【二月号】巻頭言 苦くて甘くて香り高い-週に一度、美味しい珈琲を-【キ刊TechnoBreakマガジン】

世界中で石油に次ぐ取引量であるという。

コーヒー豆のことだ。

私は、習慣的に珈琲を飲むという事がない。

だからこの一年以上、週に一度は珈琲を淹れる時間を設けた。

ハンバーガーと言えばマクドナルド、だからスーパーサイズミーになる。

それならコーヒーと言えば?

私はスターバックスで調達する事にした、さながらミ・トレンタだろうか。

トレンタとは日本では発売されていないサイズで、イタリア語の30を意味する。

ちなみにヴェンティは20を意味する、単位はオンスだ。

スターバックスではドリップコーヒーが一杯で四百円、コーヒー豆なら一杯分の十グラムでおよそ五十円ほどで売られている(コンビニなら一杯百五十円前後である)。

半年くらいは名代とも言うべきハウスブレンドを自分で挽いていた。

この豆は苦味が頑としているが、甘い余韻を発と残す。

甘い味付けがされる製品にはこれぐらいはっきりした焙煎が良いのだろう。

多く飲むにはくどいが、喉が渇いているときにひと口含むと、一瞬別世界に行ったような心地になれる。

エチオピアで祈祷と共に飲まれたと言うのも頷ける。

茶道には疎いが、精神性は一致しているのだろう。

私は、洋の東西に同時に存在しているかのようだ。

美味しい珈琲を淹れたい一念で、黙々と飲んでいると欲が出る。

もっと安く、それでいて納得出来る味を求める。

私は自家焙煎に手を出してみたくなった。

通販でコーヒー生豆が一キロ二千円弱で入手できる。

ブラジル産のものだ。

その豆を、これまた二千円弱で売っている銀杏煎器でガスコンロの直火に当てて焙煎する。

上手くいけば一杯二十円程度で飲めるから、スターバックスの半額以下だ。

美味しい珈琲を淹れるコツは、焙煎前の生豆をザッと水洗いした後に虫食いや変色のある豆を取り除く点にあると思う。

これをハンドピックと言うそうだ。

大規模な工場ではこの作業は省略せざるを得ないから、この一点だけならスターバックスよりも優れていると言える(産地で収穫後、出荷前に女性たちの手で選り分けられる工程があるが、虫食いや変色はその後にも起きる)。

煎器には生豆百グラムを入れるのが良いが、その内一割弱は取り除かざるを得ない。

それに加えて焙煎により水分が失われるから、重量はさらに一割減る。

つまり、生豆一キロから得られる珈琲はおよそ八十杯と見積もれるので、コスト計算の際に見落とさないように注意したい。

直火で焙煎していると、なるほど大豆のような懐かしい匂いが立ち込める。

煎器をコンロから十五センチほど上にして、絶え間なく揺り動かすのは大変な作業だ。

しばらくすると、豆の中から揮発した水分がはじける音がパチッパチッとしはじめる(これは一ハゼと呼ばれる)。

この時点ではまだまだ浅煎りで、酸味が強すぎるから飲めたものではない。

頃合いは目と耳とで判断する。

豆が黒く艶やかになり始める頃、一ハゼとは音の様子が変わってピチピチ言い出す(二ハゼと呼ばれる)。

このタイミングが火から上げる最低ラインで、好みによってもう少し火を通せば酸味が減って苦味が増す。

ただし、二ハゼから間もなく白煙が立ち始める事があるので、確認した場合それは強制終了の合図だ。

コーヒー豆から油分が表面に浮き出ているため、白煙が生じると直ぐに炎上して騒ぎになる。

余熱で焙煎が進行してしまうのを防ぐため、すぐさま団扇を使ってコーヒー豆をあおいで冷まさねばならないから気を抜けない。

火元で汗をかくような作業を終えても、飲み頃まで寝かせなければならない。

コーヒー豆の内部から炭酸ガスが少しずつ出て落ち着く、二、三日経ってから飲むのが良いらしい。

数多くある自家焙煎の記事を読みながらそこまで夢想し、かかる手間を考えるまでもなく生豆の購入は諦めた。

時間は取り返せないが、ある程度ならお金で買うことが出来る。

自分のクラフツマンシップを探るために、没頭してみたいという気持ちが無くもない。

とある調理師の専門学校では毎週あんを捏ねているという記事を見かけて感銘を受けた事もある。

さて、支払う金銭と負担する労力との兼ね合いを考慮して、うすうす気付いていた事がはっきりとした。

コーヒー豆を挽いてから珈琲を淹れるという営みには、時間がかかると言う事である。

一杯五十円の珈琲を得意になって飲んでいたつもりが、実は一杯千円だったわけだ。

これに気付いて、私は珈琲ことが一気に嫌いになりそうだった。

ドリップ用の『オリガミ』というのは六杯で七五◯円、ドトールならバラエティパック四十杯が千二百円しないから、価格と時間を重視するならこの線だ。

しかし、味はどうだろうか飲み比べたわけではないからなんとも言えぬ。

気掛かりな事が二つ現れた。

他のコーヒー豆はどうかと言う事。

それと、豆は挽いた物を買えば良いのだと言う事。

スターバックスにはCORE COFFEEと言う、全店舗に常備された豆が十八種類ある。

二五◯グラムで千五百円しない程度のものばかりで、十グラムからの量り売りが可能だ。

浅煎りで明るい色のブロンドローストはライトノートブレンドを含む全二種、私は酸味が気になって好まない。

中煎りのミディアムローストが主力で全九種、非常な深煎りに感じられるハウスブレンドもここに含まれる。

深煎りのダークローストが全六種で、フェアトレード商品を標榜するイタリアンローストも含まれる。

週替わりでこれらを二種類ずつ飲み比べていた頃もあった。

記録を取っておけばよかったのだが、簡単に言えばハウスブレンドが私には合う。

イタリアンローストは苦いが後味がすっきりしていて、気紛れに買うのも良い。

ダークローストで唯一、千五百円を超えるスマトラは一口で美味いとすぐ気付いた。

これらを店舗で挽いてもらって飲んでいたから、何とか一杯千円の珈琲からは脱却出来た。

ペーパードリップに勧められたのは七番の粒度。

調べると、細かい順に一番から十三番まであるようで、七番がその中間という事になる。

水溶液のpHみたいだ。

七番で挽いてもらったハウスブレンドはいつもより薄く感じたが、味を比較するためにCORE COFFEEは全て七番で挽いてもらう事で通した。

手で挽いた豆を四人分ほど抽出していると、仕舞いにはフィルターの中身が粘土状になっていて、淹れる時間も長い。

もちろん挽く時間も。

七番では普段の粒度より荒めだったと言う事らしく、湯の滴下が早く、私が慣れていた味に比べて成分の抽出が不十分だったのだ、きっと。

ミルで挽いた豆は、淹れ終わる頃には粘土状になっていた事だし。

先方が推薦する粒度と、私の手元のコーヒーミルの粒度とに齟齬があり、濃い抽出の珈琲が私好みという舌になっていたというわけか。

同僚に飲ませた時の反応も、「あぁ…これは」と言って刹那の沈黙があって「美味いですね」と言う者や、「ガツンですねぇ!」と爆笑する者、一口飲んで感想も言わない者など様々であった。

彼らの慣れない味だったのだろうと気付いたのは、つい最近の事だ。

あんなハウスブレンドはスターバックスでも提供しちゃいない。

味の好みという、卑しさすら感じるような面のある中で、ちょっとした喜怒哀楽の享受が出来るから、珈琲が世界中で愛されているのだろうと今は思える。

美味しい珈琲を飲んでもらえる事は、嬉しい。

嬉しい気持ちを相互に授受する時間は、楽しい。

この活動は、ある種の千利休ごっこでもあった。

好意を珈琲で伝えるという事。

一昨年の年末、セールだったのでブルーマウンテンNo.1を奮発して買った。

百グラムで三千円くらいする。

その事を伏せて副社長に飲ませると、後日、美味しかったと一言もらった。

あんなものはただ優等生的な味というだけで、美味いなどとは思わない。

美味い不味いは、好き嫌いの議論の延長でしかないから、私が美味いと思う珈琲を振る舞えば、口を閉ざすような人達も居るだろう。

通じる言葉を話さなければ、話にならないのだ。

あれから私は、豆を五番で挽いてもらうようにしている。

いつものハウスブレンドと、気紛れに注文するイタリアンロースト、滅多に飲まないスマトラ。

こないだ、コンビニにmeiji THE Chocolate のブラジル、ドミニカ、ペルーの三種類が売っていたのを見かけた折、確かに味は違うだろうが、それは七十%のカカオを除いた三十%の影響ではあるまいかと思った。

同じ事はコーヒー豆にも言えるだろう。

ちなみに、このミルは受け皿に収容できる量が想像以上に少ないので用の美を損なう。

水筒は四人用ドリッパーを乗せる事が出来るため重宝している。

対立は極同士に偏在しているが、矛盾は一つのうちに内包されている。

だから矛盾に対しては、目をつぶることが困難に見える。

本当は対立だって、同じ人と人とにまたがって内包されているはずだけれども。

ありがた迷惑に思われる家族を愛する訓練として、好きだけど嫌いな恋愛感情に苦しむ前の心構えとして、苦くて甘いという矛盾する二つを内包する珈琲を飲む時間を大切にし続けたい。

ホームレス対策として、広場に敷かれた突起やベンチの仕切りなどを見て、我と彼との身を同時に案じる優しさを獲得するために。

清楚系ギャルは存在しない?

