【九月号】棒切れ #005 一週間の詩【キ刊TechnoBreakマガジン】

現場でゲラゲラ月曜日

ダメな事ほど面白い

会社でカラカラな火曜日

イヤな事なら断ろう

カンナビ吸い吸い水曜日

世界も誰もが笑ってる

マリファナもくもく木曜日

あの世でパーティ開いてる

きんたまキラキラ金曜日

あんまり巧いと言えないね

土壇場で土下座の土曜日

大切な人に優しくね

お日様にこにこ日曜日

独断、偏見、差別と人権

お日様にこにこ日曜日

偽善、必然、自虐と叛逆

【号外】アイルランドのエリザベス【キ刊TechnoBreakマガジン】

その日も一杯機嫌で家の鍵を開けた。

二十三時過ぎなのに、居間の明かりが点いていた。

ただいまと声をかけると、奥から母が足早にやって来た。

私は、ああ、と直ぐに察した。

母に告げると、そうだと言う。

その日はそのまま、就寝した。

Guinnessババァが死んだ。

その一週間前、母がしきりに私を施設へ見舞いに行かせたがった。

コロナになって以来、一切面会謝絶の状態だった。

去年の夏に規制緩和がなされたが、それもすぐに再規制され、私は顔を合わせる機会を失ったままだった。

祖母は二年以上、帰ってきていない。

祖母は何度も骨を折った。

大好きな水森かおりのライブ会場入り口で、向こうからきた自転車にぶつけられたとき。

同行していた叔父は某企業の会計監査までしているのに、その際は加害者を放免してしまった。

あれで脚を悪くして以来、家の中でも転ぶようになった。

しばらくしてから玄関で転んだとき、落差のある土間へ向かって落下し扉に頭を打ちつけ、頚椎にヒビが入ったという。

それでも死ななかった。

頭はずっとずっとしゃんとしていた。

横になっていることが多くなったが、よく一緒にビールを飲んだ。

祖母の寝床は台所兼居間に敷かれていた。

私はそこで料理して、晩酌する。

「アタシにも一杯ちょうだいよ」

と言うので、コップ一杯に入れる。

「もう良いのよ」と遠慮する祖母はかわいらしい。

喉を鳴らして、良い飲みっぷりである。

起き上がって水を飲みに行くのが億劫だったのだろう。

生き返るとか、寿命が延びるとか言っている。

俺より長生きしてくれなきゃと言って、二人で笑った。

最後の転倒も家の中だった。

横に倒れてしまって、また大腿骨を折ったらしい。

入院となったがここで揉めた。

祖母の年齢で麻酔をかける手術をすると、負担が大きく危険だと医師が言うのだ。

折れたままでは歩けなくなるが、手術をすれば死んでしまいかねない。

不死身の祖母を信じていたから、親には手術を勧めた。

手術は成功と伝えられ、当時の私はほっとした。

以来、面会謝絶である。

半年経っても会えない。

一年経っても会えない。

もしかすると、祖母は既に亡くなっていて、私にだけその事実が伏せられているのではあるまいか。

手術は失敗したのではないか、ならば私が祖母を殺したようなものだ。

そんな疑問を投げかけるたび、母は私に、手術は無事成功して今は元気に歩けるようにリハビリしていると言ったものだ。

十年くらい前、朝起きて居間へ行くと祖母が死んでいた。

仰向けになって痩せた首筋をあらわにし、虚空へ向けてぽかんと口を開けていた。

私はすぐにわっと泣いて祖母を呼んだ。

思い出しても泣けてくる。

眠っていただけの祖母は目を開けて不思議そうにしていたが、私から話を聞いて笑った。

そんな話を嬉しそうにしていたよ、と母から聞かされた。

「亡くなってしまったら俺も後を追うから、世界で一番好きな人だから」

母はきっとあれをいつまでも覚えていて、私に事情を伝えないつもりなのだろう。

一週間前までそんな気がしていた。

やっと見舞いに行くと、祖母はベッドの上で寝ていた。

あのときと全く同じだった。

違うのは、呼びかけても起きないことと、もう以前の容姿は見る影もないこと。

それから、いびきとは言えない、さりとて風が吹く音でもない、おぞましい寝息。

眠っているならそのままにさせておけばいい、と必死に呼び続ける母を制止する。

介護士の方がその様子を見て、祖母の胸元に手を当てて苗字を呼んだ。

母がその人々を『看護師』と呼んだのがたまらなく不快だった。

私は母から、祖母がいるのは介護施設ではなく病院だと吹き込まれていたから。

祖母が目を開いて、私は笑顔になった。

鳥のような手を握りながら、よく見えるように顔を近付け、手をふる。

もう口の中に一本しか歯が残っていない。

「何か言ってるよ」と母がもらす。

確かに、さっきまでとは違う声ならぬ音を、私も聞き分けた。

祖母は、目の前にいるのが、いつもの来訪者と違うらしいことを判断したのだ。

そう信じて、その場から逃げるように部屋を出た。

また来ようと思ったが、不死身の祖母は亡くなった。

この二年間で、祖母はゆっくりと死んでいった。

十年前は突然だったけれど。

今日まで少しずつ少しずつ、忘れまい忘れまいと、その死を受け入れている。

享年九十七と聞いているが、最低でもあと五十年は生きていて欲しかった。

私の心の中で、生き続けてもらわなければな。

こうして文章にしてしまうのが、俺の弱さ。

これから死ぬまで、不意に思い出すことだろう。

船橋ノワールという小説を書いている。

主人公は私の地元、船橋だ。

その架空の船橋には、作者の私に所縁ある人物を散らしてある。

大好きだった祖父も、両親も、幾重にも切断した自分の人格もそこで生きている。

しかし不思議なことに、祖母を想定していなかった。

だからきっと、不死身のババァが無双する。

不死身のババァがビール飲んで嗤う。

【九月号】酒客笑売 #005【キ刊TechnoBreakマガジン】

宜敷君がこの町を書くと言うので、私もこの町での飲酒を書く。

数十年前のことは知らないが、一体全体、この界隈に寿司店が林立していたなんて話はにわかには信じがたい。

西船橋駅構内の立ち食い寿司によく行く私だが、駅から一寸離れた回転寿司の銚子丸の方が落ち着けて美味しいのだが滅多に行かない。

飲んだら帰るだけ、と言うのが確定するから駅から離れて飲むのがイヤなのだ。

だから、海神の寿司屋(現在は二軒ある)には仕事帰りではなく、家にいるときの夜に行く。

しかし、いくら美味しいお魚を提供してくれるとは言え、私は回らない寿司屋で一人酒をするような真似を滅多にしない庶民派だ。

だって、ねぇ、這入って瓶ビールにお刺身を付けてもらって、焼き物から特上握りなんて、高くて美味しいのは当たり前だもん。

お寿司を食べたければスーパーのパックのお寿司で十分。

お寿司屋さんには、真心を頂きたい時に上がる。

その代わり、彼処へ行けばほやの刺身に期待できる。

「あき」という居酒屋さんだ。

お寿司屋さんは二軒あるのに、海神に居酒屋さんはこの一軒しかない。

正確に言えば、他に二、三軒あるのだが(例の海神亭は他所で述べられているので除く)常連や店主が社交的に過ぎるので。

宴会客が来ていれば例外だが、あきさんは落ち着いた雰囲気の店舗で、私はその例外に遭遇したことは無い。

それなのに寂れた様子を感じさせない、通りに面した門構えも堂々として小綺麗な、亭主女将さんお子さんの心地良いお店だ(ここの路地裏には如何にもといった渋いお店が一軒あるが、這入ったことは無い)。

その日のお刺身の後には、カキフライとか豚キムチとかを続ける。

だからここでは瓶ビールばっかり飲んでいる。

品書きの短冊の中で目を引くのがカミナリ豆腐、これは豆腐のチゲ鍋みたいなやつで、またビールが進む。

こないだあきさんにお邪魔したら、カウンターに以前の顔見知りがいらして、懐かしいというより照れた。

十何年も前に、他所のお店でたまにご一緒することがあった程度なのだが、以前と変わらぬ美貌の持ち主だった。

もう閉めてしまったが、京葉銀行の目の前に「龍馬」というお好み焼きなんかもできる居酒屋さんがあって、仄暗い灯りのカウンター席で飲んだっけ。

その次にお店へ上がると、「よぉ、屰ちゃん、こないだはウィスキーを(キープしていた物だ)カパカパ飲んでたぜ。」とマスターに指摘され恥ずかしかった。

何せ、小学校の同級生の父親なもんだから。

女性の前で酒豪気取りして泥酔という悪癖が改善されるまで随分長くかかった。

マスターはビートルズが好きで、興が乗るとアコースティックギターで披露してくれた。

太くて噛み応えのある沖縄のもずくとか、どこにでもあるような焼き鳥が偲ばれる。

濁り酒を初めて飲んだのも其処だった。

良いお店というのは立て続けに消えていくらしい。

龍馬と同じ頃に、線路沿いの「なかにし」も店仕舞いした。

其処は独りで行くのも良いが、誰かを連れて、どうだ美味いだろと自慢したくなるようなお店だった。

良いお店というのはいくらでもあるが、自慢したくなるようなお店というのは滅多にない。

寿司店で出すような中トロなんかは良いとして、季節の秋刀魚は半身を刺身、残りを塩焼きにして食わせてくれるのがニクい。

カキフライは小ぶりのやつ二個をまとめて揚げて出す、これもニクい。

食通気取りの大将が能書きを垂れる、これは要らない。

かつては二、三軒の銭湯があり、どこで一っ風呂浴びるかその日の気分で決められるような町だった。

で、流した汗の分ばかり、一寸一杯引っ掛ける。

駅の隣に虫食いみたいな駐車場があるが、その辺がまさに飲み屋街の入り口で、混雑していた。

「大門」なんて言うギリシアなら大いに畏れるような名のお店。

店名に反して、背と腹がくっつきそうなくらい狭く横長で、それはもう串一筋五十年と言った気概の大将と女将さんで切り盛りしていた。

タン塩、レバタレ。

九九より早くそちらの方を先に知った。

此処と銭湯さえ残っていればと悔やまれるが、どちらも遥か昔に閉業している。

大袈裟なようだが、だからこそ地元に縛られない生き方になったのかもしれない。

いや、待てよ。

親父は私が生まれたから地元に、私がいるこの地に縛られたのか。

週に二日の銭湯通い、第三の場として、龍馬や大門を選んでいたのか。

現在、私が飲み屋さんに顔を出すと、「北一の禍原さん」とか「禍原さんのご子息」とか呼ばれる。

潰れてしまったお店ばかり書くことになったが、こうしていると、自身の死のイメージと重ねてしまいがちになる。

たとえばここにホワイト餃子船橋店があったなんて事が、もう何十年かすれば忘却の彼方に追いやられてしまうだろうかのように。

だけど、私が父から受け継いだものを、私から受け継ぐ命を授かる事を見落としてはならぬ。

私は行かないが、商店街にも新しいお店が少しずつできているのに似ている。

シリアルを売る珈琲店やカフェバー。

もしも未来の我が子が其処に行っても、禍原の名が知られておらず、良い遺産を残せていないだろう。

商店街は、海に掛けているのか、水曜定休と取り決めているらしい。

駅の向こうにはアントレという洒落たケーキ店がある。


#005 地元は飲食博物館 了

【九月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #005 船橋 海神亭【キ刊TechnoBreakマガジン】

地元船橋で一番餃子が美味しいお店はどこか。

その判断はしかねる。

船橋も広いので全食制覇は難しいし、その割にほとんどがハズレだろうという感覚を持っているから。

例えば、『よく行く』美味しいラーメン屋さんの餃子は、注文するに値しないことを知っている。

さらに東武と西武の抗争よろしく、南翔饅頭店と鼎泰豊とが睨み合っているのが船橋だ。

この地には餃子だけではなく、小籠包も花開いたようである。

しかしながら、ここに来たら必ず餃子を注文する、というお店がある。

そこの餃子が、世界で一番美味しい餃子なのだ。

もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)、紹介したくないお店を書く。

土地の規模が違うから街中華、ではなく町中華となる。

カウンター九人程度(が埋まっているのを見たことはない)、奥にテーブルが確か二人用一組(座ったことはない)。

ガラリと引き戸を開け、奥へぐっと細長い店内だ。

年季の入った朱色のカウンターが、当然褒め言葉だが、小汚い便所のような空間に延びている。

店主は寡黙だが愛嬌のある面構えで、高齢の割に挨拶の声に張りがあるのが良い。

その名もずばり、海神軒という。

数十年前、ここ海神には何件もお寿司屋さんが建ち並んでいたという。

今となっては只二軒ではあるのだが、うち一軒の大将が言うには、この海神軒さんが最長老だということらしい。

僕はお寿司屋さんでガリの使い所が分からないながら、そのお店では海神軒さんの良い評判を聞いたことがある。

そんなわけで、世界で一番家から近くて、(僕の)世界で一番美味しい餃子を、(この頃は色々なお店で食べ歩いているため)久しぶりに食べに行った。

実は、前回の麻布皇竜さんを訪問してから、そう日が経っていないのだ。

皇竜さんの餃子一つが、紛れもなく海神軒さんの餃子一皿、すなわち四百円で五個入りなのである。

引き戸を開けて、定位置、手前から四番目の席に着く。

「いらっしゃい」穏やかな声色のマスターがメニューを差し出してくる。

「瓶ビールと餃子ください」受け取ったメニューは脇へ。

女将さんが瓶ビールとグラスを出してくれる。

すかさず、小皿のキムチ。

それからグラス二杯、ものの二、三分で餃子が提供される。

ひだ少なめのやつが、油でしっとりぬれて、きつね色に焼き上がっている。

僕は、餃子のタレで論争を引き起こしたいなどと思わない。

ただ、好みの調合があるだけ、エキストラドライのタレにする。

何だって良いのだ、もう付属の餃子のタレを使わないのだから。

すなわち、海神軒さんの餃子の下味がしっかりしているということだ。

熱々のやつを、火傷しないように半分かじりつく。

しんなりした皮が、ほくほくの餡にからむ。

味付けは強めの甘みが印象深く、香味野菜の風味が鮮烈だ。

この味わいは他所で出会ったことがない、唯一のものである。

手作り、手包み、素晴らしい逸品。

この味が後何年もつのか、書きながらふと考えて寂しくなる。

一つ目を食べ終え、ビールで流し込み、回鍋肉を追加注文する。

ここの回鍋肉も絶品なのだ。

あまりにもここの回鍋肉が好きなので、お給料を貰うようになってから

『都内 回鍋肉 名店』

で検索したことがあった。

そのうちの一軒がたまたま動線にあったので毎週行っていたのだが、しばらくしてからそのお店では麻婆豆腐ばかり注文するようになった。

それくらい、海神軒さんの回鍋肉の影響が強いのだ。

(そのお店の麻婆豆腐は、後の麻婆演義の切っ掛けとなり、ニンニクGenoci道にも通じたが、店舗老朽化のため閉業した。)

