊のウェブサイトで予備役の募集を読んだ。だが、駄目だった。申し込めるのは三十四歳までだった。死んだ母方の祖父に手を合わせる思いがした。彼は出征予定の前年に終戦を迎えていたからだ。父方の祖父は満州でスナイパーをしていた。嘘くさく感じられることなく、かつ実現できそうなことは他に思いつかなかった。

 話は逸れるが、利休と秀吉の対立に興味を持ったのがきっかけで、マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」を観る必要があった。だが、見放題対象外だった。埋め合わせに戦争映画を、なるべくエンタメ色を抑えた、まともなやつを観ようとした。洋画劇場で観たがうろ覚えだったリドリー・スコット監督の「ブラックホーク・ダウン」を選んだ。先日、Shoメンバーと同監督の「エイリアン・コヴェナント」を鑑賞したばかりだったのも選んだ理由の一つかも知れない。

 洋画好きなら誰もが安心するであろう、ウィリアム・フィクナーだ。信頼感のあるマッチョな隊長を演じている。キャスト一覧を眺めれば、トム・ハーディ、ヒュー・ダンシー。心許せる俳優たちの、奇しくもハリウッドデビュー作だというのが嬉しい。はたして探せるだろうか。そのような気楽な心境でいられるだろうか。

 寄せ集め部隊間の軋轢、上官への揶揄、兵卒たちの気の緩み。先行き不安が増してゆく。雲行きが怪しいとはよく言ったもので、MH-60 ブラックホークの行方は燃やされたタイヤから立ち上る黒煙のごとく真っ暗である。非人道的な部族虐殺を断行するアイディード将軍の側近を拉致すべく、空陸百名の三十分で終わるはずの作戦は、夜明けまで十五時間に及んだ。ガンシップ乗員は燃やされているタイヤが、彼らに向けられた煙幕であることに気付かない。地上部隊を足止めするバリケードは、既に随所に張り巡らされていた。合流の遅延が、部隊へ致命の一撃を撃ち込む。

「誰も置き去りにするな。」

 私はありきたりな言葉を聞かされたくないのだが、これには説得力があった。そして、百人の部隊はそれを実行する。命令を出す少将も、実現のために様々な手立てを打つ。どんな言葉も嘘くさいから、映画で展開される実行の勇気に胸が詰まる。無論、米国視点の正当化、米軍礼賛と言われればそれまでなのだが。

 市街戦の巻き添えで人がばたばたと死んでいく。映像が私の眼を通過したせいで、死が数字に変わってしまうから何も感じない。戦争の何が嫌かって、人々の死を株価の下落を通じてしか感じられない人間の多さが嫌なのだ。私も同類だったらしい。こんな言葉も嘘くさくて嫌になる。ここまで書いて、やはり黙っていたかったと思う。さりとて、ただの映画感想文にしてしまうわけにもいかない。

 ソマリア連邦共和国は、東アフリカの角状になった半島を領する国家だ。一九七七年、西部に接するエチオピアのオガデン地域のソマリ人たちが、ソマリアの軍事独裁政権が掲げる大ソマリ主義に共鳴し、エチオピア政府に独立のための反乱を起こす。オガデン地域に対しソマリアは軍事支援を行うも、エチオピアをキューバとソ連が支援し紛争状態となる。結果的に、ソマリア側は撃退され大きな損害を受けると共に窮乏が加速。独裁政権は、バーレ大統領自身が属する南部氏族のみを重用し、北部の生産物で得た外貨を南部の開発に充て続けたため、八十年代全般に渡る、バーレ独裁政権への反政府武装闘争を引き起こす。

 主要都市は次々に陥落し、九十年には『モガディシュ市長』と呼ばれるまでに大統領の影響力は失墜していた。その翌年、首都も制圧され、バーレは国外追放、さらに北部はソマリランド共和国として独立を果たす(正式には二度目)。しかし結局は、第二の独裁者としてアイディード将軍が就任したに過ぎないのだった。

 現在のソマリアは、独立したソマリランドと、東部を接する領土紛争中のプントランド、さらに中南部は四つの自治区となっており、統一されてはいない。ソマリア内戦は現在も継続中だ。この映画は、九二年末に国連が米兵中心の多国籍軍を派遣した後の、九三年十月三日の戦闘を描いている。二千年代には国境を接するエチオピア軍による進行や、米軍の再介入など、まだまだ書き切れないが本筋に戻る。