馬鹿言っちゃいけない。

【一月号】環状赴くまま #015 目白ー高田馬場 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

年明けに高田馬場か、と言うことで大学の同期を誘って新年会を兼ねた環状赴くままをした。

我々は、一年次の化学実験班の三人で、いつもつるんでいた。

当日はジマ氏の仕事が長引いたので、私とグチ氏の二人で歩き出した。

目白駅、前回に続いて下車するのも初めてである。

一月六日、二十時、乾杯。

迂回せず、駅真横にあったエレベーターから下りることとした。

このパターンは初だ。

線路沿いが早速、むき出しみたいになってお目見え。

路地裏感しか発していないのが笑える。

池袋に偏りすぎた、この駅自体が真空地帯のような、そんな気がする。

道が続く。

駒込ー巣鴨ー大塚ら辺で経験したような道が。

ふと思ったが、駅前と呼べるのは最初に乾杯した「改札前」くらいだ。

この線路沿いの写真から、ここが目白だと看破できる人は何人いるだろうか、専門学校の看板を写すことが無かったなら。

ある程度の消去法は効くだろう。

新宿、渋谷、秋葉原のような感じは直感的にしない。

が、先ほども言った通り、駒込とも巣鴨とも、あるいは鶯谷とも言えなくない。

何も、山手線沿線の東京でなければならないという理由も無いかもしれない。

街は其処にしか無いが、道は至る所にあるのだと言う事か。

彼岸である。

上は山手線が通り、向こうは内環。

グチ氏にぽつりぽつりと、この企画の趣旨を説明しながら歩く。

道連れはとぼとぼと着いてくる。

ここら辺は在学中に詳しかったのか、彼にしてみれば対した興味を引かないのかもしれない。

私自身、ただ歩いているだけと言う感覚以上の物は無い。

右へ迂回を試みる。

すぐ先の曲がり角を左折。

街の明かりはまだ無い。

都道8号、新目白通りに出た。

渡って、写真右手の小さな公園で煙草を吸った。

グチ氏も貰い煙草が好きな質で一緒に吸う。

不意に現れる公園の公衆トイレって、セーブポイントみたいだった。

再度、右へ向かって迂回を試みる。

大通りに出たのが、鉱脈でも掘り当てたかのような雰囲気の変化を感じる。

ここはまだ豊島区の範囲内のようだが、高田馬場エリアの前哨地と言って良さそうである。

大通りを左折したら踏切が。

西武新宿線のようだ。

祖母の家へ行くのによく乗っていた。

近所の京成線もこんな踏切である。

山手線一周ではあまりお目にかからない。

その先の、あれに見えるは。

神田川にかかる、清水川橋だ。

ここ、地図ではよく見る。

感慨深かった、ここがはっきりした境界だ。

街の雰囲気の切れ目が、中間にあるのではなく、街ギリギリに寄っていた。

向こうにある飲み屋街の明かりが眩しい。

高田馬場のさかえ通り。

ここの一番奥が新年会の会場。

スタートからちょうど三十分でゴール。

予約は十九時まで、それ以降は当日連絡して空きが出来次第取り置き。

この日は事前に連絡したものの、金曜ということもあり電話の対応も不得要領。

飛び込んでみたが満席で、空く気配も無い。

店員さんが近くの姉妹店、串鉄を紹介してくれた。

踵を返すと其処へジマ氏が通りがかったので三人で移動。

三年ぶりの再会になる。

幸いにも串鉄は座席に余裕があった。

一本百円しないくらいの美味しい焼き鳥を提供してくれる、学生の味方だ。

散歩好きのジマ氏から早速、今日の収穫を聞かれたものの、イマイチ良いところを伝えきれず、今までの企画であったことをかいつまんで話した。

物好きなShoが、週末で打ち上げ気分に浸りたいと言うこともあり、少し遅れて合流。

ジマ氏の北朝鮮渡朝の話、我々の欧州周遊の思い出、グチ氏が一部始終を見ていた私の左腕大火傷の話など、いつ集まっても同じ話をShoに聞かせ、あっと言う間に終電。

私は翌朝早くから大事な仕事があったのでお開きとなった。

年に一度と言わず、また会いたい。



編集後記

 ディズニーリゾートラインをぐるぐると周回しながらこれを書いた。振り返ってみれば、一月号は高田馬場特集のようだが、どちらかと言えば人生回顧大特集の様相である。最近までのテーマ真善美、学生時代、ヨモツヘグリではいよいよエージェントyの過去と船橋ノワールとの接点が明かされた。再来月でキ刊TechnoBreakマガジンは仕舞いになる。四月からのことを思えば茫洋とする。素面では詩の一片も書けずに茫洋とした。

【一月号】ヨモツヘグリ #011 東十条 新潟屋【キ刊TechnoBreakマガジン】

こちらはにいがた、あちらはさいたま、なぁんだ?

有名ななぞなぞである。

東十条二丁目、北区保健所交差点を挟んで、狛犬の様に店を構えた串焼き店だ。

川口ノワールもとい北区ダークトライアングルと呼ばれる王子、十条、赤羽で、僕は十年弱活動していた。

その頃この界隈に居たoathというコードネームの凶手、綿摘恭一を監督下に置くための潜入だ。

oathとは、なんとも優しくない約束だと、今はつくづく思う。

もう数年ぶりになるか、悲喜交々のこの北区東十条へ、モツ野ニコ美女史とやって来た。

「東西線の東の端から、南北線の北の端まで来るのって、ちょっとした冒険よ」

彼女は、寒空を物ともしないような薄墨色のトレンチコートを堅く着こなして、颯爽と歩いていた。

ここの向こうにあるのが彩球屋、威勢の良い二代目がフレンチのコースのような、例えば霜降り肉のベリーレアだとか軍鶏肉のサルサソース添えだとかの串焼きを提供する。

説明を聞いているモツ野女史の瞳が輝いたが、そこの飲み物が濃い目のレモンサワーか生ホッピーか、シェリー酒だと言われ、彼女が行くような店ではないのだと悟ったらしい。

僕は彩球屋の大将たちのことは大好きだが、久しぶりに顔を出すなり、婚約者を同伴というのも少々気恥ずかしい。

潜入を終えて直ぐ、一度軍閥から身を退いてライターごっこに興じていたため、親からもらった顔を変えずに今まで過ごして来た。

それに、彩球屋の煮込みは、普段食べているのとは次元が違うのだ、あれは上等のシチューである。

何かもっと特別な事があったときに、誰か別の仲間と来ようと思えるのが僕にとっての彩球屋。

では、懐かしの新型屋の引き戸を開ける。

入って左手のテーブルは特等席であり、この日も埋まっていた。

そのテーブルを予約した事は一、二度しかない。

一人か二人でカウンターに座るお店なのだ、僕にとっては。

彩球屋と違って、このお店のカウンターでは人と人との間に居る無力な個人に還れる様な気がして落ち着く。

先客が、奥へ案内された。

後に続いてお店のお姉さまに顔を出し、指を二本立てる。

奥のテーブルが空いているからそこへと言ってもらえた。

非常な幸運だ、僕らの到着で店内はもう九割五分埋まってしまった。

浅漬けの突き出しに応じて瓶ビール、キリンを注文。

モツ野女史好みの果実酒が無いため、サワー。

煮込みを二つ。

「楽しそうね」

「緊張してないだけ」

「もう指環を渡せたから?」

と言って、モツ野ニコ美こと真鍋乃二子は、無論これも偽名だが、自分の胸にちくりとした痛みを感じた。

「慣れてる店だからさ」

気の利かないセリフに彼女は少し落胆した。

かつて監督者だった僕は、今では被監督者なのだと言う事をまだ知らない。

飲み物が来てから直ぐ、煮込みが届いた。

これで三百円、あれから値上げをしていない事に、矜持を感じる。

ちなみに、同じ煮込みでも彩球屋では和牛リブロースの煮込みが出るのでしっかりと値が張る。

乾杯して、箸をつける。

この一年の、数ある名店の煮込みが僕の脳裏に去来する。

「此処の煮込みって、好きじゃなかったんだ」

僕はぽつりとこぼした。

「じゃあ、何で連れてくるのよ」

彼女は苦笑して言った。

「美味しいって感じるんだ、今」

不思議なことに、その理由も分からないまま、箸をつけては杯を傾ける。

彼女がいる安堵では無い、もっと大きな何かに包まれている。

煮込みと言えば此処しかなかった自分の半生の重みを感じている、彩球屋は高級店だったから。

その重みから解放されたのは、彼女との一月々々の飲み歩きで、やっと僕にも新型屋の煮込みを味わえる舌を授けられたと言う理由による。

柚子仕立てのあっさりした煮込みには、シロ、ハチノス、ミノなどがたっぷり。

空腹で直ぐに平らげてしまった。

これから、一本百円均一の焼きとんを、どれもミソで注文する。

一巡目は、チレ、レバ、タン。

これに山椒を振るのが好きだ。

【一月号】棒切れ #009 真夜中は酔いつぶれて【キ刊TechnoBreakマガジン】

真夜中は酔いつぶれて、終えたはずの予定も覚えていられず。

あしたの呆けた重い足取りで、思い起こせる保証無く。

食うというのはこれほど惨めで浅ましいのかと嘆いている。

こんなもんだ人生は、と達観した気で仰向けになる。

図々しさが空を支えている。

季節感が身体を鈍らせている。

後悔していても、反省を知らない。

紙幣代わりの不愉快を肌身離さずに。

口数が少ないのは酔っていない所為。

記号か言語か話しているのは何。

黙っているのは秘密を伏せてる所為。

真実か事実か狭間にあるのは何。

真夜中は静寂につつまれて、自己も他者との関係も煩わしく。

あしたには何事も無かったかの様に、服を着るのに疑問を抱く事も無く。

食うと働くとの隔たりはこれほど不可逆的だって思い知っている。

分からないままでいるという事が、一歩を踏み出す戸惑いになる。

【一月号】総力特集 なぎスケ【キ刊TechnoBreakマガジン】

謹賀新年。

目出度い新年の総力特集に、一時期連日連夜観ていたアマゾンプライムビデオの『なぎスケ』を据える。

その前身は言わずもがな、テレ朝の『『ぷっ』すま』だ。

世紀末、一九九八年から二十年続いたレジェンド級の番組である。

Wikipediaに詳細が載っていたのだが、ダウンタウンの浜田雅功が他局の番組で言及したとか、番組進行上の小芝居やモノマネなど、読んでいるだけで笑えてくるからもうこの記事は要らない気がしてきた。

GA関係の総力特集二本に似せて、各回の見所をざっと紹介して終わりへ向かうこととする。

この番組は…

ゲストが今アツくなっているものにとことん付き合って

ハマったものを今後の人生に取り入れ

多趣味で素敵なオトナになる事を目指した

人間成長バラエティー

EP.01

 『ぷっ』スマ最終回から二年弱、草彅が入ったバーのマスターは、なんとユースケだった。という恒例の小芝居から、久しぶりのフリー過ぎるフリートークがバーカウンターで繰り広げられる。最後は番組テーマを二人で作る事になるのだが、なんだかんだでユースケがミュージシャンっぽく見えるのが因果である。

やりたい企画を話しているうちに、やりたくない企画を挙げる消極性

 この回以降は、全て前後編の二本撮り。実を言うと、この回はイマイチどこで盛り上がったら良いか分からず、続くEP.2〜EP.3を鑑賞してドはまりしたため、この回で躓いてしまわないでほしい。小林秀雄の『様々なる意匠』的回である。とは言え近況報告などは、当時の二人からすると必然だっただろうから、濃い話が聞ける。

EP.03

 初ゲストに何とも華のない酒井敏也が、趣味のクレーンゲームを引っ提げて登場した後半。対戦と没頭の熱が冷めやらぬまま、喫茶店へ移動して最新のオンラインクレーンゲームに挑戦。カメラに映し出された筐体の中には美少女…何も知らされていなかったユースケは

「川崎あやちゃんです」

彼女の胸元に乗せられた、ブロマイドをクレーンで落とす事が出来るか?

毎回登場するグラビアアイドルが大きい見どころだ

 企画がゲスい。だが、それが良い。『ぷっ』スマの亡骸にゲスが取り憑いてなぎスケが生まれたのではあるまいかと確信させる回だった。以降、前後編のどちらかに挿入されるお色気が見所の一つ。これが無かったら記事にしていなかっただろう。

EP.06

 何故か三ヶ月ぶりの収録らしいが、いつもの小芝居ではなさそう。玄関の中から現れたゲスト、東幹久のジャン=クロード・ヴァン・ダムみたいな目力が泣けるを通り越して笑える。BBQ食材をかけたミニゲーム対決のテンポが早くて非常に軽快だ。最後はユースケの為に美女二人を交えたツイスターゲームで〆。こういう時にイキイキしているユースケは個人的に頼もしい存在である。

草薙の初恋の女性を指す、当然出ない

 真面目な話、なぎスケで一、二を争うんじゃないかという優秀な回。ミニゲーム盛りだくさんの企画を楽しんでいるのがよく伝わってくるからだろうな。しんみりする、東幹久の眼を見ていると。

EP.09

 ドローン悪用回、ゲストは前回に引き続き千秋。

タンデム操縦と言う名のセクハラである

 想像を絶するゲス企画に我々紳士一同屹立。スタッフが反省したのか、以降四回はマトモな企画になるので面白く無い(笑)

EP.14

 チャーハン回。次回神回のため、その予告に必見。二店舗のチャーハンを食べ比べるのだが、たかがチャーハンと言うなかれ、作り手の工夫が明かされるのは素晴らしい。

ゲストのおすすめを全否定から番組は始まる



EP.15

 前回に引き続き、チャーハン回。年間千食の内、九割王将を豪語する俳優の鈴木浩介がゲスト。

やらされているのに酷い口ぶりだが、本番はこの後からだった

 お色気パートが早速有り、ASMR咀嚼音でチャーハンを食べているのはどれかを当てるのも笑えるのだが、本番はそれからだった。これ以上どう書いたら良いか分からないのだが、とにかく笑える。全話通してスタッフが一番笑ってるんじゃ無いだろうか。ユースケの発言に伏音が被せられるのも本当に珍しい。最後は究極のチャーハンを自作する事になるのだが、その展開も波乱に満ちていた。チャーハンを作るのにリストバンドとか。