ビール、手作り餃子、回鍋肉が私的な海神軒さんの三種の神器だ。

他には豚の唐揚げがおすすめ。

こういうときに

「このお店では何を注文しても美味しい」

と書きたいのだが、正直に言うと、おすすめしたお料理だけが良い。

一通りこれらで飲んだら、近所の『あき』という居酒屋さんで飲み直すのが良い。

世界一美味しい餃子と、世界一好きな回鍋肉のお店。

以前来た時にふとカウンターの上を見たら、クックドゥの業務用回鍋肉ソースのボトルが置かれていたのが笑えた。

【九月号】ヨモツヘグリ #007 船橋 坊ちゃん【キ刊TechnoBreakマガジン】

船橋で一番のお店、そこならば一番の煮込みを出すだろう。

僕はかつての行きつけのお店を失念していた。

地元の本当の名店というものは、数ある地元のお店に紛れて、姿を眩ませてしまう。

先日、と言っても一年近く前だが、船橋で行きつけにしていたワインバルを再訪して以来、今日のお店の記憶も鮮やかに蘇った気がする。

京成のガード下を少し先へ入った位置にある、倅っこというお店。

あのお店にも、昔の知り合いに連れられてよく行ったものだ。

この歳になって気付いたのだが、ボーイという名のスロット専門店の上に看板を掲げていて、二つの店名が類似しているようで何か関連性を感じさせる。

その日の仕事は、てっきり池袋であるものとばかり思っていたのだが、合流後に渋谷だったことに気が付き、時間の浪費をせずにぎりぎり済んだ。

飯田橋で有楽町線に乗車する前に、南北線に乗って永田町経由で半蔵門線で行くことに気付いたのだった。

今回ばかりは大江戸線の出番は無し。

それと、大手町は広いので乗り換えに利用することは今回は考えていなかった。

渋谷での仕事は駅前で簡単な情報収集で、その後は銀座線で銀座へ。

特に何かをするというわけでもなく、散歩するような形で新橋へ一駅戻る。

謎の美女、モツ野ニコ美女史の装いは、どちらかといえばここ銀座向けの華やかさだ。

人形町を拠点にしているエージェントと僕とでは、住む世界が違うのかな。

一仕事終えてから一杯やるというのは、たまたま西船と浦安で近所にいるからなのだが。

こないだ、日本橋室町界隈で、なかなかの美丈夫から彼女が声を掛けられていたのには流石に驚きを禁じ得なかったものだ。

どうしよう、今日は船橋で一番のモツ煮を紹介するのに、地元のどうしようもないような連中と鉢合わせでもしたら。

一番厄介なのは、警邏中の軍閥にWが紛れていることかな。

本当の優しさを滅多に見せない彼には悪いが、何を言われるか分かったものではない。

通りをただ歩いているだけなのだが、モツ野女史から一つ提案があった。

なんでも、肉のハナヤマで滅法美味い冷凍餃子が売られているからそれを入手したいんだとか。

そこの地下が、まだ我々に焼肉食べ放題を提供していた頃にはよく行っていたから、案内した。

その冷凍餃子は、餡の中に寒天が混ぜられており、それが肉汁を吸収して保湿することが美味さの秘密なんだそうだ。

僕が彼女と会えない間、心ひそかに餃子を食べ歩いていることを彼女は知らない。

それだけに今回の紹介は、僕に少なからぬ衝撃を与えたし、それならばぜひ機会を設けて食べてみたいと思わせてくれた。

来月きっと食べよう。

新橋からグリーン車で船橋へ。

僕はこの、ちょっと物足りないような短い時間が好きだ。

三ヶ月に一度訪れるような嬉しい時間が。

くつろげる車内で缶ビールを空けながらうとうとする。

僕は、恥ずかしながら、帰路では彼女の隣で居眠りしてしまう。

この日も、その日初めてのビールを飲みながら少し寝たのだが、やはり電車が早く着いたのは少し物足りない。

予約の時間通りに入店すると、案の定、お店の中は満員だった。

休日の十七時半だというのに、これはちょっと驚異的な光景ではないか。

変わらぬ名店のままだったようでひと安心である。

懐かしの小さいテーブル席に二人で着いた。

僕は瓶ビール、モツ野女史はゆずサワー。

突き出しに何かを煮たのの小鉢が出る。

ひんやりしていて爽やかだ。

しばらくして、肝心の煮込みがやってきた。

通っていた当時はこういうのにあまり興味がなくて、実は頂くのはこれが初めてだ。

なんの変哲もない、弾力を残した平凡なやつである。

これなら前回行った神田のお店に軍配が挙がるだろう。

少し先に賀々屋もあるので、船橋で煮込みを頂くならそちらという手もある。

そんなことを思いながら、ふと、それでも我々が食べてきた煮込みは各地の名店にばかり推参していたから、案外こういうのが地元にあるだけで貴重なのかも知れないとも思った。

で、ここのお店ではやはり焼きとんを食べなければ話にならない。

先ずは、ニンニク芽豚肉巻き串。

このお店を紹介してくれた友人が、彼は出張でこの地に立ち寄ることが多かったのだが、その時には真っ先に必ず注文する絶品だと言っていた。

久しぶりに食べてみても、改めて香り高く、しゃきしゃきとした食感も楽しい逸本だ。

壺に入った辛味噌を小皿に取り、適宜つけて食べると良い。

加賀美と名乗っていた彼が偲ばれる。

ワインバルの井上、川崎のさおやんを紹介してくれた摩耶という男も加えて、我々はみんな、あのゲームセンターで繋がっていたのだった。

次に、てっぽう。

ニンニク芽から全てタレで注文している。

てっぽうというのは、直腸のことだ。

白モツのような味をしているのだが、僕は食感を含めるとこちらの方が好き。

倅っこさんでは、この食材の表面をぱりっと焼いてくれる。

てっぽうは、やや厚めのお肉なので、内部はふんわりしていて素晴らしいのだ。

そうそう、飲み屋さん駆け出しの頃に、ここの串物のてっぽうと、さおやんの七輪焼きのてっぽうをそれぞれ好んでいたんだっけ。

後は、ればー、かしら、みの。

流石にレバーは、ここから目と鼻の先に、七輪焼きの名店があるからそこには及ばないか。

しかし、このお店が仕入れている食材も凄絶であり、焼きの腕も大いに振るっている。

近所だし、また行こうと食べながら思っている。

まだ他にも、ハラミ、なんこつ、たん、しろもつ、はつ、こぶくろ、めんち、注文していないものがあり、焼きとん以外にも、焼き鳥、お刺身、一品料理、揚げ物、季節の商品と溢れんばかりなのだ。

とはいえ、焼きとんも焼き鳥も、一本百八十円からなので、質の良いのが当然ではあるのだが。

この日は他に、タコの唐揚げ、茄子ホルモン味噌炒めなど。

お酒もお銚子二つほど。

舌鼓を打ちながら、穏やかな一日の終わりを迎えた。

この船橋が取り持った様々の縁に想いを馳せながら。

約束の地、シド。

それは意外なことに、旅の果てから帰った我が家が建つ場所にあるのかも知れない。

【九月号】巻頭言 虚飾性無完全飯罪CHAPTER05【キ刊TechnoBreakマガジン】

CHAPTER05: 誰も彼もが復活しない

本町一丁目交差点のコンビニエンスストアから出てきた男の表情は、なんとも言えない悲しみをたたえていた。往来へ出るなり、パック入りのめかぶを開封し、ぐいと飲み込む。喘息用の吸入器でも使用するかのような所作だった。彼の表情は、少々明るさを取り戻したか、ふと赤みを帯びたような生気が見られた。

スクランブル交差点の斜向かいには、何やらキナ臭い事務所が新規に営業開始しているらしい。地元界隈の治安というか地政学というか、そういった類につい目が向いてしまうのは、この男のそう悪くない癖である、習志野軍閥行田駐屯地に在籍していた頃からの。そんな彼も、現在は自称ライター稼業で糊口を凌いでいる、というか美味い飯にありつけているというか。その日のいで立ちは、黒いポリエステル製の涼しげな半袖シャツに、暗い藍色のジーンズ。

本町通りを少し入ってから向こうへ渡り、そのまま路地へ。すぐそこのワインバル、BAN-ZAIを待ち合わせの店に指定していた。七人がけのカウンターとテーブル席が二、三ある程度の小さな店だが、地元で好んでいる。と言っても、彼自身訪れるのは四、五年ぶりくらいになるのだけれども。入店すると、小柄ながら浅黒い顔色をした精悍な印象の店長が、明るい笑顔をさせながら迎え入れた。テーブル席はどちらも先客が陣取っており、その日の店内は賑やかな印象だ。好きなお店の客入りが良いのは嬉しい、これから先もずっとこの場にあって欲しいと、彼は心底思っている。

カウンターに腰掛けると、早速店長が話しかけた。

「若松さん、お久しぶりです」

若松と呼ばれた男は照れ臭そうに挨拶を返した。しばらく地元を離れていたことや、今後は元の職場に復帰することになりそうだということなどを話した。

「じゃあ、井上さんとは、もう会っていませんか?」

ワインバルBAN-ZAIは、随分と若かった頃に、その頃の友人と見つけた開店したばかりのお店だった。ころっと太った井上の、冗談の絶えない愛嬌ある表情が思い出され、懐かしいと同時に少し寂しくも思った。

「だいぶ前に一度だけ、そちらの席に女性とお越しの時があったんですがね、それ以来は見ていませんね」

そんな話を聞かされて、旧友の幸せを祈る。その女性と結婚でもしたのだろうか。恋多き男だった。

テーブル客たちに給仕していたおかみさんが、注文を取りに来た。相変わらず美しく、気立てが良く、笑顔が素敵だ。この夫婦が切り盛りしているこのお店は、船橋が誇るある種の奇跡の一つと言って良い。二、三挨拶を交わし、リストから『幻覚』を意味する名のビールを選んだ。それと、レバーのテリーヌ。こういうお店は、どこにでもあるようなものではない。今夜はこれから、このお店の名物料理を親友と二人で堪能したい。

鶏もも肉のコンフィ、豚スペアリブの香草パン粉焼き、マグロ頬肉のステーキ。冬場になると、ブイヤベース風の鍋も提供される。いつものスタンダードメニューだけじゃなく、この日のおすすめとして、マグロとネギのオイル煮、牛すじとマッシュポテトのチーズ焼き、さらに自家製ローストビーフも仕込まれているというのは幸運だった。これから来る男は、若松にひけをとらない大食漢だ。もしかすると、全食制覇もあるかもしれない。

と思った矢先の出来事である。けたたましい音がばりばりとガラスの雪崩を店内に降らせたのだ。往来から店内を見渡せる大窓のうち一枚が、捩じ切られるような不自然な力で粉砕された。なんと、足を掴まれた人間の頭部が、ガラス窓を打ち破る道具にされたらしい。頭から血を流した男が、うめき声を発しながら俯せになっている。

「よ、一食一飯の」足を掴んだまま漆黒の軍装の男が会釈した。

「え、知ってるの?」実は新しい連載の構想が、もう二つも見込まれているのだが。

「当たり前だろ、毎週読んでたよ。こないだ、ラーメン・ドラゴンボウルも区切りが付いてたな」彼は店内をさっと見やり「マスター、こいつは後で軍閥が弁償するよ。それと、」目敏く女性店員へ目配せしながら「赤ワインのボトルとスパゲッティ、それとピザ、どれも一番安いやつ」人の倍食うから、いつもこう注文してるんだ、と彼は僕の目を見て笑った。漆黒の軍装に身を包んだ彼の暗く澄んだ瞳が、軍帽の奥からちらりと覗いて悪戯っぽく輝いた。

「伏せてな」

テーブル席を陣取っていた客たちが一斉に拳銃を構え、一瞥で敵対関係と判明した突然の乱入客に向けて発砲を開始した。男はそのことが嬉しくて嬉しくてたまらないかのようだった。

「吾妹子が植ゑし梅の木見るごとに心むせつつ涙し流る」

JG-02起動の祝詞は、男の両手に装着された黒革の手袋を励起した。両腕でささ、と空に字でも書くように交差する挙動だけで、彼は七人の凶漢が撃ち尽くした弾丸をことごとく掌中に収めていたのだった。やはり此奴らも小松菜販売の仲間だったかと、その男、習志野軍閥行田駐屯地のエージェント、Wは合点した。こういった手合いを釣り上げるには、生き餌で釣り堀に乗り込むのが一番だな、とも。小松菜とは、船橋界隈で言うマリファナの隠語である。

弾切れに蒼然と立ち尽くしている売人たちがいる奥へずかずかと近付き、渾身の鉄拳を打ち込んだWは物足りなさを感じていた。腕を振り上げれば二、三人が壁に叩きつけられる。派手にやったが、手応えはなかった。改めて旧友との再会に祝杯をあげて、その日は陽気に酒盛りでもしようとその場を振り返る。

だが、カウンターにいたはずの伴は、胸を押さえて仰向けにひっくり返っている。yが撃たれてしまった。名前を呼ぶ、建前の苗字である若松ではなく、軍閥でのコードネームyを呼び続ける。呼び続けなければ、yは向こうへ行ってしまいそうだから。行くな、行くな、行かないでくれ。涙が溢れそうになりながら、Wは必死になって、為すすべもないままに呼び続ける。

「その優しさも」少しだけ目を開けたyが、切れ切れの言葉をつなげる。「弱さも、僕に見せてくれたこと」

その言葉は、彼が士官学校を去る時に伝えてくれた言葉だった。yの意識が戻ったことも嬉しくて、Wは傷口をかたく押さえた。また一緒にやろう、帰ってくるんだろう、団地へ。だから行くな。

yは力なく首を振った。他にたくさん伝えなければならないことがあるのだというのが、彼の燃えるような瞳を見れば分かる。だが、その意思とは裏腹に、残されていた最後の力はもうほんの僅かだった。