 作品終盤、不純な理由で観始めた私に天罰が下る。洋画劇場でカットされていたであろうシーンだ。ある漫画家の日記漫画で上映当時のこの箇所は知っていたはずだったのだが。直視できず、動画を一時停止し、シャワーを浴びた。嘘くさくても痛みは感じるのだ。他人の不幸は蜜の味だが、身内の不幸は心が痛い。戦争の犠牲者は、他人でも身内でもない。心が痛むのは同じ人間だからだ。ウクライナの事をそんな風に、同じように考えている人たちと共に、私がここに居ることに安堵していても良いのだろうか。

「国に帰りゃ、こう聞かれる。『おい、フート、何で戦う。なぜだ。もしかして、戦争中毒か?』俺はひと言も答えない。なぜか?どうせ分かりゃしない。奴らには理解できない。」

 自分自身を全く重ねて見てしまい、嘘くささは最高潮に達した。この感覚を文章に残したくて書き出したのだった。だが、何を悲観する必要があるだろう。自己同一より自己欺瞞、自己実現より自己叛逆。積み上げてきたものを棒に振ることが至上のものであるならば。そうとも、お国や名誉のために戦っているんじゃない。なら俺たちは何のために戦っているのか、ぜひ鑑賞してみて欲しい。

 とかくに人の世は住みにくい、と感じてこう思った。嘘くささとは、ラッセルが「幸福論」の前半で、不幸の原因として指摘したうちの『罪の意識』ということではあるまいかと。第一部第七章を読み返す。しかし、僕は悪事の露見を恐れているのではない。もしかすると、僕は僕自身の道徳を疑っているのではあるまいか。