EP.16

 真鍋かをりがゲストとして、VR体験アトラクションへ。

 真鍋かをりが美人で、観ていて安心感がある。チャーハンから良い流れに繋がった。バンダイナムコのスゴく偉いであろう人が、博士に扮してさかなクンさんばりのテンションで同行するのが、なぎスケコンビには上滑りしている様が痛烈。次回は出ないのでそれはそれでホッとする。

我々世代のゲーマーならこの人を知らないはずがないのだが…

 スタッフの意見として、VRをプレイしている絵は地味だろうと言うのを、上手く視聴者が楽しめる編集をしてくれた製作者さんたちに感謝。アトラクション施設に行きたくなってしまうし、次週はさらに面白い。

EP.17

 前回の続きでVR体験。

 VRスカート覗きに躍起となるユースケのゲスさが笑える。やっぱコレだぜ!ってくらいに突き抜けたゲスは清々しい。なぎスケの各回前後編からゲスを抜いたらだめになる。

この後、シーンをカットするよう要請しているがしっかり放映されていた

 あと、草彅剛はアーティストだなと思える詩心を発揮していて良かった。

EP.22

 雅楽師・東儀秀樹がゲスト。それだけで充分資料価値があるのだが、自前のクラシックカーをロケに提供というのもスゴい。いつもと少し違う雰囲気の番組を観るのもオツなものだ。

今回の主役はこのクラシックカーと言って良く、雨模様でもフルオープンだった



EP.44

 間が開くのはコロナによる満足なロケ実施が不可能だったためで、この期間はスタジオ収録となり残念ながらイマイチ。今回はアナウンサー登坂淳一と、究極の米炊きを学ぶ。

 ご飯派の人は見ていて結構感心するというか、為になる内容だと思う。これはみんなに見せたくなる回だ。お米のありがたみだけでなく、技術の進歩にも感謝したくなる。あと、ゆめぴりか食べてみたくなる。

 次回は、お米から離れ、登坂淳一と日本語で遊ぶ。私は日本語で遊ぶのが好きなので、その回も非常に好きだ。

番組はシーズン1・2それぞれ52話で終える。

コロナが憎い。

またの復活を望んでいる。

【一月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #009 高田馬場 餃子荘ムロ【キ刊TechnoBreakマガジン】

禍原先生の酒客笑売、高田馬場という地名を久し振りに聞いて、少し懐かしくなった。

機会があれば行ってみたいと思っていた餃子店があるためだ。

餃子荘ウロ、気紛れに其処へ行ってみよう。

調べてみると、一九五四年創業だというから驚いた。

歴史の長さとは、信頼の深さの表れである。

学生の頃に全く認知していなかったのは、駅前から少しばかり逸れているためだろうか。

ルノアールを越えた辺りからは踏み込んだことが無い地区だ。

お、と思った飲み屋さんや、別で行ってみたいと思っていたトンカツ屋さんを見遣る。

いくつ目かの通りを右に折れる小径、お店は簡単に見つかった。

先客二名、空いているカウンターに勝手に座らせていただく。

荷物は後ろに置くよう、勧めて頂いた。

九人がけ、二人がけのL字カウンターが店内の全てだが、清潔感がある。

二階席もあるらしく、土足厳禁でスリッパが多数置かれていた。

ここも席を間引いているように感じられる。

取り立てて下調べもしないままにメニューを見ると、驚いた。

ビールも、つまみも、さらには餃子も高い。

この価格設定で成立するのだろうか。

高価格だから先客二名なのか、先客二名だから高価格にせざるを得なかったのか。

腑に落ちないながら、好みの物を物色。

餃子荘と冠している割に、麺類、飯類、その他料理はそれなりにあるから、餃子専門店と言うわけでは無い。

ピータン豆腐、豚の骨付き唐揚げ、瓶ビールは小瓶のみ。

女将さんから、どれにするかと聞かれ、メニューをよく見るとなるほど大体の種類が揃っている。

プレモルを選択。

突き出しがネギみそ、ネギの辛味が絶妙だ。

正面で真面目そうな亭主が餃子をこしらえている。

会話によると、明日送って明後日着くらしいのだが、カウンターに着席していたオヤジが礼を言っていた。

待っている間に、と言って亭主がオヤジに酒瓶を寄越していた、いくらでもどうぞと添えて。

オヤジは、こんなに良いお酒をと感激していた。

優しげな、渡哲也似の亭主である。

薄皮カリカリの豚唐揚げが先に届いた。

中華スパイシーでかなりの香ばしさを出している。

骨の周りの肉が美味いとよく聞くが、ゼラチン質で確かに美味い。

このお店が採用しているのが骨付きでなければならない理由がハッキリした。

こういうのは他所で食べたことがない。

しかし、残すところあと一つというときに、歯が折れそうなのが混じっていたので、念のため僕は次回以降は遠慮しておこう。

塩分を控える気持ちに加えて、いつまでも自分の歯で食いたいという願望がある。

さて、唐揚げを食べ終える頃にピータン豆腐が入れ替わりでやって来た。

そのタイミングで、餃子を注文する。

此処のお店の餃子はにんにく不使用だそうで、非常に落胆した。

以前、ビールを提供していない餃子屋さんに這入った時と匹敵しかねない。

何も考えず、にんにく餃子を注文。

丸で入っているという註が付いていた。

しかしなぁ、どれも一皿七百円、さすが老舗と言うべきか、時代が違うと言うべきか。

さて、遅れてやってきたピータン豆腐。

視界の隅に、絹豆腐をキッチンペーパーか何かに包み、念入りに水分を切っていた様子が見えた。

時間がかかった分だけ、美味い気がする。

いや、口当たりがしっかりとしていながら非常になめらかだ。

この一手間かけた絹ごし豆腐なら、家でウニやイクラなぞを載せても水っぽくならず美味かろう。

今度やってみたい。

一口食べ終えてから、添えられている薄い金属製の蓮華を使って全体をざくざくに切って、混ぜてしまう。

激安中華食べ放題のお店では、どんぶりに入っているやつをスプーンでぐるぐるに混ぜて食べることが多い。

熱々の唐揚げのあとに、さっぱりと清涼感のあるピータン豆腐、この順序もすこぶる良い。

丁度食べ終える頃に、餃子が提供された。

「チーズ二つ付けときました」

寡黙だが人柄の良さそうな親父さんから、温かいサービスをしていただいた。

新規の客に親切なのはありがたい。

それにしても随分と小ぶりだ、サービスされたにせよこれで一つ百円の計算か。

タレは、前もって調合されたやつが小皿に入れられて出された。

カウンター上には箸入れくらいしか入れられていない。

チーズから頂くが、カレーの風味がするのは気のせいではなさそう。

噛んでいるうちに、口内にチーズが残った。

メニューにはエダムチーズ入りと書いてある。

エダムチーズって何だろうか、さけるチーズのような食感がする。

にんにく餃子は、しっかりホクホクになったにんにくが半かけほど入っている。

ちなみにタレは、酢醤油4に味噌1といった風情のやつだ。

食べ終えて会計を済ませようかと思うと、先にカウンターのオヤジが支払った。

三万円である。

それだけの数量の、おそらく三百個という郵送を依頼しに来ていたわけか。

彼はしばしの別れめいた口上を述べてから、「お元気で」と言って出ていった。

僕はそれに続いて三千円ほど払って出た。

半時間程度の滞在で、僕たちお客三人と、後から来た三、四人とが入れ替わる格好になった。

芳林堂側へ向けて歩き出すと右手にすぐ、肉汁餃子を大きく打ち出した店が現れた。

立て看板には書かれていたのは

「餃子とビールは文化です」

それを見て、僕は何とも言えない心地になった。

【一月号】酒客笑売 #009【キ刊TechnoBreakマガジン】

たった今、次の日曜のプレゼンの担当者であると連絡があった。

今年度は十月末の一度きりと伝えられており、日曜は司会を任されていたため、非常に憤慨している。

怒りに身を任せるのは全くの快感である、と言うことに気付くまで色々な試行錯誤があった。

新年なので、新年会の景気の良い話でもと思ったが、三年ぶりに会って何を話したやら碌に覚えていない。

だから、私がむしゃくしゃした時の話を書く。

駆け出しの頃だが、会長と呼ばれ出していた。

当時から部長の、剣道でもやらせた強そうな大男で、実は『男はつらいよ』の鑑賞とかが好きそうな奴がいた。

私のごとき三下が口をきくような機会なぞなかったが、デスクにいるとよく大声が聞こえてきた。

「ったく仕方ねぇ奴だな、言っとく言っとく!」

と、部下や同僚の不心得や不行き届きを、自分から指導するという風な発言だ。

その年に通しで観察しておいおいと思ったのだが、どうやら口だけでは「言っとく言っとく!」と言っておきながら、何も果たしていなかったのだ。

以来、総務部長の宮川は、図体ばかりデカい意気地なしと認識されている。

それからしばらくの忘年会。

一次会は焼肉で、二次会が狭苦しい大衆酒場のテーブル四席に散り散りになって行われた。

したたか酔っており、千円札をストロー状に丸めたのを咥え、ライターで火をつけようとしているのを止められたのを覚えている。

私のテーブルには同期の塩屋、二つ後輩の女子社員である松木が座っていた。

宮川も当時は大いに傲っていたから、先輩風を吹かせて二次会まで出張って来ていたが、我々の卓から対偶の位置にある卓に居た。

塩屋も松木も、当時は宮川の部署だったので、自然話題はそちらへ逸れた。

「やっぱり米は美味ぇんだよ!」と濁声で宮川の真似をする塩屋。

別の飲み会で、宮川が日本酒好きで焼酎も米に限ると気取った事を言っている様子の再現だ。

塩屋も松木も、宮川の酒癖の悪さ、絡み酒にうんざりしているらしく、対応にはとうに慣れている。

塩屋が相槌を打ち、松木が酌をする、そうこうしている内に宮川は満足して大人しくなる。

その日も宮川の「米」発言に塩屋が正面から相槌を打ち、松木の手元のボトルを右隣から酌していたらしい。

すると、

「焼酎も米でな、それならロックが美味ぇんだよ!」

と日本酒から焼酎に代えた宮川が大声で息巻いていると、松木が塩屋にだけわかるように指差したボトルにはキッチリ“麦”と書かれていたらしい。

「もうパンを食え、パンを!」

「日本人が米と麦、間違えちゃダメですよね」

「貧乏人は麦を食え!」

鬱積していた我々はさんざんにこき下ろした。

最後の発言は池田勇人の言葉を借りた私のものだが、それでも百年前とかに日本人全体が毎日米を食べられていた訳ではないと言うことは付記しておく。

こちらの盛り上がりが誰の話題かも知らぬままに、宮川の大声がこちらに聞こえてくる。

意気地なしの碌でもない放言の類だ。

私はトイレに行きたくなった。

そう言えば、宮川は店の前に自転車を乗り付けて停めていたっけ。

あれのタイヤにじゃあじゃあやって仕舞えばさぞや気分も晴れるだろうと思った。

が、私自身、意気地なしだからやらなかった。

ちなみに、自転車には前輪に金属の短い棒を差し込む型ではなく、後輪を蹄鉄状の金属で止めておく型の鍵が取り付けられていた。

宮川との思い出はこれくらいしかない。

さて、十年近く昔の忘年会の話では、新年の記事に締まりがないから付け足そう。

先週の金曜に、大学の同期と高田馬場で新年会をした。

丁度、環状赴くままが目白ー高田馬場に当たる月だったので、彼らと歩いてから新年会と言う算段である。

道程は月末の記事にするとして、ここには飲み会の話を書く。

その場には、ジマ氏とグチ氏と私、それに加えて、私の交友関係に興味を持ったらしいShoも、華金気分でやって来た。

結局、何度繰り返したか分からない、昔話のプレイバックと言った会だったが、のこのこ顔を突っ込んだShoは初めて聞くような話が多くて楽しそうにしていた。

ジマ氏は数年前に北朝鮮へ渡朝し、この世の楽園で監視の役人と三泊して来た話をした。

ガタガタの高速道路を走行中に、フロントガラスに何かがぶつかり、運転手がその雉を捕まえて鍋にしたと言うのは何度聞いても笑える。

ジマ氏から四年の九月下旬にヨーロッパ周遊を持ちかけられて、初日にオランダに降り立った時は思い出す度に愉快になる。

「お前だけは誘ったら快諾するって信じてたから」とジマ氏が言ったのを聞いて、Shoは目を丸くさせていた。

ちなみに、その前の月に私は左腕に大火傷を負ったのだが、その現場に居合わせていたのがグチ氏である。

久しぶりに事の経緯をグチ氏から聞かされたが、彼はもう話すのもうんざりと言った有様である。

私の近況報告として、プレゼンで半気狂いになって喋り倒し、コイツに重要な仕事は任せられないと思わせるようにしていると言ったら、それは特に学生時代から変わっていないと二人から頷かれたのだが、今の人格は『カラマーゾフ』仕込みだからそんな事は無いはずである。

