【五月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない)#002 日暮里馬賊と京の華【キ刊TechnoBreakマガジン】

巷の連休というものは、僕みたいな血で血を洗う洗濯屋稼業とは無縁だ。

裏街の清掃員に休みなし、などというと気取り過ぎだと笑われるだろうか。

といったって、軍隊所属のエージェントみたいなものなぞ開店休業だし、デスクに座って読書でもしているのがせめて仕事をしているふりを神様に見せる身ごなしだ。

そんな日常だったのだが、たまたま妙なめぐり合わせで足を使う羽目になった。

お決まりの日本橋室町界隈よりも北へ、上野から日暮里。

最近、なぜだろうかこの付近に寄ることが多い気がする。

奇妙な縁だ。

上野に比べて、妙に手狭な感じがするこの土地だが、上野と比べること自体が酷か。

どうにも日暮里には目を引くお店が少ないというか、それを良いことに「目を引くような主張をしている店舗」に人が集まるかのような気がする。

そんなわけで、一仕事終えてからここのランドマークの一つともいえる、駅前の「馬賊」に這入った。

昼食時と夕食時のちょうど狭間だったのだが、店内はほとんど満席だったのが驚きだ。

僕の次のお客からは待たされている。

瓶ビールと手打ち餃子。

ここはもう十年位前に一度寄ったきり。

前に、いや前の友人が

「ここの餃子はとても美味しい」

なんて言っていたのを思い出す。

あいつは、今頃シドの地を踏みしめているだろうか。

突き出しに出たもやしのナムルで飲み始めながら昔が偲ばれた。

足で稼いだ仕事の対価が喉に心地良い。

待っている間に、空席に着いた他のお客たちの注文が聞こえる。

やはり餃子、それと担々麺。

女性の一人客もそれを頼んでいたのが印象的だった。

僕も担々麺を頼もうと思っていたから、見当外れではなかったようだ。

じきに餃子が運ばれてきたので、担々麺を追加した。

そのあとに来た学生のような四、五人組がやはり餃子と担々麺。

それを大盛りで注文していたのは盲点だった。

僕もそうすればよかったのだが、次は無いようにしたい。

熱そうな餃子が五つ、互いにそれほど癒着することなくひっくり返っている。

見た目にはドライな印象。

潤いを表に出さず、皮それ自体に秘めているかのようだ。

一口焼き目をかじれば、カリリという音が響きそうに思える。

僕は小皿にお酢ばかりだっと垂らし、そこへ醤油を一滴程度の気持ちで落とす。

ラー油は多めに入れる。

準備万端、火傷しないように半分かぶりつく。

『難しい』

これが第一印象。

梅雨の季節の空模様みたいな皮の食感なのだ。

極力風流に言ってみたが忖度してもらいたい。

餡は薄味で繊維質だ。

用意してある調味料を個人々々で調合して合わせたい。

この調合具合が餃子食いの醍醐味と言える。

鎮江香醋くらい強いのが欲しくもある。

僕のドライマティーニを意識したタレの調合では弱すぎた。

つまり、そろそろハッキリ言うが好みではない。

餃子はタレで食わせておけ、物言わぬそんな声に賛同はしない。

そろそろ坦々麺が来そうだ。

皿に残った最後のは一口で頬張れるくらいに冷めている。

餃子一人前を食べ切るという物語は、展開がハッキリしていて面白い。

吹き冷まして半分ずつ食べる段、冷めたのを口に放り込む段。

それに寄り添う小皿のタレ。

最後の一つを口の中全体で噛み締めるが、やはり梅雨空を連想させる。

しかし、これを風流だと感じている人々が居るらしいことも事実。

そうだ、日暮里駅前の気質や風情を堪能するのに、味覚第一主義である必要はない。

この店が、あるいはこの土地が愛されているのだという証拠だ。

僕はお店の中で一人だけ疎外感を抱いているようだった。

届けられた坦々麺もまた難しかった。

表層は真っ黒で、そういうタイプもあるだろうからそれは良い。

だが目を瞑って食べたとして、坦々麺であると看破できるだろうか、覚束ない。

坦々麺ではないと偽って出されたとしても、この挽肉の飾らないそのままの感じから察知できるだろうか。

なるほど、手打ちの麺は他所にはない食感だった。

もちもち、しっとりとしていて、あんまり美味しいからと言って頬張りすぎると咀嚼が大変になる。

なんとも、もしかすると本物の手延べ素麺ってこんな感じなのかもしれない(実際の手延べ素麺は、工程のほとんど全てが機械化していて人の手が加えられていないのが一般的な商品で、意外にも梅雨の季節を二、三度越してコシを出すのだという)。