「新しい週が始まる。月曜だ。」

 目の前の戦いに馳せ参じる、寡黙な実行者を僕たちは尊敬する。実行するとは意識を殺すことだからだ。誰かではない。

【人生5.0】Junのヨモツへグリ #002 西船橋 串屋横町【ONLIFE】

約束の地、シドはどこにある。

僕たちはいったいどこで再会を果たす。

山林など消え失せてしまったこの地上で。

まばゆい電光掲示板を見上げ、下水の汚臭に気付かない。

張り巡らされた下水道のような道を行き交いながら。

その日初めて出会った僕たちは、まる福で軽くひっかけて店を出た。

向かいの女性の髪型や化粧、仕草など特に気にすることは無かった。

それは僕の習性なのだろうか、わからない。

もう一つ分からないことがあった。

女性というものがどれくらいの量を適量として食べるかだ。

店の前の通りを向こうへ渡って、そのまま前進。

他に店も無いような裏町の四つ角に次の店。

移動にわずか一分、目と鼻の先だった。

冷えたビールとサワーがもたらす冴えた外気から逃れるように、足早に移動した。

勝手の知らない女性を引き回す羽目にならなくて良かった。

この梯子は個人的に一人飲みの際に使おうと思った。

次の店はさらに空席が多かった。

串屋長屋は県内と都内に、やはり五十店舗ほどを展開している。

賀々屋と規模は全く変わらないが、一九六五年創業に対して二◯◯三年創業だ。

意外なことに、一号店と二つのセントラルキッチンが存在するのは茂原市だ。

もつ焼きが食べたいと客が思った時に、真っ先に思い出されるお店でありたいという理念があるらしい。

まさに賀々屋の牙城を崩さんといった意気込みだろう。

だから今夜、ここへもつ焼きで飲みに来た。

四人がけの席に二人で着く。

混雑が始まった賀々屋の風情とは違う、明るく清潔感のある店内だ。

僕はたまに亀戸店に行くので、プラスチック製のドリンクパスポートを所持している。

カードにシールを三枚集めると、特典として最初の一杯を無料にしてくれる。

次年度はブラックカードへのランクアップが待っているようだ。

今夜これは出さないでおくことにした。

お通しのキャベツが運ばれる、これはおかわり自由。

レモンサワーをピッチャーで注文。

いつものバラ軟骨1号。

これは、とろとろに煮込んだもの。

ちなみに2号は薄切りのを焼いたもの。

目に付いた馬肉のタタキ、お得サイズで。

同じ1号でもレバー1号というのもある。

角切りの豚レバーをザッと焼いたやつで、安くて美味い。

不思議なことに2号は存在しないのだが、レバーフライも安くて美味い。

モツ野ニコ美と名乗った女性は、レバーがあまり得意では無いそうなので見送った。

お酒に関しては、杏酒や梅酒のような甘いのをソーダ割りにしたのが好みだという。

残念ながら、そういうのはここには無い。

止むなく彼女はピッチャーからレモンサワーをジョッキに受ける。

僕もどういう心境の変化か、ビールをやめてレモンサワーに移行。

乾杯して飲み始める。

僕はビールを飲んでいる姿を、他の女性に見せたく無いとでも内心思っているのだろうか。

今はがぶがぶとビールを飲み干せなさそうだから、こういう酸っぱいのが丁度良かった。

たいして待たされることなく注文が届いた。

時間のかかる串物をこのタイミングで頼む。

「熱いぞ」

「ありがとう」微笑しながら彼女が言う。「けどすごく美味しい」

ほろほろに煮崩れた肉と、どろっとして原型を止めていないゼリー状の軟骨。

鼻に付く臭みには目を瞑って、練り辛子の痛みに耐えることにしよう。

不味く無いはずがない。

禁忌の食材を時間が解決する。

いや、圧力鍋が何とかしたか。

邪推を口にするのは無粋だ、相手に失礼になる。

馬肉のタタキは赤身の淡白さがはっきりしている。

脇にあるおろしニンニクを遠慮なくつけて食べる。

「お通しのキャベツに付いてきた辛味噌の方が合うかもしれない」

「馬肉に味噌って、信州スタイルって感じね」

そんなことを言われて、ずいぶん前に飯田駅前の箕輪へ食べに行った記憶が蘇った。

信州飯田名物、馬のおたぐりだ。

馬の内臓を手繰り寄せて捌き、煮込み、無駄なく食べられるように工夫したものと考えて差し支えあるまい。

首都圏では絶対にお目にかかれない、安くて美味くて新鮮で量の多い現地の馬刺しに思いを馳せる。

「素材が無いから文化で飲むんだ」

「飲み屋の流儀?」

「僕らはその文化を生きているだろ、今まさに」

「客が店を作るってことね。次は人でごった返した平日の夜中が良いわね」

笑って頷き、ジョッキを空けた。

向かいの女性の酒量は控えめだ、ピッチャーの残りは僕が明けることになるだろう。

串が届いた。

一本目は赤モツMIX。

ここはいちいち塩かタレか聞くような野暮なことはされない。