三月には卒業式で起きたことを覚えている限り書き残すつもりだ。




#009 酩酊原点高田馬場ーSai Baba Punk2023ー

【一月号】巻頭言 真と善と美【キ刊TechnoBreakマガジン】

不思議な経験を何度かした。

おそらく二度ほどか。

恐る恐る進んでいたのだが、さて、次の道をどう行くかという段になって、ふと、手元に地図が届けられるという風な。

「ほら」とは誰も言わないのだが、さりとて、私が其処へ行き着いたとも思えないような、不思議な経験なのだ。

「ほら」と言われる代わりに、すっとそちらへ指がさされるような。

答えを出しておきたくて、この一年真善美を問い続けてきた。

割と早い段階で真=善=美、というシンプルなものでは無さそうだという事は直観した。

領域の重複として=に相当する部分はあるだろうが、弁図よりも相関図として→で表した方が良いかもしれないと思った。

行ったり来たりをしていたためか、相関図に対する信頼が増したとも言える。

西田幾多郎は『善の研究』において、「善を学問的に説明すれば色々の説明はできるが、実地上真の善とはただ一つあるのみである、即ち真の自己を知るというに尽きて居る。」と述べつつ、自己と宇宙との主客合一を主張している。

小林秀雄が『美を求める心』で、「言葉は眼の邪魔になるものです。」と言った事は、『善の研究』が叙述する純粋経験と同義だ。

別個に当たった論が、後になってから相互に絡みついていたのに気付いたこの感覚は、私としては不思議としか言い得ない。

分かっている人は当たり前のように言うだろうか、それでも、いやだからこそ真=善=美なのだと。

高校の行事で狂言教室があったのを思い出した。

能は難しいが、狂言ならばまだ当たれるのではあるまいか。

そこで、野村萬斎氏の映像を調べていると、NHKのプロフェッショナルが見つかった。

タイトルは「果てなき芸道、真の花を」。

どうしてここで「真」の字に突き当たるのか、私は愕然とした。

もしや、この中で狂言の世界の真とは何かが語られているのではないかと、直ぐに手にした。

結局名言はされていなかったが、かえってそれが良かった。

真似ているだけでは駄目で、創意工夫が果てしない、それは守破離に言えることだ。

中高でボランティア同好会に五年間在籍していたので、善を考えるにあたり、ボランティアを切り離すわけにはいかなかった。

NHKのプロジェクトX「よみがえれ日本海」をたまたま見る機会があり直観した事がある。

重油流出事故で汚れた福井県の海岸を再生するため、全国から集まった三十万人のボランティアの中から、数名に焦点を当てて紹介した回である。

専門学校を卒業後フリーターだった女性と、定年退職後に役立たずになったと感じていた男性。

女性は、冬場の長期にわたるボランティア参加者の健康管理のため、血圧測定を開始した。

彼女はボランティアを終え、看護師を志したという。

男性は、培った在庫管理の技術情報を活かし、支援物資の整理を買って出た。

彼は、また会おうね、と言ってボランティアの地を離れるという。

私は、そう思わざるを得なかったし、その想いは今も変わらない。

善の果てに真があるのでは無いかと。

善を重ね続けることだけが、真の自分に出会う方法なのでは無いかと。

その積み上げられた善から、真の成果が完成するのでは無いかと。

きっと、そうする人の姿勢や、成し得た物が美なのだ。

小林秀雄の言った「美とは信用であるか、そうである」とは物質的な美よりも、人が営む精神的な信用を我々が美と感じると看破したものだったのか。

この取り組みで、共に考えてくれた友ができた。

彼は「真とは信だ」と喝破した。

ベクトルは違うかもしれないが、大きく伸びた彼を頼もしく思う。

今年もできるところまで問い続けたい。

辿った軌跡は以下の順

善1、『小学生と退職後のボランティア』

美1、『へうげもの』

真1、『褒めて伝える』

善2、『よみがえれ、日本海』

美2、『利休にたずねよ』

真2、『果てなき芸道、真の花を』

善3、『善の研究』

美3、『美を求める心』

真3、『本当のありがとう』

【十二月号】環状赴くまま #014 池袋ー目白 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

冬至を控えてはいたが、厳しい寒さを感じなかったのは、無風だったためか。

駒込から山手線に乗り換えて、池袋へやって来た。

職場で飲み会が催される時に出張って来ていた街である。

何とか飲み歩き可能な気候に感謝の念を込めて、乾杯。

この日は一人でやって来た。

友人から「連れがいた方が良いと思う」と助言を受けていたため、この頃は連れ立って飲み歩いたが、ちょっと一人の気分に浸りたくなったのだ。

いや、無計画すぎて『今日行っとかないと今月行く機会失うぞ』といそいそやって来た。

しかも、大きな仕事を済ませたその日だったという事もあるから、一人忘年会を決行したというわけである。

あっちへ、ど〜んと突き進めばサンシャインが鎮座している。

前回、大塚からやって来た時に見た光景を、より過剰にした様な街。

船橋ノワールは、ここ池袋西武と東武との代理戦争なのだ。

私は池袋に憧れるが、船橋に満足している。

17時15分、外環を左回りに一路目白へと出発。

サンシャインや歓楽街につながる通りくらいしか歩かなかったが、ここの城塞の様な堅牢さと言ったら比類無い。

油断しているとすぐテレクラである。

日暮里で見て以来、二軒目か。

環状周辺のテレクラコンプリートを目指すのも一興か。

というか、潜入調査してみたい、ぞ。

行き止まり、ではなく施設が通路になっているのか。

ここは右に迂回してメトロポリタン通りへ出てみた。

季節柄のイルミネーションも、やっと観られた。

普段、私はこういうのとは無縁だが、月に一度この取材に来る時だけは、人心地をこの身につなぎとめておくことができる気がする。

それにしても、イルミネーションの具合が若干弱いか、どうした池袋(笑)

ホテルがあるから、メトロポリタン通り。

メトロポリス=都会という意味を持たせた、JRが経営している系列の旗艦拠点。

これを短縮したのが、ホテルメッツというわけか。

ホテルの脇を抜ける。

さみしい通り、写っていないがラーメン店に人が並んでいる。

先の西池袋通りを渡ってから、内環へ向けて写した。

今回の街の切れ目はここと認定したい。

池袋は街の魅力をグッと中心に偏らせたためか、土地に真空ができている様に見える。

ここは何処でしょう?

と訊いてみて、池袋と答えられる方が怖い。

だから、ここから先は池袋では無いと、乱暴かもしれないが言いたい。

さりとて、目白でも無いから、街と街とをつなぐ道が続く。

ここを抜けると線路沿いに出る。

行政区分としては、まだ西池袋らしい。

この道は続くことなく、直ぐに曲がる。

住宅街と書けば、街の仲間になるか。

何も無い訳ではなく、住宅がある。

街らしい街、住宅、道、だいたい土地の要素ってこの三つだろうか。

迂回して、向こうに線路が見える。

俺が陥っている「街観念」って、店の集合を指しているのか。

一周回る頃には、其処ら辺のことが整理されているかもしれない。

船橋ノワールを書くにあたっても、他所の街を見る目を養っておくのは良いことだろう。

いつものように、橋に差し掛かることはなかったため、線路と電車の写真は今回無し。

このゲートの先が、目白と認定。

つまり、ここまでは、池袋の重力場が強すぎたがための真空地帯。

都市部の真空は住宅によって補填されているようだ。

ほっ、その先の建築物の表記は目白となっている。

目白入りしたとはいえ、道は続く。

自由学園から目白駅まで続くF.L.ライトの小路というのを歩いて来たらしい。

左へ行けば駅前に出るのだが、良いお寿司屋さんしか無いため、右へ逸れる。

そっちには何軒か飲み屋さんがあるようだ。

写っていないが17時37分。

サラリーマンが目白の飲み屋街へ吸い込まれていく様子だ。

あの後ろ姿はまた、私の後ろ姿でもある。

彼が眺めていたのは。

こちらのメニューである。

下はやきとんダイニング、上は肉の食堂。

私は、ちょっと贅沢して、このお店の手前にあった割烹へ。

夏ならばいざ知らず、ロング缶を飲み歩いて来たのでいきなりお酒。

知っている銘柄があったのでそれ、いつもの延長だ。

通されたカウンターで二、三つまんで退店。

後から奥のテーブル席へ通されるお客が散見された。

この日は月曜だったが、雰囲気の良いこちらのお店は人気店なのだろう。

忘年会シーズンというのもあるか。

お安くやきとんにしておく、というのはこの日の私にはちょっと無理だった。

こういう気分に浸りたかった。

しかし、私のことだから、直ぐに気が他所に逸れた。

隣の二階の肉食堂に這入って〆。

ローストビーフと焼き豚定食。

向こうにバスが停まっている脇が目白駅前。

急に街が現れた。

さて、次回は、目白から高田馬場だ。

ついさっき、学友のNとNの両名に連絡をとって次回のゲスト依頼、それと新年会の提案の承認を受けたばかりだ。

奇跡みたいなタイミングで、年始の滑り出しとしたい。



編集後記

 バンドの忘年会をやるまで、今年という束縛から逃れられなかったが、今、穏やかな気持ちでPCに向かえている。さっきまで、孤独のグルメの再放送を流しながら記事を書いていた、大晦日です。牛、豚、鶏のごった煮をお雑煮ということにして準備してある。この一年は、全部このキ刊TechnoBreakマガジンに詰まっているから、今年何があったかは大体は形に残せたというわけである。だから全部忘れてしまった。良いお年を。