「先にシドで待ってる。士官学校のみんなに、よろしく」

吠えるようなWの慟哭が、熱い涙を絞り出す。聖杯を聖水が満たすように、yの穏やかな顔に注がれる。

団地で一番優しい男が帰ってきた。これがその顛末、顛末。

【八月号】休刊のお詫びに代えて【キ刊TechnoBreakマガジン】

お酒にまつわる失敗談を寄せてくれと依頼を受け、酒客笑売を書いている。

それも一度は断ったのだが、原稿一本につき一席設けるとの口車に乗って引き受けてしまった。

何ということはない、編集長の卍君の月末の飲み歩きの横に付き添うというだけのことだった。

何とも迷惑千万な話である。

食べ歩記、飲み歩紀なら取材に出掛ければ収穫もあるだろうが、失敗談は過去の話なのだ。

といって、山手線沿線の名店から出禁を食らう羽目になるまで羽目を外して飲んで取材に替えれば済むというのは、もう若くないから率先してやりたいとはあまり思わない。

宜敷君の書く食べ歩記は、一食一飯から読んでいた。

よくもまあ、あれだけ食べられるなと思いながら、お酒に関してなら同じくらい飲めるから、もしかすると彼が僕の文章を読んだら同じように呆れているのかもしれない。

彼の文章はからりと乾いた笑い声がよく響くような感じがする。

一食一飯流に言えば、からりと揚げられた唐揚げが、からからいう風な笑い声か。

比較すると、お酒にまつわる感情はそう一面的に書くことはできない。

私は笑い上戸であり怒り上戸であり泣き上戸だからだ。

そこで、酒客笑売を書くにあたって心がけていることがある。

職業柄、コンプライアンスに関して考えることが多い(ライター業では食べていない)。

お客の立場なら、私がステージ上でどのように振る舞えば喜ぶか、演じた結果が的外れだったということが多々あった。

私のようなキ〇ガイが担当者ならば、笑いの絶えない業務になりそうなものなのだが。

同僚からはよく

「変な人だけど、悪い人じゃない」とか

「クセがありすぎて好き嫌いきっぱり分かれる豚骨ラーメン」とか。

私に直接言われるのではなく、他人にこうやって紹介されるのである。

これではまるで、役者さんが思う演技と、観客が期待する演技との相克に引き裂かれているかのようだ。

だからこう思う様にしている。

キ〇ガイを演じたい私と、キ〇ガイは要らないと期待する顧客との相克によって、コンプライアンスなどというワケのわからない観念自体が引き裂かれるべきだと。

私の意図が伝わらない、私が意図していない読者の方々に向けて分かりやすく言い直すならば。

(意図的に他者を傷付けるようなものでもない限り、)コンプライアンスなんぞ糞食らえなのだ。

酒客笑売はその一点だけで原稿を依頼されたと思っている。

ついでに、あなた方にも分かるような言葉で和訳をしておくならば、それは遵守といったところだ。

そして、私の流儀で訳すならば、それは殉死といったところだ。

そう思ってみれば、糞食らえと言いたくなる心情も察せられるのではあるまいか。

では、そんな私から、つい最近あった一食一飯的酒客笑売を、八月号休刊のお詫びに代えてお届けする(よう編集部から依頼されたので書く)。



先日アップロードされた餃子の話の冒頭で、宜敷君はガリの使い所が分からないと書いていた。

あれ、実は私も同感だ。

とりあえず(という口ぶりに反発するような料簡の狭い連中を無視して)生を注文すると、先方でもとりあえずガリをつけてくる。

あぁ、これは韓国料理屋で出されるナムルとかキムチとかカクテキみたいなもんかと思いながら、ガリガリやる。

で、ビールをグッと飲む。

何かちがう。

これなら韓国料理屋へ行けばよかったと半分後悔しながら、しかし肝心のお寿司を注文して気を取り直そうと試みる。

ちなみに、韓国料理屋では冷麺の使いどころが分からない。

何なら、お蕎麦屋さんで美味しいお蕎麦というものを食べたことがない。

私の感覚は、お酒に特化し過ぎているのかもしれない。

西船橋駅構内に立ち食い寿司店があり、仕事上がりに一杯引っ掛ける。

この頃、平日の夕方はハッピーアワーでビールが安くなるのでよく行く。

とりあえず(とは板前に言わず心でぼやきながら)生と、いつものセットを注文して待つ。

他所のお客の注文の狭間を縫って、おっかなびっくり注文せずに十貫出るので気が楽なのだ。

その割に、出てくる順番がデタラメで、決まっているのは仕舞いに穴子と玉子を出すことである(穴と玉で竿はない)。

これらを食べてから、お好みを少しばかり注文していくのが、板前にとって都合が良いのだろう。

しかし、書いていてむかむかしてきた。

というのも、そこの立ち食い寿司での注文の話がしたいからなのだが。

和装のいなせな姐さんが飛び込んでくるなり

「ただいま」と言った。

続けざまに、生とも。

小柄な彼女は提供されるまでになんやかやと無駄口をたたきながら待っている。

その様子を横目に一人で静かにしていた。

「今日、トロぶつある?」

ああ、トロぶつは美味いのに安上がりだから、この店のことをよく分かっているらしい。

姐さんは乗り換えの時間つぶしと冷やかしを兼ねてか、ビールと寿司二、三貫で出ていった。

会話の内容から分かったのだが、乗り換えの時間調整のためによく来ているらしい。

その姐さんと先日二度目の邂逅をした。

腹が立ったのはその時の状況だ。

店内のカウンター半分に偏って、お客がびっしり並ばされた夕刻である。

おいおい、まだ少し早い時間なのに参ったな。

セットを差し込んじまう方が迷惑そうな混雑具合だぞこれは。

生を注文する。

これは板前じゃない店員が用意して出す。

一口で半分くらい飲む、美味い。

夏場は寿司も天婦羅もビールが美味い。

誰だ、さっき韓国料理屋なんて言ったのは。

しかし、である。

私がビールを飲んでいる間にも、お客はめいめい注文する。

板前は

「へぃ」

とか暗い返事だ。

たまに

「順番で伺います」

などと抜かす。

傍から見ていて、こいつはどういう料簡か思う。

何だ、順番とは。

隣の客がこれじゃあ、こうしてビールを飲んでる私の順番はいつ来るのだ。

「注文するな」とでも言いたげではないか。

この店に限ったことでは無いが、こういう状況は廻っていない寿司店でよく見られる。

カウンターにいる全員の手元から寿司の有無を確認し、あまり立て続けになりすぎない程度に、かつ板前の手が空いているのを見計らって、刺すように注文しなければならない状況。

タランティーノ風に言い換えるならば、寿司屋のメキシカンスタンドオフである。

京成船橋駅前の回転寿司屋さんでは、板前がベテランなのと、常時複数名体勢の分業制であるため不都合を感じないのだが。

西船橋駅構内の場合は、お客がそんなに来ないだろうと高を括られている時間帯は板前が一人なのだ。

二人が立っていたとしても満席の場合は同じく不都合があるにはあるが、そんな夕刻に混雑が起きていた。

板前がピリピリしている以上に、カウンターにずらずら並ばされたお客の方が気を張っているのが笑える。

他のお客が私自身を見る鏡にならないように、自分自身の表情に気をつけつつ、彼らを横目で流し見る。

独り言が多いのと、莫迦丁寧過ぎて滑稽なのと、たまたまやって来た姐さんと、板前が休む暇を与えないよう不遜な注文をしようとしているこの私と他二人。

姐さん以外はみんな狂気に満ちているかのような目付きではないか。

今日は洋装の姐さんだけが、ただ一人板前に軽口を聞いている。

こういう時、気を遣わない奴はいいよ、周りを気にせず自分の好きなものを勝手に注文できるから。

私のような気遣いではなく、気違いはというと、やり切れなくて泣きそうになる。

あんまり泣きそうだからこう考えた。

日本の寿司屋のカウンターに客と板前との隔たりがあるおかげで、我々のように刃物を持たないキ〇ガイは刃傷沙汰に及ばないで済むのだと。

いらつきが嵩じて、適当なところで結局セットを刺した。

のだが、似たような逆の経験をその直後にした。

引退間際の体育教諭は、私の父ほどの年の差なのだが様々に便宜をはかってくれることがあり、年に一度は二人で日帰りの登山に出掛ける。

隔年で群馬県水上温泉に泊まり、翌日谷川岳を登る。

泊まりの夜は酒盛りである。

酒客笑売的破天荒はその場で演じることはないが、飲んでいる時はジジーコゾーの仲だ。

その日は落雷注意報が出ており、切符売り場で早めの下山を勧められた。

なるほど、ロープウェイは霧へ霧へと向かって進んでいく。

天神平スキー場から始まる登山道は五十メートル先も見えないような状況で、先へ行く二人連れはさながら死の世界へ迷い込みに行くかのような不吉さを感じさせた。

我々は雲の世界にいるのだ、などと楽観的な心持ちにはなれない。

晴れの日には見晴らしのいい、木々の緑と、空の青さに囲まれた山なのではあるが。

私の登山は、黙々と進むスタイルである。

右足を出したら、次は左足を出す。

その繰り返しで山頂へ行き着くという、当たり前のやり方だ。

ふうふう言いながら、汗をどんどん落とし、それでも極力早足で登っていく。

谷川岳はほとんどずっと登りで、稜線をずっと渡っていくような快感とは無縁のようだ。

それに加えて、岩場鎖場難所が重なる。

二年ぶりの登山で、この日は軍手を忘れたのが失敗だった。

登山客はまばらというよりは盛況で、行く先々で道の譲り合いが起きている。

寿司屋の状況はそこで再現されることとなった。

と言うのも、物言わぬ私の寡黙な両脚は人をぐんぐん追い抜くからなのだが。

適当な広さのある道では脇から通過したり、曲がり角の外周に差し掛かって休憩をとる方々の横を失礼したりを繰り返す。

そういったことを反復していて驚いたのだが、追い抜いたと思った途端に私の後ろからピタリ迫って歩く登山者が何名もいたのだ。

おいおい、

「順番で伺いますよ」

煽り登山やめてもらえませんかね。

そういった手合いに限って挨拶ができないのが苛立ちに拍車をかける。

以前、卍君が書いていたトリアーデにはこうあった。

対立を行き来せよ、と。

地元駅中の立ち食い寿司と、田舎の温泉宿そばにある登山道とが接続されるなんて、いったい誰が考えるだろうか。

それにしても、彼が書いている船橋ノワールの続編はまだだろうか。

森林限界に到達し、忌々しい霧から抜け出したらしい。

ここは雲より高い世界、天神平から一時間半ほどの距離である。

徒歩ではなく登山となると消耗が激しいが、ここからもうしばらく上へ。

山頂の少し手前に山小屋があり、そこの売店で缶ビールを買った。

思えば今までは、山に登って山頂で食事して戻ると言う、健全極まりない体験ばかりだったのだが。

乾杯。

沁みるような美味さが癖になりそうである。

隣のベンチでカップヌードルを啜っていたお客も、感激の言葉をもらしていた。

抜けて来た雲は群馬県側、新潟県側は快晴だ。

雲の壁は、県境となる稜線沿いに立っていた。

【七月号】環状赴くまま #011 駒込ー巣鴨 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

駒込は、山手線で我々の拠点に最も近い駅である。

職場がここから二十分程度の所なので、私自身乗り換えによく使う。

今回は、ここからほとんど初上陸の巣鴨へ行く。

18時52分、黄桜の黒ビールで乾杯してスタート。

午前中の雨は午後には止んだが、ここでも小雨に少々打たれた。

それもすぐに止んだのでホッとした。

濃いめの黒ビールはよく冷えており、蒸し暑い夏の夕暮れにぴったりだった。

この一本はまた買いたいと思う。

ここを駅前のここを真っ直ぐ、線路沿いに歩く。

前回のルートの延長だ。

実は前回のゴールと今回のスタートの間に若干の開きがあるのだが、そこにも名店は数多くある。

外環右回りの周回で紹介できれば良いが、いったいいつになるだろうか。

一度だけお邪魔したことのあるカフェ、クックさん。

夜はお酒の提供もあり、洒落たビストロになる。

席数は少なめの、隠れ家的店舗。

会員制の銭湯。

以前通りがかったときは、飲み会の後だったので消灯していたのか、まったく分からなかった。

いいなと思いつつ、ここを利用する時は泥酔していそうだから迷惑になる。

その先の、小高くなっているところから、線路を見下ろした。

フェンスにレンズを捻じ込んで撮影した。

普段はもっと野暮に見える。

直進できないため、ここで一旦北西に逸れる。

見えにくいのだが、さかえ寿司さんの看板が白く光っている。

ここまで来ることもあるまいが、駒込外環なら良さげな評価のお店だ。

ちなみに、駒込にはよく行くお寿司屋さんがあるが、内環逆側にあるのでここからは遠い。

ここを左に折れる。

南西へ。

線路に再合流。

道なりに右へ折れる。

喧騒とは無縁の通りが心地良い。

正確には七時三分。

出発からまだ十分程度である。

住宅街が続く。

写真には収めていないが、一角だけ随分と豪勢なお屋敷が建ち並んでいた。

分かりにくいが、SEIYUの看板が光っている。

右手にあるのは巣鴨スポーツセンター。

駅からアクセス抜群、使い勝手の良いサッカー場だ。

プールも、ゴルフ練習場もあるという。

真・女神転生なら、巣鴨ステージのダンジョンにでもなりそうなビジュアルだ。

Saeというのは、会員制の美容室らしい。

と、その隣に随分とディープなコレクターショップ。

こういうの初めて見た。

中にも這入ったが、怒られると嫌なので撮影はせず。

巣鴨の太陽書店、というと失礼か。

知らず知らずのうちに、駅に突き当たった。

角を曲がると、巣鴨駅前の夜空が広がっていた。

雨雲も払われて、良い夜である。

巣鴨駅ファサード。

駅前のパチンコ店。

SugamoKaikanとは巣鴨会館ということだろうか。

公民館みたいなネーミングが笑える。

巣鴨快感という意味ならば、高齢者さんたちの射倖心煽られまくりだが、そんなことを考えると輪をかけて笑える。

こちら、駅前せんべろストリートへ向かう。

見える。

地元の大衆居酒屋、千成さんだ。

根強いファンが多く、巣鴨といえばこの店といった風である。

火曜の夜のためか、席はほとんど空いていた。

お店自慢の煮込みをいただく。

芝浦へ毎朝買いつけ、牛もつだけを使用した煮込みだ。

う、一番好きな煮込みより好きな味だ、というか美味しい。

みんなに食べてもらいたい味、脂っこいのが好きなら絶対に喜ぶね。

口コミによると、八時には売り切れていることもあるとのことで、今夜は梯子酒のつもりだったが先にこちらへ伺った。

でも高いよ(涙)

瓶ビールと煮込みで千円超えたらダメでしょ…。

串物も、一本百三十円でこれは、他所にもっともっと良いお店あるよね。

まいっか、認識を改めてね、小料理屋ってことにしましょ。

〆のウニスパゲティがおすすめのようだが、〆ずにもう一軒!