タン、ハラミ、ハツが二つずつ交互に刺さっている。

この方が五本盛りを冷ましてしまうより良い。

味わっていてもまだ冷めるような時間じゃ無い。

二本目はスーパーホルモンロール。

ぷるぷるしたやつがいくつも刺さっている。

僕はこういう、一寸冷めてもとろとろなのが好きだ。

白もつをパリッと炙った串なども確かに良いが。

飲み食いして、満足して会計して帰った。

他にどんな会話をしたか、覚えていない。

いや、ろくに会話しなかったのだろう。

色っぽいことには期待していない。

ただ、次の仕事を楽しみに待っている。

【人生5.0】Junのヨモツへグリ #001 西船橋 まる福(加賀屋船橋店支店)【ONLIFE】

約束の地、シド。

僕たちはそこで再会を果たす。

桃の木には瑞々しい肝臓が。

薫風には七輪で焼く味噌の風情が漂う。

さらさらと音もなく川を流れる大腸は澄んでいる。


「コードナンバー0253」深緑のコートを羽織った女が駆け寄って言った。

「今はyだ」僕は僕なりの礼装のつもりで、黒のウールで仕立てた風変わりなトレンチコートを羽織っている。深紫のマフラーはもう毛玉だらけで、手放す頃合いだ。

「ワイ?それは大文字じゃ無いんでしょう」肩ほどの髪が茶色く揺れている。

「当たり前だろ、だから好きに名乗っている」

「モツ野ニコ美よ、よろしく」

僕は吹き出した。

なるほど、彼女は彼女で好きに名乗っているらしい。

僕の名前も先に言われてしまった。


はるばる裏芝浦までやって来たが、収穫なしの空振りに終わった。

今回はただの顔合わせだった、気楽なのは良いことだ。

駅までのバスに乗って、下らない話をする。

僕は西船橋まで、彼女は隣街だという、結構なことだ。

習志野と墨東とのゆるやかな協調路線に加えて、半東京と呼べそうな地区とのつながりがもてるのは良い。

都内からの渡葉を三番瀬渡りとも言う。

三番瀬渡りの経路は二つ。

上野から京成を使うか、大手町から東西線を使うか。

三田から大手町へ出ることにした。

大手町では本数の少ない列車がちょうどやって来た。

混雑した車内で丁度座席が二つ空いている。

お互い腰掛けて僕は一息ついた。

何も言わずに目を閉じて座にもたれた。

気付いた時には車内で独りきりになっているだろう。

なっていなかった。

席は相変わらず冷え冷えとしていた。

仰向けにでもなるかのような無防備さで惰眠を貪っていたのだが。

外の景色は原木を過ぎている。

「お客さん終点ですよ」僕は真顔で言った。

「そうね、西船橋に着くわね」

「何だ、どうした?」

「コレがまだじゃない」と言って手首をクイと上へ持ち上げた。「仕事の後は仕事って、昔から言うでしょ?」

そんな言葉は聞いたことがないが、僕は首肯した。

趣向を凝らした酒肴が良いと思った。

棄てられるはずの物。

食感も味わいも不適な物。

禁忌の食事。

解決の糸口は時間にある。

棄てられる前に目を瞑って口にするか、三日ほど釜で炊いてしまうか。

「じゃあ、麗しきコードネームの姫君には、お似合いの物を」

「城下町の大衆店に行くの、嫌いじゃないわよ」

車掌と改札員に通行証を見せて北口へ降りた。

賀々屋は都内に五十店舗は下らない一大勢力である。

どの店で食べても同じ味をさせている。

僕は、そこの煮込みが一番好きなのだ。

千葉にある賀々屋はわずか数店、どれも船橋界隈に偏っている。

船橋店、船橋店支店まる福(西船橋に存在する)、まる福の裏手に西船橋店。

西船橋店の真上に、なんとも大胆不敵なのだが、タツ屋という店舗があり、そこのもつ煮も同じ味がする。

タツ屋は船橋店も存在している。

今回は西船橋に所在する「船橋支店」のまる福へ。

駅を出て徒歩一分と言うのは、船橋支店も西船橋店も同じなのだが、こちらは大通り沿いなので威勢が良くて好きだ。

大暖簾を手繰り、引き戸を開ける。

戸には黄色い貼り紙で「桃サワー」と書かれていたのが印象深い。

僕は麦茶のように麦酒を飲むのだが、はてさて姫君はどうか。

奥の広間に案内された。

がらんとしているのは十七時過ぎだからか。

若いアジア人女性が早速飲み物の注文を取りに来た。

決めかねているようなので、少し待って貰う。

二人はコートを脱いで席についた。

飲み物のメニューを眺めて、やはり桃サワーにすると言う。

店員さんを呼び、瓶ビールとサワーをお願いする。

アサヒかキリンか、キリンにした。

そのまま煮込みと、ホワイトボードに書かれた鶏マヨが気になったのでそれ。

「この店の煮込みが好きなんだ」

「良いじゃない」

「平らげたら店を変えよう」

「別に、いいけど」僕の真意を測りかねると言った顔をしている。

賀々屋は大好きだ、煮込みが一番美味い。