これが本場の汁なしになったらどうなるだろう、いやメニューにあるのはつけ麺か、どんな味がするのだろうか馬賊つけ麺とは。

そんなことを思いながら再訪しているうちに病みつきになってしまうのかもしれない。

僕は十年に一度で十分という気がしているのだが。

五十二万五千六百倍の差があるのが可笑しい。

坦々麺を大盛りにしなかったことと、餃子が難しかったということもあり、もう一軒気になった店舗へ行った。

駅から見て左翼にある「京の華」だ。

黄色い看板が嫌でも目立つ。

ここもまた、「目を引くような主張をしている店舗」の一つに数えたい。

餃子をテーマの食べ歩きのつもりだったが、僕はこういうことは一度ちょっとずらしてみる。

黄色の看板には青字で「手打拉麺」「焼小籠包」と書かれていたから、焼き小籠包を注文した。

六つで八百四十円、某有名小籠包店より少し値が張る。

高くて美味いがこの小籠包の欠点でもある、高くて美味いは当たり前だ。

役職手当が付くと忙しくなるというのと同じだ。

だから僕は一生ヒラで居たいし、安くて美味くて嬉しいお店を足で探したい。

それを誰かと共有するのは幸せなことだからだ。

小籠包はヒダが下になって焼き目が付けられている。

注文を受けてから焼いてくれるので十分弱で到着する。

絶対に熱いから、泣く泣く一つ目を箸で破り、タレに浸してかじりつく。

ここでもお酢に醤油を一滴、生辣油といった辛味ペーストは多めに入れる。

『難しい、いや上手くいかない』

裏目ばかり出ているのか、僕が低い位置にいるから裏目が見えてしまうのか。

判らない。

焼き小籠包というのを良いことに、これも手打ちと思える皮は厚ぼったく、中の餡からはそう多くの肉汁が感じられない。

僕が世界一好きな餃子も手打ちだから、今更手打ちなぞというものを有り難く思わなくても良いような気すらする。

気落ちしたせいで自棄になって火傷した。

二個目に勢いよくかぶりついてしまったためである。

最初の印象から、中に肉汁はそこまで含有されていないと見誤った。

前歯によって裂かれた皮の切れ目から、勢いよく肉汁が真上に飛び出した。

それが僕の上唇の外側を縦に焼いたのだ。

これには流石の僕も悄気た。

この後頼んだ坦々麺の大盛りも、さっきとほとんど同じだった。

【五月号】総力特集 今夜、すべてのババァで【キ刊TechnoBreakマガジン】

「好きな映画は何か」と聞かれたら、俺は相手を選んでこう返事する。

「『許されざる者』だ」と。

「あれは大人になった、男から漢になった、女からをんなになった、俺たちのためのアンパンマンだ!」と声を大にして言うだろう

だが、本当に気心の知れた、あるいは心を許したいと思える相手には

「『マーズ・アタック!』一択だ!」と言葉を贈る。

今夜、俺はババァに関する詩を書きたい。

よみがえれババァ、俺の腕に抱かれて。

ご存知、ティム・バートンの奇形趣味。

ジャック・ニコルソンのジョーカーも素晴らしいが、続く『リターンズ』では何とペンギンとキャットウーマンがダブル悪役で登場し、以降の流れを、トゥーフェイスとリドラーのように決定付けた。

下水育ちの醜男&神経症染みたOLが強い力で中指を立てるような様は、見ていてなんとも共感を禁じ得ない。

(最新作『ザ・バットマン』ではペンギンを演じるコリン・ファレルの原型も留めない特殊メイク&キャットウーマンを演じるゾーイ・クラヴィッツの予想を裏切る期待以上の魅力など見所満載だった。)

その奇形趣味が遺憾無く発揮されているのが、『マーズ・アタック!』である。

脳味噌から目が飛び出したような火星人もさることながら、ババァだ!

このババァ、もうほとんど呆けてやがる!

漫★画太郎が描くババァの腕力を全て呆けに振ったかのようなババァ!

お前のようなババァがいるか!!

いたとしたらよぁ…てめー俺だってそうしたぜ!

『マーズ・アタック!』が俺のババァ趣味に火を付けたんだ!

どう考えたって、俺と、一緒に暮らしてるギネスババァを描いた作品だ!

(ギネスババァとはShunメンバーが家に来た時に、俺の祖母が着ていたTシャツにGUINESSのロゴがデカデカと書かれていたから以来そう呼ばれている、呆けてはおらず頭はしっかりハッキリしている。)

とにかく、観ろ!(雑)

現代の逆姥捨山がそこにある。

男よ、孫よ、無力なままで居てはならぬ。

さて、俺はジブリが嫌いだ。

バランスを取るためにディズニーも嫌いだと言っておく。

だが!

嫌いなジブリにもババァは居る。

ここは湯婆婆とかいうババァが経営しているから、『ババァの湯』だろうか…。

ん……んん〜?

これはババァじゃなくて奇形だ!

俺はババァが好きなんだ、奇形じゃねぇ!

何だこのババァ、ガンジャガンギマリ夏木マリがCVか!

ガンジャ「お客の全ては生かして於けぬ」

とか言って、ババァがミサイルみたいになって雲戻しガスのタンクに穴を開けた例のシーンは普通に泣いた(雲の王国)。

あれババァ出てないのに普通に泣けるの何でだろうか。

のぶ代がババァだからだろうか。

あと、カリオストロとジョドーみたいなババァいるよね。

これだ!

「あたしゃ、電気が嫌いだよ!(大事なことなので)」

このババァ達がたまらねえんだ!

テクノも嫌い、実写だったらピエール瀧かな。

白内障気味白髪のババァと力を合わせて、二人が身分と貧富の差をこえて作った渾身の鰊のパイを、小娘が一瞥するなり

「ババァのパイは食えたもんじゃねぇ!」

って呪詛をまともに浴びたせいで、魔女が魔力を失う展開には大いに得心するところがあった。

嫌いなものは嫌いと全力くそデカVOICEで言い放つ、その態度嫌いじゃないぜ。

だから俺からも言ってやる。

「オメェもいずれはババァになるよ!」

って、たまたま4/29の金曜ロードショー、魔女の脱臼便かよ!

最後、落下するガキを間一髪でキャッチしたときいわしたよね。

渡に船というか、三途に脱衣婆よろしく流し見た。

そしたら、ババァ!

二度も出てくるのかよオイシイなぁ。

ジョドー寄りのババァ、バァサって名かよ、ババァだな!

箱を開けたらチョコケーキ「運び屋本人が自分自身に届けろ」って依頼…あれか?

これ「Get Backersー奪還屋ー」だ!

ジャスト一分だ、夢は見れたかよ。

この映画、ババァ二人の悪夢か?いやいや。

魔法が使えないと何の取り柄も無いって?

「プログラミングの勉強したら結構いろいろ出来るよ」

ババァ、アドバイスが的確だな!

聖剣エクスカリバーならぬ、ババァ切り安綱ってあるよね。

漫★画太郎も(全然別のいつものクソ漫画として)コミカライズした、世界の名作『罪と罰』にそれは描かれている!