非常に見えずらいが、奥に「でかんしょ」さん(珍しいチケット購入制のお店)、「晩杯屋」さん(呑助の味方みたいなチェーンのお店)。

実は先週、メンバー一同で巣鴨遠征を決行し、晩杯屋さんで立ち飲みしたばかりだった。

その日は、話好きで世話好きで、酒好き女好きの大先輩が隣の卓にいらして、色々とご指導いただいた。

ガールズバーによく行くそうだが、池袋では一杯だけしか女性に飲ませられない料金なのだが、巣鴨だと安いのでいくらでも飲んでもらって構わないのだとか。

呑助たちが集まると、グループ化してシマ争いやら小競り合いやらが出るそうで、こういったお店でも出禁がたまにあるのだとか。

イワシの丸焼きが変な焼き方で出てくるのは、焼き魚を知らないからこれで良いと思うんだろうねだとか。

楽しい話は尽きなかったが大先輩はさっと帰った。

で、その日は加賀屋さんへ移動して腰を落ち着けた。

飲み屋さんが続く裏道を、目的地へと進む。

今回、二件目にお邪魔したのは加賀屋さんではなく、同じ建物の一階にある「ホルモン二郎」さん。

七時までの来店で、飲み物三杯とおつまみが一品つく、脅威のせんべろセットを提供しているお店だ(土日祝は十七時まで)。

今回は、千成さんのもつ煮が売り切れてしまうことを懸念して、せんべろセット提供時間外に伺ったが、肝心のホルモンを味見したいと思う。

白レバ(タレ、豚のものだ)、四五◯円。

比較のために注文したが、普通だったので良し。

レバ(タレは敢えて選ばず、牛のもの)、七九◯円。

輪切りのネギがたくさん入った胡麻油がついてくる。

これは「新鮮なのは分かる」のだが、レバーのダメな味がしたのが惜しい。

特上カルビ、七九◯円。

わさびが洒落ている。

タン下、五五◯円。

牛タンは二倍、上タンは三倍の料金だから、タン下は良心だといえる。

結論を述べれば、せんべろセットに加えて好みの盛り合わせで行くのがコスパ的に満足な作戦だろう。

ベトナム鶏肉のお粥を注文したかったがやっていないとのこと。

メニューを見れば、やたらとベトナム押しなのだが、店員さんに上手な方が居たのかもしれない。

で、その後、スタミナの字に惹かれて何も考えずに入店。

何も考えずに、店名を冠する蔵王定食で〆。

最後の最後で、また食べたいなと思える逸品に出会った。

帰りの大通り沿いには、ガールズバーの客引きがいた。

みんな、なんだかんだで生きている。





編集後記

リリース予定が立て込んだものの、無事、七月号を終えることができた。

批判的な内容が散見されたのも、一食一飯やラーメンドラゴンボウルとは異なる次元にいるのだということの顕れと言える。

蛇足だが、トリアーデを利用するならば、船橋駅前に於ける東武と西武の対立に、I .K .E.A.がどのように絡んでくるのか、という展開にも期待したいものだ。

さて、来月八月号は休刊し、八・九月合併号という形にして九月に刊行予定である。

期待して待っていてもらえたら嬉しい。

【七月号】棒切れ #004 世界からケツ毛が消えたなら【キ刊TechnoBreakマガジン】

世界からケツ毛が消えたなら

すかしっ屁は音を立てるだろう

すかしっ屁が音を立てたなら

それの臭いはやわらぐだろう

世界からケツ毛が消えたなら

僕たちは余程のケツ断をする

左右の尻肉が手を繋いだら

掻痒症が気になるんじゃないか

世界からケツ毛が消えたなら

もう毟るものも無くなってしまう

少しの毛と書いて毟ると読む

そんな捻りを他の何に託すの

世界からケツ毛が消えたなら

想像してごらん

唇には髭という恋人がいて

お尻にケツ毛fetishism

【七月号】酒客笑売 #004【キ刊TechnoBreakマガジン】

根が真面目なので二十歳を過ぎるまで習慣的に飲酒したことはなかった。

二十歳を過ぎてから友人と集まっての酒盛りの楽しいことに気づいた。

今では、一人ででもいいから毎晩飲んでいなければやっていられぬ。

楽しくはなくとも、そこに何かがあるのではないか、そんな酔な気がしている。

毎晩飲むのはアルコール中毒だという意見は、我が国の風土には合うまい。

酒道を駆け出した頃は、ペースもゴールも分からずに、ただただやみくもでひたすらな短距離走者のようなフォームで飲んでいた。

斃れるまで飲むということはなかったのだが、起き上がることはできなかった。

大地との一体化、土は土に、重力に逆らえない水だまりのように飲んだ。

ごろんと転がった私は、もう私なのか、それともさっきまで飲んでいた酒がそこにこぼれている状態なのか、外見からでしか判別がつかないというような概念と化していた。

こぼれた酒のようになった姿は、それはそれはおぞましいらしいのではあるが、いつものごとく記憶はない。

一時的な失踪者となった私を、私自身が捜索する。

たいていは、当日酒席を伴にした人物へ聞き取り調査をすることになるのだが。

狂人のようにのたうっている私を迎えに車を出してくれた、まだ決定的に知り合う以前のSは、本気で叱ってくれたというか本当に距離を置こうと考えていたようだった。

つらつら書いたが、私は他人に迷惑をかける飲み方から、しばらく離れることができなかったということだ。

お酒が好きだがあまり強くない、そんな私のことをお酒の方では願い下げだったのかもしれない。

お酒から嫌われる様な飲み方をするな、と若い頃の私を諭した職場の長老に、お酒はそこまで狭量じゃないと内心で毒づいていた。

お酒の在り方を我々が決めることはできないのだ。

納まる酒器の形に合わせて、お酒もまた自在に姿を変えるのだから。

我々は、ただ我々自身の理念を曲げなければそれでいい。

コンビニで売り出され始めた第三のビールが安くて美味く、心身ともに命の水が沁み渡った頃だった。

とはいえ、いくら安かろうとも懐具合は一向よくならず、満足のいくまで飲酒に耽るというのも難問だった。

十分な睡眠を確保しなければ、学業や仕事に支障をきたすことを知っていたから、眠るためにまずしっかりと飲む必要もあった。

満足するまで飲めないが、しっかり飲まねば眠られない。

値頃感のあるラム酒を部屋に置き、呷ることで解決をはかった。

ある土曜の夜、学友となけなしの金で居酒屋で飲み、地元のコンビニに良い気になって這入って行った。

家でまだ飲もうという魂胆である。

もう資金は尽きかけているので、一番の安酒を買った。

当時は、飲めばイカレるまで飲んだものだったから、よせば良いのに飲酒の追い討ちをかけたかったのであろう。

日曜の昼に気付けばミイラのようになって仰向けになっている。

口の中がひび割れるほどカラカラに渇いていて、動くことさえままならないほどだ。

後になって、机の下に転がったウィスキーの空き瓶で、昨夜のただならぬ様相をうかがわせる。

つけっぱなしのラジオから愛川欽也の放送が流れているのがなんとも無常だった。

こういう時は、何を飲んでもいくら飲んでも喉の渇きが癒されることがない。

おまけに猛烈な空腹感が、食べても食べてもおさまらない、いくらでも食べられる気がする。

それを世間様は胸やけと呼ぶのだということを、十年以上経ってから知った。

そう、あの頃から十年以上経っているのだ。

どうして私は飲まずにいられなかったんだろう。

学業のためか、仕事のためか。

いやいや、そうではない。

学業も仕事も、十分な睡眠がなければ成り立たないと直観的に知っていたためだ。

それは学生時代の孤独感と、社会人になってからの焦燥感が原因だった。

そして、酒飲みであることを知られれば知られるほど、飲酒の機会がついて回った。

お酒の方から嫌われるのを通り越して、嫌がらせでも受けているかのようである。

それでも私は、誰かとお酒を飲むのが好きだから、悪い気はしないでいる。

最後に、私が死ぬまで飲酒をやめないだろうと予期させる笑い話で〆る。

学部四年前期の打ち上げが、某所で盛大に開かれるのが、うちの学科の特徴である。

教授や助手たちが数名つき添い、泊まりで開催される。

学部にたった一人しか友人のいなかった私は、もう早々に酔っていなければ周囲に合わせられない。

売店で買った美味そうな赤ワインを引っ提げて、カニか何かを食べながら、ぐいぐいやっていた。

実を言うと、何を食べたのか思い出せないのだが、それこそしたたか酔った証拠である。

翌朝、大部屋の雑魚寝から目覚めてみると、寝違えたのか左腕が痺れている。

水が飲みたいのだが、とりあえず何事か見てみると、左腕が沸騰中の鍋の如くボコボコになっていた。

宴会場を出る際にフラフラと転倒し、カセットコンロで熱々のまま準備された〆の味噌汁に左腕を突っ込んだのだと言われた。

以来、その打ち上げに〆は無い。




#004 小林秀雄のエピゴーネン、ふたたび 了

【七月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #004 麻布十番 登龍【キ刊TechnoBreakマガジン】