もつ焼き、刺身、揚げ物と提供される商品も充実している。

だが、煮込みを食べ終えたら、近所に美味いもつ焼きを出すお店があるのだ。

飲み物と同時に煮込みがすぐに来た。

大鍋から即提供、この速さが良い。

瓶ビールは大瓶、サワーのジョッキも大きい。

何の変哲もない液面しか見えないが、味噌仕立ての薄口つゆは大腸の脂でこってりと濃厚だ。

散っている輪ネギ以外に野菜はなし、大根人参一切なし。

散り蓮華ですくい上げると、とろっとろになって、干からびてしまったかのようなシロもつ。

さらに、まだ脂を身に纏ったような、コクのあるやつが半々で這入っている。

碗底にはかさ増しのための豆腐が大きく一つ、なのだがこれは美味い豆腐。

取り皿に分けて勧めた、僕は碗から頂いてしまう。

乾杯してビールを飲み干す。

心地よい。

もつ煮は相変わらず美味い。

男と来ていれば一人で二杯食べてしまう。

後を引く旨さなのだ。

目の前の女性も頷いている。

鶏マヨが来た。

ははぁ、これは海老マヨの鶏版か。

鳥の唐揚げを赤味のあるマヨネーズソースで和えている。

一口かじると、驚くほどにプルプルしている。

こんな調理法があるのだろうか、全く予想がつかない。

モツ野女史も同意見である。

猫舌なのか、食べる際には慎重だ。

もしかすると化粧を気にしていたのかもしれないが、男の僕には分からない。

「鶏マヨといえば、川崎に良い店がある」

「鶏マヨの?こういうの?」

「いや、これとは違う」僕はニンマリして言った。「そこの煮込みが二番目に好きなんだ」

「あら」

「次はそこへ行こう、仕事の後の仕事へ」

僕たちは笑った。

一杯ずつの酒と、二品のつまみ。

平らげるのにそう時間は掛からない。

だが、空席が次第に埋まってくる。

ちょうど頃合いで会計へ行った。

丁度一人千円。

すぐそばの店では、バラ軟骨の煮込みに、もつ焼きを数本と算段しながら店を出た。

【人生5.0】ラ・マンチャの男を観て【ONLIFE】

自分は自分が嫌いだ。

あるいは、自分は自分で良かった。

ほとんど全ての人間がこのどちらかを選ぶ。

幸運な者はそれすら意識しない。

だが、百人に一人か、千人に一人は思うものだ。

自分は自分では無いかもしれないと。


セルバンテスはそんな人物を創作した。

自分は自分では無い。

本当の自分はアロンソ・キハーナでは無い。

遍歴の騎士、ドン・キホーテであると。

男は目覚めた。

だが、取り巻く人々の目には狂気の眠りに就いたと映る。


舞台の幕が上がる。

いや、初めから幕などない。

代わりに階段が、中央に降下する。

幾つかの人が舞台を這いずり回っている。

兵士の隊列が階段を降りてくると、その先は牢屋だった。

劇作家のセルバンテスが投獄される。


獄中で囚人たちから取り上げられた脚本の返還を訴え、セルバンテスはその場の全員を配役した即興劇による釈明を試みる。

主人公ドン・キホーテは脚本家のセルバンテスが演じ、従者サンチョ・パンサ役は作家の助手がそのまま務める。

もう三百年前に姿を消したという遍歴の騎士は、その旅を始めて早々に風車への突撃で槍をひしゃげさせてしまう。

その先にそびえる城、実際は酒場を併設した宿屋が、本作の劇中劇の舞台となる。

宿の亭主は牢名主が演じ、酒場の荒くれ者は囚人たちが演じる。


城へ到着するなり、ドン・キホーテは叫ぶ。

「ドルネシア姫、お慕い申し上げておりました!」

「なに言ってんだいアンタ、アタシはアルドンザさ」

彼女は酒場の給仕をしながら、娼婦もしていた。

生活者としてのアルドンザは、場面々々が痛ましい。

その言葉には諦めの悲しみが、その表情には若々しい怒りが同居している。

自分は自分が嫌いだと、満身から発せられている。


幾度となく否定しても、ドン・キホーテの情熱は止まない。

主人からの恋文を渡すために、サンチョがアルドンザの元へ推参する。

二人とも字が読めない。

サンチョは主人に言われた通りの暗唱しかできない。

その一挙手一投足にドン・キホーテの情熱が重なって見える。

どうして従者を続けているのかとアルドンザが訊く。

好きでやっているのだと、声の限りに叫べば済むのが面白い。


ドン・キホーテことアロンソ・キハーナには、姪が居る。

その婚約者、精神科医のサンソン・カラスコ博士は身内のこれ以上の不祥事を隠すべく、アロンソを連れて帰らねばならないと思っている。

博士は司祭と連れ立って宿屋まで追いついたのだが、そこで異様な光景を目にする。

外の世界から来た二人はそれぞれ、別々の視点で目撃した。

ここで我々観客は大きな問いを突きつけられる。


眠っている者は、眠らせておくのが良いのか?

換言すれば、狂っているのはいったい誰なのか?