【十二月号】ヨモツヘグリ #010 中山競馬場 梅屋【キ刊TechnoBreakマガジン】

除夜の鐘を聞くまでは鬼が笑う。

そう思っている慎重派もあるだろう。

だから長寿を願って蕎麦を食うのかもしれない。

どうせなら海老川で獲れた海老天を載せたい。

食べられないものを食べるのがヨモツヘグリだが、叶わないから別のにする。

それに、年の切れ間に関心があると言うわけでなし。

僕は、心も身体も賭け事からは離れた距離にいる。

それでも、中山競馬場から近い距離に僕の身体があるため、年の瀬の有馬記念は知っていた。

世に馬が有る、そういう意味からではなく、出走馬をファン投票で決めるという発案者でもある功労者の苗字を冠したのだと言うから意外だ。

日清日露戦争において軍馬研究の必要性を認めた国の動きが、1900年代初頭にこの競馬場を建設させたのだった。

とはいえ、現在の中山競馬場の前身として、松戸に競馬場が存在していた。

まぁ、僕は詳しくないから話を先に進める。

今回、その詳しくなさが、諸々段取りの悪さに繋がったのだが。

寒空の下、土曜一時過ぎの西船橋駅にモツ野ニコ美女史をお呼び立てした。

明日は有馬記念だ。

だから、前日ならば入場できるだろうという見込みである。

見込みは外れたのだが、外れた先が良い所に落着した。

北口のタクシー乗り場には先客が五組ほど居り、しばらく待った。

やっと乗車でき、行き先を告げる。

すぐに一つ前のタクシーに追いついた。

「同じ場所に向かってるのかしら」

果たしてその通りだった。

なんとこの日は、農林水産省賞典中山大障害というGⅠが開催されるのだと後になって知った。

しばらくして、前方に巨大な病院の様な建築物が現れた。

中山競馬場、あんなだったとは。

僕たちは、“いずれ起きる”と目されている、とある大きな騒動になるであろう現場を事前に視察しておく必要があってやって来た。

運転手は中央門の手前で降ろしたが、もうすでに簡易ベンチを持ち込んで明日の順番待ちをしている競馬ファン達が散見された。

予約入場券を持っていない僕たちは、すぐに南門へ向かわなければならないと知った。

下調べが無さすぎたが、馬券を買いに来ていたならもっと順調だったのだろう。

向こうに颯爽と直立している、真っ赤な軍装の美丈夫と、モツ野女子が目を合わせた。

ような気がした。

黙礼とも目礼ともつかぬ閃光が、ほんの一瞬交差する。

目立つ赤い軍装は、墨東の証だ。

何だか、クリスマスシーズンにお誂え向きの格好だな。

あ、近くを通った女児に手を振り返している。

意外と人情を解しているかの様な“彼”の挙動に、ちょっとした好感を得つつ、四百円を支払って入場した。

僕は、いつものサラリーマン然としたスーツ、土曜日なのに浮いている。

まぁ、この後にちょっとドレスコードに気遣うお店へ行くから止むを得ない。

競馬が貴族の遊びである国では、ドレスコードがあるそうだが、日本のこう言う場所ではコップ酒かなんか片手が似合う装いが結構だろう。

モツ野女史は薄桃色のコートが目立ち過ぎず、地味過ぎず、その主張していない雰囲気が今日の目的によく合っている。

行き交う人々、皆が競馬新聞を熱心に見ている。

僕は、青くて暗くて、自分が何処に立っているのか見失ってしまいそうな大空が怖くて、モツ野女史を手近な戸口から屋内へと案内した。

そうそうお目にかかれない抜ける様な開放感の外を体験した直後だと、施設内はもっと混雑している。

俯き加減の予想者たちの間を縫って、今回のお目当てを探す。

中山競馬場の煮込みは、梅家が美味えやと言うのが合言葉らしい。

それだけは調べて来た。

グルメストリートと言うのがあって、其処は直ぐに見つかった。

施設一階の片面にずらっとお店が並んでいるようだ。

昼時が外れるような時間帯を狙って来たから、たまたま並ばずに注文することができた。

煮込みと中生ビールを二つずつ。

「私、小が良いわ」

「余ったら下さい」

彼女もその方が得だと直ぐに察知した。

ここには、彼女が普段飲む様な桃のサワーが無いので押し通せて良かった。

彼女がビールを、僕が煮込みを両手に持って、外へ出る。

馬場に面した観客席には空席が目立つが、どの席にも、競馬新聞を伸ばしたのやらペットボトルやらが置かれて、誰も座るべからずの威圧を感じる。

こう言うのをそのままにしておくのが、日本人の良い所だと信じたいが、良い所の日本人はこんな残念な席の確保なんかしないのではあるまいか。

彼女に段取りの悪さを詫びると、笑顔で其処ら辺で良いと言ってくれたので、とりあえず足元に手元の物を置いて一息つくことにした。

「ビールのカップ持ってるから、先に煮込みを食べちゃって」

僕の分は両方足元に置いたままで、モツ野女史の隣に控える。

「うんうん、美味しいわ」

僕は、彼女にビールも勧める。

「これ僕も飲んで良い?」

飲み切れないだろうから早速、二口目を頂戴する。

ぐいぐいと、午前中のトレーニングで流した汗を取り返す。

大きなため息が気持ち良い。

間髪入れずに、彼女が一と箸のモツをくれた。

王道の味がする。

予想の的中具合で味が変わってしまうであろう。

そうこうしていると、周りにどんどん人だかりが出来てきた。

十四時五分のノエル賞、何番かの出走馬が検査を無事通過したとのアナウンスが入る。

隣に来た学生二人の会話、いついつのレース展開がどうだのとよく聞こえた。

耳に馴染んだファンファーレ、ああ競馬場か、気持ちが現実から遊離していく。

その頃には、手に手に容器を持って、煮込みを食べていた。

僕なんかは気もそぞろにぱくついていた。

ちょっと僕でも二杯弱のビールはお腹にたまるな。

ワアっという歓声が過ぎ去って、お客の集中が馬場から離れたくらいのタイミングで僕も飲み終えた。

ちょっと物足りないから、さっきのグルメストリートへ戻って、ラーメンでも食べさせて欲しいと提案した。

お店の並びを紹介する表示を確認する。

「やっぱり梅家さんは煮込みの写真で推してるんだね」

「ねぇ、このお店だけ背景色が黒よ」

洒落た差別化に気付いた彼女に敬意を表しつつ、果たして僕は、唐揚げにビールを試してみたくて飛びついた。

それと、聞いたことのある屋号のラーメン、中山スペシャルというメニューは全部載せだ。

大盛りにしたかったがそんな食券は無いらしく、さりとてその後のことを考えると二杯食べようとは思えず。

食後、丁度パドックが始まるらしく人が動いたのでそちらへ。

一通り見終えてから船橋法典まで歩いて行き、新木場経由で銀座一丁目へ。

僕はこの後、ティファニーだか何処だかで指輪を買って、彼女をフレンチに誘うつもりだ。

有馬記念の前日は、見上げれば倒れてしまいそうな青空だった。

【十二月号】総力特集 ギャラクシーエンジェルX-2【キ刊TechnoBreakマガジン】

Rockして、Rollして、ついでにそれをShakeする。

遂に出来上がるのは混沌ではなく、むしろ秩序と言って差し支えあるまい。

だから私たちは、テレビから離れ姿勢を正しくして鑑賞しているではないか。

何を。

エンジェル☆ろっけんろーを。

すなわち、おきまりパラダイス。

換言するならば、輪舞するユニバースそのものを指す。

画面の前の此処も、マッドハウスの制作した其処も関係ないのだ。

私たちが前進するためのパワーは全開で後押しされる。

誰もみんな、彼女たちと共にあるから。


・4-8A(15) トラのうま煮

 ウォルコット中佐を、とある惑星の裁判所の証言台へと護衛する任務。その惑星に戻って来た女と、その惑星で待っていた男。追跡していた訳ではないが故の、運命の邂逅。トランスバール皇国軍と反政府ゲリラ軍、二人の指揮官はお互いの見えざる影にその姿を視る。

 二人は男女の関係ではなかった。だから、枕の下に忍ばせたお気に入りの銃を盗んだというのは、フォルテさんからの言いがかりだろう。目を見開いたレンブラントの表情が、それが濡れ衣であると物語っている。銃はフォルテさんの方から、彼へと別れの餞別に譲ったものだ。それぐらいの友情は確かに在った。しかし時が経ち、記憶は風化し、それでも黄金銃が色褪せる事は無かった。それもそのはずではないか。男女のパワーバランスが、往時とは既に逆転してしまっているのだから。そんな事は一言も語られていないのだが、レンブラントの発したあの言葉から、情景がありありと浮かぶようだった。

「記憶とは消そうと思ってもなかなか消えないものだ。そう、今も目を閉じると、あの戦いの日々を思い出す」

 とまぁ、マイケル・マン監督の『ヒート』におけるデニーロとパチーノや、虚淵玄のFate/zeroにおける切嗣と綺礼を彷彿とさせる、ハード・ボイルドの皮を被った“ギャグ回”だ。ギャラクシーエンジェルX、Blu-ray Box下巻は見所満載の佳作で幕を開ける。トラのうま煮でお腹いっぱいなのに、回転寿司まで食べさせられてしまったかのようなオチが紛れもなく秀逸である。特筆すべきなのは、GAの音響が非常に効果的であるということで、それは改めて認識せねばならない。加えて、蘭花の家に居るシ・ショ―や、ミントの家に居るメーモン以上に厄介な存在など、全シリーズで十指に入るであろう第三期の傑作『数珠つなぎ手打ちそばつなぎなし』を彷彿とさせるトラウマが感慨深い。さあ、終わる事の無いギャラクシーエンジェルの輪廻へ、AとAAのBlu-ray Boxも買ってしまおう。

今回珍しくまともなフォルテさんなのに、緊張の糸が切れて緩急ある笑いが生じる。

・4-8B(16)  今日風(株)ラ蒸し

 有りそうで無かった、何度か見かけた気のするような中佐解雇回。今回はリスと虎ではなく、お払い箱に入っている。「わ、私の、私の老後がぁぁぁ」と東奔西走していた第三期一話『捜索おやじ風 創作おじや』とは打って変わって、中佐の心根に渦巻く、腐敗した現体制への野心が炸裂するというのも珍しいから必見で、流石は白き超新星の狼と言える。のではあるが、私も飲み会などで息巻いて気炎を上げる事もあるけれども、査問会で大放言してはダメだろう。シラフじゃ無かった訳でもあるまいに、疲れ過ぎてしまって使っちゃいけないお薬が効いちゃっているのかと心配になってしまう。往時の「明るい家族計画」を放り投げ、TVアイドルを推した挙句今まで勤め上げた分の貯金を注ぎ込んでしまっているなんて、どうなってしまったのだろうか。いや、彼もまた“世の中と同じ様に病んで”いたのだろう。ミントが「今一つ共感を覚えずらい話でしたわね」と発言するのも、推し文化の発達した現代から眺めると複層構造的で興味深い。と言った所でサブタイトル。

 この後、みんなで株式会社ウォルコットを立ち上げ、蘭花が革新的な商品を次々開発するプロジェクトX的展開が繰り広げられたり(繰り広げられなかったり)。穿ち過ぎな見方をすれば、繰り返しになるが“世の中病んでる”からこそ、ヴァニラの神託が恐るべき威力で的中し続けるのだという事も頷ける。流石はヴァニラ、彼女がいなければ奇跡も魔法もないんだよ。どうでも良いのだが、キッツい表情でずけずけ物言うノーマッドは、細◯木数子を模していたのかもしれない。子会社の所在地らしき浜竹町というのは、GAのラジオを放送していた文化放送社屋のある浜松町を意識しているのかもしれない、これもまたどうでも良いのだが。

・4-9A(17)  コ・ロ・ロ・ロシアンティー

 狙った獲物は逃さない、コードナンバーゼロゼロ村上という凄腕の殺し屋が、ミルフィーユ暗殺を依頼される。しかし、当然の事ながら、一流の殺し屋と言えども彼女を仕留める事は至難の業だった…。

 ノーマッドの発言「一部の評価では、ラッキーガールのミルフィーユさんは、かなり優秀なことになっちゃってますからね」とは真実だ。トランスバール皇国は彼女の存在により不敗、エンジェル隊の存在により常勝という、一人銀河英雄伝説状態になっているのだから。今回は中佐が傍観を決め込む事が叶わず、何から何まで矢面に立つ逆フェザーン状態になっているのが裏の見所となっている。仕舞いには村上が自分自身に叛逆するかの様な存在になってオチ。

 GAは基本的にフォルテさんが狂言回しとして活躍するのだが、今回は出番が控え目。代わりにノーマッドが展開を引っ張って行っているのが重ねて新鮮だ。そんな視点で(ミルフィーユの事は投げっ放しにしておいて)Bパートへ。

・4-9B(18) アヴェンジャーエール

 フォルテさんとノーマッドの“仲の良さ”は視聴者一同異論の無い所だろう。ぬいぐるみという究極の受け身である存在のノーマッドが、悪逆非道の行いをするフォルテさんにリベンジする回(個人的な理由による復讐のためアヴェンジよりリベンジが適するのだが、気にせずそれすらもネタ感がある)。協力者として名乗りを上げたちとせに、ノーマッドはとあるロストテクノロジーの持ち出しを依頼する。その名も手足のびーる君…。

