【人生5.0】Junの一食一飯 #003 小諸そば【ONLIFE】

前回、期せずして博多ラーメン屋さんに這入って慢文を終えた。

麺類皆兄弟ともいう。

ジャパニーズファーストフード(発音としてはファストだろうが、表記はファーストに従う)の代表の一つ、お蕎麦を食べに行きたい。

 

仕事まで行く乗り換えの飯田橋駅前、東西線の改札から出て、一旦階段を上がってすぐ、小諸そばさんがあった。

朝六時だか六時半には開いていたんじゃなかったか、非常に心強いお店だった。

今は閉店して、富士そばさんになっている。

衣類パンツである(諸行を衣類、無常をパンツと置き換えてみると、どういう風情か肌で感じられるのではあるまいか)。

 

親友のKは富士そばさん贔屓で、そこの冷やしたぬき蕎麦大盛りに限ると言っている。

もう以前の話だが、上野界隈で飲んだ後、決まって彼は上機嫌になって不忍池のほとりのお店で奢ってくれた(飲み代を持っていたのが私だからである)。

彼はドストエフスキーが大好き、私は小林秀雄が大好き、ここに妙な接点があった。

だからといってドストエフスキーが富士そばさんで、小林秀雄が小諸そばさんと言いたいわけでは決してない。

日露代理戦争を、何も二つのお蕎麦屋さんで勃発させようなどとは思わない。

きのこの山とたけのこの里に別れるんじゃなく、にんにくの家においでよ。

全部美味しいよ。

ただ、小諸そばさんと富士そばさんとは、違いがある、それは追々述べることにして、小諸そばさんについて書く(ゆで太郎さん御免なさい)。

 

私が小諸そばさん贔屓の理由は、冷やし蕎麦の艶やかさにある。

同業他社の全店舗を食べ比べたわけではないが、これにはちょっと驚いた。

かけ蕎麦のなんとも言えない優しさを好んでいた私が、もりやぶっかけにあわや転向だ。

あまりの食感の良さに、一度無理を言って、もり蕎麦の食券を買って、かけつゆを別の丼にお願いしたことがある。

冷たく〆られたお蕎麦を、かけつゆのあったかいのにくぐらせて食べたかった、つけ麺のように。

言下に無理と申し渡され、もり蕎麦を頂いた、やはり艶やかで美味しかった。

その日の帰り、かけを食べ終えたつゆに、追加で買ったもり蕎麦をくぐらせて試したが、やはり美味しかった。

 

だから、そのお蕎麦自体の信頼感で、夏場は冷やし、冬場はかけ。

中でもたぬき蕎麦をお決まりとして注文する。

かき揚げ蕎麦を食べるのはかっこいい、第一回で述べた通り生徒指導部長が怖くて私にはできぬ。

コロッケ蕎麦を食べるのもかっこいい、学校来ないでバイクに乗る不良染みたかっこよさがある。

こういう事を考え出すと頭の中がややこしくなるので、天婦羅への憧憬を少しまじえた、たぬき蕎麦をお決まりにしている。

 

小諸そばさんの揚げ玉は、フライヤーに残った天かすを出してくれる。

よく見ようと見まいと、玉葱の切れ端や小海老なんかが混じっていて香り高い。

富士そばさんの揚げ玉とは、ここに宿命的な違いがあるので、好きである。

話は逸れるが、大阪出張でたぬき蕎麦を注文したら、お揚げが乗っていた。

これにはニンマリだった、食い道楽の喜怒哀楽を享受した思いがした、お揚げも出汁も美味しかった。

さらに逸れるが、山怪という体験談集にあるのは、狐は化けるし化かすし火を使うらしい。

一方で、たぬきがするのは、いわば声帯模写というやつで、木こりが斧を使う音を真似るのだが、近年はチェーンソーで木を切る音の真似をするという。

 

今回、いまはなき飯田橋店に代わって、神楽坂店へお邪魔した。

また食べたいのがたくさんあって迷うが、一番よく食べていたものにする。

ミニ鳥から丼セット二枚盛りをかけで、天かす追加ダブル、鳥から丼はタレ抜き。

大盛りは三十円、二枚盛りは六十円払うのだが、安くて助かるというか二枚盛りが通常量という感覚にすらなる。

 

天かす追加は口頭で行う。

のだが、そういうのはやっていないのだそうだ。

視界が暗くなって目眩がしそうだ。

だったのであるが、すぐにやっていないけれどやりますと言ってくれた。

そうか、飯田橋店ではそういうローカルルールが通っていたということか。

天かすは二つの猪口に入れられて供される。

 

食券の番号が呼ばれて受け取りに行く。

のだが、注文したものと違う。

親子丼セットになっている。

道理でお釣りが少ないと思った。

この商品はどうやら期間限定のようだ。

ミニ丼ではなくフル丼だ。

だから少し値段が高い。

 

この親子丼の鶏を食べるだろ。

そのあとに揚げ玉を口に運ぶだろ。

そしたら唐揚げになるだろ。

いやいやそれは観念だろう。

 

小諸そばさんでお蕎麦の紹介をしながら、実はここは唐揚げがオススメなんですと運ぶつもりだったのに。

お店の前の張り紙で、鶏の唐揚げ丼って書いてあるじゃないですかと言って、それはテイクアウト用ですと言われている間に誤った食券を買ってしまったか。

いやいや落ち着こうではないか、親子丼は私のもとにやって来てくれたのだ。

入る腹はあるのだから、ミニ唐揚げ丼は追加しよう。

だが、食券機には単品のボタンが見当たらない。

聞くと店員さんがやけに特殊なコマンドで購入してくれた。

さっきの揚げ玉トッピングといい、小回りが利いて非常に好感が持てる。

期間限定の親子丼は、いかにも親子丼といった風だったが、なか卯さんには行きつけていないので、ちょっと比較にならない。

そして、親子丼は月に何度か作るので、自作のものの方が美味しいと感じる。

一方でこのベタっとした衣の鳥からが、個人的には一番好きだ。

鳥天って言えば良いのに鳥から、鳥からなのにからっとしてない、これが良い。

実は冷やしの艶やかさ以上に、これを伝えたくて書いた、今回は唐揚げの回でもあるのだ。

 

卓上の小樽に輪切りの葱がたくさん入っている。

小諸そばさんはこれが使い放題だ、太っ腹すぎて、いや頭が下がる。

一気に大量に入れると、つゆが辛くなるし冷めてしまうので、少し載せて食べるの繰り返し。

思い出したら親子丼をがっついて、つゆを飲んで流し込む。

ミニ鳥から丼は、唐揚げが二つしか乗っていないので、貴重品である。

食後、暑くなったからもり蕎麦を追加して身体を冷やした。

満腹すぎたのか、往年の艶やかさをあまり感じなかった。

ちょっとした歯車のズレで、上手くいかぬ日だった。

久しぶりに、高校生の頃の量を食べることになった。

しかしながら、痩せ我慢ではお蕎麦を食べられない。

何より、お店の方々に救われたような気がしている。

【人生5.0】スーパー美味しんBONUS #000【ONLIFE】

山岡士郎に自己投影するとは馬鹿も休み休み言えと叱責されそうなものだが。

今回は敢えてそれを放言したい。

第一話、豆腐と水。

山岡士郎(27)、とすれば大学を卒業後、入社五年目だ。

それは私が四年間の非正規雇用を抜けた年齢に一致している。

作中、彼は馬小屋ではなく、オフィスのソファに産み落とされる。

私にもその寝心地は骨身に染みて分かるのだが、そんな所で寝ざるを得ない者の心境たるやどうだろうか。

 

この左右非対称の、寝るためではなく座るために造られたベッドが、自分の揺り篭にもなれば棺桶にもなるのだという漠たる予感。

毎晩飲み歩かなければ生きた心地がしないという倒錯した自足感。

金なんて有るから不安になるのだから、有り金は全て競馬に注ぎ込むという歪んだ自傷。

その背景にあるのは山岡士郎自身の仕事中毒とも呼ぶべきものだろう。

作中そのようなことは一切描かれていないが。

 

彼は雁屋哲も花咲アキラも欺いて、ただ独り、自己の血の宿命と格闘していた。

我々読者は、追々そのことを突きつけられる。

「自分が自分でなければよかった、だが俺はどうしても俺以外ではいられない」

彼の嘆きが、まだ未熟な果実がもぎ取られたような絶望が、叫びとなって聞こえるようだ。

 

山岡士郎に、ある重大な感情的欠落、いや彼自身が希望の代わりに匣の最奥に秘匿した何かがあることを、東西新聞社の社員一同とうに察してはいるのだ。

だが、彼らは決して山岡士郎その人ではないから、それが何かを見抜くことはできないし、その心に寄り添って当人の感情を慮ることもしない。

山岡士郎は右足だけで立っている。

食事は左手で箸を持ち、右目は夜の街を彷徨うために、昼の喧騒は左耳で聞き取りさえできればそれで良いとでも思っているかのようである。

彼は誰も傷つけたくないからと、自らに足枷を噛ませているのだ。

 

手の施しようもなくバラバラにひしゃげてしまった男には、何も知らない女が支えになれば良い。

二人は決定的に出遭ってしまった。

栗田ゆう子(22)、守衛の次に出社する配属三日目の新入社員。

東西新聞は女性社員に対する差別意識が強く、雑務ばかりで自分の仕事が進まない。

仕事をこなすことが、今の彼女を成長させる。

成長とは、出来なかったことが、出来るようになることだからだ。

だから彼女は時間の捻出を発明した。

仕事することが勉強なのだということを自覚している。

 

ーー街角を行く人波が途切れると、月明りさえまぶしいね、こんな日はーー

境界線ギリギリの所に彼女はいるのだという。

山岡士郎と出遭わなかったなら、彼女も数年で、どうしようもなく内でも外でもない、此岸でも彼岸でもない、遊びでも仕事でもない、そういう場所に行ってしまっていたのだろう。

栗田ゆう子に胎動した仕事中毒の魔の種は、表面的にはグータラと評される山岡士郎によってその芽を摘まれることになる。

私たちは皆、その後の彼女を知っている。

 

東西新聞社創立百周年記念事業が明かされる。

物語の大きな車輪が、重い音を立ててゆっくりと動き出す。

三つの豆腐、イとロとハ。

三つの水、AからC。

味覚の試験を突破したのは二人だけだった。

「ワインと豆腐には旅させちゃいけない」

山岡士郎は御覧の通りと言いたかったのであって、決して言葉の上で戯れているわけではない。

彼は味覚の本質を手掴みしたそのままの視力で深淵を眺めている。

眼前に広がる光景を言葉で表そうとするならば

あ・は・れ

とか言う、不具な言葉の切れぎれになったような断片だったかもしれない、そうでないかもしれない、どちらでも良い。

だから彼も深淵からのこだまのような言葉を吐露せざるを得ないのだ。

饒舌さを自分自身に赦してやるのは、唯一怒りに身を委ねているときくらいだ。

 

究極のメニューへの挑戦は難航する。

さらに、海原雄山と帝都新聞の横槍で究極対至高の構図が出来上がる。

その記念すべき第一回が十五巻だそうだ。

以降、おおむね一巻に一回のペースで対決が繰り返される。

その頃の作品にはもう興味はない。

 