そんな言葉は一言も発せられてはいないのだが。


最後の戦いでその答えが開示される。

ドン・キホーテの宿敵の魔術師が、騎士の姿に化身して決闘する。

なす術が無いドン・キホーテ。

彼はスペイン中部の田舎、ラ・マンチャの狂った老人に過ぎないのだ。

対手は声高に主人公を罵り、嘲る。

彼自身に思い知らせようとする。

己の限界を、狂気を、夢は夢に過ぎぬという事を。


遍歴の騎士は応じて答える。

「最も憎むべき狂気は、ありのままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わぬことです!」

これはドン・キホーテの言葉では無い。

作中で演じているセルバンテスの言葉でも無い。

脚本はデイル・ワッサーマン、1965年にブロードウェイで初演されたものなのだ。


たった一度観たきりの舞台を、私は記憶の中で再現することしかできない。

するとどうしてもこの言葉が、最後の戦いの中での激しい奔流のような激情と共に発せられているようにしか思い出されない。

半世紀以上の時を超え、その言葉を松本白鸚が届け続けていることにどのような意味があるのか、私は呆然とする。

舞台ではドン・キホーテが斃れ、セルバンテスから劇はこれで仕舞いだと告げられる。


それでは囚人たちは納得がいかぬ。

もう彼らはセルバンテスではなく、ドン・キホーテの味方だ。

そして、革の鞄に入れられた脚本は完成する。

牢獄の即興劇は真の終幕を迎える。


病床で目を覚ましたアロンソ・キハーナ。

もう、夢は打ち破られて、朦朧としている。

眠っている者を、眠らせておかなかった悲劇。

彼は死の淵にいて、遺言をしたためようとしている。

そこへアルドンザが駆けつける。

ドン・キホーテを正気へ還すべく、声をかけ続ける。

彼女は高らかに宣言する。

「私の名前はドルネシア!」

彼女は彼女に成っていたのだった。


劇中劇は大団円を迎えた。

また舞台中央に階段が降下してくる。

兵士の隊列が階段を降りてくる。

この舞台の主役は、遂に本当の困難へ連れ去られてしまうのだ。

その背中へ向けて、牢名主が問いかける。

「ドン・キホーテはアンタの兄弟か?!」

いよいよ、標題『ラ・マンチャの男』が台詞となる。

セルバンテスはこう言ったのだ。

私たち、誰の心にも、あるべき姿のための闘志が宿っていると。


階段を登っていくセルバンテスに向けて、囚人たちが歌い出す。

我は勇みて征かん。

『見果てぬ夢』この劇の主題歌だ。

セルバンテスの姿が消える。

囚人たちは彼の背中ではなく、観客へ向かって合唱する。

ただ一人、カラスコ博士を演じた囚人だけが背をそむける。

男の背中が、自分だってこう生きたかったと泣いているようだった。





きっと、折り合いをつけて生きている、自分自身。

そんな私に対して

「もっと格好つけて生きろ」

と言われたようだった。

こういうのを叛逆というんだろう。

【人生5.0】Junのラーメンドラゴンボウル(Z) #001 津田沼 魚骨らーめん鈴木さん【ONLIFE】

ラーメンドラゴンボウルが完結したその日の夜、私は喜びのあまり、ついラーメンを食べに行ってしまった。

揃った七つのラーメンドラゴンボウルから呼び出された龍神との契約やら経緯やらは、他所に書くことにする(おそらく虚飾性無完全犯罪から船橋ノワールへと移行するだろう)。

ともかく、その日の夜、その日三食目となるラーメンを食べに、隣町の津田沼へと赴いた。

前から行きたい行きたいと思っていたお店があったのだ。


およそ二十年前、中高生だった頃の私は家庭用ゲーム機を所有していなかった。

アーケードゲーマーとして、船橋のゲームフジさんを拠点にしていた。

朝七時から開店という神様のようなお店だったので、ビートマニアやらギルティギアやらは新作が出てから朝イチで練習ができた。

一番やり込んだのは連邦VSジオンDXで、グフの操縦に関しては当時日本一を自負している。

それらの背景は、一食一飯の初回にも記した。


さて、土曜の放課後に実は食べていたのは何も、てんやさんばかりではなかった。

ラーメンも食べていた。

週に一度のラーメンを、決め打ちで通っていたお店だ。

ゲームセンターのすぐそばにあったので、そこしか行かなかった。

中高生の私が、外食で冒険をするということは無かったし、その必要も無かった。

今日はここに行こう、ではなくて今日もここに行こうと思わせてくれるお店だったのだ。

大学に進学してから行かなくなり、しばらくで閉業してしまった。

ゲームセンターも店仕舞いしてしまった。


『醤油ラーメンなんか全然食べないな』

背脂ギタギタ、カレーラーメン、お二郎、滅多に食べないタンメン、とんこつ醤油、鶏ポタージュ。

房総(半)島ド真ん中にあるアリランラーメンを食べてみて平凡だと感じたのは、醤油ラーメンを全然食べていなかった所為だろう。

『あのラーメンスープが失われたって、世界的にみてちょっとした不運だよな』

私自身、業務上の錬金術を秘匿し続け、父から譲り受けた情報などは親子代々の物として運転しているからそう思える。

私が死んでも商材が残り然るべき者が扱えば世界は回るが、一世一代のラーメンスープが失われてどうなるかを思うと胸が苦しい。


漁だし亭 船橋


検索してみれば、何という事はない。

“船橋の「漁だし亭」・・・津田沼で大胆なラーメンで復活し…”