いや、ただの斧なんだけどさ。

ん〜、なんつうか、ババァを斧で切った話蒸し返してたら、俺の中のババァ成分がもう切れちまったみてえだな。

取って置きのババァを出して終わるか。

これだよ!

八つ墓村の岸田今日子は一粒で二度美味いぜ!

この岸田今日子の魅力を何遍でもしゃぶり尽くせるのが『御家人斬九郎』だ!

世界のケン・ワタナベといなせな若村麻由美、ここにババァが絡む!

松平麻佐女は九人産んだ肝っ玉バアさんで、家柄を誇っているものの超貧乏(ウチのギネスババァは本名を正子というのに妙なシンパシーを感じる)。

斬九郎は「かたてわざ」という副業を稼ぎにしているが、上りは麻佐女が高級料亭の食い道楽に注ぎ込んでしまうから親子喧嘩が絶えない。

しかも麻佐女は薙刀の達人でその腕前には斬九郎も敵わない上に、平気で抜刀し恐喝恫喝罵詈雑言のキチママだ!

このババァが鬼の形相から一転、斬九郎の稼ぎをヒョイと受け取っては「こればかりじゃ雀の涙」などと言いながらえも言われないラリ顔(脳内飲食によるエンドルフィンMAX状態のご様子)を見せるのだ。

もうね、岸田今日子さんを見るための時代劇なのだ、岸田今日子さんが居なければシーズン5まで続かなかっただろうね。

以上がババァを出汁にした記事だ、美味かったろ。

かちかち山の伝統を継承した、正真正銘のババァ汁である。

【四月号】棒きれ #001 鯖の詩【キ刊TechnoBreakマガジン】

今日も鯖

明日も鯖

鯖鯖鯖鯖

鯖が好き

朝起きて

鯖食べて

回転寿司では

鯖で〆め

塩焼きだ

照焼きだ

一時間かけた

鯖味噌だ

鯖缶は

大根煮

冷や汁にしても

イイ感じ

夕食は

お刺身だ

衣まとわせて

揚げ物だ

今日も鯖

明日も鯖

鯖鯖鯖鯖

鯖が好き

鯛が好き

鮪好き

それでもやっぱり

鯖が好き

【四月号】もう付属の餃子のタレを使わない(かもしれない) #001 大阪王将業務用冷凍餃子【キ刊TechnoBreakマガジン】

学部一年の頃、二外の講義で

「ドイツで早い、安い、美味いを狙うならケバブです。おまけに、栄養バランスも良いから、長旅で資金面が不安になったら、屋台がそこら中にあるからおススメです」という話があった時、

『餃子みたいなもんか』とふと思った。

美味しんぼのアニメで山岡士郎が、餃子は完全食になりうる云々していたためだ。

資金面が安心だった欧州旅行において、ドイツでは右も左もバーガーキングで世話になり通し。

結局、買い食いした屋台はブランデンブルク門に臨んだカリーヴルストと、オクトーバーフェストの出店だけ。

だから、ケバブには少しも縁が無かったのだが、餃子には少なからぬ因縁がある。

因果、と言っても差し支えないかもしれない。

先日もその因が生じた。

モツ野ニコ美女史と、業務上の連絡を取っていた終わりのことだ。

やりとりの仕舞いに、その日は家で餃子を食べたなどと話が出た。

理研の大葉ドレッシングにつけたらいくらでも食べられるのだとか。

僕は家で餃子ということを滅多にしない。

作ることになるためだ。

市販のものを焼くくらいなら、別のごった煮なりなんなり作ってしまう。

しかし、彼女の意見は、僕の心に抜けない棘となって残留した。

僕にとって餃子は、地元の町中華と、木場の来々軒の二つで自足できる。

しかし、それも小さな世界の出来事だ。

ありのままの人生に折り合いをつけているような場合ではないのではあるまいか。

モツ野ニコ美という、素性も本性も本名も不明の謎の女。

不定期で行われる、彼女と同じ現場での仕事が少しだけ楽しみになっているのだが、その合間々々の慰みにでもふらっと餃子で飲み歩きというのも、なかなかに酔狂なものだ。

と思って、早速買ってきた。

先ずは、家で、だ。

家から始まり、家で終ろう、と思う。

買ってきたのは、業務用の大阪王将冷凍餃子。

千円弱で、五十個前後入っている。

話は逸れるが、#001ということで、まあよかろうと思って述べる。

千円で五十個なら、一つ二十円。

なるほど、これを業界最安値と仮定してよかろう。

近所の好きなお店では、五つ四百円。

自分で作れば、二十四個で五百円ほどだろうか、手間賃も含めば額は跳ね上がるが。

何が言いたいというわけでもないが、有り難いことと当たり前とを混同してはなるまい。

では、作る。

冷凍餃子の有り難さは、作らなくて良いことである。

だから、焼くだけで良い。

だが、私は焼かぬ。

串うち三年、裂き八年、焼き一生。

鰻と一緒というわけでもあるまいが、私には焼きの技術はないに等しい。

日にたった三度しかない食事の機会を、焼きに左右されて一喜一憂したくはない。

なので、茹でてしまう。

男三人なら、大鍋に全てを入れて水を張り、茹でるだけ。

一人の夜は、小さなフライパン一面に餃子を載せ、水に浸して火にかける。

沸騰したら食べ頃、というわけにはいかない。

その時は、まだ餃子の温度にむらがあり、冷たい箇所が残っている。

沸騰させたまま三分程度が良い。

少々煮過ぎたとしても煮崩れしないのは大したものだと思う。



アクアリウムを優雅に遊ぶ観賞魚というには大袈裟にすぎるが、真っ白な金魚が一面にたゆたっているようだ(金なのか白なのかという議論は置くとして)。

これを湯豆腐すくいでドゥルルルル。

湯豆腐すくいでドゥルルルル?