美味しんぼを我々読者に面白く紹介する、日本一のサイトがある。

その連載は五回までで未完のままなのだが、その筆者はこう言っている。

「アア!あの頃の美味しんぼはギラギラしていた!」

私も同意見である。

だから、手垢がつきすぎたというより最早、手垢でできた握り飯のような美味しんぼ評論に私は乗り出す。

 

ではお待ちかね、今週のクリ子のコーナーです。

日本刀は平安時代にその完成を迎えて以降は、衰退の一途をと辿っているというのが通説らしいが、どうやらクリ子に対しても同じことは言えるようである。

「時よ止まれ、汝は美しい。」

【人生5.0】Junの一食一飯 #002 もり一【ONLIFE】

美談というものがある。

プロになるべくして滑舌、発声、発音の研鑽を積んだが、この美談のイントネーションがいまひとつ口腔に馴染んでいない。

破談の音か、示談の音か分からない、ちょっとどちらも縁起が悪い。

回転寿司のレーンを思いついたのは、ビール工場の流れに触発された発明だという。

これは美談に属すると思われる。

 

最近の回転寿司は、新幹線の模型がお皿を運んでくるところもある。

これは社長がシンカリオンを見たんだろうか。

変形メカが運んでくる日も間近だろう。

どこかにはペッパー氏が応対しているところもある。

 

このペッパー氏(氏をつけているのは、ジィドのテスト氏の影響か、未読)、私は心ひそかにヴェルギリウスとお呼び申し上げている。

英語読みでバージルとなるから、ペッパー氏のスパイスに対してハーブを持ち出したまで。

全部解説すると面白くもなんともないが、こっちの勝手だ。

私はコドモだから、かいけつゾロリのまじめにふまじめを実践しているまで。

遊びで手抜きと不正をする者は、遊びに誘われなくなるものだ。

 

苦しい枕はそろそろ捨てて本題へ入ろう、個人々々に合う枕の用意は難しい。

古よりのジャパニーズファーストフード(発音としてはファストだろうが、表記はファーストに従う)の代表の一つ、お寿司をつまみたくなった。

のではあるが、お邪魔するお店のもり一さんは、都内を横断するような形で、ごく数店舗しかない事をあらかじめお詫びさせていただく。

もとは一皿百円、百三十円、百五十円と経て、現在は一皿百八十円で頑張ってくださっているお店だ。

コロナの所為でまた値上がりした。

コロナめ。

 

もう何年も前、職場の近くにもあった。

同い年の後輩と二人、バスに乗ってよく繰り出した。

長居はしない、というか出来ない。

生ビールを飲み飲みお寿司をつまんで解散。

そんな風な職後の潤いを与えてくれたお店だった。

並んだ空きグラスを下げてもらうようにお願いすると

「飲み放題になっちゃうんで」と笑顔で店員さんに言われたのは今でも笑える。

そこはもう閉店してしまったが、地元船橋にもあるし、以前バンドの拠点にしていた亀戸ベースの傍にもあった馴染み深いお店だ。

 

こちらの特色は、酢飯に赤酢を使っていることで、シャリにはほんのりと色がついている。

味わいも酸味に若干のクセがあるのだが、人を選ぶようなものではないから、ちょいとオツな気分になれる。

流れてくる容器の中にある山葵は多めに取ってしまおう。

それと、レーンの上ににんにく醤油が乗って回っているので、お好みで使われるのが良い。

おみおつけは浅利か海苔だが、気まぐれなメニューもあろうかと思う。

 

席に案内されつつ海苔椀をお願いし、板前さんにはアボカド巻きをお願いする。

レーンの〆鯖を取って露払い、三貫のっていて気前がいい事この上ない。

粉山葵を、むせる寸前ぎりぎりの量、べったりとつけて頂く。

真っ白に〆られた鯖の酸味と、過剰な山葵が口の中でかめはめ波の撃ち合いをする。

ひ、ひ、ひ、思わず下卑た笑いが心の中で巻き起こる。

トリップ感というヤツだ、これは、間違いない。

今鳴り響いているBGMはJ.A.シーザー作曲「さかなクンさんすなわち魚」。

 

頭の中に魚群が到来している間に、アボカド巻きが出来上がった。

中太の巻物で、ネギトロに包まれたアボカドが一緒に入っている。

この巻物は三つに切られ、断面を仰向けにし、さながら蛇の目の様相を呈していて、ときにはちょうど三つ盛蛇目のようになっていることもある。

気取らないお寿司屋さんで、こういう変化球は醍醐味である。

寿司ネタ変化球も様々にあるが、私はコレがあるからもり一さんが好きだと言っても過言ではない。

店舗限定メニューもあるし、ハーフ&ハーフも受け付けてくれるから、数え上げたらまさにキリがない。

さて、数多の中から次を悩む前に、回っている〆鯖をもう一皿取った。

忠臣蔵において、浅野内匠頭は吉良上野介に「鮒侍」と散々いびられた挙句、刃傷に及んだと描かれている。

それなら私は鯖侍が良い。

今日も鯖、明日も鯖、鯖鯖鯖鯖、鯖が好き。

鮪が高騰しても、鯖が食べられれば私は足りる。

海原雄山から、しょせん下魚だなどと罵倒されたって、是非に及ばず刃傷に及ばず。

 

バチ鮪のトロが数量限定で放出される、美味しい。

脂の乗った鰤の腹身が同じく流される、美味しい。

軍艦にたっぷりと盛られた雲丹を取る、失敗した。

忘れかけていたミョウバンの味を思い出すために取ったようなものだ。

そう考えると酔狂な味がする。

うつむいていると泣いちゃいそうになる、強がりで顔を上げる。

壁のメニューを見るフリをして、虚空をグッと睨む。

 

えんがわと書いてあるのと目が合ったので注文する。

こういう時の注文はアドリブが良い。

この感情を受け入れてくれる懐に広さに流されてしまえ。

何頼んだって良いし、何頼んだって百八十円。

好きに食べたら良い、それは制限のある中で最大限の自由。

 

お酒の提供も無いことだし、長居はせずにサッと出る。

同僚という友もなく、酒という友もなく、サッと食べるだけ。

口の中が赤酢の酸味と、お魚のさっぱり感で一杯になった。

サッと出たのは、口の中がさっぱりし過ぎたためである。

だから、向かいの博多ラーメン屋さんに這入って〆た。

 

【人生5.0】Junの一食一飯 #001 てんや【ONLIFE】

十二時過ぎの放課後が来て、家に帰らずゲームセンターへ行っていた土曜日。

当時中学生だった私は、同級生のTと共に船橋のてんやさんでしばしば昼食を摂った。

穴子と海老が載ったやつの、薩摩芋を茄子に変えてもらって、大盛りタレ多め。

Tはそこへさらに卓上のタレをどっとかける、私も悪乗りで同じくかける。

味の濃い所にさわやかなおしんこを頬張る、でまた天婦羅を食べる、食べる。

カラカラになった喉を冷たい麦茶でぐっと潤して、また食べる。

 

てんやさんにはそんなかつての懐かしい思い出もあって、よく行く。

現在バンドの拠点にしている文京ベースにも最寄りにある。

今は定食にして注文する、白いご飯が好みになったからだ。

定食にするには百九十円払う必要がある、どうだってかまわない。

喫煙者が千円になるまでは吸い続けようと思っているのと変わらない。

 

定食には天つゆがつく、これが嬉しい。

ほうれん草のおひたしもつくし、ご飯は食べ放題になる、これも嬉しいが言ってみればおまけだ。

定食にすると、天婦羅を天つゆでも、お塩でも、タレでも食べられる。

選べるというのは幸せなことだ、悩めるというのは贅沢なことだ。

白状すると、人の倍食べたくてタレの塩分を避けたいのが無いではないが。

 

そんなわけで、てんやさんに夕食を摂りに来た。

一番安い天丼を定食にしてもらって、穴子を追加。

他は海老、烏賊、野菜どれも嬉しい。

どうしても鱚の思い出が頭から離れないから、赤魚は変えてもらう。

執着するのは醜いが、無頓着ではいられない。

こちらでは大抵季節の天婦羅を出してくれるから、それは追加する。

春の山菜、夏の真鯛、秋の牡蠣、冬の帆立。

ここは必ず注文するが、他にも季節の野菜などちょっと迷うくらいある。

準レギュラーみたいな鶏天も小回りが利いて良いが、皮つきの腿肉ならより良いのにと思う。

カロリーお化けが出来上がっても別にいいだろう、天婦羅を食べるのは私にとってハレの日だ。

 

穴子は最初には食べない、食べ進める喜びが尻すぼみになるから。

と言って最後にも食べない、冷めて美味しくなくなるのは嫌だ。

のぼせているだけだろう、子の字に濁点は不要と思っているから。

穴子のことを考えていると、なんだか恋でもしているみたいだ。

 

かき揚げは試されているような気がするから敬遠している。

私は天邪鬼だから、かき揚げのあの

「賞味できるのか、お前に」という雰囲気に顔を背けたいんだろう。

高校の頃の生徒指導部長の威厳染みたものを感じて、私のような脛に傷持つ半端者には怖れ多い。

そんなことで誤魔化して、かき揚げ賞味の鍛錬に励まないから、また遠ざかる。

 

だから、何が言いたいのかというと、かき揚げにたっぷりとタレをたらして、ドロドロのべたべたになったやつを頬張って、白飯を一気に掻き込みたいのだ。

否、ビールでもいい、ビールがいい。

思えば、てんやさんで日本酒を呑んだことが無かったな、これは不覚だった。

天婦羅で日本酒、ビールじゃない方のコロナの馬鹿野郎。

 

そんなわけで、かき揚げ丼を追加する。

私は人の倍食べたいし、色々な味を食べたい。

心の中に、異常食欲と変態食欲とが同居していると思っておく。

こうすると天婦羅が冷めないで済む、どうだろうこの策は?

 

しかし、メニューにはかき揚げ丼が見当たらない。

ならば単品でよかろう、定食ならご飯のおかわりもできる。

だが、単品も見当たらない。

生徒指導部長、衝撃の左遷。

みんな同じ思いだったのだろうか、私との再会そして和解もならず。

執着するのは醜いが、無頓着ではいられない。

目を皿のようにして探すと、季節のメニューに「つまみ揚げ」というのがあった。

これだ、ハーフサイズのかき揚げだ、夏野菜の天丼を注文だ。

さて、てんやさんのかき揚げを頂くのも、タレったれを頂くのも久しぶりである。

ちなみに、白いご飯が好きなので、ご飯にタレをかけないでいただきますよう注文した。

ここからはさらに卓上のタレにも存分に御活躍願いまして、頂きます。

ひ、ひ、ひ、思わず下卑た笑いが心の中で巻き起こる。

ラプチャー、というヤツだろうか、これが。

蕎麦をどっぷりとツユにひたして食べるというあの感覚か(もちろんこれは江戸時代の都市伝説であり、蕎麦店の系譜ごとに妥当な食べ方があることは断っておく)。

こんな浮かれ気分の頭を、襟首ぎゅっと掴まれて、ぐんと現実世界に引き戻す力が作用する。

つまみ揚げに含まれたセロリのさわやかさだ。

ズッキーニも米茄子も甘唐も大振りで非常に愉快だった。

 

非日常の満足感を懐に仕舞い、お会計へ。

レジのてんやおじさんに目礼する。

フォールアウトのマスコットそっくりだといつも思う。

ごちそうさまでした、こんな身近な所に美味しいお料理をありがとうございます。

「またの!」そんなふうにおじさんが言った気がした。

 

件のゲームセンター、ゲームフジ船橋はもう何年も前に閉業してしまった。

私も大学の頃には、ゲーマーとしての第一線を退いてしまっている。

当時の相方のふ〜ど氏は今や、日本を代表するプロゲーマーであり、尻職人ことグラビアアイドルの倉持由香さんを奥さんに迎えて本当に良かったと思い、祝福する気持ちに溢れている。

羨ましいんだよこの野郎、ともちょっとだけ思っておくことする。

 

そして、船橋のてんやさんも去年閉店を迎えた。

今、その跡地には、このコロナ禍でもハイボールを平気の平左で出す居酒屋が建っている。

別に、外飲みをどうこう言うつもりはない、“感染しなければ”酒類の提供に何も文句はない、むしろ私を含めた世の飲助たちへの懐の広い対応に頭が下がる思いもある、ちょっとある。

だけど、そんなんなら、船橋のてんやさんを返して欲しいという気持ちのほうがある、もっともっとあるのだ。

でも、誰に言えばいいか分からない。

分からないからこうして書いた。

【カラマーゾフの兄弟】自意識過剰な男たち【探究】

人間よ、気高くあれ!