 手足を伸ばしたノーマッドは血の滲むようなボクシングの修行を経て、数々の猛者を破り続ける。画面はすぐさま、明日のジョーの世界へと転じる。新人王奪取、統一銀河系制覇、無敗のチャンピオンの誕生だ。インタビューに応じてチャンプは答える。

「次はお前だ、フォルテ・シュトーレン」

その挑発に呼応するかの様に、フォルテさんもまた、“出崎演出”を総身に受けて覚醒した。生死を賭したその時にしか、あの本気の髪型にならないことを、我々は知っている。

こういう、ベタな展開なのに笑えるのは、声優さん達の芸によるものだと痛切に感じる。

 これほどちとせの存在をありがたいと思える回も珍しい。彼女がフォルテさんに向けて敵意を露わにしている最中、「おい、いるいる後ろに」というベタすぎなツッコミがどうしてこうも面白いのか。そこから繰り広げられる怒涛の急展開。ほとんど全てのキャラクターに重要な役割が与えられ、脚本家の手腕にただただ感服。物語は、開幕で聞こえた炭酸飲料の清涼感のごとく、爽やかに収束していく。GAXの“隠れた名作”筆頭と断言したい。展開の大部分を支配するボクシングネタのきっかけとなった、フォルテさんの痛烈な一撃にも注目してほしい。

・4-10A(19) 燃焼系傷心揚げ

 焼身じゃなくて良かった。たいていそういうのはノーマッドが燃える(何度か燃えている)。ミントの命よりも大切な着ぐるみが、火事で焼失してしまった。それにより、失われたミントの正気を取り戻すのが今回のミッションだ。とは言え、ミントの執着は事あるごとに在りし日の記憶をフラッシュバックさせてしまうのが手強い。

人格を破壊するのも、人格を破壊されるのも、どちらもミントの持ち味。

 こう言ってしまっては不適切かもしれないが、GAX唯一の作画崩回なのだが、ストーリー展開とキャラクターの表情が絶妙に噛み合っていてクオリティ高いのが流石だ。オチの直前もGAお家芸の有り得なさ加減が振り切れているのだが、それにだけ金田朋子が呼ばれたのかと思うとさらに笑える。キャスティング分かってんなぁ。

「皆殺しですわ〜ぁ↑」ボイスが美しい。あと蘭花にホストじゃなくて、ホスって言わせた脚本家分かりすぎだった。噛むほどに滋味深いエピソードはBパートでも続く。

・4-10B(20) お笑イグサのコイこく

 蘭花に恋する畳、その名も畳の話。この畳は、蘭花を何よりも大切にするために、ありとあらゆる外的影響を拒絶してしまうロストテクノロジー。たとえば、隕石落下の直撃を、そこ一畳分だけ無力化するなど。眠っている蘭花に毛布をかけてあげる際には頬を赤らめるなど、恋している様子が初々しい。

 蘭花がメインの回には、悲恋がつきまとう。それは、彼女の宿命だろうか。かぐや姫は五人の貴公子を拒絶したが、蘭花には何人たりとも辿り着けない、そんな啓示を受ける。だからこそ、ファンは安心してファンでいられるのだろう。誰が名乗りを上げても成就しないのだから。今回、恋のライバルは小西克幸。あれくらいクセを強くしなければ、畳に太刀打ちできないというのはやむを得ない。

強い女性のどうしようもない弱さは、ドストエフスキーでも惚れる。

 墜落していたにもかかわらず、ジャンボジェットがビルとビルとに挟まれた十字路にきちんと収まっているのが笑える。それにより、畳は力を使い果たしてしまうのだが、二人は永遠の絆で結ばれる。最後の最後、蘭花のモノローグで物語が締めくくられるのだが、感極まってしまい全文を引用することを許してほしい。

「畳が消えてから一週間。あいつが何のために現れて、何のために消えて行ったかは、誰にも分からなかったけど。でも、こうしてアタシの夜の散歩が始まったことは、確かなようで」

とんでもないブン投げ方もまた、Aパートから受け継いでいる。困ったら良い話っぽくしておけ、とか言う様な内規でもあるのだろうか。

・4-11A(21) ハーイ!ちりめんじゃっく

 ど〜きどきロッケンロ〜♪リゾート惑星への行楽気分は、ハイジャック犯の身柄確保の指令に塗り替えられてしまう。旅券の手配から全て、ウォルコット中佐の策略だった。彼は、フォルテさんから懲罰の髭狩りを予告されてサブタイトル。メアリー少佐回、なのだがGAの魅力がこれ以上なくつまっている一本。エンジェル隊が歌うのは神回の証だ。

 フォルテさん渾身の手刀、◯〜んパ〜ンチ、フォルテさん安心の銃口突き付け、蘭花へのバカ連打、ミルフィーユとヴァニラさんの犯人候補連行。疾風怒濤の展開が次から次へと息つく暇もなく続く。エンジェル隊の持ち味を五割り増しで視聴者に明かしてくれる脚本家の手腕にただただ脱帽する。

 一人冷静なメアリー少佐の視点を借りれば、エンジェル隊の捜査能力がどれほど低いかと言うことが浮き彫りなのだが、やはりGAユニバースはマルチシナリオであるが故の破天荒が醍醐味。自分達で犯人候補を確保して事件解決を宣言しておきながら、ヴァニラの姿が見えなくなった途端に手のひらを返して「もしかしてヴァニラのやつ、犯人の人質に」とか言ってしまうフォルテさん、流石ハヤシライスの人だと喝采を送りたくなる。「わけが分からないわよ、アンタ」とこぼすメアリー少佐のごもっともなツッコミの疾走感に並走できた視聴者は果たしてどれほど居たのだろうか。そして、フォルテさんのビンタは音速を超えた。

 これだけ書いてもまだまだ続く。だから、もう今回の記事はこれくらいで良いだろう。ミルフィーユはミルフィーユでしか担当できない役回りである。最後に、あのタヌ吉もといノーマッドから鬼畜以下と評されたミントの、悶絶地獄責めなんかファンからすればご褒美ではないかと思える。本来ならば低中高へと出力を変化せるはずだろうが、見る限り「低→HELL」へと飛び越えてしまっているのが鬼畜の先へとミントがやすやすと踏み越えた原因だ。“なんやかんや”で犯人も逮捕されてオチがつく。このクオリティがGAの標準になってしまうのだとすれば、それは恐ろしい事ではあるまいか。私たちは最終話の幻視を観ている。

・4-11B(22) レイニーブルー

 一年間雨が止まない惑星、トラン。その異常気象の原因と目されるロストテクノロジーの調査が今回のミッション。研究機関で昨年保護されたという戦災孤児の胸元に、曰くありげな五つの宝石が赤く輝いている。ミルフィーユただ一人だけが、彼女の孤独な影を看過できなかった。

 功利主義と倫理観との相克を突きつける、“オメラス”という幸福の街の話を彷彿とさせる。だが、惑星トランはそんな理想郷の対極にある。

「地域紛争、民族や宗教の対立、そしてそれらがもたらす極度の貧困。この数十年、トランでは争いが絶えたことなど一度もなかった。多くの人間が死に、多くの人間がトランを離れていった」

降り止まない雨が多くの紛争を停戦させたものの、水に沈む惑星から歩み去る、いや棄てて行く人々を止めることはできない。

「今この星に残っているのは、貧しい者たちと、一握りの偽善者だけだ」

そう語る教授に深く刻まれた皺が、告白している。偽善者とは私である、と。

 ミルフィーユの思惑、教授の疲弊、トラン軍とエンジェル隊の軋轢。争いを暗喩する雨に、流れる涙が重ねられ物語はコーダへ向かう。きっと始まりは本当にただの雨だったのだ。それが次第に、晴れ間を忘れてしまったのではあるまいか。そうだ、この回はセリフが極力削がれていた。だから、それらの大切な言葉を聞き逃してしまうことは無いし、むしろ映し出される映像を信じることができる。語られる物ではなく、示された物語を黙示録と言うならば、それをレイニーブルーと呼んでも良いだろう。

・4-12A(23) エンジェルなかまボコ

 ウォルコット中佐に行動力を買われたちとせは、エンジェル隊に引き抜かれる。しかしながら、そこに彼女の居場所は無かった。何をするにしても五人から無視され続けるちとせは、いよいよ感極まって感情を爆発させてしまう。

「私はただ愛されたい。それだけなのに」

嘆く彼女に対し、ノーマッドが一喝する。

 GAを鑑賞しながらにして、愛とは何かを問われる意欲作。ちとせの弱さの一因は、環境や周囲の影響を直に受けてしまう事にあるのだろう。その欠点を、身動きの取れない究極の受け身であるぬいぐるみになるという方法で克服できた。エンジェル隊に無償の愛を提供し続ける道を選んだちとせを応援したくなる。ただ、製作者サイドの意欲をどのように収拾させるかは、やはり投げるしかなかったのか。しかし私には、ちとせの扱われ方の雑さ、すなわち愛の気付きと結果的な自己犠牲が、ギャラクシーエンジェル・サーガを真に推進させるための革新的燃料になったのではないかと思えてならない。

・じゃんけん十三奥義

説明不要の無敵ぶり!ただし味方も巻き込みます。

 だが、これで第十二回目である。次回は、一体何が。普段と変わらないAパートを終え、何事もないかの様にBパートが続く事に、一抹の寂しさを感じる。

・4-12B(24) カレイ煮付けカレー

 ヴァニラストーカー(する方)回。ハッキリ言うなよオッサン、とノーマッドは気が気でない。理由から何から理解できず、現実逃避、ムキになって否定など、Aパートでの達観は見る影もない。エンジェル隊からの野次に対し、言うに事欠いて

「クソー、お前らなんか、お前らなんか、鼻クソ食べて死ね」と言い放つのが苦悩の裏返しだ。ウェディングケーキ作ってきま〜す、お仕事にでも戻るとしましょうか、眠いから寝るよ、彼氏との急用が、などと口々にしかも散々な理由で飽きたエンジェル隊たちがその場を離れていくのも、本当に無関心な様で笑える。好き勝手やっているのが彼女達の魅力である。

結局ぶれないヴァニラだった。

 もちろん、真相は後々判明するのだが、その理由がヴァニラらしい。タロットで例えるならば、女教皇の逆位置か。最後はみんなで仲良く投げを食らって、いつもの終わり。魚足ならぬ蛇足だが、先述したレイニーブルーも投げて終わったと言えば投げて終わったな、なんて言って仕舞えば台無しだ。取って付けたかの様な、ちとせの登場に微笑んだ優しいファンは多いだろう。

・4-13A(25) のぞみかなえたまごとじ

 ちとせの殺意は毒饅頭として結晶した。あれは判然としないが河豚だろうか。律儀さと、ミルフィーユに劣らぬ頭の悪さを自覚して、彼女に変化の刻が訪れる。“書いた事が本当になるロストテクノロジーのノート”をその手にして。

 料理、射撃、格闘技、情報分析に加え、23話で愛を知ったちとせ。ロストテクノロジーに頼らずとも、必死に勉強さえすれば大元帥にはなれただろう。ただ時間が短縮されただけだ、たぶん明日くらい。のぞみかなえたまごとじとは、視聴者がちとせを応援する気持ちの結晶だ。そして、変化の刻とは赦しを与えることだ。

大元帥まで昇進連打。右下のオペレーターは前話に登場したジェイか。

 ギャグ回なのに、ギャグ回として紹介できないのは、最終回だからか。しかし、今回もフォルテさんに美味しい出番が盛りだくさんである。ギャグ回としての紹介はこれで十分だろう。そして、最終回だからか、今までに登場したゲストキャラ達が画面の端々に登場していることにも注目したい。この文章を書き残すにあたって、随分と勝手なことを記してきたが、最も勝手なことを付け加える。このAパートの、おそらくさらに200,000,000年後くらいに次のBパートが始まるのだろう。ギャラクシーエンジェルはマルチバースであったことを如実に示す一作だった。こうまでしても、まだGAは終わらない。