ふむ、気に入った。

理研の大葉ドレッシングで満たした器に入れてから、湯豆腐すくいでドゥルルルル。

「げほん!!」

むせた。

本来、生野菜に振りかけて頂くためのドレッシングが気管にダイレクトに作用した。

炎のさだめかと思った。

気を取り直し、渇いた心をビールで癒し、飽くことなぞないであろう戦いに備える。

二度目は慎重に頂く。

強い香りの餡と、爽やかで滋味あふれるドレッシングが絶妙だ。

で、ビール。

さっきは慌てて飲む羽目になったわけだが、やはり気持ちがほぐれる。

餃子とビールでドゥルルルル。

美味しい、楽しい、心地良い。

なんかもうこれだと、餃子は飲み物。

……と言うのはパクりみたいで面白くないから、餃子は麺類。

となると焼き餃子は焼きそばみたいなもんだ。

もう付属の餃子のタレを使わないかもしれない。

謎の女と、たまのモツ煮で飲み歩きも良いのだが、一人餃子で飲み歩き。

こういうのに出向いてみる気が俄然湧いてきた。

【四月号】ヨモツへグリ #003 川崎おさやん【キ刊TechnoBreakマガジン】

約束の地、シド。

誰がそこに行く。

僕と、その他に誰かが。

その誰かと、僕は会えるだろうか。

いつか、どこかで。

七輪の煤煙に包まれて。

策が成るか成らぬか、成るように為すのか。

二十日ほどの勤労、心労、気苦労、過労。

あとは実働部隊が為すこととして、僕は連絡会の帰路についた。

隣を歩いているのは深緑のコートを着た女性、謎の女モツ野ニコ美。

風を切るようにして二人は、日本橋一丁目を歩く。

僕は肩の荷が降り、彼女は現状の成り行きに満足していた。

「時に」と言って我ながら可笑しな日本語を口走ったものだと思わず笑い、「銀座線で新橋へ出てから、川崎まですぐなんだけど。」口調が統一されていないのがさらに可笑しい。

「川崎、そうね」彼女が微笑してこちらを向いた。

「覚えてる?」

「もちろん、いつ行けるか楽しみにしてたの」

「今夜」その日初めてしたかのように、僕たちは目を合わせた。

解放感をビールで恍惚感へと止揚する、おあつらえ向きの夜だ。

寒風すらも肌に心地良い。

川崎駅前は、さながら「池袋」の活気である。

さくら通りを横断しようとすると、外国人旅行客が立ち止まり、地面に向けて硬貨を投げた。

何かと思いそちらを見ると、ボロを着た老人が、そばに平皿を置いて地べたに座っていた。

誰が乗せたか、硬貨の枚数はそれなりにあるようだ

横切ろうとしてすれ違った、これもまたボロを着た別の老人は、高濃度酎ハイの缶を手にして歩き飲みしている。

歩き飲みの老人は、地べたの老人を忌々しそうに見下して、何事か口にしながらとぼとぼと歩いて行った。

約束の地、シド。

あるとすれば、それはここかもしれない。

そうであっても構わない。

新川通りの左側をしばらく歩く。

通りの向こうはまるでサンシャインシティを平屋にでもしたかのような施設だ。

四つ目の曲がり角は、いくらか狭い路地なので見落とさないように。

そこで折れて少し行けば、軒先に七輪を積んだその店「さおやん」が。

ガラリと引き戸を開け、奥へ。

店内は満員御礼。

そんな気がしたので席は予約しておいた。

ここ川崎総本店は朝九時まで営業しているから、待っていることができさえすればいずれ席は空くのだろうが。

モツ野女史が決めるのを待つ。

梅酒ソーダ割り、ふむ彼女の好みが分かってきた。

僕は瓶ビール。

これに併せて、煮込み二つ、鶏ユッケのマヨネーズ味二つも注文してしまう。

すぐに届いた飲み物で乾杯して喉を鳴らし、深くため息をつく。

それからすぐに注文の品が届いた。

ここの煮込みは、言うなればジャパニーズトラディショナルシチューだ。

中にはちょっと何が入っているやら分からないが、色々とゴロゴロとしていて美味しい。

硬すぎず柔らかすぎず、ハッキリと形が残っている髄がたまらない。

一口頬張って、グイグイとビールをあおる。

僕が世界で二番目に好きな煮込みである。

向かいの女性は無言で、しかしながら箸が止まらないといった感じで食べている。

鶏ユッケは満遍なくマヨネーズで和えられている。

「これが鶏マヨね」モツ野女子は臆することなく卵黄を崩し、食べた。「あっはは、これも良いわね。ねえ、七輪で焼くものも注文しましょうよ。これしかないと、すぐ食べ切っちゃうもの。ゆっくり焼きながら、それに合わせてつまみたいの」