食べログのレビューがトップにヒットして謎即答に昇華した。

二◯一◯年に船橋店が閉店し、場所と名前を変えて翌年再開していたそうだ。

そこは津田沼、「魚骨らーめん 鈴木さん」自信を感じさせる名付けである。

存命の安堵の反動から来る、急激な馴れ馴れしさに声を張り上げたくなってしまう。

さりとて、隣町の津田沼へ足を延ばすには何か理由が必要だ。


問い続けた理由の訪れを私は辛抱強く待った。

検索したのは昨年の十月だったから、一食一飯の前半を書いていた頃だ。

この次にラーメンドラゴンボウルを書く、それが終わったら行こうと。

その日がやっと来た。

休みを取って、車を出して、開店すぐからラーメン食べて、家に帰って記事にした。

あんまり嬉しかったから、その日の晩もラーメンにした。

さあ、そこで漁だし亭あらため、鈴木さんである。


地図でだいたいの場所の見当をつけて、大通りの向こうだろう、と路地から顔をヒョイと出すと目の前になりたけがあったので声が出た。

津田沼店めっきり行かなくなったけど、もっと遠くじゃ無かったっけ。

どうやら地図の見方が悪かったらしい、駅前の大通りをそのまま歩けばよかった。

そういえばツイッターもフォローしたが、昨年末に世界一近い引越しと称して、一軒隣へ移転もしていた。

引き戸全開で屋台然とした渋い内装の漁だし亭とは雰囲気を変えて、明るくカジュアルな木造りのお店となっている、清潔感があって良い。


ともあれ、ビールだ。

もう中高生じゃない。

アーケードゲームはしないが、居酒屋でビールは毎晩だ。

おつまみちゃーしゅー。

焼きもできるが、ゆで餃子五個。

秋刀魚奴、大きいサイズ。


漁だし亭から鈴木さんに化身して、躍進した点がこれ。

ぽてりと載っている秋刀魚のペーストが、31のレギュラーシングルサイズで存在する。

目を瞑って食べてみたら、あん肝のパテと混同するかもしれない。

醤油らーめんに百五十円追加で載せられているものは、さんまらーめん。

このお店の主力メニューと言えるだろう。

その秋刀魚ペーストを載せたやっこ、丁度良いではないか。


ぐいぐい飲み進めて、いよいよラーメンを注文する。

ペーストが載っていない方、醤油らーめん大盛り。

赤黒く澄んだスープに、わずかばかりの油滴がきらめいている。

大きめの海苔一枚、メンマと輪切りのネギが少し、チャーシュー。

あぁ、碗こそ違えど、あのラーメンだ、見ればわかる。

水菜も焼きネギも無いながら、このラーメンだ、見ればわかる。

細麺をすすれば涙が出そうになる、煮干しラーメンとは違う、魚介ラーメンの“あの”味がする。


『わかった。』この数ヶ月の謎が氷解する。

『何がって、俺十代で毎週尖ったラーメン食べてた。』

最初の一歩がこれならば、今歩いている道がこうなってしまうのも無理はない。

塩気に意識が向かない、魚の旨味がスープをどんどん飲ませてしまう。

ああ、これはいけない、だがこういう日のために塩分を節制して来たのだ。

ここに秋刀魚ペーストを少しずつ溶かしながら食べる一杯もたまらないだろう。


豚トロ飯。

ほぐしたお肉と輪切りのオクラ、うずらの生卵。

お肉の味が濃くなくて、ご飯と一体になっている。

オクラの青さが爽やかだ。

これをスープでグッと流す。

沁みる。

ビール飲みで良かった、ラーメン食いで良かった。


十五年だ。

十五年ぶりの邂逅、感無量だ。

さんままぜそばの大盛りを追加してお店を出る。

これが一食一飯の宜敷準一だ。

次は鯛骨塩らーめんを食べに来よう、すぐにでも。

パルコの一階でイスラエルの白ワインを買って帰った。

【人生5.0】Junのラーメンドラゴンボウル(碗) #008 千葉 アリランラーメン【ONLIFE】

平日に休みを取って、のこのこと車を転がして、というよりは車に転がされるようにして、何をしてきたかと思えばラーメンを食べに行ってきた。

へぇ、車なんて運転できるんだ、という自分の声がする。

自慢にもならないような走行距離がかつては積み重なっていたものの、ハンドルを握る必要性から手放されてもう久しい。

公道の支配者という感情なぞ一切なく、単に交通法規の真面目な遵守者として、軽自動車の中で浅い呼吸をしながら過ごした。


