【人生5.0】Junの一食一飯 #002 もり一【ONLIFE】

美談というものがある。

プロになるべくして滑舌、発声、発音の研鑽を積んだが、この美談のイントネーションがいまひとつ口腔に馴染んでいない。

破談の音か、示談の音か分からない、ちょっとどちらも縁起が悪い。

回転寿司のレーンを思いついたのは、ビール工場の流れに触発された発明だという。

これは美談に属すると思われる。

 

最近の回転寿司は、新幹線の模型がお皿を運んでくるところもある。

これは社長がシンカリオンを見たんだろうか。

変形メカが運んでくる日も間近だろう。

どこかにはペッパー氏が応対しているところもある。

 

このペッパー氏(氏をつけているのは、ジィドのテスト氏の影響か、未読)、私は心ひそかにヴェルギリウスとお呼び申し上げている。

英語読みでバージルとなるから、ペッパー氏のスパイスに対してハーブを持ち出したまで。

全部解説すると面白くもなんともないが、こっちの勝手だ。

私はコドモだから、かいけつゾロリのまじめにふまじめを実践しているまで。

遊びで手抜きと不正をする者は、遊びに誘われなくなるものだ。

 

苦しい枕はそろそろ捨てて本題へ入ろう、個人々々に合う枕の用意は難しい。

古よりのジャパニーズファーストフード(発音としてはファストだろうが、表記はファーストに従う)の代表の一つ、お寿司をつまみたくなった。

のではあるが、お邪魔するお店のもり一さんは、都内を横断するような形で、ごく数店舗しかない事をあらかじめお詫びさせていただく。

もとは一皿百円、百三十円、百五十円と経て、現在は一皿百八十円で頑張ってくださっているお店だ。

コロナの所為でまた値上がりした。

コロナめ。

 

もう何年も前、職場の近くにもあった。

同い年の後輩と二人、バスに乗ってよく繰り出した。

長居はしない、というか出来ない。

生ビールを飲み飲みお寿司をつまんで解散。

そんな風な職後の潤いを与えてくれたお店だった。

並んだ空きグラスを下げてもらうようにお願いすると

「飲み放題になっちゃうんで」と笑顔で店員さんに言われたのは今でも笑える。

そこはもう閉店してしまったが、地元船橋にもあるし、以前バンドの拠点にしていた亀戸ベースの傍にもあった馴染み深いお店だ。

 

こちらの特色は、酢飯に赤酢を使っていることで、シャリにはほんのりと色がついている。

味わいも酸味に若干のクセがあるのだが、人を選ぶようなものではないから、ちょいとオツな気分になれる。

流れてくる容器の中にある山葵は多めに取ってしまおう。

それと、レーンの上ににんにく醤油が乗って回っているので、お好みで使われるのが良い。

おみおつけは浅利か海苔だが、気まぐれなメニューもあろうかと思う。

 

席に案内されつつ海苔椀をお願いし、板前さんにはアボカド巻きをお願いする。

レーンの〆鯖を取って露払い、三貫のっていて気前がいい事この上ない。

粉山葵を、むせる寸前ぎりぎりの量、べったりとつけて頂く。

真っ白に〆られた鯖の酸味と、過剰な山葵が口の中でかめはめ波の撃ち合いをする。

ひ、ひ、ひ、思わず下卑た笑いが心の中で巻き起こる。

トリップ感というヤツだ、これは、間違いない。

今鳴り響いているBGMはJ.A.シーザー作曲「さかなクンさんすなわち魚」。

 

頭の中に魚群が到来している間に、アボカド巻きが出来上がった。

中太の巻物で、ネギトロに包まれたアボカドが一緒に入っている。

この巻物は三つに切られ、断面を仰向けにし、さながら蛇の目の様相を呈していて、ときにはちょうど三つ盛蛇目のようになっていることもある。

気取らないお寿司屋さんで、こういう変化球は醍醐味である。

寿司ネタ変化球も様々にあるが、私はコレがあるからもり一さんが好きだと言っても過言ではない。

店舗限定メニューもあるし、ハーフ&ハーフも受け付けてくれるから、数え上げたらまさにキリがない。

さて、数多の中から次を悩む前に、回っている〆鯖をもう一皿取った。

忠臣蔵において、浅野内匠頭は吉良上野介に「鮒侍」と散々いびられた挙句、刃傷に及んだと描かれている。

それなら私は鯖侍が良い。

今日も鯖、明日も鯖、鯖鯖鯖鯖、鯖が好き。

鮪が高騰しても、鯖が食べられれば私は足りる。

海原雄山から、しょせん下魚だなどと罵倒されたって、是非に及ばず刃傷に及ばず。

 

バチ鮪のトロが数量限定で放出される、美味しい。

脂の乗った鰤の腹身が同じく流される、美味しい。

軍艦にたっぷりと盛られた雲丹を取る、失敗した。

忘れかけていたミョウバンの味を思い出すために取ったようなものだ。

そう考えると酔狂な味がする。

うつむいていると泣いちゃいそうになる、強がりで顔を上げる。

壁のメニューを見るフリをして、虚空をグッと睨む。

 

えんがわと書いてあるのと目が合ったので注文する。

こういう時の注文はアドリブが良い。

この感情を受け入れてくれる懐に広さに流されてしまえ。

何頼んだって良いし、何頼んだって百八十円。

好きに食べたら良い、それは制限のある中で最大限の自由。

 

お酒の提供も無いことだし、長居はせずにサッと出る。

同僚という友もなく、酒という友もなく、サッと食べるだけ。

口の中が赤酢の酸味と、お魚のさっぱり感で一杯になった。

サッと出たのは、口の中がさっぱりし過ぎたためである。

だから、向かいの博多ラーメン屋さんに這入って〆た。