(ゲーテ『神性』)

フョードル・カラマーゾフは、イワンとアレクセイに向かって

「お前らはまだ、血の代わりにオッパイが流れているんだし、殻が取りきれてないんだから!」

と言い放った。

その時は女性観に関する、酔漢の説教、酒を飲んでのからみだったのだが、彼にとっての女性とはすなわち欲望の対象でもあり崇拝の対象でもあった。

彼にとって神とは金であり、その神聖さを笠に着て女性を隷属させ、酒に酔っては乱痴気騒ぎを起こすのだ。

ケチな男は金を貯めるために金を貯めるが、彼は金の使い方を心得ていた(本文中には当時すでに現金で十億円相当は溜め込んでいたとある)。

「俺はな、アレクセイ、できるだけ長生きするつもりなんだ、このことは承知しておいてもらいたいね。だから俺には一カペイカの金だって必要なのさ、長生きすればするほど、ますます金は必要になってくるしな」

(一カペイカおおむね十円で、当時は物価が現在の十分の一と見做せるので、総合して一カペイカ百円相当とすると、物語を理解しやすくなる)

 

長男、ドミートリイは黄金の鍵が必要だった。

父との再会までに多くの借金もこさえたし、父から金も引き出していた。

彼には二人の女性が関わる。

詳細は後述するので、ここでは聖女と魔女としておこう。

ミーチャ(ドミートリイの愛称)には婚約者がいる。

彼女は聖女で、ミーチャは彼女の父の窮地を救い、女神からの崇拝を受けた。

その父は上官であったが急に毛嫌いされ難癖をつけられていたので、報復として窮地を救わないこともできた(ミーチャは退役大尉で当時は砲兵少尉補)。

聖女を見た彼は、「カラマーゾフ的」な考えに囚われた末に、彼女の父を助ける。

カラマーゾフ的な考えとは、対象への(直接的には父に対してだが、それを歪めて間接的に女性に対しての)憎悪とからかい、および美に対する欲望だ。

私はここに、強烈な自意識を感ずると主張したい。

(次男のイワンはミーチャからの指示で、聖女の元へ使いに向かわされたが、ミーチャは女神がイワンに惚れたと思っている、三男アレクセイはそんなことはないと主張する、これが物語の錯綜を如実に裏付け、我々読者をも惑乱するに一役買う。)

「カラマーゾフ」は自己の徹底的な堕落を美と見なすのだとも主張する。

 

魔女は父フョードルが目をつけていた女性で商売仲間の高利貸しだったが、父は彼女を差金として、ミーチャを破滅させようと目論んだ(実際にはスネギリョフという退役大尉が代理人として仕向けられる)。

代理人を返り討ちにして手酷く暴行を加えたミーチャは、聖女から使いに頼まれた三千ルーブルを持ったままに、代理人を寄越した魔女を殴りに行った。

(一ルーブルは百カペイカであるから、一万円相当と理解されたい)

しかし、今度は魔女から見事返り討ちに遭い、その金を持って二人で豪遊に繰り出す。

魔女の心をモノにするため、二晩かけてその三千ルーブルを使い果たしてしまうのだった。

魔女は気のあるフリをして、ミーチェニカ(ミーチャの女性形)を奴隷同然の骨抜きにしようとするのだが、彼は魔女に屈従する前に三千ルーブル(先述の黄金の鍵とはこのことだ)を聖女へ返済しなければならないと思っている。

なぜなら、彼はカラマーゾフの血による放蕩の呪いに苛まれながらも、愛と誠実に至るからだ。

彼は害虫だったし、そうある事を愛した。

だが、恥知らずではないと弁明する(この時、アレクセイは兄が死刑台の十三段目、自身が一段目と自己分析し、兄と変わりないと言っている)

「考えもつかぬような、悪夢なんだよ、なぜなら、これは悲劇だからさ!」

彼は地獄の渦中にいた。

ドミートリイを再生させるのは何か、聖女か、魔女か、あるいは。

 

次男、イワンは無神論を展開する。

彼は懐疑派ではない、信ずるために疑うのではない。

神もなければ、不死もない、まったくの無だと彼は言う。

誰が人間を愚弄しているのか、悪魔だろうと彼は言う。

そして一つの大いなる問題が現れる。

それでも、イワンはすぐに悪魔もいないと言うのだが、そんな彼が「大審問官」を創作してしまう。

イワンの中に悪魔はあるのか、ないのか、読者の我々には分からない。

それは彼自身にも分からないのだろう。

彼は新聞の切り抜きを夥しいほど蒐集し、神の不在を帰納的に証明する。

「大審問官」は読むものではない、イワン・カラマーゾフの肉声に耳を傾けなければならないのだ。

それは淡々としているか、激しているか、苦悩は無いだろう、ただ確信はあるのだろうか。

 

彼は人生への渇望を「カラマーゾフ的」な一面と分析し、自分も三十までなら若さという渇きにより人生の不条理しか満たされていない大杯を飲み干せると宣言する。

残酷で情熱的で淫蕩な性格を「カラマーゾフ型」とも分類する。

なるほど、カラマーゾフ的な一面である人生への渇望、換言すれば生への執着は父子全員に等しく備わっているようだ。

しかし、イワン自身は決してカラマーゾフ型の性格ではなかった、それは兄であるドミートリイに当てはまる。

彼は、カラマーゾフの血から冷笑および主要素以外のほとんどを引き受け、その代償に何も授からなかった、あるいは無を授かった男だ。

しかし畏れてもいる。

アレクセイの指摘する、放蕩に身を沈めて堕落の中で魂を圧殺する「カラマーゾフの力」が首をもたげんとすることを。

あるいは「カラマーゾフ流」に回避するかもしれない、イワン自身が主張する《すべては許される》の公式を用いることで。

「お前はもう救う気になっているけど、もしかしたら、俺はまだ破滅していないかもしれないんだぜ!」

彼が語る地獄は、眼の前に横溢している。

何も無い、冷笑を備えた男に、再生はあるのか。

 

三男、アレクセイには神の加護がある。

これがなければ、二人の兄たちから、カラマーゾフの血に関する印象を聞き出せなかっただろう。

「絶望で自分をいじめる不幸な人」ドミートリイはアリョーシャ(アレクセイの愛称)を天使と呼ぶ、純真な坊やとも。

「謎ながら嘴の黄色い雛っ子」イワンはアリョーシャを自立していると見る。

(二人の兄同士は互いに「墓石」のように口の堅いイワン、「毒蛇」のドミートリイと言うように好印象を抱いていない。)

ドミートリイが地獄で喘ぎ、イワンは遠くで地獄を眺めている、アリョーシャは話を聞いてやる。

懺悔とまではいかないが、アリョーシャには誰もが信頼と尊敬の念を抱き、様々のことを打ち明ける。

彼は信仰の力によって、彼にとっての最善を尽くした言葉を返してやる。

それも、徹底した綺麗ごとではなく、都度状況に即した実用的な返答を柔軟に返してやることができる。

「世間には、深い感情を持ちながら、なにか抑圧された人々がいるものです。そういう人たちの道化行為は、長年にわたる卑屈ないじけのために、面と向かって真実を言ってやれない相手に対する、恨みの皮肉のようなものですよ。」

これは聖書の言葉であろうか、師事するゾシマ長老の言葉であろうか、それとも作者の言葉であろうか。

少なくとも、アレクセイの言葉ではなかろう、人間の言葉はほとんど受け売りでできているのだ。

救われるか否かは別として。

 

彼は、運命に翻弄される人々の間を泳ぎ、話を聞いてやる。

それしかやらない。

言葉は都度返してやるのだが、他に行動することはほとんどない。

学級委員的優等生であって、決してカラマーゾフ的ではない。

しかしながら、彼自身はカラマーゾフ的な何かを自己の内部に十分に感じている、というのは先にも少し触れた。

カラマーゾフ主要三元素は今までも述べた通り、放蕩、冷笑、そして熱狂だ。

アレクセイはカラマーゾフの血による熱狂の呪いが、修道院での教育に対して建設的に作用し、真実の探求者として自立を果たした。

彼の内部に析出するカラマーゾフ的なものが、未だにごく僅少であるという事は、非常にミステリアスな点であり、登場人物も読者もそのことはアリョーシャ自身の言葉からしか知るすべがない。

アレクセイにもカラマーゾフ的な何かが巣食っているという事。

そして、それは程度の差に過ぎないのだという事。

この点に関して口を挟もうとすれば、おそらく、ドストエフスキーが構想していた本作の第二部、続編において明らかにされるであろう伏線かもしれない。

カラマーゾフの兄弟は、第二部(当時の現代が舞台)の十三年前と設定されている、主人公アレクセイの人格形成とその事件を綴ったものであると、早々に作者の言葉に書かれている。

なればこそ、彼の元には勝利が訪れる。

【カラマーゾフの兄弟】二人の諧謔老人ホーム【探求】

ー わたしの眼に映じたのは、ブラシの影で馬車の影を拭いている馭者の影であった ー

(シャルル・ペロー)

物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

新潮社は『カラマーゾフの兄弟』上巻を以上のように説明する。

その世界文学屈指の名作は、読み進めるのが難解だった。

理由1、80ページ近くある第1編が、上記人物紹介の各論であり、様々な背景が語られるのであるが、背景というのでは今一つ雲をつかむような感じがして頭に入ってこない。

そして、頭に入れられなかったままに読み進めると、今度は人物たちが実際に振舞っている行動の根拠がわからず、現実離れした言動に見え、余計に感情移入できない。

理由2、改行もろくにないままに文章が延々続く、セリフもほとんどが独白に近くこれもまた延々続く、そこへ日本人に馴染みのないキリスト教的信仰が加わる。

それが眠気を誘発し、内容が頭に入ってこない。

ひと言でいえば、『カラマーゾフの兄弟』は退屈なのだ。

その証拠といっても差し支えあるまい、本文手前の4ページ目にこうある。

作者の言葉ーー「もちろん、だれ1人、何の義理もないのだから、最初の話の2ページくらいで本を投げだし、2度と開かなくとも結構だ。」

 