うれしはずかし、給料日。

昔好きだったアニメで、こんな言葉から始まる回があった。

五人少女の戦隊モノみたいなギャグ、再放送をよく観ていた。

給料日にお鮨屋へ繰り出し、ヘンテコな蛸の板前から酷い仕打ちを受ける回。

あがりというのは最後の番茶を指すもので、とりあえずの場合は出花と言うんだという指摘が妙に印象に残っている。

僕なんか、ガリと呼ばれている生姜の使い所が分からないから、あんな大将がいるようなお店に行ったら怒鳴られっぱなしなんじゃなかろうか。

しかし、お店の方達が使う符牒とか、そういった言葉を知ったかぶって、通気取りの発言が実は場を白けさせていたなんてシーンを想像すると空恐ろしくなる。

そういえば、小学生の頃の理科の授業で、お風呂なんかで見られる湯気のことを、湯気と断言して良いか慎重になって

「白いもやもや」

と言ったのを、クラスのみんなが笑ったことがあった。

「準ちゃん、それは水蒸気だよ」

すると理科に詳しい担任のN先生が、説明してくれた。

水蒸気というのは気体になった水で、それは目に見えない。

目に見えているのは細かい粒子状の液体に戻った水のことで、水蒸気とは別物であること。

湯気と言う代わりに、白いもやもやと呼んだ方がまだ誤りではないのだ、と。

僕の言葉に対する姿勢の原点は、あの授業にある。

話がそれたが、こんな僕にもうれしはずかし給料日がきた。

ただの給料日ではなく、年に二回のボーナスだ。

この日に行こうと決めていたお店がある。

普段の日常の延長で行くようなお店ではないと思えたから、待ちに待った日だといえる。

少々善良にすぎる船橋市民として面白みにかけるのだが、麻布十番という街、何処にあるのやら、詳しくないのだがやって来た。

なんと、乗り換えに門前仲町から大江戸線を使った。

もつ煮と餃子が取り持つ路線になりつつあるのが、なんだか可笑しい。

皇竜というお店は、伝説的なコメディアンの某氏も薦めたという美味しい餃子を出すそうだ。

それが驚くべきことに、というか恥ずかしながら、お給料を握りしめて船橋くんだりからこのお店へノコノコやって来たのは、そのお値段の高さも理由の一つである。

高くて美味いは当たり前のことだから、特にヨモツヘグリの教義は普段口にできない物として滅多にないお店で安い煮込みを頂いたりする。

そこを、今日はちょっと外してみようというわけだ。

で、洒落た船橋、といった印象の慣れない街並みを少しばかり歩き、お店の中へと這入った。

狭い、とまでは言わないが、コンパクトな店内だ。

二階席もあるらしく、そちらは別の落ち着いた印象があるようだ。

調度品は古ぼけていて、良い意味の伝統を感じさせる。

四人掛けテーブルが六つほどある一階の席に着く。

テーブルクロスが不自然なほど真っ白で、高級店の矜持を感じられる。

何せ、瓶ビールが一本千円もするのだから。

麹町にも皇竜さんはあるそうなのだが、焼き餃子を提供しているのはこちらだけだという。

厳選した素材だけを選りすぐって作られる品々が自慢のお店との触れ込みである。

それならば、瓶ビールに素材もへちまも無いだろうと思いつつ、注文する。

銘柄を訊かれた、アサヒかキリンかサッポロかモルツか。

そういう事じゃないんだけどなと思いつつ、喉が渇いているのでスーパードライにした。

小皿三つと併せて提供される。

胡桃に溶かした砂糖を薄く塗りつけたもの、刻んだザーサイ、赤黒いタレに浸された刻みネギ。

胡桃は歯触りと香りがよく、ビールを飲む手に拍車がかかる。

胡桃のお皿が空になるころに餃子が届けられた。

大ぶりの餃子が五つ、見事な焼き目を上にして胸を張る様に並んでいる。

これら一つひとつが、そこらの街中華の餃子一皿と同程度の値段なのだから驚きだ。

あらかじめ調合されたタレも別皿で添えられている。

何もつけずに半分かじりつく。

ビールで呆けた目蓋が見開かれた。

皮の中いっぱいに詰まった熱い肉汁が溢れ出そうになったためだ。

小籠包でもないのにこの瑞々しさは、正直凄い。

包み込んでいる厚ぼったく無い皮に非常な好感を持つ。

冷たいビールで口中と頭を冷やし、残り半分を食べる。

で、再度それをビールで流す。

はっきり言って最初の一つ目に感想は無い、無心でパクついたのだ。

それで、改めて二つ目の餃子を半分かじりつく。

解像度の高い餡、パラパラと口の中でほどけていく。

なるほど、舌触りに緩急強弱を演出する要素の一つは、この春雨か。

さらに加えて、下味がしっかり濃口でグイグイと迫ってくる。

まだ僕は付属のタレを使っていないのだから尚更面白い。

三つ目をタレにつけて頂く。

酸味が立つ印象だが、下味が強いのでさほどの変化を感じない印象。

しかし、どうやら練り辛子を使用したような酸味なので、僕はこちらが好きだ。

辣油の辛さも付加されて味わいに一層の深みが出る。

この日は幸い、皮が張り裂けて肉汁で火傷を負うような悲劇に見舞われることは無かった。

試みに、突き出しの小皿の一つに入っていたネギを乗せて、もう半分を頂く。

パンとはぜるような辛味、これは青唐辛子だったようだ。

ここの餃子、益々楽しませてくれるじゃないか。

このタイミングで、炒飯と麻婆豆腐を注文。

結局、残りの二つは青唐辛子を分けて乗せて、タレはつけたりつけなかったりして食べ終えた。

炒飯来来。

値が張ることもあり、一番平凡な素炒飯にしたが、平凡な見た目だ。

味も平凡で吃驚した。

以前、「麻婆演義」という麻婆豆腐の食べ歩記を行っていた頃から、次は「炒飯立志伝」でもやるかと思っていたのだが、ここの炒飯はもう無いな。

高級店で並のものを選んだ報いかもしれないが、値段不相応も甚だしい。

麻婆豆腐も然りであった。

麻婆演義においても、一言触れておく必要があるかと思われる。

それに、有名コメディアンは、このお店の餃子を推していたのだ。

最後に、ここのところ準レギュラーの担々麺。

こちらのお店では、麺類を一括して皇麺と呼んでいて、筆頭は炒韮皇麺(ニラソバ)だ。

で、我々が担々麺と呼んでいるものは、こちらでは四川皇麺となっている。

こちらは高い分、大満足の一杯だった。

ここ最近、滅多に出くわさない味わいである。

落花生も混じっているようなペーストが全体にたっぷりと掛けられていて、赤茶けた湖の中にふわふわの花崗岩で出来た雲が浮かんでいるかのようだ。

今は閉業してしまった担々麺専門店の味が若い日からの基準になってしまっているため、もう一度食べたいと思えるような担々麺は片手で十分足りてしまう。

ここのお店が三本目の指となった。

つゆを飲み干し、汗だくになりながら御会計。

一人で四、五人前の料金になったのだが、普段からそれくらい食べている。

【七月号】ヨモツヘグリ #006 日本橋 鶴田【キ刊TechnoBreakマガジン】

地下鉄からしばらく通路を歩き、最果ての出口から地上へ。

重厚な石造りの要塞染みた街並みに、眩暈がしそうだった。

橋の向こう側のここは、まさに彼岸と言っていい。

三越前は権謀術数の拠点さながらである。

楽天家の僕も、流石に首をすくめて俯き加減でいる。

きっと素性なんかはすぐに洗われてしまうだろうから。

そんな僕の隣を肩で風を切って歩く美女、モツ野ニコ美。

今日の装いは暗い色をした薄手のジャケット。

その襟元に身分証代わりのバッジをつけている。

人形町を拠点として行動している彼女にとって、ここ室町は校舎裏の空き地のようなもので、いつでも友達がいるような遊び場らしい。

繰り返しになるが、僕にとっては場違いな感じがしている。

どうして少々、いやかなり落ち着かない気分でいるのかというと、ここを歩いている僕自身は身分を偽っているからだ。

モツ野女史が襟元のバッジと同じものを僕に渡してくれていたというのが理由なのだが。

こういうのは何度やっても慣れない。

もちろん、不自然にならない程度の無表情でいる努力は怠らないが、それと同時に演技力ばかりが向上していくのが果敢ない。

僕とは打って変わって、からりと晴れた夏の日差しのような表情の彼女に、今は寄り添って歩くしかない。

「実は、そろそろネタ切れなんじゃないかって思っていたんだ」

「何、お店が?そんなことってあるのね、貴方よほどこだわって選んでくれているから」

そうだ。

僕たちはドラえもんやサザエさんの世界にいるんじゃない。

この生活は、時間の流れを感じなくなるほどに引き延ばされている様でありながら、実際には現実感の欠如が漂っているだけ。

煮込みが売りの居酒屋さんなんて、そういくらもあってたまるか。

名探偵が行く先々で人が死ぬようなものじゃないか。

僕たちは創作の世界の住人じゃないし、この物語を読んでいる人たちは本当に少ない。

そんな気がした。

下調べしておいたお店は、建物を隔てて一つ向こうの通りにある。

道を折れると、ガラス張りのひさしがせり出した大きなテラスだ。

明治神宮とまでは無論言えないが、都心のほんの一角を、緑で飾り立てて憩いの場にしたいという心意気が感じられる。

僕はこの界隈に明るくないため、この光景に出くわして驚いた。

モツ野女史の表情は変わらない、明るいままだ。

陽が沈んで、真の意味での僕らの時間が来るまでまだまだ時間がある。

なんだか全てが爽やかで、さっきまで僕の気持ちが沈んでいたのが、なんだか馬鹿みたいに思えてきた。

突っ切って車道沿いへ出る。

「乃二子さん!」

行きがかりのスポーツカーから顔を出したのは、霞ヶ関でさえお目にかかれない様な美丈夫だった。

いったい何処で仕立てたのかというような格子模様の生地のスーツは嫌味さがなく、ただ着ているのではなく着こなしているというのが分かる。

男は二、三軽口を叩いた後に、悪戯っぽい笑顔を残して車と共に走り去った。

「のにこって…?」

「人形町ではそう呼ばれてるのよ」

良い印象を抱かなかった男のツラの余韻を、彼女のあっははという哄笑がかき消した。

なんだか今日はそわそわしてたまらない、さっさと酔ってしまいたい。

通りの一つ向こうを少し行って、そのお店はあった。

ここはすでに神田駅前と言ったって良い。

人目を引く真っ赤な灰皿、それとスタンド看板。

もつ焼き 煮込み 鶴田

入り口の脇にビールケースをひっくり返してできたテーブル席が二、三。

中の座席は全て埋まっている。

僕は予約しておいた名前を告げた。

時間がずれ込んでいるとのこと。

席はすぐに空く予定なので準備するとの由。

それまでテーブル席で飲み物を飲んでいてほしい。

以上、諸々伝えられたが、楽観的にならず予約して良かった。

奥のテーブル席の男と背中で触れ合うことになるので、僕たちは隣り合って腰掛けた。

僕は瓶ビール、彼女はあんず酒のソーダ割り。

梅酒も置いてあり、選べたのは良かった。

奥の向かいには、男の連れの女性客が居て、さらに店内が見渡せる。

十名規模のL字型カウンター、四人がけの正規のテーブル席が三つ。

運ばれてきたグラスには『竹野内 豊』と印字されている。

これには驚いた。

つい最近、大昔の特撮のリメイクとして作られた邦画を二本観たばかりだったからだ。

それすらも、五十年前の名画ではあるのだが、その二作で印象的に登場していた俳優の名がそれだった。

モツ野女史もたまたまそれを観ていたので、以前その話題で盛り上がったこともある。

乾杯して、僕はその日特に多く流した汗を補った。

懐かしいその二作の映画を振り返りながら。

で、瓶ビールが一本空いてしまった。

すぐに空くと伝えられた席の方はまだ空かない。

奥のビールケースに陣取った男女にはすぐに煮込みが出された。

僕は『すぐに』席が空くと言われたことと、それまでは『飲み物を』飲んでいてくれと言われたことの二点に縛られていた。

竹野内豊と書かれた空きのグラスと、いつ言い出せるのかも分からない品書きを眺めながら。

目の前の女性客が、煮込みに箸をつけるなり、人眼も憚らず黄色い声を上げた。

あまりの柔らかさに感動が堪えきれなくなったのだ。

そのまま串物の注文も始めている。

ここから先は、思い出すのも嫌だからくわしく書かない。

カウンターが空いてから通されるまでにまだ時間がかかった。

向かいの男女がそこに移りたいと店員に申し出ていた図々しさに腹が立った。

肝心の煮込みはすぐに出る。

あろうことか、味はいたって普通だった。

串物の値段は相場の二割増し、都心の価格は腐敗している。

ブレンズなどのように、希少部位と呼ばれる物も確かにあるのだが。

それを焼き手は一人で二十本も三十本も焼いている。

案の定、黒焦げになった側がお皿に向けられて提供されることになる。

数量限定で焼きメンチというのがあるが、見るも無惨な代物だ。

ふと壁を見やると、禁酒町いや錦糸町に姉妹店があるという。

競馬中継でも見ながらこういうゴミゴミしたところで飲むホッピーは格別だろう。

問題は、ここが日本橋室町であるということだ。

もはや室町というより、神田という土地に対する嫌悪にすら発展しそうである。

散々に書いたのは、散々な感傷に浸っていたせいだろうか。

カウンター右隣で何も知らずにニコニコしているニコ美女史に申し訳なく思える。

だからこそ、このお店で眩しかったのが彼女の笑顔だった。

などと気が利き過ぎるが為に、歯が浮くようなことを書こうと目論んでいる訳ではない。

むしろ、値段の倍くらいに盛られたモツ刺しが、安くて美味くて新鮮で眩しかった。

気が良くなって日本酒の徳利がついつい何本も空いた。

思い出したが、その日は寝不足で、にもかかわらず飲みの誘いを強行してしまったのであった。

なんだか最近、調子出ないな。

食べ過ぎだろうか。

【七月号】総力特集 トリアーデ【キ刊TechnoBreakマガジン】

ヨスガ一、一つの中に対立する矛盾を内包するものを特定する。

(松岡正剛は、これを「コクがあるのにキレがある」というビールで暗示した。)

ヨスガニ、対立を行き来すること。

(それにより期待される何かがあるとでも言うのだろうか。)

ヨスガ三、数直線的な正負の対立ではなく、三軸の導入をすること。

(松岡正剛は、それを真行草で暗示した。)



この議論に私が辿り着く前に、孔子の「知好楽」は導入していた。

楽の境地に到達して終わるはずもなく、生の営みを仮託すべく、三角形の各頂点にこれらの字を置き、各辺を矢印に換えることで、知好楽サイクルとした。

サイクル化した際、余白が気になったので、そこにはめいめいが自分の人生を漢字一字で表したものを書き入れられるようにした。

私が選んだのは、遊だ。

仕事と勉強の人生に遊ぶためである。

「正反合」をイタリア語でトリアーデと称するらしい。

三位一体やトリニティではキリスト教的に過ぎるので丁度よかった。

知好楽の次に正反合を扱うと言うのは飛躍を感じるものの、勇気を持って跳んでみた。

「カラマーゾフの兄弟」で、私は大審問官の直前に兄弟が交わす議論が好きだ。

イワンが主張する神の否定に、彼の身が引き裂かれる悲痛さが感じられ、「正」性を証しているかのような説得力がある。

一方、アリョーシャの「反」論というかなだめ方は言葉少なげで、彼の生来の純真さゆえに単なるお人好しの傍迷惑な信仰心とも受け取れる。

彼らの議論を総「合」して、我々がどのように一歩進めるのか。

私の場合、神の在不在は措いて、常に隠しカメラの存在を気にするようにしているのだが、下巻においてそれは形を変え、イワンの元にも現れることになるのが面白い。

名所旧跡の無い土地であっても、春には花が、秋には月がある。

いやいや、雪こそ冬のものなれど、花や月は移ろう季節の中で度々表情を変えて親しみが持たれる。

花見酒、月見酒、雪見酒。

一人よりあなたと二人、たまには二人より皆と一緒に。

米と豆の国、日本に生まれた私たちは、ほんとうにお酒が好きなんだな。

「雪月花」を私はこのようにとらえている。

「猪鹿蝶」はもっと細分化されている。

花札というくらいだから、月々の花や風情が描かれている。

一月の松や八月の芒、十月の紅葉が記憶からよみがえる。

意外にも四月は藤だった。

今年わが家に初めての藤の花が咲いたのも四月のことであった。

簡単な診断で花に例えてくれるようなものを試してみても、自己理解が拡がるかもしれない。

拡がりと深まりが同義であるかは疑問、というか早期に解決すべき課題のように思われる。

人間の活動を三つに分けた仏教語、「身口意」などは、自己理解というよりも自己自身を表すものだ。

心と身との数直線的な対立を、言葉を以て立体的にしているのは面白い。

私は言語化という言葉をあまり好まないのだが、好んでいる人たちの言には、心と身体の悩みを自分の言葉にして整理する事への純真な信仰心が有るように感じられる。

ならばそれを、わざわざ否定しようとは思えぬ。

心と身体に別の軸を持ち込めば「心技体」となる。

さあ、この問題をよく理解することは可能だろうか。

ありがたいことに、落合監督の事例をもとに『体技心』を紹介している記事がすぐに見つかった。

フィジカルを完成させた上に、技の反復練習を重ねることで、ブレないメンタルを作るという理屈らしい。

ルールとジャッジの世界の中でなら、ユークリッド幾何学のようにそれは成立するだろう。

これに対し、当てただけでは勝てない弓道の世界では、正射正中を視られる。

実は、オイゲン・ヘリゲルの「弓と禅」、「アスリートの魂」の増渕敦人さんを、松岡正剛が私に紹介したことが、この果てしなく思えたトリアーデの最初の一歩なのである。

弓道のみならず、武道の始祖と言われる柳生宗矩の「兵法家伝書」には何が、沢庵の「不動智神妙録」には何が書いてあるのか併せて知りたい。

競技や武道は合わないという人にこそ、着目してほしい事例がある。

「プロフェッショナルー仕事の流儀ー」京菓子司、山口富藏さんを取材した回だ。

先代の父から老舗の暖簾を継いでから、それまでの顧客たちから十年も「お父さんの時とずいぶん違う」と言われ続けて来たのだと言う話だ。

先代の父と全く同じことをしているのに何故、と言う気持ちが十年付きまとった。

その中で、京の伝統を活かすために、山口さんは猛勉強を積んだ。

今では、源氏物語の夕顔が主題であるという無理難題の様な茶会の菓子を依頼されても、顧客に感動を与えられる菓子を、苦労の中に楽しみを見出しながら作れるようになっている。