このシーンの前後にゲストキャラクター勢揃い。呼ばれなかったキャラでクイズができそう。

・4-13B(26) オールオッケーロケ弁当

 届く事はなくとも、言い残したくない事がある。だから、私たちは叫ぶ。

「フォルテさん好きだあぁぁぁ!!」

彼女は涙する。聖杯にワインは満たされた。声が届いたのだ。名も無き戦士はその事を知らないが、満たされた表情で逝った。私たちも同じ表情をしているのだろう。ミルフィーユは空を舞い、蘭花は察知する。ミントはある事ない事言い募り、私たちはオールオッケーへ一直線に向かっていく。これがギャラクシーエンジェルだ。これがデ・ジ・キャラットにょ。何度でも言おう、エンジェル隊が歌うのは神回の証だ。そしてヴァニラは第三の壁を超える。

 あれが果たしてタバスコだったのか、それとも別の似て非なる何かだったのか、そんな事に白黒付けるのは野暮だろう。どちらでも良いのだ。2004年9月30日、少し遅い夏の終わりの夜更けだった。泣いたのは誰か。泣いているのは誰か。私たちは皆ここに眠る。あの日々と同じ様に、次の放送を夢に見ながら。



以上が、ギャラクシーエンジェルX Blu-ray Box下巻の大体だ。

安心してほしい、GAはマルチバースだから決して終わらない。

様々なメディアミックスと、る〜んの世界、Blu-ray Discの容量限度があるだけだ。

Discのチャプターメニューから

そして筆者は、令和にギャラクシーエンジェルでたくさんの人達と、目に見えない絆で繋がれた事に感謝している。

【十二月号】棒切れ #008 ハートは句読点【キ刊TechnoBreakマガジン】

ハートをつけるんだ

朝から晩まで句読点

ハートをつけたから

気持ちも少しは膨らんだ

ハートをケツるんだ

裏からオモテの観相戦

ハートをくっつけるんだ

いびつな左右でただ一つ

さよならするときも

バイバイをするときも

ハートをつけている

けりをつけることさ

ハートは誰にも見せない

君にしか見せてない

誰かの目にふれられない

ありきたりなものじゃない

ハートは誰にも見せない

自分でもめったに見れない

椅子の上に伏せときたい

ベッドに伏せてたい

ハートをつけるんだ

朝から晩まで句読点

ハートをつけたから

気持ちも少しは膨らんだ

【十二月号】酒客笑売 #008【キ刊TechnoBreakマガジン】

会社主催の打ち上げで~、酔った勢いで社長に絡んだ♪

笑えへん、笑えへん、笑えへんへんへへんへん♪

会社主催の打ち上げで~、酔っ払い過ぎて救急車騒ぎ♪

笑えへん、笑えへん、笑えへんへんへへんへん♪

・・・忘年会シーズンである。

くれぐれも飲み過ぎには注意したい。

あれはもう十年近く前の話だ。

社で大きなイベントを終えたその日、上半期の打ち上げが赤羽の居酒屋で執り行われた。

私は数年目の駈け出し、向かいのお姉さま方たちのお酌を受け、飲まされるがままに日本酒を飲んだ。

「禍原さあぁぁぁん!禍原さあぁぁぁん!」

ねばついた瞼を開けるのが困難だ、光が眩しい。

私は名前を呼ばれていた。

気が付くと、辺りは慌ただしい。

確か、この時、私はトイレに行きたくてそこまで歩いて行った。

視界が真っ白だったのを覚えている。

足腰は弱り切っていたかのようで、まともに歩くこともままならなかった。

下腹部に力を入れても何も出ない。

尿意はあるのだが、うんともすんとも言わなかった。

気ばかりが焦る、煩わしい尿意をさっさと無くしてしまいたい。

結局、二分も三分もかけて終わらせた。

ベッドに戻ると、私が失踪して仕舞っていたので現場を混乱させてしまっていた。

救急車には限りがある。

病床にも限りがある。

看護師さんにも仕事がある。

飲みすぎなければ、それらへの負担を無くせる。

私は消えてしまいたかったが、そういうわけにもいかぬ。

笑えない笑い話である。

救えるはずの命に駆けつけられ無くなるだろう。

患者が増えれば仕事も増える。

意識不明の泥酔者に付きっ切りでは他の仕事にならない。

飲み過ぎによる救急車騒ぎだけは、当人の注意で回避できるではないか。

無論、我々呑助の中には、私の様に意志薄弱で自分の力では飲酒を中断できないのがいるから、無理に飲ませたりなぞしないというのも肝腎である。

急性アルコール中毒のみならず、慢性的な肝機能、腎機能の低下を予防すべく、適度な運動に心がけることも肝腎である。

笑えないんだよな。

赤提灯でおでん、という観念を私に刷り込んだのはフォルテ・シュトーレン大尉だ。

読者の酔いどれ紳士淑女は、誰かの影響で飲酒に憧れたり、飲むとはこうでなくてはと思った事はないだろうか。

私の飲酒は暗くて笑えない。

明るくて笑える飲酒は、常々私の記憶から欠落していく。

それでも、ああ良い酒だ、こういう飲みは良い飲みだ、と思える事は何度もある。

さあ、飲み直そう。

ここから後半は、私とおでんで一杯やろうではないか。

ドラマ版『野武士のグルメ』で、竹中直人演じる香澄が確か

「ちくわぶって、辛子を美味しく食べさせるために」云々していた。

これは、高橋義孝の『酒客酔話』にも記述が見られる。

私は私でちくわぶが好きなのだが、それもやはりフォルテ・シュトーレン大尉の影響だろうかと思う(竹輪よりも好きだ)。

行きつけのおでん屋って、あるだろうか、私はある。

王子駅前の平沢かまぼこさんだ。

王子十条赤羽の呑助ゴールデントライアングルは、職場に近いのでよく行く(赤羽の有名なおでん屋さんは盛況すぎて、まだ行こうという気が起きない)。

そこは、おでんダネ製造業者の旗艦店である。

もう十年近く前に、二回りほど上の先輩に連れられて行った。

彼はこの界隈の先導者である。

当時は先代の女将さんもよく店頭で接客していた。

だいたい十月に入って頃合いのときに、件の先輩(塾長と呼ぶ事としよう)から話を持ちかけられて行くのがそのシーズンの開幕。

以降は、寒さが強く感じられる様になった十一月中旬から頻繁に通うことになる。

今はやらなくなったが、店頭で氷水を張った中から瓶ビールを出してくるのが好きだ。

我々はそこでは決まって赤星。

狭いカウンターばかりの立ち飲みだが、押し合いへし合いしながらおでんをつまむのが風情だ。

席へ通されると、小皿に色々な漬物が小口切りになって提供される、のだがこの頃そのサービスは無くなった。

こうして書いていると、変わってしまった事についてのぼやきばかりになってくる。

変わらないのは冬季限定販売の煮こごり、これが美味い。

最初の注文では瓶ビール、煮こごりと、おでん三つほど、大根、ちくわぶ、こんにゃく。

塾長はおでん五つほど、大根、昆布、はんぺん、竹輪、カレーボール。

一回目の注文を瓶ビール二本で平らげた後には、鶏皮の煮たのと二皿目のおでんだ。

私はたいてい、卵、はんぺん、じゃがいも、あぁ厚揚げもいいなあ。

塾長は、一皿目の五つで十分らしく、このあとレモンサワーに代えて鶏皮をつまむ。

飲み物が変わった時には、私も同じもので付き合う。

カウンター立ち飲みなのだが、ここからが長い。

その後、一通り食べ終えてもまだアテはあって、源氏巻きを注文する。

これはウィンナーとチーズをくるんと巻き込んだ蒲鉾のことだ。

輪切りになったのが五切れほど、マヨネーズを添えて出される。

これが中々イケる。

お互い好きなので、鶏皮のお代わりもする。

変わり映えしない話、と言うわけでも無いのだが、業界の時評を延々聞かされる。

熱心な人だし、勉強になるのでうんうん言いながら聞いている。

だから塾長と内心で思っているのだ。

彼がもっと飲みたいと思っている時には、ここらでカレーボールが追加される。

しかし、こないだ行ったらメニューからカレーボールが無くなっていた。

「おつまみタイカレーなんて新メニュー出してないで、チャイポンはカレーボールを出せ」

帰り道に塾長はぼやいていた。

先代の女将さん以来、店頭にずっと立っているのは、我々が勝手にチャイポンと呼んでいる小太りな東南アジアの店員さんだ。

無くなったサービスについては知り得ないだろうが、変わらない味をたとえばこんなお店に訪ねてみるのもいい。




#008 疾走アンビュランスの肝機能障害フォルテッシモ 了

【十二月号】もう付属の餃子のタレをつかわない(かもしれない) #008 浦安 秦興【キ刊TechnoBreakマガジン】

自分が死んだ感覚を鮮明に覚えている。

僕は、酔っていた訳ではないから。

殴られるのには仕事柄慣れていたが、不意の衝撃だった。

胸元を、どんと殴られた感覚。

深海に、どぼんと突き落とされた感覚。

気が動転して視点も定まらず、見慣れない天井をそれと認識できないまま。

苦しい、苦しい、だがすぐにその苦しみも麻痺していく。

最期に見るような彼の表情は、鏡に映した僕自身の表情だったのかもしれない。

Wの青ざめた顔が、あと数秒だけ僕をここに留めてくれた。

それが信じられない。

ハインツのケチャップでしたとか、まだ開栓して間もない赤ワインでしたなんて。

僕は死んだはずだ。

なぜなら声を聞いたから。

「記事は読んだ」と。

「生い立ちは総て見返した」と。

「私は全てを読むものだ」と。

「もっと食え」「まだ書け」「人の倍では足りぬ」「寿司で冷えた体を温めるラーメンを食う前に、焼き肉屋へ這入って最後は牛丼屋に行け」「合間に吐け」「口にできない物を口にすることを、ヨモツヘグリと称すること罷りならぬ」「伊邪那岐がこの世とあの世とを行き来した程度では満たされぬ」「お前は行ったり来たりを繰り返すのだ」「それは成人でも童でもない埒外の存在だ」「満腹と空腹とを止め処なく行き来していろ」「二つの矛盾を内包すること罷りならぬ」「ついでに膣内射精障害にしてやる」「私は夏見ニコル」「お前の背後で全宇宙を睥睨する者だ」「目覚めろ」「立て」「食え」「食って吐け」「書け」「駆けろ」「賭けろ」「お前は敷居を踏んでいる」「いや、お前は内と外を行ったり来たりし続ける」「禁忌を犯せ」と。

改札の前に彼女が、モツ野ニコ美女史が待っていた

青いニットが良く似合っている。

「急に、何というかその、不安になってしまって。こういう仕事をしていると、いつ急に、会えなくなるか分からないから」店へ向かって歩き出しながら言った。

「貴方が消息不明になっても私の所には詳細が来るはずだから、安心して」彼女は快活に笑って言った。「それに私たちは探す側であって、決して探される事はないわよ。人員が割かれるような事無いもの、代わりは多いんだし」