誰かが、この退屈に水を差さなければ、寝惚けた精神は活性化されまい。

だが、誰が。

彼は、ひどく古びてがたぴし音がする辻馬車に乗ってやって来た。

頽廃期の古代ローマ貴族顔負けの鉤鼻を引っ提げて。

超然と睥睨する瞳の奥に、嘲笑を湛えた猜疑心はまだ輝きを失っていない。

フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフその人である。

今は、彼が2人の前妻をはじめとする数々の女性に対する、恥知らずという言葉では足りないほどの無礼と暴力には目を瞑ろう。

おそらく、あまりの凄惨さに、筆者が詳細を説明することを極力避けている節があるからだ。

疾風怒濤の第2編「場違いな会合」は、長兄ドミートリイが父との財産に関する調停を、町の修道院の長老ゾシマを仲人として取り決める目的で催される。

「今、長老さまのお目を汚しているのは、本当の道化でございます!これがわたしの自己紹介でして。昔からの癖なんですな、ええ!ときおり場違いな嘘をつきますのも、わざとやることなんです。みなさんを楽しませて、気に入られようというつもりでして。人間やはり、気に入られなけりゃいけませんからね、そうでしょうが?」

 

ほとんど無一文から出発した零細地主、婚約者の持参金と不動産を狙うしかないやくざ者、そんな男がこう切り出す。

どこの馬の骨とも知れない不逞の輩には、幼少期から居場所がなかったのだ。

居場所がないなら作ればいい、彼は地主だったがそう思ったに違いない。

勉強ができる、運動神経がいい、おもしろい、小学生男児はこのどれかのステータスを身に着け、人気者になるべく人生ゲームの賽を投げる。

フョードルもまた第三の格を選んだのだった、自己の生存環境を諧謔の中で育むことを決意したのだ。

周囲からの嘲笑を我が身に引き受け、揶揄の矢面に立つことを買って出た。

夜な夜なコニャックを呷りながら、彼は自分自身にこう聞かせたことだろう。

「誰からの買い手もつかない《恥》の大安売りだったもんだから、買い占めてきたんだ。今度は俺がこいつを配って回る番さ、受け取ったほうが赤っ恥をかくんだからとくと御覧じろ。奴らが俺をあざ笑う何倍もの歓喜を込めて、文字通り笑い飛ばしてやらあな。なに、最後に笑う者が最もよく笑うRira bien qui rira le dernier(注 17世紀フランスの哲学者ディドロの小説『ラモーの甥』にあるフランスの諺、1805年にゲーテが独語訳している)だ!」

だが、こんな空想上のセリフに彼を動かせるだけのエネルギーはない。

 

「汝を育てし乳首は幸いなるかな、特に乳首こそ!」

「そう、あんたはそのとき食事をしていた、だけどこっちは信仰を失ったんですよ!」

「立派な雌犬じゃないか!」

「ききましたか、え、神父さんたち、父親殺しの言うことをききましたかね?」

道化を演じているうちに、道化になり果てた男は言葉を続ける。

フョードル、フョードル、嗚呼フョードル。

我々は知っている、本文2ページ目にすでに書かれていた事を、フョードルが非業の死を遂げるのだという事を。

「そりゃひょっとすると、あの女は若いころ、環境にむしばまれて身を持ちくずしたかもしれないけど、でも《数多く愛し》ましたからね、数多く愛した女はキリストもお赦しになったじゃありませんか……」

「あんた方はここでキャベツなんぞで行いすまして、自分たちこそ敬虔な信徒だと思ってらっしゃる。ウグイを食べて、1日に1匹ずつウグイを食べて、ウグイで神さまが買えると思っているんだ!」

神から授けられた天寿を、自身の内燃機関にくべながら、真っ暗で不吉な線路上を機関車は横死へ向けてひた走る。

一言一言に唾をまき散らすことを忘れることなく、この半気違いはすべて計算づくで行っているのに、自分がどこに向かっているのかは漠たる予感しかなかった。

 

修道院におけるフョードルの怒りと羞恥が「攻」ならば、それら全てを捌き切る「守」の役割を果たした人物が居る。

彼は全てを赦し、人間心理に通暁し、未明の闇に一条の光明を差し込ませ、触れる者を皆救済へ誘う。

彼の洞察と彼の言葉を、世人はことごとく奇跡であると見做すほどだ。

若かりし日の彼もまた赦しを乞い、救済を得、修行の果てに長老となった男、ゾシマ。

フョードルの如き、ゾシマにとっては、泣く子をあやすも同然なのだ。

「何よりも、そんなにご自分のことを恥ずかしくお思いにならぬことです」

「飲酒や饒舌にふけらず、情欲に溺れず、とりわけ金の亡者にならぬことです」

「大事なのは、いちばん大切なのは、嘘をつかぬことです」

「腹を立てているうちに、それが楽しみになり、大きな満足感となって、ほかならぬそのことによって、しまいには本当の敵意になってゆくのです……」

結局ゾシマの言葉は、フョードルにとって観念でしかなかった。

フョードルが改心することは死ぬまでなかった、つける薬がなかったのだ。

しかし、カラマーゾフの兄弟たちには再生が待ち受けている。

ただ、その話は次回以降に譲ろう。

 

「攻」と「守」とが、修道院での激突を終えた。

あやされた泣く子の一方的な敗北かに見えた。

フョードルはその晩、コニャックを飲みながら、ゾシマに対する痛烈な批判に及ぶ。

手玉に取ったのはゾシマでは決してない、フョードルが「取らせてやった」と言うわけだ。

洞察力を得るのは信仰のみにあらず、悪徳から得た洞察力の復権を宣言する。

「しかし、あの長老には諧謔があるな」

「育ちのいい人間にふさわしく、あの長老の心の中には、聖者を装って演技せにゃならんことに対して、ひそかな憤りが煮えくりかえっているんだよ」

「これっぱかりも信じてないさ」

「あの長老には、何かメフィストフェレス的なところがある」

 

フョードルは敗北を喫していなかったのだ、勝利こそしなかったが。

敗北も勝利もせぬままに死を迎えることとなった。

道化の死は、兄弟の誰かに決定的な何かをもたらす、目を逸らしてはならない。

そして、ゾシマ長老の身も病に蝕まれつつある。

ゾシマの魂は勝つか、勝利とは何か、目を逸らしてはならない。

【カラマーゾフの兄弟】カラマーゾフの兄弟を読んで【探求】

たぶん、神様はいないだろう。

だけど、いなかったらやり切れないだろう。

一寸の葦にも五分の魂の意気込みなのだ。

踏まれてすぐ死ぬ虫としてでなく。

この魂が死んでから、おつかれさんの一言もなかったら、やり切れないではないか。

誰に祈れば良いというんだ、目に映る様々の葦たちが、今日踏まれても明日立ち上がれるようにと。

僕が言うのは洒落ではない、ましてや冗談どころの話じゃない。

先日、オリンピック期間中の5日間で開催された能楽祭へ行った。

旅の僧が目の当たりにする美しい景色、その光景に因縁を持つ『残念』がささやきかけ、僧は祈り、本来の姿を取り戻した魂は感極まった舞を披露し昇華する。

そんな舞台を連日ぼんやり見ていると、ふと、当時の旅の僧と、現代の僕たちとを同一視してしまう、そんな感傷に浸った。

当時と今との違いは信仰だ、僕たちはその信仰をもうほとんど忘れ、めいめいが新しい信仰を死守するのに必死になっている。

もちろん、そんなことは感傷に過ぎないのだけれど。

 

神があるかないか、そのシンの所で、僕には信仰が無いから沈黙する。

その沈黙に耐え切れなくて、言葉にすがろうとする。

果敢なく虚しい努力が、藁みたく脆弱な問いを掴む。

ならば、現代風に考え直してみるのだ。

互いの心は分かり合えるか否か、という問題を。

 

分かり合える、分かり合えない、心なんてない…答えはいくつもある中から、その半生をかけた努力によって勝ち得たものを掴んで実践しているはずだ。

しかし、僕が知りたいのは「どう生きるか」ではない。

「どう生きるべきか」が知りたくて煩悶する。

 

燃え上がるような恋愛をしているから。

全てを捧げて奴隷に堕ちたいと願っている。

あるいは、世界中を敵に回しても成就させたい恋だ。

その後は、一寸の虫みたく死んだってかまわない。

他者の眼には、そんなもの恋とも愛とも映ることはないだろう、きっと当事者たちにも。

それを地獄と呼んだって差し支えない。

「乞食、それも特におちぶれ貴族の乞食は決して人前に姿を見せたりせず、新聞を通じて施しを仰ぐべきだろうね。抽象的になら、まだ身近な者を愛すことはできるし、時には遠くからでさえ愛せるものだけれど、近くにいられたんじゃほとんど絶対にだめと言っていい」

次男のイワンは、カラマーゾフの血から冷笑および主要素以外のほとんどを引き受け、その代償に何も授からなかったような男だ。

彼が語る地獄は、眼の前に横溢している。

だから彼は、神が創ったというこの世界なぞ認めない、到底認められない。

その通りだ、僕も思う。

ならばこの世界で、どう生きるべきなのか。

 

羞恥心とは誰に向けてのものなのだろう。

他者の眼、に向けてのものでは決してあるまい。

嫌悪の眼差し、好奇の視線、平静を装っている目など様々だ。

結局のところその瞳の奥にある、その人の心に、自分自身がどう映るだろうかという、いじらしい想いではあるまいか。

その想いを抱いて、いや自分がこんな光景を観たらこう思う、だからきっと誰もが…と陥る思考の隘路だ。

ここから脱却するために足搔かないのならば、諦めてあるいは無関心になってしまうのであれば、心の問題に結論を出してはならない。

さもなければ、何でもありになってしまうではないか。

『全てが赦される』とは気取った言い回しだ。

 

それを神の視線と仮定しているのかもしれない。

本当に良心が無いから得しているように見えるのか、僕の見ていないところで良心の呵責に苦しんでいるのか。

見せているにもかかわらず、それが僕に見えていないのか。

この視線が、他者に向いているようでいて、結局自分の内面を見ているのでしかなかったとしたら。

こんな堂々巡りを繰り返す。

誰かが言う、そんな感傷付き合いきれない、と。

 

お互いの心が分かり合えるかどうか、実際に付き合ってみなければならぬ、経験してみなければ、往来で車に跳ねられるような生の経験として、人と付き合わなければならぬ。

小林秀雄は心の問題をこのように掴んだ。

この捨て身の方法で、書物の中から作家の姿を垣間見ようとした。

対象が骨董品であったとしても、その内的美は外在化せねばならないとした。

ならば、特殊な背景を持たない他者はいないのだから、僕は一般論で会話してはならない。

なぜなら僕は精神科医ではないのだから、僕たちの会話は事情聴取ではないのだから。

そして、僕たちには、僕たちの語彙がある、僕たちの文脈がある。

僕たちは共にそれを創り上げていくことができる。

 