「守破離」の中にも、誰に師事し、どう生きるかという、「心技体」に通ずるものを感じずにはいられない。

さて、ヨスガ三に至るための足踏みはこれで十分だろう。

次にヨスガ一に関して、ビールだけではなくコーヒーを取り上げてもいいだろう、対象年齢の幅を広げることもできる。

コーヒーの面白いところは、苦味の先に甘味があるということだ。

ここに両者を対立させないように、味覚からではなく嗅覚の助力を仰ぎ、香り高さを第三軸に加えることにした。

「苦甘香」は試みに私が用意したコーヒーを表す造語である。

ナンバーワン・オンリーワン・「     」

二十年前のトリプルミリオンヒットが、我々にどんな影響を与えたか、知らない。

だが、我々に新たな観念が与えられたのだ。

ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン

と。

私のすぐ近くに、日本一を目指して結果を出している人物がいる。

彼が、私のそばでしていた雑談が耳に入ったとき、悲しい気持ちになった。

「あの歌のせいで日本は弱くなったんですよ」

聞き手の大御所も同意していた。

知らなかった、無自覚だった。

ナンバーワンを目指す人の努力を、認めていない自分がいたらしいことを。

ナンバーワンは一握り、それになれなかった多数のオンリーワンがいた。

だから売れたのだ。

この両者が、潜在的であったとしても、対立してはならない。

ヨスガ一が、こんなところにもあったのだ。

ヨスガ三の方法に縋るしかなかった。

「競っても争わん」

全ての対立への答えになってほしい、だが性善説にすぎるだろうか。

「笑顔が一番」

韻を踏んではいるものの、理想とは、実現性の低さを表明するものなのか。

「ラウンドワン」

対立をやめてボウリングやゲームに興じて仲良くなろう、新たな価値の創造とは、存外カンタンな大喜利で成り立つのだろう。



ヨスガ一から三までは、私自身に課された逆禁忌であった。

ヨスガ、溺れる者が掴む藁、罪人のための絆。

ヨスガ二、対立の行き来には慣れていた。

何せ、ハイパーネガティブとウルトラポジティブを併せ持つエクストリームニュートラルの私だ。

小林秀雄が紹介してくれた孔子像が与えてくれる、中庸を行きたいと思っている。

すると、苦いと甘いの対立が見えてきた。

ナンバーワンとオンリーワンに融和の困難さが潜在しているのではないか、という危機感を持った。

人間関係でも、一つの中にそれが二つ含まれている。

好きと嫌いの対立。

ありがたいと迷惑の矛盾。

喧嘩するほど仲が良いという逆説。

ヨスガ一の特定が徐々に進んできた。

ここでヨスガ三に気付くことができた。

そうだ、対立は正負の数、中学一年生的で直線的な対立だ。

こう書き切ってしまうと、対立に価値はない、幼稚だ。

この直線の対立の両端を握って、真ん中から膝でへし折り、そこにもう一本軸を足してみる。

十回に一回でいいから、イイねが貰えるかもしれない(ただし、イイね、深いね、ユニークだねを私は懐疑的に使用している)。

コーヒーの香り高さ。

ラウンドワンで過ごす時間。

恋愛感情に気付くこと。

親子関係は時間をかけて受け入れること。

両端を行き来して相互理解が深まること。

トリアーデ。

そんな言葉を以って表すべきではないかもしれないが。

海外で確立された概念も含め、遠い遠くの先人たちが遺したはずの漢字三文字。

それが相続されていることに勇気がわいてくる。

新たな価値観の創出はそこからなされるはずだ。

残されたトリアーデは「衣食住」ではない。

生きることそのもののこれは、深淵すぎる。

これから立ち向かうのは「真善美」だ。

取っ掛かりの様子見に、まずは各個撃破を敢行したい。

「真」の友情や「真」の愛情は金で買えまい。

「一日一善」で何かがおぼろげに見えてくるのではないか。

小学生に「美」ってなにと聞かれたとき、「美しいもののことだよ」と答えることのないように。

「知好楽」サイクルのように「真善美」も三角形にしてしまおうか。

中心の余白にどんな字が当てはまるか。

「幸」だったらいいな。

この一年、そんなことばかり考えていただなんて、信じてもらえるだろうか。

【七月号】巻頭言 セイ、ショウ、キ【キ刊TechnoBreakマガジン】

谷川俊太郎さんの詩、「生きる」を聴いた。

朗読しているのは佐藤浩市さん、私の好きな俳優さんである。

私は、谷川さんのこの詩は好きではない。

当たり前の事を書き連ねているだけという印象がするからだ。

泣、笑、怒、自由

時間をかければ、誰の頭の中にも思い浮かぶだろうから。

そんな中で、隣の部屋から人の声がして、遠くに工事の音がする。

それが、果たして生きているということなのだろうか、実感が伴わない。

ぼ~っとしていると、

鳥ははばたくということ

海はとどろくということ

鳥の自由さと海の雄大さを対比して持ち出すのはナカナカのテクニックだ。

しかし、少々あざとさも感じる。

そして、

かたつむりははうということ

「一寸の虫にも五分の魂」という言葉がある。

私は自分自身を、よくそんな風に思っている。

私の魂を踏みにじる連中の、何と多い事か。

だからこそ、私は一寸の虫のように生きねばならない。

常に強く。

たまに、儚く。

感動の無いものに向かって、心動かされることなく、分析的な文章が生まれた。

そして、その「生きる」という詩の中に、自分自身を見つけられたのだ。

こんな私であっても。

そうか、これこそがあざといテクニック。

だいたいの迷っている連中を拾うための、荒すぎず細かすぎぬ、ずいぶん広い網。

それはミニスカート

かもしれない。

だったら尚更、その網の中、現実といってもいいような網の中。

そこへ行くための入場券は、謹んでお返ししなければならない。

そんなような気がしている。

詩と批評とが寄り添うように、私は人に寄り添いたい。

過剰な感情に顰蹙を買いながら、相手の迷惑も顧みず。

そんな自分を誰も許しちゃくれまい、それが自分自身だったとしても。

自己実現より自己叛逆、それくらいが上々だ。

自分の中に、何か対立する矛盾があるだろうか。

セイ、ショウ、キ

網の中にも外にも、言葉がある。

ミニスカートの中も外も。

セイ、ショウ、キ

一義的な言語記号の世界、動揺も無ければ感情もない。

セイ、ショウ、キ

言葉と言葉が癒着して嗚呼と言う新たな価値が創られる。





生きる

谷川俊太郎

生きているということ

いま生きているということ

それはのどがかわくということ

木もれ陽がまぶしいということ

ふっと或るメロディを思い出すということ

くしゃみすること

あなたと手をつなぐこと

生きているということ

いま生きているということ

それはミニスカート

それはプラネタリウム

それはヨハン・シュトラウス

それはピカソ

それはアルプス

すべての美しいものに出会うということ

そして

かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ

いま生きているということ

泣けるということ

笑えるということ

怒れるということ

自由ということ

生きているということ

いま生きているということ

いま遠くで犬が吠えるということ

いま地球が廻っているということ

いまどこかで産声があがるということ

いまどこかで兵士が傷つくということ

いまぶらんこがゆれているということ

いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ

いま生きているということ

鳥ははばたくということ

海はとどろくということ

かたつむりははうということ

人は愛するということ

あなたの手のぬくみ

いのちということ

【六月号】環状赴くまま#010 田端—駒込 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

前回の目的地だった田端駅に訪れるのは、人生で三度目となる。

駒込で南北線から山手線に乗り換えて一駅。

これから歩いて駒込駅まで戻るというのだから、少し可笑しい。

そしてその駒込にはバンドの拠点があるから、勝手をよく知っている。

印象に反して駅構内にはスターバックスがあった。

もっと不便なのかと勝手な印象を抱いていたのだが、この後でさらに払拭されることとなる。

今夜の旅の伴を待つ。

参院選を間近に控え、駅前のロータリーには鴬嬢の声が響く。

たしか、候補者の事を三枚舌、四枚舌と褒めちぎる内容だった。

Shunが来た。

「そこの飲み屋良い雰囲気だぞ」

「ここはスタート地点なのよ」

とか言いながら、まだスタートしない。

平日夜に二人で会うのは本当に久しぶりだったのだが、来られないと言っていたShoからさっき連絡があったので、待つ。

といっても、集合時間の十九時半に全員揃った。

コンビニでエビスビールを買って、乾杯。

外環右回りは道がないので、やむなく環内へ進入。

駅前の並びにはガスト、目利きの銀次、家系ラーメン。

立ち飲み屋さんもあるようだ。

Shoが仕切りに感心しているので同意した。

一食一飯に取り上げられていた回転寿司のもり一さんまであるではないか。

駅の真横にあるとは、羨ましいかぎり。

田端文士村記念館、芥川龍之介をはじめとする作家・芸術家たちを展示する施設だ。

ここを右回りにぐるっと囲んだ坂の名が江戸坂。

田端の台地から下谷浅草方面に出る坂だからその名なんだとか。

坂道を登るのは久しぶりという気がする。

陽が落ちているのにとんでもなく暑い日だった。

缶ビールなんかもうぬるくなっている。

前回もそうだったから、これは夏場の教訓である。

吹きすさぶ風がせめてもの救いだ。

坂の上に赤提灯。

写真がぶれたのが口惜しいが、塩煮込と書かれているのに矜持を感じる。

腕自慢の労働者と言った風情の方々が入り口側に陣取っていた。

ここから、一先ず外環を目指して北上する。

評判が良いそうなので、前々にピンを打っておいた浅野屋さん。

芥川龍之介が通っていたというお蕎麦屋さんだ。

今月、芋粥を読み直していたから感慨深い。

鮮魚の三島屋さん、作家とは無縁だろう。

前後に同じ名前のお寿司屋さんと懐石料理屋さんがある。

我々三人にとって、三島といえば静岡県の思い出だ。

さらに北上。

手前に見えるひさしは服屋さん。

スタートして十五分程度でやっと高架上に出た。

前回の見晴らしの良さで、秋刀魚の背骨のような線路をずっと見渡せるこういうのが見どころだと期待したが、野暮な鉄パイプに阻害された。

あんまり悔しかったのか、Shoが狂人の真似を始める。



さっきまで北上した道を左へそれる。

分かりにくいが、路地はそこにある。

それほど大きくは無いが、あって嬉しい公園。

ここではShoが外星人ごっこ。

宇宙船のようなオブジェに這入り、航空宇宙工学科連中はイキイキしている。



前回から、こういう線路沿いを尾根と呼ぶようにした。

なんというか、ここに来るまでの紆余曲折があるからこそ、尾根を歩くのが心地良いという気になれる。

そう言った点で、手軽な登山体験のようだ。

田んぼの端なんて貧乏くじ引いちまったなどと、アウトレイジの真似をしてShoが言う。

先ほどの上り坂の果てにある、ここが下り坂。

登山体験と言ったが、八重洲から始めた頃には無い風情だ。

東京は広すぎる、いや表情が多すぎる。

船橋ノワールを書いていても感じたことだ。

目を引いたので写したが、拡大して撮ったのでイマイチ臨場感に欠けてしまった。

帰ってから調べたが、キリスト教教育に力を入れている男子校のようだ。

もしかすると、平野耕太氏の電脳研がある学校かもしれない。

字楽先生がHellsing最終話に登場したのは感涙ものだった。

坂道の下に踏切。



その先に、カラオケかパチンコ屋の電飾じみた光が輝いている。

かなり場違いな感じがする。

その違和感を、瞬時の想起が解決する。

まさかと思って駆け寄る。

そのまさかだった。

ソープランド、太閤。

五三の桐紋がいやらしい。

太閤という割に価格帯は木下藤吉郎レベルの激安店だ。

風聞では妖怪揃いとかなんとかで、突撃取材する気にはなれない。

お金を貰ったって嫌である。

嗚呼、遠くにパリの灯が見える。

この日のお店は東十条に本店を構える名店、まるばさん。

お刺身もやきとんも、種類豊富で鮮度抜群。

鮮魚に特化したお店もやきとんに特化したお店も、この界隈で知ってはいるが、本当に好きな人を接待するなら迷わずここにする。

今書いていて思ったのだが、あんまり記事にして教えたくないお店だった。

一同気取ってシャリキンで乾杯。

濃すぎて笑った。

それにシャリキンはすぐに溶けてぬるくなる。

だから、ほとんど一気飲みというような格好になる。

鰹と縞鯵。

三人で来たので一切れずつ多くつけて下さった。

さらに、余っていたワラサも。

予約したほどの人気店、混雑の中で心配りがありがたい。

マグロ頬肉の炙り焼きは、食わせる気満々のフレンチの様である。

この後、上レバ、カシラ、チレ。

牛のような豚ハラミの炙り焼きなど。

箸休めに無限ブロッコリー、かぶときゅうりの浅漬け。

どれもこれも安い、美味い、間違いない。

あまり言わないようにしていたが、バンド十周年を迎えて初顔合わせの我々だ。

Shunは平成最後の歌Ωをいたく気に入ってくれているようで、僕は嬉しかった。

ということは、都合付けて来てくれたShoにも感謝しかない。

翌日は週一のバンド定例会である。



編集後記

今月号のヨモツヘグリは、#005にして従来の物語と逸れている。

タイトルや書き出し、その他さまざまな仕掛けがあるのだが…

言ってしまおう、一食一飯改め優しい約束の宜敷準ことエージェントyが、ついに船橋ノワールの世界と本格的な接点を持ったということである。

続報を待たれたし。

【六月号】酒客笑売 #003【キ刊TechnoBreakマガジン】

高校進学後から制度化された門限が、次第々々に延びて行き、いよいよ撤廃されたのが二十五の頃だったろうか。

文句があるなら家を出れば良いわけだが、生来の無計画が動脈瘤のように人生の行き先に詰まっており、おかげで私は成人を過ぎた子供のままでいる。

恥ずかしくはないのだが、恥ずかしむべき次第である。

仕事は向こうから来る、男は三十過ぎてから、この二つを心の中に無闇矢鱈と高く掲げて居たために、二十五の頃も非正規雇用に甘んじていた。

親からすれば、その時の私に一度見切りをつけた格好だろうか。

帰らぬ子を心配するのではなく、帰らぬ子は親の手を離れたと認識することが肝要である。

帰る選択をするより、帰らない選択の方が楽なのだから。

帰っていた頃もあった。

制度がまだまだ厳しい、学生の時分である。

酒を止めろとか、家を出て行けと言われては生きて行かれぬ。

私個人の権利を守るためには、酩酊しても泥酔しても、家に帰ると言う義務の履行は必須のように当時は思えていたのだった。

必ず帰る。

終電過ぎまで飲んで、東西線が東陽町止まりしかなかった時でも。

必ず帰る。

東西線を西船橋で起きることなく、折り返し逆方面の中野で起きたとしても。

必ず帰る。

いや、中野止まりならまだしも、運悪く三鷹まで行ってしまったときには帰れなかった。

駅から最寄りの古びたビジネスホテルのフロントに、ここのホテルと共に歴史を歩んできたかの様な古びた、それでいて気品のある老紳士が居たのが印象的だった。

必ず帰る、たまに帰れなくなる。

そんなこんなで、次第々々に門限は延びて行ったわけである。

千葉県船橋市に住んでいるから、東西線の終点である西船橋を中心に行動することになる。

そんな私でも、ここはどこだ?という経験が何度かある。

今日はそれをつらつら書く。

酒客ならば誰しも経験のある、珍談とも妙談ともつかぬ漫談である。

最初の衝撃は大船駅だった。

ということは京浜東北線だろう(酔っているので定かではない)。

私は西船橋から飯田橋を経由して荒川橋へ勤めに出ている。

端にあるから橋なのではないが、端から端へと移動する。

王子、十条、赤羽の呑助ゴールデントライアングルで気炎を上げる。

すると、赤羽から王子までのわずか二駅の帰りに深い眠りに就くことがある。

そのまま大船にたどり着くまで気付かない。

鎌倉市、小林秀雄の拠点ではないかと感慨深くなるはずもない。

前後不覚であることに変わりはないし、不慣れな駅はそれなりの規模があり、終電過ぎの時間に辺りは真っ暗で判然としない。

夏場なら路地裏のコインパーキングの端で仰向けになって、空が白む頃まで眠る。

幸いにも冬の大船へ終電で着いたことはなかった。

この頃は修行の成果が大分身についたらしく、大船まで足を伸ばしてしまうこともなくなった。

万一そうなったとしても、今ならば何処かへ転がり込むだけの元手はあるだろう。

駆け出しの頃は放埒生活がゆえに手元不如意がいつものことであった。

運悪く真冬にこうなったのが、東西線から東葉高速鉄道線へ抜けた東端、東葉勝田台で目覚めた時だ。

何紙か買った新聞紙に包まってアーケードの下で横になったのだが、あまりの寒さに耐えきれず、三十分おきにコンビニのカップ麺で暖を取るなどしていた挙句、たまらずなけなしの有り金をはたいて目の前のカラオケに逃げた。