「焼くものを注文するのももちろん良いが、食べ切ったら追加したって良い。僕はね、卑しく聞こえるかもしれないが、ここに来るたび鶏ユッケはお代わりする気でいるんだ」

と言って気付いた。

一人じゃない、独り占めじゃない、報われる瞬間だと。

ここではシビレを食べておきたい。

他所ではなかなかお目にかかれない。

シビレの語源は、sweetbread、甘い肉を意味する膵臓のことだ。

このsweetbredという言葉が日本に輸入されたため、sweetの音から膵臓と呼ばれたんだとか。

膵臓とは全く別の位置にあるものの、胸腺の事も指すそうで、まとめてそう呼ばれている。

膵臓は足が速いので、実際に店舗に出回るのは胸腺であることがほとんどらしい。

仔牛の胸腺は、フランス料理でリードヴォーと呼ばれる。

それと、刻んだネギがたっぷりと載ったハラミ。

それぞれ七輪に載せて、炭火でじっくりと焼いていく。

早くも僕の鶏ユッケがなくなったので、予定通りお代わりを注文。

それから、賽子状の豆腐、納豆、めかぶ、おくらの上にとろろがかかり、生のうずらの卵が載っている、ずるずるという商品も頼んだ。

これは醤油を適量たらして、箸で滅茶苦茶に掻き混ぜてから頂く、いわゆる爆弾というやつで、僕にとってはこれくらいのタイミングで持ってこいの逸品なのだ。

焼き目がつかないようにじっくりと焼いたシビレを互いの皿に載せる。

以前は付いていなかったが、別皿に特製パウダーが盛られている。

ははぁ、パリパリに焼いた鶏皮串に振りかける例のあれか、悪くない。

シビレはもちもち、くにくにとした食感だが、味わいは白子のように濃厚だ。

このお店、川崎さおやんには、ならではの商品が多いからいつも来店を楽しみにしている。

どうしたらこういうお店を見つけられるのか、と黙って食べていたモツ野女史が満足げに聞いてきた。

十何年も昔の記憶が一気に蘇る。

路地裏の溜まり場で一際懇意にしていた、三歳年上の摩耶という変わった名の男。

学生の頃に連れられてきて以来大好きなお店になったのだった。

彼はすぐにトヨタに就職が決まって、愛知県に越してしまった。

あんなに魅力的な人格者だったのに、最後に会った日には気弱になっていた。

友達なんてあの人にはすぐにできるだろうに、なぜか分からなかった。

会うときは決まって、僕一人だけと会っていたという理由も。

ここでならまた会える気がして、毎回通っているのかもしれない。

【四月号】総力特集 小林秀雄『無常ということ』【キ刊TechnoBreakマガジン】

 滋賀県の日吉大社、山王権現にわざわざ巫女さんのコスプレをした若い女性がやってきた。

「どうであってもかまいません。どうか、どうか」

とんとこと鼓をうちながら、聞き入ってしまう様な美しい声で唄っていた。夜も更けて人が寝静まったあと、十禅師社の前でのことである。

 なんでそんなことをしているのか、人から問い詰められると

「生死無常のありさまを考えてみれば、この世での自分のことはどうであってもかまいません。どうか死後は浄土に生まれますように」

と言ったという。鎌倉時代後期のことである。

小林秀雄『無常ということ』の書き出しは、上記『一言芳談抄』の引用から始まるが、この始まり方の効果は

「何を述べるのか、と読者に一種の謎めいた感じを抱かせ、筆者の思考のなかに一瞬にして誘い込む効果(高等学校現代文B指導書、三省堂(以下、指導書)、p.323)」

があるという。

実は、小林秀雄を扱っている教科書があるという情報を入手し、非常に頼もしく感じたのでその指導書を入手した。

今回はそれに関する雑談と情報のまとめを記しておきたかったのだが、巧く行かなかったため今こうして書き直しているところだ。

結論から言えば、やはり小林秀雄『無常ということ』は、文章でありながらもそこに確固として存在する一つの物質的な美術品である、という実感を強く感じた。

この実感が、書いておいた五千字を粉砕してしまったのである。

では改めて、『一言芳談抄』からの原文を載せる。

「ある人いわく、比叡の御社に、偽りてかんなぎの真似したる生女房の、十禅師の御前にて、夜うち更け、人静まりて後、ていとうていとうと、鼓を打ちて、心澄ましたる声にて、とてもかくても候、なうなうとうたひけり。其心を人にしひ問はれて云、生死無常の有様を思ふに、此世のことはとてもかくても候、なう後世を助け給へと申すなり。云々」

小林秀雄はこの文章を「読んだ時、いい文章だなと心に残った」と続けている。

なるほどそう思う。

日本語訳などと比べてみれば、歴然として文章の“姿”が優れている。

小林秀雄は、人間の外見と同じように、詩や文章や言葉にも姿があるとよく言う。

実はこの『一言芳談抄』の良さを共有する為に、彼は『無常ということ』を書いたのではあるまいかとも思われる(ポータルとしての小林秀雄)。

そして、小林秀雄はこう主張する。

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

『一言芳談抄』の和訳という解釈と、私が行おうとした『無常ということ』への解釈。

それを彼は否定する。

「解釈だらけの現代には一番秘められた思想だ」と。

だけど、今回、全国の中高生が格闘するであろう内容を、手元にある指導書をよすがとして、それでも解釈したいと思う。

出来る限り、解釈から離れることに努めながら。

さて、指導書の冒頭「学習目標」から三つの大問題がブチ上げられる。

(以下引用、指導書、p.310)

・「歴史の新しい見方」や「新しい解釈とかいう思想」、これらの筆者が否定している考えは何かを理解する。

・「上手に思い出す」ということと筆者の歴史についての考えとの関係について理解する。

・筆者の個性的な文章表現(文体)を理解する。

(引用終わり)

絶句である。

特に前者二つ。

文体に惚れて読み進めた経験が我々ファンにはあるので、後者一つは頼もしいのだが、それらをひっくるめて教えられるものなのだろうか。

いや、そんな事を意識しながら精読というか分析したことはないし、『無常ということ』を誰かと議論したこともない。

逆に考えれば、今の高校生はその機会を与えられて幸せということなのだろうか(三省堂の教科書を与えられなかった生徒は不幸せだなと思うとかなんとか逆説的な冗談も交えておく)。