一車線の一般道から高速道路へ乗り上げてからしばらくすると、あったなぁ、と思わず苦笑いしてしまうようなランドマークが右手すぐに見遣れた。

『時が流れる、お城が見える』だ。

人生斫断家とも評されたアルチュール・ランボーが生きていたころには、高速道路もその脇のラブホテルも在りはしなかった。

彼のような大反逆者が眺めた景色はどのようなものだったのか、今となっては想像するのも果敢ない。

『無疵な心がどこにある』遺された詩にはこう続く。

どこにでも在ったためしなぞなかったと断じてもよいが、永遠にそこかしこに在り続けるのだとも思いたい気持ちのほうが強い。


このあとしばらく道なりです、というナビの音声に安堵する。

『僕の前に道はある、僕の後ろに車はいない』

寝床の次に広いこの棺桶の中で、性善説が前提となるこの潮流に身を委ねながら、月並み程度の感想だがこの社会と、その奥に確かにいるであろう人とのつながりを感じた。

低速運転すなわち安全運転とならないのが面白い、久しぶりだから思い出した。

変化すなわち進歩とならないのと同じか、ゆめ忘るまい。


おそらく昼前に、ラーメンドランゴンボウルは七つ目が集まる。

身体に刻まれた記憶を頼りにぽつぽつと書いてきたが、最後はまだ食べたことのないラーメンを食べる冒険がしたかった。

シーズン2があるとするならば、博多のとんこつラーメン、道後温泉の屋台、北海道の鶏ポタージュ、まだ食べたことのないラーメンドラゴンボウルを探す旅に出たい。

今日はそれに向けての必要な旅支度だ。


九州、四国、北海道へ向かって。

その第一歩として、千葉県は房総半島のど真ん中へと車を走らせている。

この土地は利根川で本州から切り離されているから房総(半)島なのである。

島が誇る三大ラーメンのうちの一つ、アリランらあめんの八平さんを訪れる。

地図を見ただけで秘境感しかないのだが、それゆえに人気店でもあるようだ。

世界で二軒しか提供しているお店がないというのだから無理もない。

今朝調べると、しばらくは十時半から営業だという。

朝食(の袋ラーメン)を済ませたのが九時、飛び出すように安全運転した。


果てしなく続くかに見える道程も、いずれは目的地に向けて折れねばならない。

一般道に戻ると、しかし、その場その場のラーメン屋さんの多いこと。

砂漠を征く旅人の孤独に星座が寄り添ったように、公道を征く運転者たちの空腹にラーメン屋さんが寄り添ってくれているのだ。

無疵な心と同じように、ラーメンドラゴンボウルはそこかしこに在るかに見えた。

往来がこうも繁盛していると、出発前に抱いていた田舎という感じも薄れてくる。

ずーっと道なりに走って、いよいよ峠に差し掛かるという処でお店があった。


山道の食堂然とした、まろやかな店構えをしている。

車から降りると雲一つない快晴に気付き、一息つけた。

先客は一組のみ、慣れないお店は開店から行くのが良い。

テーブル席に案内され、決めていた注文を告げる。

アリランチャーシュー、大盛り。

アリランというのは朝鮮にある伝説の峠らしい。

峠越えの英気を養う一杯をという想いがその名に込められている。

玉葱が茶色のくたくたになったやつがラーメンに載っている。

なるほどこんな切り方もあるのかと思わせる、ダイス状である。

碗にはさらにチャーシューが五枚載っている。

期待通りというか予想以上に柔らかいチャーシューに、にんまりである。

だが、麺自体は平凡な醤油ラーメンだ。

変だな、しまった、期待しすぎたのか。


自棄食いでもしそうな荒んだ心を、ラーメンが癒してくれた。

これが、見た目に反してくどくないのである。

この甘みは玉葱か、近所の平凡な町中華では絶対に出せない深みだ。

茹で過ぎ御免とでも言いたげな麺すら、価値あるものになってくる。

チャーシュー、玉葱、麺の食感が統一されていて優しい。

優しさか…平凡な、優しさ。


尖ったラーメンばかり食べてきた、そんな気がする。

今日だって、尖ったヤツを信じてやって来たのだった。

でもそれが期待外れなんかじゃなく、贈り物でも渡されたみたいだ。

行って、帰って、文字にして。

分からないから、書く。

それが今は楽しい。