たまに駅前に乗合の白タクがあるが、それでも安いとは言えない。

通常のタクシーなど言わずもがなである。

池袋からタクシーに乗った時と変わりない様に思えるのだが、酒客の記憶違いだろうか。

一方で、南北線から埼玉スタジアム線へ抜けた北端、川口元郷は駅前が全面公園のような歩道である。

辺りが真っ暗なのを良いことにごろ寝したが、朝日に照らされた私は通勤客たちの見せ物になった挙句、近所の無宿人から声をかけられた。

同僚たちがよく知っている土地柄なので、あぁあそこで寝たんですかと随分驚かれる。

知らぬが仏だが、死人に口なしにはなりたくない。

先日、大船に行かなかった代わりに、何故かはじめて蒲田で気付いた。

「久しぶりに地獄の様な飲み会がしてえ!」

と会長の一声で後輩三人と連れ立った帰りだ。

地獄の様な飲み会というのは、私自身が遺伝子レベルで記憶を消してしまいたくなるような醜態を晒すためか、私自身に記憶はない。

代わりに周囲の後輩たちが記憶していて、後日職場の記録に残る。

で、私の隣駅に住んでいる後輩と二人仲良く蒲田に落着し、アパホテルの厄介になった。

朝起きてシャワーを浴びて出るだけ。

アパホテルでなければならない理由はないのだが、酩酊泥酔状態の酒客に経世済民の判別などつくはずもない。

そうそう、この日も万一が(確率的には百に一程度の頻度とはいえ)起こったのだが、いつものことながら手元不如意である。

インターネットカフェで済ませれば良いものを、後輩に借してもらって泊まった。

翌昼前に起き抜け、近くにたまたまあった燕三条系ラーメンに這入って迎え酒。

おつまみが豊富で上機嫌である。

よほど飲み過ぎたのか、後輩はげんなりしている。

出されたラーメンの異様な威容に圧倒され、彼は悶絶していた。

そのお店は亀戸でよく行っていたので、私は懐かしく美味しく頂いた。

帰りに電車の中でベラベラ喋った挙句

「元気すぎ」

と言い放たれたのは忘れもしない。

興じて

「次から一駅分、ここ(電車の中)で俺が土下座し続けられたらもう一件付き合ってよ」

と言い返したのだが、彼にはまだ理性が残っていたらしく、我が野生の土下座は実現しなかった。

さて、今回も字数が近づいてきた。

またいつか、高島平で会いましょう。

と言いたいところだが、肝心の高島平に関する知見を示し、同じ悲劇が繰り返さない様にしておく義務があるように思える。

南北線で飯田橋を寝過ごし、目黒だか白金高輪だかから折り返す際に、おそらく赤羽岩淵行きではなく都営三田線の西高島平行きになってしまうらしい。

三鷹と東葉勝田台を行ったり来たりするだけの単純な東西線(および総武線、東葉高速鉄道線)に慣れた身には思いがけない陥穽、いや関頭である。

板橋区だか練馬区だかの奥地には四年に一度程度のありがたくないオリンピックみたいな頻度で流れ着く。

掃き捨てられるとも、吐き捨てられるとも言って良いだろう。

周囲には何もない、大通りをずっと遡って、二駅先へ行かねばならない。

西高島平、高島平、西台。

ここへ来てやっと駅前らしい施設が現れる。

二、三十分歩いた末、そこのインターネットカフェに泊まるのだが、そのときの安堵と言ったらない。

都営三田線での失敗は、疲れることはあっても絶望することはないのだ。

野宿する時は、2Lのお茶のペットボトル、親指で持つ部分に窪みがあるのをコンビニで買うのをおすすめする。

水分補給は無論だが、枕にちょうど良い。

#003 手元不如意の金色不如帰 了

【六月号】ヨモツヘグリ #005 門前仲町の名店【キ刊TechnoBreakマガジン】

店舗は、忽然と姿を消したわけではなかった。

だが、下されたシャッターの外側で、僕たちは呆然と立ち尽くしていた。

中には確かに人の気配がする、酔客らの談笑が聞こえて来る。

僕たち二人のためにあるかのような張り紙。

いついつから閉店時間が繰り上げられたと告知されている。

今は十九時二十分。

L.O.十分前のようだった。

通りの向こうに袖看板が見えたとき、不慣れな街ゆえの安堵があった。

四人連れの背広姿が踵を返すのが見えて、まさかという気がした。

実は先月一人で様子見に来た際、臨時休業だったからだ。

まさか、また。

門前仲町の名店、大坂屋。

理由は違うがまたしても食いっぱぐれたようだ、どうやら。

不慣れな街に慣れるために一度来たのだが、この日は別経路で来店したのだ。

しなやかな着こなしの、モツ野ニコ美と名乗る美女が手土産を持ってきたから。

その手土産は手掴みで、この後に控える乾杯の練習をしてから頂いた。

おむすびでも頬張るみたいに、一体何が結ばれるんだろうと考えながら。

広場を探し、ベンチに腰掛けて。

その公園は案外すぐ見つかった、近所の小さい子らがを母親たちに連れてこられていた。

ユークリームという人形町の名店のものだった。

苺と生クリームのタルト、チョコレートとフランボワーズのクーヘン。

僕は後者を選ばせてもらった。

濃厚なチョコレートが口の中でこってりと溶け、フランボワーズの強い酸味が二口目、三口目を強烈に促す。

毎日でも食べたいが、僕はスイーツ中毒になっていないのが救いか。

僕は手を伸ばしても食べられないものが食べたいのだ。

こんなふうな差し入れなんて最高じゃないか。

自分で自分に差し入れるわけにもいくまいし。

周囲に巻かれたフィルムを剥ぎ取って、くっついたチョコレートを舐め取る。

「僕は、ここが一番好き」なんて言ったりして。

一食一飯改め、優しい約束の宜敷準一にフードロスはあり得ない、いや。

「芥川龍之介に、ケーキを巻いたフィルムばかり寄せ集めて、好きなだけ食べさせるって話、あったわね」悪戯っぽく横顔を見つめられている。

あれは五位の心理と行動と変態食欲と貞操観念のアラベスクだ。

そう考えるとこの物語も、ヨモツヘグリと言わず、芋粥としてもよさそうだ。

あれには道中を共にする利仁というバディも居たっけ。

『芋粥を舐めるのは、お前ではあるまい。邪なるイエス、矮小な待ち人。五位の役回りを演じるにはもっと相応しい男が居るし、何よりお前にはあの芋粥を全て平らげるだけの業を授けてやらねばな。』

頭のどこかで声がしたような気がして、yは少々暗い気持ちになった。

その声の主が誰なのか、彼が知るのはもうじきのことである。

口にできないものを食べるのがヨモツヘグリの極意であるとしたら、一度口にしたものを再度口にするというのは一体何と呼べばいいのか。

ところでその頃、“団地”こと習志野軍閥行田駐屯地ではW大尉が大きなくしゃみをした。

ソゥ准尉はそんな彼に「Bless you!」と言ったが、大尉はその心意気を気に入った。

顛末を知らないのは、まるで世界で彼だけのようなのが皮肉だったのだが。

地下鉄の駅から門前仲町の地上へ顔を出せば、街全体が縁日のような風情である。

先日の下調べで見ているとはいえ、まだ慣れるには少しばかり異様な光景だ。

脊椎のような大通りから、ぐっと外回りで大坂屋まで行くところだったが、しっぽりと手土産に舌鼓を打つのに肋骨のような路地へ踏み込んだ。

仏門か宗門か神門か知らぬが、なにやらその手の門前なのだろう。

かつてそこらの神社で日本刀を用いた殺しがあったというらしい。

下見の段で大坂屋が臨時休業だった時には、落胆しながらも隣の路地を覗いて、煮込みと書かれた随分と大きな赤提灯を頼ったのだった。

規模の小さい中華料理屋染みた引き戸を開けると、なんとカウンターのみの立ち飲みで店内に入れるのはせいぜい六名程度、券売機で食券を買うというのが笑えた。

出された煮込みは、これはこれは、加賀屋名代の煮込みのようではないか。

そんなものは加賀屋で頂けば良かろう。

さて、今夜ニコ美嬢をエスコートすべき、煮込みを提供してくれる夜会はどこだろうか。

そんなことを話すために、例の路地へと連れ出してきたのだが。

店舗は、突然に姿を現したのだった。

路地を曲がり、大きな赤提灯が視認できる程度の距離で、さらに右手へと折れる方だ。

ひさしの小脇に書かれた、あの文字は。

店舗正面に横向きに置かれたスタンド看板に書かれた、あの文字は。

煮込みバル、と書かれている。

辺りはまだ真っ暗になりきってはいなかったが、さながら我々を誘う魔の巣が目の前に現れた様だった。

店の前まで行くと、以前はスナックだったとでも言いたげな扉の作りをしている。

僕たちは見つめ合い頷いてから、意を決して把手を掴み開いた。

ダウンライトの落ち着いた光が溢れる店内に、小綺麗な四人掛けのテーブルが三、四。

金曜の夜なのに他の客は一組もいない。

「どうぞ」

まだ若手に属するようでありながら、しっかりした体型の店主が笑顔で言った。

以上が、金曜の僕たちに起こったささやかな奇跡の一切合切。

真ん中のテーブルに着く。

飲み物のリストから、ちょっと洒落っ気を出してヒューガルデンの生。

モツ野女史にはぴったりの、あらごしもも酒があったのでソーダ割。

正面の黒板にこの日の煮込みが四種類書かれている。

豚肩ロースのトマトチーズ煮込み

合鴨と黒トリュフのクリーム煮

和牛すじ肉の赤ワイン煮込み

肩ロースとポルチーニのフォンドボー煮

左右の壁にはそれ以外のメニュー。

前菜や各種アヒージョ、豊富なパスタ。

飲み物が運ばれてきた。

「今夜は暑いので」

と気の利いた一言を添えて、野菜の彩が美しいピクルスが提供される。

鰹のカルパッチョ、煮込みを二種類注文。

ビールを飲み終えたらワインにしよう。

なんでも、ここの煮込みは白にも合うように味を整えてあるんだそうだ。

その夜、僕は少し悩ましかった。

食べ放題のバゲットに添えられた、バニラ香るバターがあんまり美味しかったからかもしれない。

【六月号】総力特集 劇場版少女歌劇レヴュー・スタァライト【キ刊TechnoBreakマガジン】

「貫いてみせなさいよ、アンタの煌めきで」

幾千万のポジションゼロが、煌めきの奔流となって嵐の滝の如く吹き荒れる。

東京タワーという舞台を無用のものとした彼女らの、一体どちらにアタシ再生産が起きたというのか。

トマトは潰れたが、失墜のままでいるのは誰か。

違う、開演したのだ、今。

スタァライトは、必ず別れる悲劇。

いや。

次々と告げられる訣別。

天堂、西條、実力ある者の順に咲く。

露崎は自信に満ちている。

花柳は世界を見据える。

石動は地べたに咲かず、翔ばんとす。

大場は台場へ、大舞台へ。

星見、日本一の英文科で星を掴むか。

愛城だけが、別らない。

神楽、不在の存在感。



「友よ」

ワイルドスクリーンバロックが 開幕する。

皆殺しのレビューは逆光を背にしてこちらを見詰めている。

純白の虎こそ、狩り立てられる獲物に相応しいのだから。

あなた、分かりますか、ルールが分かりますか?