唐突だがここで問い。

問 歴史とは何か。あなたの考えを書きなさい。

基本的にこういうのは、連想ゲームでやっていけば良さそうなものだ。

歴史という概念を中心に据え、その周辺にあるものを連想しながら言葉にしていく。

例えば、人、過去、事件、書物、記録、変遷など。

これらに語句を肉付けし、文脈化していけば良さそうだ。

答 過去の人物たちが引き起こした、あるいは引き受けた出来事や記録の変遷。

悪くなさそうだが、指導書には別の指摘も載っている。

「歴史を学ぶことで、よりよい現在の姿を探究する」という面だ、なるほど。

その後の記述には、小林秀雄の文体が「考えるようにして書いた、あるいは書きながら考えた(指導書p.310)」という指摘(文学者内での通念として一般的)、「あたかも物質的な美術品のよう(指導書p.310)」に堅固な文章という指摘(初めて見る意見だがその通りに思えて冒頭で受け売りを書いてしまった)、「「考えること」「書くこと」の奥深さに目覚めること(指導書p.310)」という生徒に向けての願い(今私がこうして書いていること自体、程度は低いが全く同類である)、こんな風なことが述べられている。

しめくくりに、「それにふさわしい批評としての「古典」といえる作品である(指導書p.310)」と、2013年のセンター試験に出題された「鐔」に対するフォローを入れているような風に見える所も面白い(後述)。

本文の要旨をまとめておく。

常なるものを見失った現代人は、もはや人間というより一種の動物である

小林秀雄がこう主張する理由として、自身の体験がまず先にある。

その体験は純粋経験と言っても良いかもしれない(これを「タイムスリップ」と表現しているYAHOO!知恵袋の回答があった、そう読み替えてみるのは良いことだと思う)。

幻覚という言葉だけで片付けられないほどに、鎌倉時代を鮮やかにありありと思い出していた」という比叡山(山王権現)散策中の体験である。

この体験をきっかけとして分析と思索を重ね、ついに

解釈づくで歴史を眺めなくなって以来、ますます歴史は美しい。記憶するだけではなく、思い出すことも必要である」という結論に到る(ベルグソンの思想の影響があるらしいが、ベルグソンについて未だ知らない)。

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

自己流で本文を紹介しようとすると、以上のようになるのだが(太字は『無常ということ』本文をパラフレーズして添えた文)、さてここで疑問。

題にもある「無常」や「常なるもの」が一体、本文の内容とどのように関わってくるだろうかということだ。

考えながら書いていたが、直観できないものは分析に頼るしかない(小林秀雄は直観なき分析はないと主張するので、その流儀から逸脱するが、直観がないものは仕方がない)。

そこで、ありがたいことに指導書があるので、それに促されてみるとしよう。

一応触れておくと、小林秀雄の「幻覚体験」の引き金となったのが、『一言芳談抄』中の短文が比叡山散策中に急に思い出されたことだ。

指導書には、当然というべきか、作者の概要を調べ学習させた後、音読と黙読を踏まえてから、『一言芳談抄』の現代語訳と内容確認を指導案の例にしている。

『一言芳談抄』は中世の念仏行者らの信仰をめぐる法語類を集録した書で、『徒然草』に引用があるという。

だから続く本文には「恐らく兼好の愛読書の1つだったのであるが、この文を「徒然草」の内に置いても少しも遜色はない。今はもう同じ文を目の前にして、そんな詰まらぬ事しか考えられないのである。」と書かれる。

例の幻覚体験の引き金となった文章があるにも関わらず、そのときの状態に戻ることができなくなっている。

ここで、小林秀雄は気付く。

「それを掴むに適したこちらの心身の或る状態だけが消え去って、取り戻す術を自分は知らないのかも知れない。」と。

しかし、そんな意見は「子供らしい」と一蹴する。

続いて、悪文登場、私の理解力不足も十分に考えられるが。

「こんな子供らしい疑問が、既に僕を途方もない迷路に押しやる。僕は押されるままに、別段反抗はしない。そういう美学の萌芽とも呼ぶべき状態に、少しも疑わしい性質を見付け出す事が出来ないからである。だが、僕は決して美学には行き着かない。」

理解力不足は指導書に促されるままに読み進もう。

曰く「「途方もない迷路」を文中で言い換えた表現は「美学の萌芽とも呼ぶべき状態」を指し、世の美学者たちが理解するような方法で「美学に行き着」くことはないと宣言している。美とは、あの経験と同様に一回限りのかけがえのないものである」ということのようだ。