カラマーゾフの血による放蕩の呪いに苛まれながらも、愛と誠実に至った長男、ドミートリイの言葉を以て結びたい。

彼は地獄の渦中にいた。

「だけど、惚れるってことは、愛するって意味じゃないぜ。惚れるのは、憎みながらでもできることだ」

【人生5.0】ドストエフスキー探究 序【ONLIFE】

ー フォン・ゾーン、どうしてこんなところに残るんだい!今すぐ町の俺の家へこいよ。うちは楽しいぜ。せいぜい一キロかそこらだ。こんな植物油の代わりに、子豚に粥を添えてご馳走してやらあな。いっしょに食事をしようじゃないか。コニャックをやって、そのあとリキュールだ。いいイチゴ酒があるぜ……おい、フォン・ゾーン、せっかくの幸せを逃すなよ! ー

(フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ)

友人に非常な文学好きがいて、彼はドストエフスキーに救われたと言っていた。

「人生どう生きるべきか、悩んでいたときによく読んだ。」

「人生は素晴らしい、祝福されるべきものだと知ることができた。」

酒を飲みながらの熱っぽい語り口には感心させられた。

一方で自分は、文学の世界はまだ垣間見た程度だが、小林秀雄はよく読む。

その小林秀雄は昭和8年、31歳で『「永遠の良人」』(原題『手帖』)を文芸春秋に発表、以来30年以上に渡り作品論を発表し続けている。

還暦を過ぎてから本居宣長を10年以上書いていた小林秀雄が、脂の乗り切った若かりし日からの30年以上をドストエフスキーに費やしているというのは驚きだ。

何せ、家の便所の棚に第三次全集が揃っているから、第五巻『ドストエフスキイの生活』、第六巻『ドストエフスキイの作品』の両冊は昔から知っている。

だから手が出せなかった、ドストエフスキーを読んでもいないのに、小林秀雄で読んだって何になるだろうかというわけだ。

ページ数が短くて知っている題から、『徒然草』『平家物語』『失敗』『カヤの平』そこら辺から『考えるヒント』読んでいるのはそんなところである。

そしてそれで十分だと思っていた、考えるヒントの『忠臣蔵Ⅰ』以降に、思想と思索の深淵のようなものを、おっかなびっくり山頂まで行って少し覗くことができたと思っているから。

だから『モオツァルト』『ゴッホの手紙』『近代絵画』無論『本居宣長』も未だ通読は果たしていない。

そんな自分が『友人との会話の中に、俺たちの語彙をドストエフスキー から仕入れたい』そう思うようになっていったのだ。

 

突然だが、8年間のバンド活動が休止になった。

新曲制作が佳境に差し掛かり、感染拡大防止措置のリモートセッションはもう意味を為さないという判断によるから、宣言が明ければ再開する。

代替のミーティングも無しで、毎週の活動がふっと消えて無くなったのだ。

つまり、バンドに夏休みがやってきたというわけで、なら夏休みの自由研究を行おうと俺が提案した。

よって、行うのは「ドストエフスキーをテーマとした読書感想文」である。

そして、読み終えている作品は『賭博者』だけだし、これに関して書く必要性を認めない。

ただし、『罪と罰』『白痴』『悪霊』は上下巻を買い、既に1/4程度は読み進めているし、さらに『未成年』をすぐに購入予定だ。

これら長編4作品は「同時進行で読み進め、同じ機会に結末に達する」という読み方を課すことにした。

もちろん、時間がかかるので、夏休み中にこの読書実験は果たせないだろう。

しかしながら、『カラマーゾフの兄弟』を今、中巻の半分以上まで読み進めているし、この調子ならあと5日ほどで読破できると見積もっている。

夏休みは『カラマーゾフの兄弟』で行くのだ。

長編4種は四半区切りずつ、連載形式で綴る。

 

昭和14年、小林秀雄は文学界に『「ドストエフスキーの生活」のこと』として出版に際しての、ごく短い執筆後感を文章にしたものを発表している。

その引用で、序を結ぶ。

ーこの次には「ドストエフスキイの文學」という本を書こうかと思っているが、いつになるか、わからない。どういうものになるかもわからない。わからないから書くのだ。それが書くという奇妙な仕事の極意である。ー

【人生5.0】サンドイッチは手巻き寿司【ONLIFE】

しょうもない休日をセルフで盛り上げる。

最近は毎週、なんらかのツマミを作っている。

ハムサンドって大好き、ファミマもセブンも。

ローソン、動線に無いけどハムサンド好き。

よし、これ作って飲もう。

ハム>バター>きゅうり

だいたい千円ちょいだった。

金かかってりゃ不味く出来ても美味く感じるんだろう。

そうだろう…。

前の晩に冷蔵庫に入れなかったバターがいい感じだった。

誰が何と言おうと、パンに塗るバターは室内放置なのだ。

ということをアプリオリに俺は知っている。

固まっていたらと思えばぞっとしてしまう。

ファミマのハムサンド、きゅうりは1.5mm前後だろうか。

写真左は及第、右は落第。

挟んじまえばおんなじだろと思いつつ。

口の中で厚みのムラは気になるのでね。

掴んだ切り方のコツは、

足腰を使って刃を落とすこと(笑)

バターを塗った面の上に辛子マヨネーズも塗り、具を載せる。

挟めば見えないし、食えば一緒なのに、不思議ね。

こういう仕事してると疲れちゃうぞ(笑)

辛子マヨネーズは目分量で混ぜた。

味薄かったら嫌だなと思い、辛子マヨネーズを追加で生成。

きゅうりとハムの間に付着するように塗った。

ついでに、ハムとハムの隙間にも残りを。

作業中に卵を水から茹でておいた。

白身と黄身の境界が硫黄で黒ずむ事がなく、

見苦しく無い卵サラダができた。

フォークを使って潰し、マヨネーズを好きなだけ。

さらに重要なコツは

塩を適量入れる事。

これでボヤけた味でなく、キリッと引き締まる。

下品な厚みにならないように、載せる。

余白はなるべく無いようにしたい。

具は余っても美味しい、いくらでも食える。

なので作りすぎには注意したいところ。

しかし、これで50円しないのは格段に安い。

これが社会の裏側です。

これが社会の実相です。

蜥蜴の尻尾、味のしないガム、つまり、もぎ取られた徒花。

写真の倍量出来ています、美味しかったです。

具材の安定感が悪いので、二口で食べなければならなかったのが残念。

ハムサンドが珠玉です♪

全くファミマの味=辛子マヨネーズの味(笑)

サラダ用の薄切りハムを買ったから、倍量入れて良いかと思う。

ピクニックに行くアテは無くても、ビールのアテにはなりました。

そして、その夜は、祭りの後のようなツマミで晩酌(笑)

表舞台には立てなかった奴ら、弔いました。

それでも気分はゴキゲンです、楽しい。

なんかもう、サンドイッチって手巻き寿司なんだなって。

せっせと挟んでみたり、何してたんだろうって、笑える。

あと、冷蔵庫の残り物で作れ俺。

コンビニのキッチリ2倍の値段はかかりすぎだゾ、と。

【人生5.0】イングリッシュな美味いブレックファストを【ONLIFE】

大切なのは中心に添える温かい卵料理、今回はオムレツに挑戦。

入れる具材で、何種類ものバリエーションができることを知った。

自然と連想されるのは、まるで有機化合物が持つ生命力だ。

欲張ってプレーンでは無いものを作ろうと思う。

でも、初挑戦で台無しにしたくもないから、できるだけシンプルなので。

タマネギだ、さつま揚げの中でも美味しい信頼感

チーズをたっぷり入れ微塵切り器にかけ、オリーブオイルでふつふつ加熱。

水分が飛んだら、ちょっとしたグラタンみたい。

三個分の溶き卵に混ぜ込んで、熱したフライパンへin。

この量の具が入ってしまうと、制御が難しく苦戦だ。

「わたしが大地をすえたとき、お前はどこにいたのか。」ヨブ記 38:1-7

オムレツ状の形は諦めたが、サイズ感はまとまった。

日本が誇るウィンナー、シャウエッセンの紹介はするだけ野暮。

焦がしてしまうのが嫌だったから、切り込みを入れた。

2つ目のフライパン上でずっとジリジリ言っている。

様子見にひっくり返すと思わず「ウヒョ」って声が漏れた。

さて、これに釣り合うベーコンはどうか。

ベーコンって、スーパーに売ってる物以外になると青天井だからね。

贈答用の伊藤ハム?うーん。

けど、売り場にはそれなりに美味しそうで値頃な商品もありました。

 

ジャガイモは調理が面倒だし慣れていない。

だけど、買ってあります業務スーパーの冷凍ハッシュドポテト。

滅多に油使わないけど、今朝は揚げ焼き、心が躍る。

大フライパンをオムレツからバトンタッチ。

残った油で椎茸をソテーします。

マッシュルームなんて無いですからね。

ここは日本、代わりに素敵な四季があります。

大フライパンでは最後にトマトソテーを作ってお仕舞い。

これは本当に初めて作りました。

思い切って強火で良い感じになるように寄せていきます。

ずーっと気になってたハインツのベイクドビーンズは売り場に無し。

甘い豆は俺の朝食に合わない、ここはチリビーンズで手を打とう。

ウォッチメンのロールシャッハはこれを缶からそのまま食っていた。

“Fine like this”って言いながらね。

後はさらに、キッパー代わりの鯖の塩焼きとか。

他に必要なのは、ブラッドソーセージでしょうか。

でも、ま、そこら辺は割愛でね。

そう考えると、日本人さん、あまり動物の血を食用にしてないのね。

台湾の血豆腐とか大好きだけどね、僕。

最後に紅茶とトーストを用意して、本格的な英国スタイル。

否々、本格的なジャパニーズスタイルでゴキゲンにブチかまそう。

豚汁は昨晩仕込んでおいた。

それと白飯、これで完成。

ニンニクは買い忘れた。

【人生5.0】コント#03【ONLIFE】

Jun「愛のあるパワハラはパワハラじゃないよな!」

Jun「ハイ!」

Jun「愛のあるパワハラはパワハラじゃないんだもんな!!」

Jun「ハイ!」

Jun「そうだよ、愛があればパワハラじゃないんだから。」

Jun「ハイ!」

Jun「だから、俺のパワハラは、ね、愛なの!」

Jun「ハイ!」

Jun「お前良いね、毎日俺の愛にタダ乗りできて。」

Jun「ハイ!」

Jun「それでさ〜、何かアレなんだよね〜。最近俺、いいねしたり褒めたりしたいんだけどさ〜、口から出てくるのは不平不満ばっかりなのよ。」

Jun「ハイ!」

Jun「だからお前に対してもさ、こういうパワハラくそ野郎じみた事ばっかり言うわけ、お前の前向きで大きな声したハイ!って言葉に対してもよ。」

Jun「ハイ!」

Jun「だってお前、俺が何言ったってハイ!だもんな。」

Jun「ハイ!」

Jun「自分の頭で考えて無いんだもんな。」

Jun「ハイ!」

Jun「俺が死ねって言ったら死ぬんだもんな。」

Jun「ハイ!」

Jun「じゃあ死ねよ。」

Jun「ハイ!」
窓から飛び降りる

Jun「これで清々するよ。」

Jun「だけど話し相手も居なくなっちまった。」

Jun「アイツ俺の言う事何でも全肯定だったな。」

Jun「アイツの事死なせといてナンだけど、俺生きてる意味あんのかな。」

Jun「職場でもグチグチ言って不満のタネを他人に植えて。」

Jun「俺と関わってると陰口言ってるって思われるだろうな。」

Jun「いよいよ人が寄り付かなくなるのが分かるわ。」

Jun「他人との関わりなんて無くても生きられるけどさ。」

Jun「今半端な関わりがあるだけに無くなると辛いんだよな。」

Jun「俺、他人に挨拶するのが好きでさ。」

Jun「でも挨拶できない他人を見ると無性に腹が立ってさ。」

Jun「笑い飛ばすのと唾吐くのと何がどう違うんだろ。」

Jun「どうして俺、言っちゃいけない事言うのこんなに好きなんだろ。」

Jun『飛び降り自殺したのは俺の方だった…。』

Jun『焼身自殺にしなかったんだ…。』

Jun『首に縄括って腹切ったわけでもない…。』

Jun「意気地無し。」

Jun『でも生きてる。』

Jun『生かされてる。』

Jun『死に損なった。』

Jun『でも誰も殺さずに済んだ。』

Jun『人殺しとして死ぬのは選べなかった。』

Jun『でも死んでない、殺してもいない。』

Jun『もう一回生きてみよう。』

Jun『また一から貯金すれば良い。』

【人生5.0】焼肉奈落家族#01【ONLIFE】

Jun「今職場出た!今日も肉買っていくわ!」

バンドの集まりがリモートから対面に移行したものの、飲み屋はどうせ21時には閉まってしまうので、不肖TechnoBreakのシェフことJunが近くのジャパンミートでお肉を買って振る舞う流れを作ろうとしていたのでした。

店舗に入るなり、特価コーナーお1人様2点までのチューブにんにくゲット!