誰も分からないままに応戦するしか無い。

一対多の死線の果てに、狩り立てられているのはどちらなのか。

ワイルドスクリーンバロック、自然の摂理なのね。

間奏が極大級の盛り上がりを見せる。

天堂だけが気付く、これがオーディションでは無いということを。

すなわち、私たちはもう舞台の上だと。

横たわり、血を流す少女達の中に、きっと私たちも横たわっていた。

舞台装置だと檄を飛ばされても、私たちは狼狽えていた。

ここから先、まばたきも赦されないであろう事に。

大場ななは、小学一年生でもア・プリオリに知っている簡単なことを、たった五分のレビューで明らかに示した。

ワイルドスクリーンバロック、弱肉強食という名を借りた絶対運命黙示録を。

「囚われ変わらない者は、やがて朽ち果て死んでゆく。」

聖翔音楽学園 第一〇一回公演の決起集会で配られた未完成の台本。

今は、今だけは、スタァライト九九組に沈黙していて欲しいと願った。

弦楽と鍵盤の織りなす旋律が、脚本家と演出家の心意気を誰もが受け止めていることを聴かせる。

舞台に関わる全生徒たちが、既に舞台の上に立っているからだ。

「生まれ変われ、古い肉体を壊し。新しい血を引き込んで。今いる場所を、明日にも越えて。辿り着いた頂きに、背を向けて。」

眩しすぎることも無いのに、だからこそ余りにも美しすぎて、全文を引用した。

ここで曲が転調する。

アタシ再生産が、一人一人に起きる。

彼女たちの覚醒を、特等席で見ているのは私たちだ。

「さぁ、張った張った!」

この後、わがままハイウェイが続くのは言うまでもない。

まるで流れ星のような二人だねと、眩しくて、眩しくて。

劇場にいる私たちは、まるで原始人のように言葉を失った。

仁義なき戦いのジングルのオマージュであることに気付くまで三ヶ月を要するほどに。

少女たちの誰もが発心と決心をする中で、ただ一人だけ、相続心の芽生えた者がいた。

九十九期生、露崎まひる。

夢咲く舞台へ輝く少女。

彼女の選手宣誓は見かけに過ぎぬ。

たった一人だけ選ばれた者だけが授かる金メダルを得るに相応しいかどうか、神楽ひかるのライバル。

いや、断罪の審判者だ。

その強さは、怖さを克服したが故。

怖さから、目を逸らさない強さ。

だから、執着しない、舞台で生きていく決意を、神楽ひかりに相続し、彼女もまた次のレースへ、別の舞台へ。

そうだ、スタァライトは、必ず別れる悲劇。

いや。

確信する、彼女の次が輝くことを。

二度目の鑑賞は、私に狩りのレヴューの意外な良さを気付かせた。

帽子の中の果実は潰れ、虎は檻の中に捕えられ、ななの咆哮が一擲する。

弓矢は狩猟のためにある、純那にとってそれは当たり前のことだ。

そして、作家の言葉が彼女の力だ。

「さあその牙抜きましょう」

あまりにも美しい歌声が伸びやかに響く。

言葉が彼女の背中を押してくれる、言葉は彼女の力なのだ。

だが、借り物の言葉は届かない。

言葉を託された矢は、大場の刃で両断される。

眩しいのは星ではないのだ。

星を掴もうとする姿こそが眩しい。

しかし、それももう見られないらしい。

「君は眩しかったよ、星見純那」

ゲーテ、ニーチェ、ヘッセとは誰か。

それは他人だ。

他人の言葉ではダメなのだ。

「殺してみせろよ、大場なな!!」

大場ななは取り乱し、見失う。

お前は何者だ、と。

それはお前自身か、と。

彼女は応える。

「伊達に何度も見上げていないわ」

星見純菜は、主役を演じた。

大場ななは、舞台に徹した。

それだけの違いでしかない。

そうとも、180°逆を向いて歩き続ければ、地球の裏側でいつか必ずまた会える。

断ち切られた写真の切り傷は、もう一度癒着する。

二人は、同じポジションゼロを歩いているから。

作中で最も爽やかな涙と、天堂真矢ぐらいにはなれる予感を確信させる決意の眼差し。

この後、天堂真矢と西條クロディーヌが頂上決戦を繰り広げる。

私は彼女たち二人を良く知らない。

まるでそれは、彼女たちだけが、お互いを良く知っているかのようだ。

光、よく影を知る。

影だけが、その光に応える。

そして、神楽ひかりがその舞台へたどり着く。

愛城華恋の待つ、東京タワー。

其処が一体何を暗示している場所なのか、知らない。

知る必要もあるまい。

彼女たちがいる、その場所がポジション・ゼロなのだ。

アタシは、アタシが立っている所にいる、それ以外のどこでもない。

そう言っているのだ。

スタァライトは、必ず別れる悲劇。

いや。

さっきまでの死んだ肉体に別れを告げて、彼女たちの誰もがアタシ再生産を迎える。

それを悲劇などと。

エンドロールが否定する。

眩しいからきっと見えないんだ、と。

地球で一番キラめいた少女の上位八人だ。

ポジション・ゼロって気分だぜ。

換言するならば、あなたの目を灼くのは光だということ。

【六月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #003 餃子の王将【キ刊TechnoBreakマガジン】

十個上に星の先輩というのがいる。

星野先輩ではなく、星の先輩だ。

最近はめっきり頻度が落ちたが、以前はほとんど毎晩飲み歩いていた。

一食一飯の頃より、もうだいぶ前のことになる。

軍閥の食堂で昼を食い、夜は船橋で飲み歩き、これで朝食まで一緒に食うことになったらそれはもう夫婦と言っていいだろうと内心思っていた。

お互い未婚である。

夜はずっと仕事の話で飲んでいる。

星の先輩は、習志野の士官学校で一番の文官だ。

私から誘うのが四、向こうからが二、他所様と合同が一。

こうなると、何が仕事で何が日常か判然としなくなる。

当時もまた、私にとって一つの危機だったのだと思えてくる。

過渡期ではない現代なぞ、過去に一度だってありはしないのだ。

あるとき、星の先輩から東北旅行の提案があった。

仙台で落ち合って一泊。

その日は先輩の御学友も参加し、車を出してくださった。

翌朝は松島へ向かい、牡蠣とビール。

その後、フェリーで塩釜まで揺られて、電車で山形県の山寺へ。

登り降りしてから、再び電車で酒田市へ。

彼のご実家がそちらにある。

夏の旅行だったのだが、既に陽は落ちて真っ暗だ。

駅までお父上が迎えにきてくれた。

二十分ほどでご実家に到着。

真隣が小学校という、随分と恵まれた幼少期が過ごせそうなお宅だった。

すると、夕食の準備にまだ少し時間がかかるから、と前置きをした上で

「星を見ようよ」

と申し出があった。

この話をすると誰もが笑う。

ついたあだ名が星の先輩、なのである。

笑い話の自覚が最近できたので書いた。

さて、最近はめっきり頻度が落ちたのではあるが、先日久しぶりに飲みに誘った。

すると珍しく、ここに行きたい、と先輩の方からお店の提案をされた。

近々値上がりするそうなので、その前に行きたいと思ったんだそうだ。

餃子の王将である。

普段は一人餃子なので、今回は期せずして楽しめそうな運びとなった。

どこにでもあるようでいて、動線上にないため、滅多に行かない餃子の王将。

お店に這入る前に雨が降り出したので、駆け込んだ。

十七時過ぎ、店内にはそれほどお客はいないので助かった。

席につくなり先ずは生ビール、と行きたいところだったが。

生ビールセットのようなのがあり、これが笑える。

生ビール、餃子一人前、それとシャウエッセンの茹でたの三本で千円弱。

ふふ、王将餃子六個対シャウエッセン三本でとんとんとは。

ちょっと待たされてビールが出てくる。

乾杯して飲み干す、もう喉がカラカラだ。

味も何も判らないが、発泡酒ではないことは確かだろう。

美味い、脳髄がパチパチするかのようだ。

グラスが空になった瞬間に餃子が二皿と、シャウエッセンが一皿来る。

もう一皿は出来次第運ばれてくるらしい。

先に星の先輩に譲った。

お互い餃子には手をつけず、ビールをもう一杯注文する。

で、ちょっと待つ。

我々の良くない癖というか呪いというか。

飲み干す、ツマミ来る、飲み物待つの悪循環がよくある。

ちょっと待たされてビールが出てくる。

いよいよ餃子をぱくり。

極薄の皮は何故かパリパリに乾くことなく、十分に潤いを帯びており、官能的な口当たりをさせてくれる。

僕は思わず顔を赤らめでもしそうだった。

まさか飲食の快感を、言ってはなんだがこんなチェーン店でさせられるとは思いもよらなかった。

まだ一口目なのに再度の来訪は間違いない。

餡にしっかりと味がついているのも良い、涙が出てきそうになっている。

日暮里の仇を王将で討った。

ここまでコンマ三秒の感動である。

感動はビールで一気に流された。

夢か現か、確かめるように二つ目を口に放り込む。

絹のように滑らかな食感のおかげで、閉じ目に施された襞の一つ一つまでもがはっきりと感じられる。

僕が餃子を食べているのか、餃子の方に僕の舌を食われているのか判然としない。

官能的な口当たりというのは、どうやらそういうことのようだ。

忌々しくなって、その感情ごとビールで飲み干す。

何て美味しい食べ物がこの世にはあるのだろうかと、そんなものは錯覚だと一生に付されるかのような幻覚を見た。

気を取り直し、先輩に遅れて届いたシャウエッセンへ。

横にあるケチャップはこの日は一度も使わなかった。

ハリのある皮を破って口の中を縦横無尽に駆け巡る肉汁は、やはりこちらに軍配が上がる。

何もつけないでも食わせる気概を感じる塩味が絶妙だ。

売り場で見かける包装の鯨幕めいた不吉さを一顧だにさせない、貫禄の逸品である。

で、ビール。

口の中が上海対ミュンヘンの代理戦争状態ではないか。

餃子二個からシャウエッセン一本で食べ比べながらビールを飲む。

交互に繰り返してその優劣を測る。

測り切れるものではない。

ホッピーセットに移行して、もう一巡比べてみる。

判らぬ。

しかし、この餃子が一皿二六◯円というのが破格であることは解る。

対するシャウエッセン三本の価値は、二六◯円足り得るのか。

ここが争点だ。

疑問は解決せぬままに夜が、飲酒が加速する。

星の先輩は歴史好きで、僕のことを真田幸村と喩えるから彼の判断はなんとも言えない。

【五月号】環状赴くまま#009 西日暮里-田端 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

まだ陽が出ていることを懸念しながら、西日暮里にたどり着いた。

しばらくこの嫌な感じが続く事になる。

18時半、帰宅者たちの波が途切れることのない駅前である。

シャッターを切るのに難儀し、不審な目で見られたかもしれない。

少し歩いた所にセブンイレブンがあるのがやや不便で、エビスビールの取り扱いがないことは非常に不便に感じた。

ロング缶は残り半分でぬるくなるのでショート缶で出発した。

いい飲み屋というのは隠れているもので、駅前は殺風景だ。

おさらいすると…

前回のゴールで伺った千べろの喜多八さんは、良し、後で気付いたのだが、チレ串を注文しておけばよかった。

普段Kと訪れているのが、一つ向こうの路地にある千べろの三吉さん、ポタージュ風味のモツ煮はもう十分だがそれ以外はリーズナブルで種類が豊富。

大勢で飲むときによく利用する筑前屋さんが、西日暮里では韓国料理の李朝園さんと融合しているので、注文の幅を広げたいときには来たい。

ではおさらいを終えて出発する。

改札の向こう側にある路地から田端駅に向けて北上。

信号の先にあるさくら水産とミライザカが殺風景さに拍車をかけるかのようだ。

両店に挟まれた路地を行きながら、私は日暮里ー西日暮里間で感じた死の予感に、再び囚われそうになっていた。

繰り返しになるが、帰宅者たちの波は途切れることがない。

駅から離れたため、人混みと感じることはないのではあるが。

そこを駅へ向かって、手に手にA4サイズの洋菓子の手提げを持って、帰宅者たちと逆向きに歩くのは喪服姿のサラリーマンたちだったことが尚更不気味だった。

涼しい風がそよいでいたのがジャケット姿にせめてもの救いだったか。

T字路を左方向へ、そのまま真っ直ぐ歩けば次の駅に着きそうだ。

非常にシンプルなのだが、趣きのある風情が立ち並んでいる。

このポンプ置き場もまた、T字路の起点だった。

後ろを振り向いて一枚。

左方向には駐輪場が続くのでさらに北上していく。

と、右手に廃墟らしき建築物。

大学の研究棟かと思えたが、施設として生きている感じはしない。

帰宅者の群れを受け入れる街にポツンと現れる死の感覚。

後日調べると荒川区立道灌山中学校跡だという。

太田道灌公は日暮里駅前に碑が立っていた。

信長の野望で都心を選択すると太田家で始めることになる。

隣にはすぐまた駐輪場が、あるのだが、道が右へ九十度折れている。

地図を確認すると、真っ直ぐ続くはずだった道を一本間違えて進んでしまったようだ。

スタートから十五分経っている。

うなだれながら急ぎ足で来た道を戻った。

ポンプ置き場で見過ごしていた掲示板。

妙な自負心を感じる街の宝石店、珍しくて振り向いて撮影した。

気を取り直して、改札正面の路地に移動して再北上。

ゆるやかな坂がしばらく続く。

沈んだ気分は最低辺にある。

選択を誤るとまた行き止まりに着くことになる、表示に従えるので助かった。

ここらで尾根に到着した。

なんとも見晴らしが良い。

素晴らしい。

日光から中禅寺湖へ向かう途中、いろは坂を過ぎて明智平ロープウェイの展望台に着いたときに感じた開放感であると言っても過言ではない。

ただ見晴らしが良いだけではない、ここはこの尾根道が良いのだ。

感慨に浸っていると回送電車とすれ違ったのだが、誰も乗っていない電車の死の予感が、今は不思議と肯定的に捉えられた。

誤解のないように繰り返すが、見晴らしが良いことは言うまでもない。

この時、十九時前である。

幽明境を異にする夏の黄昏時が、死の空恐ろしさを生の充溢へ一変させてしまったのだ。

引き続き一本道、しばらくは下り坂だ。

先ほど私が言った、尾根道の良さが伝わりそうな写真が撮れた。

熱いコトワリと書いて、熱理さんの工場が蒼然と現れた。

映していないのだが、この逆側には安心のスーパー、マルエツさんが存在する。

その先に、少し歪な四叉路があった。

今日のゴールはこの先に設定してある。

実はこの界隈、良い飲み屋さんがあまり見受けられないようなのだ。

が、意外とあるな、こちら二件。

で、修繕中のこちら、恋湊さんは以前利用させてもらったお店。

美味しいお魚を出してくれるコスパの良い居酒屋だ。

目と鼻の先にある初恋屋さんも母体が同じらしく、地元の名店と認められている。

こちらのお店は禁煙のため、近くの煙草屋さんが用意してある灰皿まで移動して吸う必要があることをここに記しておく(煙草を楽しんでいる方がいたため、今回写真は控えたが、そこは四つ前の写真の路地にある)。

喜多屋酒店さん、角打ちをしてらっしゃるお客さんたちが見受けられた。

この界隈、飲み屋さんは少ないながら、名店揃いか。

正面から撮影しなかったが、浅野屋さんはお蕎麦屋さんだ。

お蕎麦屋さんにしては有り難いことに二十二時閉店、飲んだ〆にうってつけだ。

そして、本日のゴールがその向かいにある。

立飲スタンド三楽さん。

この店構えを見よ、くぐってみろよこの縄のれんを。

中にあるコの字カウンターは、全盛期にごった返したであろうお客たちを悠々受け入れたであろうと感じさせるような広さだった。

店内は外見以上に汚いのだが、それが良い。

すでに先客が七名ほどいらっしゃる。

私は指を一本立ててカウンターの角に着いた。

十九時五分、道を最初に間違えたのを差し引いても、景色の良さが歩みをゆっくりさせたらしい。

間を置かないように店内を見渡し、酎ハイ二五◯円とお刺身の二点盛り三五◯円を注文する。

酎ハイとお通しのお新香がすぐ届く。

「六百円です」

このお店も立飲みによくあるCODだ。

立飲みが本当に久しぶりなので驚いたが、以前の感覚を取り戻せた。

二点盛りはマグロとホタテ。

厚みは絶妙で、値頃感を保っている。

黒みがかった赤は久しく見ていないのだが、マルエツさんで売られている物とも思えない。

私としては全肯定メニューである。

とりガーリックペッパー焼き二五◯円、スパサラ一六◯円。

これは驚異的である、他所の半額だ。

レモン酎ハイ二七◯円、これで丁度良い酔いとなって帰路へ。

珍しく昼食が腹持ちしていたのでどこかに寄ろうとは思わなかった。

田端駅は左手にある緩やかな坂道を登ってすぐにある。

次はいよいよ駒込、私が山手線のハブとして最も高い頻度で使用している駅へ。




編集後記

何よりも環状赴くままが神回だった。

つい書き過ぎてしまった、写真が多い記事なので語り過ぎは無用かもしれない。

逆に、他の文章作品にほんの一箇所で良いから光る物を添える努力をしたい、書いたらそれで良いという物でもあるまい。