悪文と断じたのはまだまだ私の経験不足だったようだ。

「僕は決して美学には行き着かない」という、これは小林秀雄がよくやる、他の一切を斬り捨てる断定だったというわけか。

キーワードから連想しながら、徐々に文脈化を進めていけば、すなわち。

歴史

―― 歴史は美しい。

―― 幻覚のような鎌倉時代の美しい思い出 。

―― あの美しい歴史上の人々や事件、すなわち景色を上手に思い出すということは、生が一回性であることに無自覚なままでいなければきっと出来るはずだ。

これを以って、私自身が『無常ということ』にケリをつけたと言っても良いだろう。

どうだったであろうか。

私の解釈が『無常ということ』本文に粉砕された様が伝わったであろうか。

それは、『一言芳談抄』の訳文という解釈と、原文の美しさとの差の様に歴然と顕われていると観てもらえるのであれば、筆者としての目的は達成したと一応は言えるか。

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

と書かれているのに、随分と駄目なことをした。。

興味本位で逆上せて、指導書なんぞ入手してみて、その暴露的好奇心を満たすために『無常ということ』を解釈してしまったことで気付けた。

学生時代に小林秀雄を読むことが習わしになっていた私にとって、高校卒業後に「教師が現れた」というのは、世の中捨てたもんじゃないなと思わせるような出来事だった。

それはきっと見方を変えれば、「生徒も現れる」と言ったって良いはずなのだ。

全ての人に対して、謙虚に教えを乞うような生徒でいたいと私は思う。

雑記Ⅰ

小林秀雄を全集一巻から読んではならない。

とくに『様々なる意匠』を読むべきではない。

ただし、小林秀雄は全集で読むべきである。

図書館で借りるのが良い、文庫を買うのは勧めない。

目次をざっと見て、短いページ数の関心あるテーマを選ぶのが良い。

例えばそれは、スポーツかもしれないし、好きな作家の作品評かもしれないし、国家や教育といった概念かもしれないし、ゴッホや徒然草かもしれない。

朝日新聞の特派員として戦地に赴いた従軍記や、紀行文も面白い。

小林秀雄はあまり自分語りを遺していないからだ。

美食家だったが、食に関しては、知る限り『蟹まんじゅう』の一作品しか遺していない。

これは上海にあったという南翔饅頭店の前身である長興楼に(場所は推測である)、小籠包を食べにいくという食レポなのだが、読むだけで絶品である。

雑記Ⅱ

池田雅延(小林秀雄晩年の編集者、小林秀雄をよく知る生き証人)の『随筆 小林秀雄』二十七回において。

小林秀雄は、朝日新聞『天声人語』と夏目漱石に並ぶ入試頻出御三家の一角だったという。

しかしながら、丸谷才一による批判があり、一九八◯年ごろから入試に出題されなくなった。

そんなようなことが書かれており、面白く読んだ。

意見を受けた小林秀雄の姿勢や指摘の的確さ、池田雅延の憤りや痛快な意趣返しも良かった。

そんな中、十年ほど前、二◯一三年のセンター試験に小林秀雄の『鐔』が出題され平均点が大幅に下がり、大きな議論を引き起こした。

共通一次を含めた史上初、まさに満を持してである。

反面、受験生たちの(ツイッター上での)声で印象的だったのは

「古文が出た」

というもので、彼らの無念がひしひしと伝わってくる。

文章は良いのだが、同じ小林秀雄の別の作品を選べば良かっただろうにと思う(例えば後期に書かれた平家物語など)。

のではあるが、これを機に十代の中高生が小林秀雄を読むようになれば良い。

理由は分からないが、だから今回の文章を書き始めたようなものだ。

小林秀雄の文章は難解で飛躍もあるのだが、読み切れば

「そういう見方もあるのか」

と為になることが豊富だ(それが顕著なのが『考えるヒント2』)。

課題は何を採り上げ、どの順に提示するか、これが上手く行きさえすれば読者は自発的に次へ次へと読み進めるだろう。

小林秀雄のユニークな見方、多様な見方、どちらも生きる力の一助となるし、古典や美術に対するポータルともなり得る。

大学卒業までにしっかり読み切っておけば、同期の十歩先は楽に行ける(採用面接で好きな作家や尊敬する人物として挙げてしまうと、もしかすると面接官が入試で嫌な目に遭っているせいで落とされることもあるかもしれないから気を付けたい)。

雑記Ⅲ

小林秀雄に『年齢』という文章がある。

四十八歳の作だ。

鎌倉小町通りの天ぷら『ひろみ』にはかきあげ・穴子・メゴチが載った「小林丼」というのがあるのだが、この『年齢』という文章には「小林定食全部載せ」といった趣があって、この頃大好きである。

前年秋に京都の寂光院の見慣れた景色が何とも言えず美しく感じられたこと、若い頃に八ヶ岳で経験した壮絶な登山体験、谷崎潤一郎『細雪』における鯛や桜の問題、孔子の耳順、喧しい頭脳で識ろうとする美術と単純に見るという目の作用との乖離や調和、若い人が面白がろうとしても理解できない『徒然草』。

ここで再度、『無常ということ』からおよそ八年ぶりに主張がなされる。

「「平家」には、見えたものだけが見えたと書かれていて、題も「足摺」と附けられた。」

すなわち

「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」

八年の歳月を経て小林秀雄は、ついに『細雪』を通して明言してくれた。

「年齢とは、頭脳と感性の一致を指すのだ」と。

そんなことは一言も書かれていないが。

最後に、私が小林秀雄を読むようになったのは、石川一郎氏のblog『ロックンロールブック』に負うところが大きい。

氏は、何らかのケリが着いたらしく、そのblogは今は読むことができない。

代わりに『ロックンロールブック2』として、その思索や鑑賞の幅を広げて執筆中である。

【四月号】巻頭言 嘘と痛みと戦争【キ刊TechnoBreakマガジン】

 諸隈元著「人生ミスっても自殺しないで、旅」に

「どんな言葉も嘘くさかった。」

 というくだりがある。戦争に関する知識を字面で垣間見、現地の旅情に感傷を仮託している著者自身の罪悪感の吐露だ。酒を飲んだ帰りの地下鉄で読みながら、言い様の無い心持になり、胸が詰まった。サラエヴォの事はよく知らないが、調べればおそらく正確で公正な情報を得られるだろう。あとは時間の問題だけだ。そして、ウクライナの事も分からない。時間の問題にしているという怠惰のせいもあるが、不安定な情報の移ろいの中に黙って身を置くという勇気が出せないためでもある。だが、そうも言っていられなくなって来たらしいから、こうして書き出した。

 Shunメンバーのツイートに

「そしてこの有事に自分は何ができるんだろうとも考えてしまう。」

 とあったのだが、私には今が『有事』であるという自覚が無かった。過渡期でなかった現代など、過去のどの現代にも無く、それは現代にもあてはまるという自覚はあるが。『何ができるんだろう』という感覚も同じく、一寸の虫にも五分の魂程度である。言い換えれば、有事だろうと平事だろうと、人類愛を根底においた自己実現を日々更新すること。西田幾多郎の説を蟻んぼにでもなったつもりでやっている。

 そこにShunメンバーは一線を画してしまった。さあ、これはうかうかしてはいられない。さらにここへ来て、冒頭の字面が私を戒める。実現性と現実性を兼ね備え、実行の勇気を奮い立たせて行動できることは何か。自衛隊のウェブサイトで予備役の募集を読んだ。だが、駄目だった。申し込めるのは三十四歳までだった。死んだ母方の祖父に手を合わせる思いがした。彼は出征予定の前年に終戦を迎えていたからだ。父方の祖父は満州でスナイパーをしていた。嘘くさく感じられることなく、かつ実現できそうなことは他に思いつかなかった。

