続・名付ける

一方で、自分の芸名を考えるときは、自身が表さんとする体に対する願いを込めて名付ける。

ここまでの願いは曲に対してのものではない。

我々が提供する楽曲は耳に優しいウンコ程度の認識だ。

曲には実現可能性の薄い妄想を託す。

願いは自分自身に対して願う。

だから、そうあれかしと願って名付ける。

と言ってもバンドでの芸名は何の捻りもない、バンド然としたものなのだが。

楽器演奏未経験の俺をShunが誘ってくれたのは、余所で声の表現をしていたからだ。

敬愛する小林秀雄にあやかって、また当時からかぶれていたハードボイルドからの拝借で

本居タフ長

という芸名を使っていた。

本居宣長は言葉よりも言霊をその思想の核に宿していると小林秀雄は語るから、演者としての願いは確かに込められていたような気がしている。

誰がどう見ても芸名然としていたのもあって気に入っていた。

ま、その活動自体にはすぐ下心がついて、恋、いや変になったのだが。

新たな願いと共に名前を変えて、何年か経つと、今度は歯車が壊れた。

簡単に言えば、少し真面目にやり過ぎた。

十代の時に似たような失敗をしていられたら、あの時はもっと上手くやれたかもしれない。

経験に学ぶ愚者。

この教訓を活かせているお陰で、TechnoBreakでの表現は、気ままに楽しんでやれてます。

歯車が回らなくなってしばらくすると、ネット上からその表現の場も消え失せた。

だからもう、そんな人格があったと見せることも聞かせることも出来ない。

自身の再起動に向けて、新しい願いを込めた名付けをしたのだが、託した望みがあんまり図々しくてその芸名ではまだやれていない。

名だけがあって体がない状態がもう三年だ。

前の人格が死んでから、気持ちとして長かったが、三年というと短期だという気もする。

そして、その三年は可能な時間の全てをTechnoBreakとして過ごすことができた。

我々TechnoBreakの人格の三分の一は俺の人格だ。

そんな俺が今は小説を書いている。

何年も前にあの場で、声の表現者たちと演じてみたかった小さな裏社会。

船橋ノワール

在り来たりな名付けだが、地元にした時の妙な取り合わせが気に入っているし、これ以外のタイトルでは書き出す熱も出なかったろうと思う。

本当なら、役名と少しの台詞を割り振って、声の仲間たちと寄り合いたかったもんだが。

もうそんな遊びが出来なくなって、やむなく小説化という悪足掻きをしているらしい。

登場人物とあらすじを俺が熱っぽく話す時、聞き手は渋々笑ってくれたのだが、文章になってしまうと参加賞程度の魅力しか残せないのはお笑いだ。

その腹いせに、文壇登場の暁に名乗る筆名を考えた。

卍潤一郎

姓名どちらも谷崎から。

そもそも本名がそこ由来。

あと、机龍之介や眠狂四郎の剣の達人からあやかって、剣は下手でもペンで勝負。

これだけカッコつけたら、作家デビューしないわけにはいかないだろう(笑)

そんなわけで、今は船橋ノワールの登場人物一覧を書いている。

ここで名付けに拘泥る苦悩が心地良い。

第十三章までに登場する人物の名前は可能な限り出す必要があるから、見通しを立てるのに手間取っているが、逆に一覧が完成すれば後はもう本編を最後まで書くだけとも言える。

一覧を見た上で、今後の展開や地元船橋の様子に思いを巡らし、物語を追う意欲の増進に寄与できればと思う。

これを書き上げたら、次は

非常勤探偵 禍原

で今の職場を告発して、その後は官能小説でも書こうかと思っている。

その頃には官能小説にも、これだと頷ける名付けが出来ているはずだ。

官能ってのは、元々、叶うの音便であると説いていたのは宣長だったか。