そして、焼くのにバター、500gの厚切りステーキ肉でお会計を済ませました。

そんな矢先。

Sho「今夜はもんじゃが良いって」

Shun「今夜もんじゃ行こ」

TechnoBreak白山ベース近所のもんじゃ屋さんが提議され、2対1で即可決の模様。

Jun『こうなりゃ、もんじゃ屋の鉄板にコイツをのせるか…。』

どうなる焼肉奈落家族!?

どうもこうもなりません。

その日は新企画The ONEの作業の後、19時前にはお店に入って、飲み放題で特製もんじゃ3人前、他各一品ずつなどで平和裡に退店。

その後、基地に戻ってセッションなどして夜は更けました。

肉はどうなる??

Junは毎週土曜の会合で基地に泊まって、翌朝休日出勤。

この日(今)は肉を連れて職場に来ました。

『人の気配がするな…この人員、あ!イベントがあるのか!』

人影がちらほらするので、堂々と肉の調理が出来ません。

なんなら、調理風景の写真も撮りづらい感じです(苦笑)

挙句、調理器具(いつものレンジ用ラーメン茹で容器)を持ってるところを同僚から

「朝ごはんですか😄」とか言われて

Jun「ステーキ焼くんだよ!」とも言い返せません。

ジップロックに肉入れて、エバラ焼肉のたれに漬けるじゃないですか。

中の空気抜くのに、先述の容器に水張った中に沈めるじゃないですか。

殺しでもしてるみたいなんですよ、マジで!

奥に見えるのが、袋ラーメン調理容器です。

後日コイツの真の勇姿もお見せ致します。

さて…レンチン調理では臭いが拡散して注意を惹いてしまう。

いや、待てよ…。

電子レンジの隣にあるじゃないか。

電子調理器が!

というわけで、象印の電気ポットへin!

80℃近辺で30分放置!

言われた通り二重にしておいたんで何とかなったが…。

う〜ん、ケチるんじゃ無かった。

今度からセブンのバックはやめてジップロックにしよう。

しかし、美味くなさそうだなオイ。

さっき殺しでもしていたかの様な肉々しさはとうに無くなり、肉汁の一切を放出した後のようなガチガチの肉が出来ていた。

しかもこれ、なんちゃってローストビーフって事だから、一旦冷蔵庫で冷やしてから食べるんだと。

まぁいいや、家で家族と食おう…。

その日の業務を満身創痍の体で終え、帰宅。

いやいや、犬なら喜んで食うんだろうけども><

肉の扱いが不味い調理師は縛り首だな(俺)

さて…。

おっ( ^ω^ )

中はそれっぽい♪

緊張の一口…。

いやいや、カッスカスだこれ!

ん、でも…2、3切れ食ってると別の感覚。

あ!生干し肉って感じだ!!

なんだそれは。

しーゆーねくすと

【人生5.0】境界性と観るSociety5.0【ONLIFE】

糞CIETYじゃねーか!

Jun「急にどうした?」

Jun「まぁ、読んでくれ」

真っ黒なサングラスをしたキッズ(成人済み)がエキサイトしている。

自動車後部座席で、眼鏡一体型HMDを使用してサッカー観戦をしていたようだ。

運転席には誰も居ない、自動運転でハンドルが左右に動いている。

シアターモードを解除すると、少々残念な素顔が顕になった。

TSUMUGU FCが先制、薄膜型仮想ディスプレイに表示される。

ここでタイトル「Connect future〜5Gでつながる世界〜」

庭先から見上げた空が映し出され、ドローンが向こうへ飛んでいく。

 

Jun「ねえ、ここまで20秒、あと3分以上あるんだけど」

Jun「いいじゃねーか、読めって言ったのお前だろ」

Jun「でももう書くのメンドくさくなってきた」

Jun「書くのが担当だろ!!」

ここでお爺さんお婆さんが登場、淹れたお茶を飲んでいる。

お爺さんは手元の端末で先ほどのドローンに進路変更の指示を出した。

お婆さんは和室の姿見鏡越しに医師から検診を受けている。

「すぐに良くなると思いますので、安心してください」

深々と頭を下げるお婆さん、そばには2人の孫たちと撮った写真。

 

Jun「それほど遠くない未来。あるところにお爺さんとお婆さんがいました」

Jun「お爺さんは家の端末を操作しドローンに指示出し」

Jun「お婆さんは家の鏡越しに検診に行きました」

Jun「なんかいい話じゃない、近未来おとぎ話」

Jun「まあ、最後まで読めって(苦笑)」

「この景色に合う曲に変えて〜」

後部座席のバカっぽいキッズが変な声を出す。

「分かりました」

イヤフォンからオペレーティングシステムの無機質な音声が返事をする。

不具合を装って山道から転落させられるのに、バカに対しても敬語だ。

何故か感じるAIの悲哀。

 

Jun「オイ、主観入れるのヤメろ!」

Jun「全4分あるうちまだギリ1分経ってねえからさ…」

田舎道の途中、自動運転車から降りて寄ったのは朝日屋商店。

いわゆる田舎のコンビニである。

キッズだがこんにちわの一言くらいは言えるようだ。

しかし、返事は無い。

店番は留守にしているのであろうか、あるいは…。

キッズお構いなしに小袋の菓子、板チョコレート、ペットボトルの麦茶を取って店を出る。

既視感満載の演出で、キッズの腕時計に会計処理が伝達された。

¥482円

 

Jun「おい待て、物価どうなってる」

Jun「うるせえな、先書けよ!」

Jun「でもこの頃の消費税は42%くらいになってるから嘘…」

Jun「また主観じゃねーか!続けろ!!」

店を出てぶらぶら始めたキッズ。

外国人バックパッカーが話しかけてくる。

どうやら道に迷って困っているようだ。

「ちょっと待って」

カナダ人相手に日本語でこれである。

近未来キッズは語彙にWait a second.も非搭載で効率が良い。

代わりに先ほどの腕時計が聞き取り、イヤフォンが翻訳を伝える。

これだけ見せれば後は十分。

道案内の様子は後ろ姿だけを写して終わる。

 

「すぐ準備するから、大丈夫だって」

ここでトラブルか、誰かと通話が始まった。

「大丈夫じゃないってば」

「もうすぐ着くから」

「昼過ぎに着くって言ったじゃん」

相手は写真にも居た姉だろう。

こちらは近未来芦田愛菜とでも例えようか。

都内アパートの一室、全身無印用品といった風情の部屋にいる。

田舎道は夕焼け空だが、一方で都内の天気は雲行きが怪しい。

「わかってるって」

にへら面でチンタラ歩くキッズ、お前さっきまで乗ってた車どうした。

反省している様子が一切感じられず、視聴者の怒りは沸点へと着実に上昇を始めている。

「てか今どこにいんのよ」

「ねえ、ちょっと」

芦田愛菜が視聴者の代弁者だ。

キッズの意図、というよりこの動画のコンセプトがイマイチ分からない。

近未来ガジェット満載なのは良いとしても…。

「ちょっと待ってて」

キッズ、さっきからこんなのばかりである。

だが…。

垂直浮遊型360°レンズ搭載カメラを投げ上げ、周囲の風景を芦田愛菜に送信。

受像は腕時計型端末を経由して、芦田愛菜の網膜一体ディスプレイに投影。

分裂症収容所のような一面真っ白の部屋の中でも同じ景色を見る事ができる。

 

姉の苛立ちをカネと技術で解決したキッズ。

辺りはもうほとんど夜だ。

お婆ちゃんが呼ぶ声が聞こえる。

こうたと言う名前らしい。

「遅かったねえ」

「ごめんごめん、色々あってさ」

「どうしたの急に」

「えぇ?てかさ腹減ったよ婆ちゃん何か作ってよ」

Society5.0に於いて、遅刻という観念は最早ない。

なぜなら、そこは理想郷だから。

換言すれば、新しい価値やサービスが次々と創出されているから。

 

Jun「オイ」

Jun「何?淡々と書いてるのに」

Jun「Society5.0の揶揄がしたいだけだろ」

Jun「違う違う違う違う、揶揄はただの芸風!先行こう」

縁側に祖父母の二人を呼び出し、座らせたキッズ。

周辺には電球を吊るし、特別な夜の空間を演出している。

「これかけて」

眼鏡一体型HMDを両者に手渡す。

「何にも見えないよ?」

「まだ何にも見えないよ」

 

Jun「オイ、ここ」

Jun「うるせーよw俺らの芸風なわけねえだろww」

キッズが芦田愛菜をホログラムで呼び出す。

「お爺ちゃん、お婆ちゃん、元気?」

「おぉ〜、なんだよ」

お爺ちゃんは近未来技術の洗礼を受けてたまげている。

「今日は仕事で行けなくてごめんね」

ここで、近未来にも仕事はあるという現実が知らされる。

だが、彼女は一日中、待っているばかりで労働をしていたようには思えない。

サナトリウム染みた真っ白の部屋に居ただけ。

嘘も方便ということだろうか。

 

「今日は何の日か覚えてる?」

「何の日?」

お爺ちゃんお婆ちゃん、お互いに向き合うもいまひとつピンときていない。

「じゃあ、バンドもカモン」

キッズがホログラムをさらに呼び出す。

ドラム、サックス、ベース、ギターの四名だ。

全員揃って、金婚式おめでとうの掛け声。

キッズはトランペット、芦田愛菜はキーボード。

ここはレイテンシー問題の一切が解決された未来だ。

賑やかなスカの演奏とともに老夫婦の笑顔が映し出される。

5Gのコンセプトロゴ、画面暗転。

総務省ロゴ。

Jun「で、このストーリーをどう読み取れと」

Jun「まぁ、聞けよ…
これはお爺ちゃんお婆ちゃんが施設で見させられてるヴィジョンだから!」

Jun「全身からチューブ出てる?」

Jun「オイ!俺を超えるな!」

Jun「貴方に脳内物質届けます、だからYou Tube」

Jun「悔しいからこれ以上巧いこと言うの止めてくれ!」

Jun「by糞務省」

Jun「その心は?」

Jun「スカが流れた」

 