 話は逸れるが、利休と秀吉の対立に興味を持ったのがきっかけで、マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」を観る必要があった。だが、見放題対象外だった。埋め合わせに戦争映画を、なるべくエンタメ色を抑えた、まともなやつを観ようとした。洋画劇場で観たがうろ覚えだったリドリー・スコット監督の「ブラックホーク・ダウン」を選んだ。先日、Shoメンバーと同監督の「エイリアン・コヴェナント」を鑑賞したばかりだったのも選んだ理由の一つかも知れない。

 洋画好きなら誰もが安心するであろう、ウィリアム・フィクナーだ。信頼感のあるマッチョな隊長を演じている。キャスト一覧を眺めれば、トム・ハーディ、ヒュー・ダンシー。心許せる俳優たちの、奇しくもハリウッドデビュー作だというのが嬉しい。はたして探せるだろうか。そのような気楽な心境でいられるだろうか。

 寄せ集め部隊間の軋轢、上官への揶揄、兵卒たちの気の緩み。先行き不安が増してゆく。雲行きが怪しいとはよく言ったもので、MH-60 ブラックホークの行方は燃やされたタイヤから立ち上る黒煙のごとく真っ暗である。非人道的な部族虐殺を断行するアイディード将軍の側近を拉致すべく、空陸百名の三十分で終わるはずの作戦は、夜明けまで十五時間に及んだ。ガンシップ乗員は燃やされているタイヤが、彼らに向けられた煙幕であることに気付かない。地上部隊を足止めするバリケードは、既に随所に張り巡らされていた。合流の遅延が、部隊へ致命の一撃を撃ち込む。

「誰も置き去りにするな。」

 私はありきたりな言葉を聞かされたくないのだが、これには説得力があった。そして、百人の部隊はそれを実行する。命令を出す少将も、実現のために様々な手立てを打つ。どんな言葉も嘘くさいから、映画で展開される実行の勇気に胸が詰まる。無論、米国視点の正当化、米軍礼賛と言われればそれまでなのだが。

 市街戦の巻き添えで人がばたばたと死んでいく。映像が私の眼を通過したせいで、死が数字に変わってしまうから何も感じない。戦争の何が嫌かって、人々の死を株価の下落を通じてしか感じられない人間の多さが嫌なのだ。私も同類だったらしい。こんな言葉も嘘くさくて嫌になる。ここまで書いて、やはり黙っていたかったと思う。さりとて、ただの映画感想文にしてしまうわけにもいかない。

 ソマリア連邦共和国は、東アフリカの角状になった半島を領する国家だ。一九七七年、西部に接するエチオピアのオガデン地域のソマリ人たちが、ソマリアの軍事独裁政権が掲げる大ソマリ主義に共鳴し、エチオピア政府に独立のための反乱を起こす。オガデン地域に対しソマリアは軍事支援を行うも、エチオピアをキューバとソ連が支援し紛争状態となる。結果的に、ソマリア側は撃退され大きな損害を受けると共に窮乏が加速。独裁政権は、バーレ大統領自身が属する南部氏族のみを重用し、北部の生産物で得た外貨を南部の開発に充て続けたため、八十年代全般に渡る、バーレ独裁政権への反政府武装闘争を引き起こす。

 主要都市は次々に陥落し、九十年には『モガディシュ市長』と呼ばれるまでに大統領の影響力は失墜していた。その翌年、首都も制圧され、バーレは国外追放、さらに北部はソマリランド共和国として独立を果たす(正式には二度目)。しかし結局は、第二の独裁者としてアイディード将軍が就任したに過ぎないのだった。

 現在のソマリアは、独立したソマリランドと、東部を接する領土紛争中のプントランド、さらに中南部は四つの自治区となっており、統一されてはいない。ソマリア内戦は現在も継続中だ。この映画は、九二年末に国連が米兵中心の多国籍軍を派遣した後の、九三年十月三日の戦闘を描いている。二千年代には国境を接するエチオピア軍による進行や、米軍の再介入など、まだまだ書き切れないが本筋に戻る。

 作品終盤、不純な理由で観始めた私に天罰が下る。洋画劇場でカットされていたであろうシーンだ。ある漫画家の日記漫画で上映当時のこの箇所は知っていたはずだったのだが。直視できず、動画を一時停止し、シャワーを浴びた。嘘くさくても痛みは感じるのだ。他人の不幸は蜜の味だが、身内の不幸は心が痛い。戦争の犠牲者は、他人でも身内でもない。心が痛むのは同じ人間だからだ。ウクライナの事をそんな風に、同じように考えている人たちと共に、私がここに居ることに安堵していても良いのだろうか。

「国に帰りゃ、こう聞かれる。『おい、フート、何で戦う。なぜだ。もしかして、戦争中毒か?』俺はひと言も答えない。なぜか?どうせ分かりゃしない。奴らには理解できない。」

 自分自身を全く重ねて見てしまい、嘘くささは最高潮に達した。この感覚を文章に残したくて書き出したのだった。だが、何を悲観する必要があるだろう。自己同一より自己欺瞞、自己実現より自己叛逆。積み上げてきたものを棒に振ることが至上のものであるならば。そうとも、お国や名誉のために戦っているんじゃない。なら俺たちは何のために戦っているのか、ぜひ鑑賞してみて欲しい。

 とかくに人の世は住みにくい、と感じてこう思った。嘘くささとは、ラッセルが「幸福論」の前半で、不幸の原因として指摘したうちの『罪の意識』ということではあるまいかと。第一部第七章を読み返す。しかし、僕は悪事の露見を恐れているのではない。もしかすると、僕は僕自身の道徳を疑っているのではあるまいか。

「新しい週が始まる。月曜だ。」

 目の前の戦いに馳せ参じる、寡黙な実行者を僕たちは尊敬する。実行するとは意識を殺すことだからだ。誰かではない。