では、ご覧ください。

【人生5.0】真希波・マリ・イラストリアスについて【ONLIFE】

先日、バンド一同でシン・エヴァンゲリオンを鑑賞してきた。

筆者のJunは新劇場版の全てを劇場で複数回観ている。

長かった、家庭を持たない自分はこれでやっと死ねるという気がしている。

バンドでの鑑賞の時点で二度目、その後もう一度観た。

Shunメンバーは全てが未見だったが、一ヶ月程度かけて自宅の大画面でシリーズを鑑賞してから来た。

短期間にあれを全て観ると言うのは非常な努力だったように思われるが、名作に対しては苦労以上に喜びが勝るものだ、それが名作でありさえすれば。

ShoメンバーはTV版を含めて全てが未見だった。

人類で稀少なサンプルになるはずなので、強く希望して参加してもらった。

さて、ここから先はネタバレになりすぎない程度に書こうと思うが、当然核心を突くような私見が入る。

そのため、シン・エヴァンゲリオン未見の方はお引き返しいただきたい。

観終えたときに去来したのは

この作品のテーマは、碇シンジが大人になる物語である

と言うことだ。

劇中、登場人物たちは口々に碇シンジの成長を認める。

本人もそのことを強く自覚し、その意志の力で行動する。

そして声変わり。

そうだ、あのシーン、あの最後のシーンは

我々旧世代オタクたちはその先へ行くこと罷りならぬと言う絶縁宣言だ。

ネオン・ジェネシスは我々各自の履行によってのみ成し得る。

では、新劇場版において、マリは一体どのような役を演じたか。

四作目、シン・エヴァンゲリオンによって我々観客はそれを垣間見る事ができた。

クリストファー・ノーラン監督のインセプションは筆者のJunの中でもBest 10に入りそうなくらい好きな映画作品である。

インセプションを二、三回観終えて

これは渡辺謙が綾波レイの役を演じているな

と、渡辺謙ヒロイン説という着想を得て満足した事があった。

(シンにおいてはミサトとリツコの関係にワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド様の美しい友情の形を見たのだが、共感できる立場にいないのでその比較に関して述べる事はしない。)

だから単純だ、同じ発想でマリは今作のヒロインとなった碇シンジを救わねばならない。

気分次第で見方を変えれば、単なる人手不足を女手で補っただけ。

これは好意的なエヴァファン、マリファン達ならば簡単に思い至ったことだろう。

良い女、知的でミステリアス、さらに挑発的で胸が大きい。

非の打ち所の無い存在であるからして、新劇場版にシンと冠する上でほとんど最重要人物、ファン達が諸手を挙げて歓迎すべきヒロインと言える。

しかし、筆者のJunは好意的なエヴァファン、マリファンとは言い難い。

4作を通じて振り返ると、Qが一番であるような気がしている。

この記事を読んでいる方、居るとも思えないが、あなたはどうだろうか。

シンを観終えて

分かるエヴァはエヴァとは言えない

という発想が頭から拭い切れない。

エヴァが分かるとは、自分も大人になったものだ。

小学生の頃には解説本なんかを立ち読みしていたのに、今はこのように考察という体で書き記しているのだから。

ともかくQが一番だ。

序も破ももちろん良い、だがQだって一着争いに堂々参戦できる。

Qは特にエンドロールが一番良い、シリーズ最高に良い。

あの90分は桜流しの前座だと信じてやまない。

つまり筆者のJunは悪意あるエヴァファンである。

自分にとって一番の性癖は脚である。

それが拗れて、CAPCOM V.S. SNK2のボスキャラであるルガールが好きになった。

CAPCON側は豪鬼ではなく、やはりベガでもって応戦すべきだったのにと思っている。

ルガールのジェノサイドカッター対ベガのダブルニープレスで脚技頂上決戦が見たい。

そんな中高生の頃から自然発生的に顕現していたのがルガール、ベガなどに対しての初老フェチだ。

つまり筆者のJunは冬月コウゾウファンである。

ヴィレクルーを翻弄し、ゲンドウと共に在り続けたシンの展開、全てを肯定できる。

清川元夢さんが演じ続けることができるかどうかは無視できない問題なので、神殺しの間接的トリガーは冬月であると思っている。

前置きが長くなりすぎた感があるが、そこで本題。

マリである。

渚司令とリョウちゃんを差し置いて、なによりもまずマリである。

ゲンドウ君と冬月先生と呼ぶのだ。

結局、全員関係者だった。

一番遠いのはむしろアスカくらいなものだ。

ゲンドウの回想シーンにも似たシルエットの女性が居た。

アスカが評したコネメガネとは、真希波タイプの初期ロット程度の認識だったので正しいのだろうか。

むしろ本人ではなかろうかとすら思われるが、寿命や老化は?

真希波とはマキナ、つまり機械仕掛けのサイボーグだったのか。

だから歌は懐メロと言うか、我々の世代以上に昔の曲が多かったのか。

そして冬月が放つ「イスカリオテのマリア君」である。

聖書ネタは様々に見立てがなされ、最低限の知識がないと着いていけない物語が多すぎる。

世界一のベストセラーだから、共通の話題として当然と言えば当然だが。

そこでマリアと言えばまず聖母マリアないしサンタマリアその筋、イエスの母を指すものだ。

次にマリアと言えばマグダラのマリア、一説には罪深い女として指されるマリアだ。

冬月が「マグダラのマリア君」と呼んでいれば、視聴者一同驚愕のはずだ。

マリがどのような罪を犯したのか、その一切が語られていないから。

関係者としてゲンドウを対象にした罪だったのではなかろうかとするのが自然だが…。

だが、実際には「イスカリオテのマリア君」と呼ばれたのだった。

イスカリオテのと枕詞が来れば、ユダと引出されるのが通常である。

そして、イスカリオテのユダと言えば裏切り者の代名詞。

真希波・マリ・イラストリアスは作中の裏切り者であったと言うのだろうか。

こうして、マリに対する疑いの目を向ければ気付く事がある。

初見では無理だろう、筆者のJunは三度目で気付いた。

冒頭で、この作品のテーマは碇シンジが大人になる物語だと述べた。

シンの中に、巧妙かつ自然に組み込まれた展開がある。

「好き」と伝える事だ。

この事は、成長ないし老化の過程で上手く気付くか、思い知らされるかして、意識的に実践もしくは決別しなければならない。

仮称アヤナミレイに好きと伝えられて立ち直った碇シンジ。

14年前の感情が好きと言うものだったと、死を覚悟したアスカから伝えられたシンジ。

エヴァの呪縛からアスカを救った際にはシンジの口から、同じ思いを返していた。

ついでと言うかダメ押しで、葛城ミサトの息子に対するシンジの印象も同様だ。

マリだけだ、好きと言わなかったのは。

では、マリは誰を、何を好きなのだろうか。

イスカリオテの裏切り者を理解する核心はここにあるのか。

結論。

宇部新川で新たな生活を始めた碇シンジは、遅かれ早かれ衰弱死するだろう。

世界中の書籍を読み切るという野心を持ったマリ、そんな女が通常の恋愛というか人生ごっこで満足しようはずがないではないか。

もう、信頼された他者を手酷く裏切る事でしか性的興奮が得られないのだ。

だからその快楽のためだけに生きている、あとは読書で十分。

生粋の冬月コウゾウファンの、これは戯言だろうか。

これは真偽未確認の事なのだが、と前置きしてこの先を蛇足する。

様々な感情入り乱れた初回観劇からの帰路、こんな話を聞かされた。

「マリの眼鏡って何だと思う?」

どうせ監督の趣味で、ウルトラセブン辺りから拝借したデザインだろうと、表層的な返事を私はした。

「あれって、ユイさんのメガネをマリが盗んだものなんだって」

「マリはユイが好きなのに、ゲンドウとくっついた嫉妬だって」

「しばらくしたらマリは留学することになって、餞別に貰った」

 

だから嬉々としてイマジナリーのユイを殺したのだと、そう考えられないことも無い。

【人生5】光なき闇の問わず語り#010【ONLIFE】

「やっと来たか。」

「待ってたんだ。」

「何か分かったか?」

「月並みな事だけ。」

「時間がかかった。」

「回り道を選んだからな。」

TechnoBreak Junにはいくつかの人格がある。

顧客の前で相応の振る舞いを演じる人格。

オフィスの中で同僚のウケを狙うピエロ。

猜疑心の塊で他者の嘘を鋭敏に看破する誰か。

悪意の無い殺意で自他諸共罰する自傷者。

自分でも驚くほど残酷で直視するのも嫌になる自分。

その中から単純にポジティブな部分とネガティブな部分に限定して、ここ数ヶ月の文章記事をそれぞれ任せてきた。

緊急事態宣言の間は、自宅で可能な活動として幅を広げるためだ。

単純に、週刊ペースの記事は2倍になった。

とはいえ、それらの質はどうなっただろうか…。

noteに旅立った光を惜しんでいる第一回
エヴァの影響を受けたような謎の3コマ漫画文章。
短文ながらも全体的に死の色彩が強い。

光の喪失を未だ受け入れられない第二回
どこで聞き齧った言葉を散らしているのだろう。
そして、犯清とは誰なのか。

タイトルによるミスリードの第三回
この記事は食レポではない、決して。
居酒屋の死を自分自身に重ねていることを見落としてはならない。

本格的な食レポ、第四回
そんなはずはない。
食欲の異常は、書き手の精神状態の異常を示唆しているのだ。

レジェンズ初登場かつおそらく最後の第五回
「人生」においてオムツを履く時期は二度ある。
この記事がどちらを指しているかは明白だろう。

遂にと言うべきか、人格噴出の第六回
全ての証拠がここに揃っている。
そして、最終回まで残り回と告知される。

第七回は、恒例の(?)クイズ回。
光の不在を最早何とも思っていないようである。
統合された人格のJunが相対的な光を演じているようだ。

気付いてしまった第八回
西田幾多郎に責任転嫁したいだけなのか。
はたまた本当に気付いてしまったのであろうか。

前回はとうとう禁断の職場ネタという第九回
これはねえな(笑)
笑うしかないし、笑うに笑えん。

ここで闇Jun3コマ漫画文章です。

 

「俺が守るのは、管理職のクソ業務命令じゃない!」

それは勝手だが一体何を守るのだ、失うものは何もないではないか。

「俺は、俺の一度失われた人間性を守る!」

上手くいかなかったからこの有様なのだ、没人間が今更何を言うか。

「人生は一度きり。だが、やり直すことはいつからでもできる!」

だが、砕ける前に、いくらでも心の持ち様はあったではないか。

 

光「ピピーッ、ピピーッ…アッ!!」

時速100キロの猛スピードで後退してきたトラックが管理職を轢き殺した。

光「ダ〜ミだよ〜、そんな所に居ては〜!」

光「あ〜らら、せんざんきみたいにペッタンこになってしまった…」

それを見ていた闇Junは、両手で自分の胸を押さえる。

闇「これが…ファック管理職」

光「闇Junにはまだ無理よ」

そうだ、殺意を正当化するのは、いつだって純粋な正義の心だけだから。

 

Q

「忠臣蔵って赤穂事件て言うのか」

「目には目をって悲しい道徳だな、ハンムラビ法典は何千年も昔の事だけど

「よき侍二人死にて、鎌倉殿に損取らせ奉らん。俺はこっちだな」

「正義とは何かね」

「全く」

光「で、今回が第十回、最終回か」

闇「久しぶりだな」

光「今回は総集編じゃないな」

闇「………」

光「遺書のつもりか」

闇「冗談キツいぜ、俺に死ねと?」

光「闇のつもりが病みなんだろ、人生5ONLIFEもう止めにすれば」

闇「…刺し違えはしても、自殺はしない」

光「それがいいな、それが解っただけでも」

「さて…」

俺はTechnoBreak Jun。

特技は声優ごっこ。

趣味は文学。

では最後に新曲です、聞いてください。

 

 

部屋の中うずくまる
壁伝いに抱き寄せる
薄暗い部屋にいる
首を振ることになる

暴力を受け入れる
悲しみさえ飲み込める
それは愛の形じゃない

焦燥感に駆られてる
独りの夜居られない
声を上げる理由がない
首を縦に振る

偽りの自己犠牲
自己満足の献身
それは愛の形じゃない
イラマチオは要らない

イラマチオは要らない
イラマチオは要らない
イラマチオは要らない
ただそばにいたい

イラマチオは要らない
イラマチオは要らない
イラマチオは要らない

イラマチオは要らない
イラマチオは要らない
イラマチオは要らない
ただそばにいたい

イラマチオは要らない
イラマチオは要らない
イラマチオは要らない

【人生5】光なき闇の問わず語り#009【ONLIFE】

え〜、人事が出ました!

今夜はその絡みでますます精神分裂に拍車がかかってます…。

TechnoBreak Junの闇です、闇Junです。

この変態豚野郎(挨拶)

そんな俺は変態クソ野郎。

純愛路線の切望者。

俺の望みはアイツの望みさ。

ついに行く道とはかねて聞きしかど。

俺に使える魔法といえば、

言霊遊戯のエピゴーネン。

詩人気取りの犯罪予備軍。

あるいは盲目、

あるいは献身。

Vooid, Void, Void空洞

Vooid, Void 蜃気楼

闇Jun
「番組では人を殺してその肉を食ったエピソードを広く受け付けていま〜す」

「境界性ラジオパーソナリティ障害やめろ!!」

 闇Jun「え〜、先ずは船橋市にお住まいのラジオネーム裏筋さん」

「先ずは??!」

闇なのにそのくだりカットかよ、優しさか?

闇Jun「ところで俺が職場で毒吐くとよぉ、連中返す言葉で

「言い方w」

とかほざきやがるんだよぉ。

言葉は俺の肉体なんだから言い方もクソもねえんだ思考停止のクソ偽装就職者どもが!!って思うんだぁ。」

闇Jun「狂っているのは俺か世界かどっちなんだぁ」

苦しいんだ俺は!

早く楽になりてえ!

でもこの状態を離れて創作活動にはならねえ事がよく分かってんだよぉ!

こないだシン・エヴァンゲリオン観に行って三度も泣いちまった!!

まともじゃねえってこと自分が一番良く分かってんだよぉ!

言い方が悪いのも当然だろうが、こんな俺の言葉なんざ!

バ〜ニラ、バニラ、バニラ囚人

バ〜ニラ、バニラ絞首刑

Jun「正解!!」

闇Jun「えっ??」

約束の時間まで残りわずか。

TechnoBreak Junは何を望むか。

TechnoBreak Junの願いは叶うのか。

【人生5】光なき闇の問わず語り#008【ONLIFE】

西田幾多郎は「善の研究」において、主客合一という事を掲げている。

主客合一。

あなたはわたし、わたしはあなたという事だろう。

だから職場では、奴らに最大限の協力をしてきた。

求めを察し、求めに応じ、求められている以上を提供してきたつもりだ。

それが今やどうだ。

俺は境界性パーソナリティ障害なのではないかとすら思う。

2) 私は気が狂うのではないかと恐れている

3) 私は自分を傷つけたくなるときがある

4) 他人との親しい個人的関係を持つのを恐れている

9) 私の内面は空虚だと思う

10)自分の人生を自分でコントロールできないと思う

11)たいてい私は孤独だと思う

14)私は記憶力に問題がある

16)私の周りには何か壁があるような気がする

22)自分が何かを演じているように自分を見ている

26)人間関係の中に入ると私は自由でなくなってしまうように感じる

27)誰も私を好きにならない

29)他人は私を「物」のように扱う

30)何か変な考えが頭に浮かぶと私はそれを取り除けない

35)誰か他人の責任を負うことは怖いことだ

36)自分が他人に必要とされている人間だとは感じない

37)私は真の友人を持っていない

40)私は友人をつくることが下手である

44)私は残酷な考えが浮かんで苦しむことがある

46)私は長く友人づきあいが出来ない

47)私は自分を憎んでいる

49)私は時に「自分は生きている」と自分で言い聞かせている

この想起を得てから頭が重いのだ。

自分の頭を引きずっている気すらある。

だから俺は虚空に相槌を打っていた。

【人生5】光なき闇の問わず語り#007【ONLIFE】

アイゼン・はうあ大統領
「はうあ!今何かが光った…。」

馬鹿に核ミサイルを持たせるな!

これがおじいちゃんのミサイル神話、ミソロ爺だ!

Jun「では次の問題です!3高とは、高学歴、高収入、あと一つは何?」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「高エネルギー反応!」

Jun「パターン青ではございません!」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「高配当?」

Jun「財テク夫人じゃございません。」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「高コレステロール!」

Jun「オリジン弁当牛ハラミ焼肉弁当ではない!」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「肉の味がしなかった。」

Jun「タレでご飯を食べさせるのは絶対注文しない!違います。」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「高レート裏麻雀列伝!」

Jun「御無礼、違います。」

Jun「では次の問題!この輪っか何だよ!!」

闇Jun「クンニリング!」

Jun「単数形やめてください。」

闇Jun「すは使役の助動詞だから。」

Jun「正解ぃ!」

Jun「では次の問題です!明智光秀を主人公とした昨年の大河ドラマ、何が来る?」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「変態豚野郎が来る!」

Jun「私情を挟むのはやめてください、違います。」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「ストーキング野郎が来る!」

Jun「私情を挟むのやめてください!」

Jun「では、次の問題です。淡白なお魚の代表、タラ。こちらを美味しく頂くための究極レシピは何でしょうか?!」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「にんにくですか?」

Jun「違います!」

Jun「次に行きます。」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「土屋だお。」

Jun「バカっぽい!まだ出題もしていません!」

Jun「では出題します!大五郎、ビッグマンに次ぐ大量に飲ませるペットボトル焼酎売り出すならどんな名前?!」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「王大人!!」

Jun「死亡確認ではございません!」

闇Jun「はい!」

Jun「はいTechnoBreak Junさん!」

闇Jun「ムッシュ・ゴルチェ?」

Jun「?じゃねーよ、違います!」

Jun「デス・ヴィレッジと言えば」

闇Jun「死村けん!」

Jun「正解!!」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

闇Jun「えっ?」

Jun「「「「「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」」」」」

真っ直ぐに伸びる時間軸に沿って、俺と言う俺たちが一斉に振り返る。

その様子を俺は目で追っている。

つまり、俺たちが。

【人生5】光なき闇の問わず語り#006【ONLIFE】

闇Jun「どうも、塩こん肉屋(ブッチャー)です。おすすめレシピはざく切りチーズキャベツ。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、アムロ霊です。ニュータイプ並みに取り憑きます。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、アインシュタインです。修行するぞ。修行するぞ。修行するぞ。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、クフ王です。黒くて太くておおきい苺です。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、精子だったころのお前です。卵子に入るの辞めてやろうか!」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、韓国料理店のママです。主にとはママの意味です。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、エジプト最古のパピルスです。自分でも自分がよく分かりません。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、芳醇モッツァレラです(股から)」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、ナイル川の西側です。三途ことナイルです。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、どもっ、どうもどもどもどもどうも。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、忍者です。忍んで殺すぞ。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、パン生地です。ブログに書かれたパン記事です。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、田代まさしです。いや〜、帰ってきて欲しい。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、居眠りしてました。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、犯罪直樹です。倍 返 し だ !」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、水から生まれた水子です。あ〜、どっこらしょ。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、国民的未来のネコ型ロボットです。間違えて核ミサイルのスイッチをひみつ道具で出しました。」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、ワクチンです。痛いか!」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、Dame館です!抗い切れないダメ感を持って来ました!」

「カエレ!」

闇Jun「どうも、エッチなチェ・ゲバラです。Hentai。」

「カエレ!」

闇Jun『俺は、あと何回この惨劇を繰り返せば辿り着けるのだろうか。』

闇Jun『あと、五回だけ、それでもダメなら諦めよう…。』

光なき闇の問わず語り

終了まで残り

【人生5】光なき闇の問わず語り#005【ONLIFE】

アイゼン・ハワワ大統領
「はわわ…押してしまった。」

馬鹿に核ミサイルを持たせるな!

これがおじいちゃんのミサイル神話、ミソロ爺だ!

はい今週もやってまいりました、TechnoBreak Junの闇です。

こちらサイレントヒルは早朝4時半、新聞配達のバイクが聞こえます。

光の方が随分活き活きしているので、こっちも存外闇れそうですな。

しっかし開幕早々オカマが出てきてびっくりしたわ!

何なんだこのリアルサイレントヒルは…。

リアルサイレントヒルじゃねーか!

しかもフロントで待ってた俺の顔を見るなり

「キャッ、びっくりした!」

だからね(笑)

開幕早々オカマが出てきてびっくりしたのはこっちだわ!

レジェンズ-大日本特殊工作員列伝- File001

唯一の男、ムーニーマン

「で?」

闇「は?お前出落ちの言葉遊びにそのリアクションは何も生み出さねえぞ。」

闇「ヘイトじゃねーか、それは俺に対する遠回しの。」

闇「攻めるねえ、コンプラぎりぎり抵触に誰も気づかない路線からのハッキング。」

闇「それと俺は詩人だからお前らの言うコンプラが何を表しているのか逆言葉狩り的でスゲー不愉快だぞ。」

闇「よりによって外来語に多義性を持たせるんじゃねーよ漢字でもねえのに。」

闇「お前のことは追放してやるからこのパンパースユニバースから。」

最後はおなじみ、闇Jun3コマ漫画文章です。

 

森「ベシッ!」

「???」

森「ベシッ!」

「これお前あれか、志村けんの…デシ男?」

「これヤベえことになるヴィジョンしか見えねえ!」

森「プロジェクトにはチームで当たるベシッ!」

「うっ…まともな人だった。」

「守だから…?」

 

闇喜朗「呼んだ?」

「帰れ!」

「帰れTechnoBreak Jun!」

Jun「病喜朗になるぞ。」

しかし大いなる精神の副反応に耐えきれず沈黙を破ってしまう。

チーン(SE;筆舌に尽くし難い問題発言の数々)

 

→ 人 々 の 心

心優しいShoメンバー
『大丈夫、僕だけは傍に居るから。』

我々はバンドとして数多くの楽曲を記録として残してきた。

だから恐れる、人々の記憶に止まらないということを。

ならば敢えて言おう、去れよ心よ。

この肉を以って、相応しかれ我が心よ。

じゃあ、今週もオヤスミマン。