僕はそれでも切り出した。

「つながりが欲しくて、偶像崇拝的で嫌だと思わなければ、同じ指輪をはめていたい。今度、それを見にいくのはどうかな、来月にでも」

「お酒の力を借りずによく言えたわね。」彼女は大笑いしたが、照れかくしのようでもあった。「給料の三ヶ月分は覚悟できてるのかしら?」

「もちろん」

ロマンティックな事なぞ何も無いが、そのまま中華料理店へ這入った。

急に呼び出したのだが、彼女は応じてくれた。

のみならず、僕からの申し出も許諾してくれたようだ。

楽観主義者の僕が、こんなに不安になった事はおかしい。

その日は彼女の地元である浦安に来た、というか押し掛けた。

事前に調べて良さそうな和食店は予約満席だったため、こちら秦香さんを予約した。

モツ野女史も訪れた事はないそうだが、駅から近かったので案内してもらった。

駅の真横にくっついている施設の表から裏へと抜け、向こう側へ出る。

ほんの数メートルとはいえ、建物も道になる、街の中にも道があるというのが可笑しかった。

外観も、内装も、街中華という感じは全くなく、中華料理店だ。

案内されたのは六人掛けも可能そうなテーブル席で、前評判通り女将さんの愛想が非常に良い。

席に着くなり瓶ビールと餃子を注文した。

モツ野女史には、その間にドリンクを選んでもらう。

彼女は即決で杏酒のロックと言った。

「ソーダ割りじゃなくて?」

「ビール少し頂くわ」

その注文に重ねて、彼女はエビマヨネーズを、僕は蒸し鶏の葱塩和えをそれぞれ選んだ。

さっきあんな事を言ったのに、グラスに注いだビールでの乾杯は何事もなかった様に行われた。

会ってから、まだ半年と少しくらいしか経っていなのだが、お互い多くは語らない。

ただ、仕事の後の仕事と称した、こういう酒盛りが好きな二人だ。

優しい約束の宜敷ことyがしみじみ飲んでいると、しばらくして餃子がやって来た。

皿の余白が目立つ、焼き目はあるが乾いたような見た目のが、五つころんと不揃いに転がっている。

醤油を垂らそうと容器を傾けると、口元についていた雫が一滴落下した。

こんなもんで良いかと、小皿にラー油を垂らす。

こちらのラー油は、小さなお碗で小さじと共に提供される。

その上から酢を流し入れると、先に入っていたラー油が小皿一杯に広がった。

タレにつけて齧り付けば、何とも平凡な味である。

ふむ、どうしたものかと残り半分を口に放り込む。

若干、野菜が香りはするものの、平凡な印象は拭いきれない。

僕は苦笑して、猫舌の彼女に火傷しないよう忠告した。

「もう付属の餃子のタレをつかわない、か」

「ねえ、小籠包も注文しましょうよ」僕の落胆を見かねたかの様に彼女は言った。

「食べる時には、くれぐれもご注意を」

「火中の栗を拾って食べるのが、貴方が言うヨモツヘグリなんじゃなかったかしら」

言われて僕は、メニューにあった豚モツ、豚ガツとハチノス辛味鍋を注文したくなった。

今夜はいつもと外してゲストと共に餃子のつもりが、それに便乗してモツ煮まで頂こうと言う寸法だ。

小籠包と一緒に追加注文、瓶ビールも。

到着したエビマヨネーズを早速頬張る。

もったりと濃厚な食感に、弾ける様なエビが口の中を幸せにする。

温度も熱過ぎずで、いくらでも放り込めそうだった。

選んだモツ野女史も美味しいと言って食べた。

彼女のグラスビールは空いていて、杏酒のロックに口をつけたところである。

蒸し鶏はたっぷりのもやしがくたくたになったのに載っていて、一緒にモリモリと食べられる。

僕は塩分が強いのをあまり好まないのだが、塩梅の良い味つけだったので箸が進んだ。

平らげる頃に豚モツ、豚ガツとハチノス辛味鍋が届く。

結構な大きさのお碗に入れられている。

もやしやキャベツや刻まれた香辛料などに覆われて、中身がよく見えないが、モツの類もふんだんに入れられているようだ。

よく吹いてかき込むと、まだ熱く、そして辛い。

内蔵は煮込みではなく調理されたばかりのようで臭い、しまった。

辛くて臭くて地獄の池みたいなひと碗だ、黙々と食ってしまおう。

ニコ美女史も取り分けて食べているが、熱いとか辛いとか言う程度である。

変な汗が出て来た。

毒を食らわば皿までで、麻婆豆腐も注文する。

「この石鍋麻婆豆腐を、普通のお碗に入れて頂けませんか?」

「ウチはそれできないの、よく焼いて出すから」

「わかりました、それで下さい」

上手く行かない。

向かいのモツ野女史が赤面しているのは、辛味鍋の所為か僕の失言の所為か。

きっと彼女よりも僕の顔の方が赤いはずだ。

指輪の件なんか頭から飛んでしまっていそうである。

鍋を平らげ、小籠包を仲良く二つずつ食べ、麻婆豆腐に舌鼓を打ち、最後に炒飯と汁物代わりのパクチー水餃子で〆てお会計。




モツ野ニコ美は、目の前の男エージェントyが、トイレから戻った後で炒飯を猛烈に食べる様子をしかと見届けていた。

彼の目は席を立つ前に比べ、邪悪な赤さに染まっていたのだが、それは決して料理の辛さから来るものではない。

彼が箸を持つ手の甲には、自分で自分を食ったかの様な歯型がはっきりと認められた。

そして、いつか優しい約束と自らを呼称したその男とは、もう二度と会えないのだという事を直観した。

『哀れな男。貴方を誰にも渡すもんですか。そのために私たちWAR GEARは居るのよ』

【十二月号】巻頭言 おじさん、許さん、BLACK SUN【キ刊TechnoBreakマガジン】

「仮面ライダー生誕50周年記念企画作品」

重々しくもその作品は、各回冒頭にこの言葉が掲げられる。

まず、残虐なシーンが多発するのはやむを得ない。

この物語は、人間と怪人、二つの種族が対立する現代の日本が舞台だから。

怪人たちには彼らの徒手空拳しかない、人間たちの様に発砲して銃弾を打ち込んで、それでお仕舞いという訳にいかないのだから。

さりとて、物語の冒頭、差別反対の怪人たちと異種族排斥派の人間たち、それぞれのデモ隊が一触即発の様相を呈している場面から息詰まる展開であったのだが。

私は、日々をうかうかと暮らして来たから、デモ隊に参加したという事は一度もない。

しかしながら、丁度今から十年前にレバ刺しが禁止された際には、国会前に座り込みでもしようかと考えていたことがあった。

ワンカップを右手に、左手にはプラカードを持ち

『俺たちの楽しみを奪うな』

『俺たちは俺たちで責任を取る』

と、世界一平和な抗議行動を妄想していた。

食糧事情がどうなろうと、私たち日本人にはホルモンがある。

だが、怪人たちの食糧事情はさらに逼迫していた。

彼らにとっては、怪人たちの頂点である『創世王』が供給する体液を口にしなければ若さと強さとを保ち続けていくことができない。

そして、その創世王も今や瀕死であり、いつまで現状維持ができるか見通しが立たない。

時の首相は怪人たちとの融和(トゥギャザー)路線を進んでいるのだが、その実態は『創世王』と怪人の政府管理による利益の吸い上げだった。

事の始まりは今から五十年前、首相の祖父である当時の首相の思惑に端を発する。

人体実験を繰り返し、戦争兵器としての怪人を実用化するべく働きかけていたのだ。

五十年前の人体実験の犠牲者の中に、彼らもいた。

南光太郎と秋月信彦、BLACK SUNとSHADOW MOONとして、過酷な運命を背負わされる少年たちである。

次期創世王は、彼らのうちどちらになるのか。

物語は、差別と対立が渦巻く現代と、野心と衝動とが胎動する五十年前とを交互に行き来する。

この構造によって、物語がどのような経緯で突き進んで行ったかを明かすと共に、今ここの日本に居る私たちがいかなる価値を創造するのかを問うのだ。

人間と怪人、差別と融和、現代と過去、ドラマと視聴者、この対立を行き来することが、私たちに新たな価値の創造を可能にさせる。

きっと、物語は誰もが予期せぬ悲しみに向かって行くのだろう。

五十年前、政治闘争団体としての五流護六(ゴルゴム)党内部の友情に入っていく亀裂の様に。

その亀裂は、破竹の勢いとなって、団体ではなく個人の思惑によって瓦解していく。

何のために写真を残すのか、振り向かないためではきっとない、それではギャバンになってしまうから。

「ずいぶん老けたなぁ」

五十年ぶりの対面となる光太郎の姿を見て、信彦もまた囚われの身であったその五十年の歳月を実感したに違いない。

その邂逅の場には、もう一人の人物がいた。

怪人差別に反対を表明する数少ない人間、和泉葵。

彼女は国連で差別の無い社会に向けたスピーチをする。

怪人は危険では無い、怪人は人間を傷付けない、怪人も夢を見て恋をすると。

「人間も怪人も、命の重さは地球以上。1gだって、命の重さに違いは無いのです」

怪人の存在が日本発祥であるという世界認識を隠蔽したいと画策する現政府に見出されてしまった事と、怪人排斥派から彼女の暗殺依頼を受けた覚醒前の南光太郎が現れてしまった事により、和泉葵の運命は本作で最も激動の渦に飲み込まれる。

改めて今述べよう。

人間と怪人、差別と融和、現代と過去、ドラマと視聴者、この対立を行き来することが、私たちに新たな価値の創造を可能にさせるのだと。

私たちには、当事者にならずとも相手を慮る力があるはずだ。

ただ、きっかけが無いからその能力に気付かないだけなのだ。

それは、和泉葵の持つキングストーンに触れた南光太郎の変身と同じ事ではないか。

私は、五十年前の五流護六党員達の群像劇が好きだった。

それらが現代につながっている様子もまた好きだった。

被差別者である怪人たち五流が六流を護るという意味なのか、それとも七転び八起きの気概を『永遠の』闘争への流れに委ねるという意味なのか、それは分からない。

だが、私たち視聴者もまた彼らの在り方を共に振り返られるという事が、どこか勇気の湧いてくる行いだと思える。

だから、クジラ怪人はきっと第四話までの出演予定だった、そんな気がする。

「寂しくなるな、おい、もっと暴れたかったな」

コウモリ怪人とのあの会話が、きっとクジラ怪人に本当の生命を与えたんだと、そう信じたい。

もう、多くは語るまい。

さりとて、只のあらすじに終始するのも面白く無い。

だから最後に蛇足しておく。

コウモリとコオロギの二人、私はあの象徴を大いに気に入っている。

物語は終わらない、本当のオープニングは始まったばかりだ。

不思議な事は起こる。

WAKE UP!

人の性が悪ならば、善こそが変“真”のための唯一の手段ではないだろうか。

【十一月号】環状赴くまま #013 大塚ー池袋 編集後記【キ刊TechnoBreakマガジン】

夕方になるともうすっかり暗くなる、この季節は少し苦手だ。

三時ごろに感じる斜陽は物悲しくて、やり切れなくなる。

日暮里ー西日暮里間の頃に声をかけていたが実現しなかった職場の後輩Cを誘って、彼の大好きそうな街、池袋へ向けて出発する。

幸いにも仲の良い業者のO氏が来ていたので、バンで大塚駅まで送ってもらった。

赤信号で止まり、ここで降りるかと外に出た途端に信号が変わった。

礼を言う暇も無く、車は走り去った。

O氏、ありがとう、この場を借りて謝意を表明したい。

もっと奥へ進めば大塚駅前なのだが、またここまで戻ってくるのもバカらしいので、近くのコンビニへ向かう。

寒さはそれほど厳しくないのがありがたかった。

ファミチキでビールが飲みたいと提案、近頃毎晩のようにファミチキビールで地元の帰路を飲み歩いている。

これではファミキチだ。

18時40分、出発の乾杯です。

Cはたまに日中の出張でここら辺を歩くことがあるのだという。

ただ、夜は初めてとのこと。

私もこっちには来ない。

大塚に魅力的なお店を多く知っているのだが、来る機会が全く無い。

さて、一旦線路に対して平行よりやや角度のついた通りを進んだ。

突き当たりの交差点を左に折れて、橋の方へ登っていく。

この先に橋がある。

信号待ち、左手。

この道から進んできてもよかったが、ファミチキ優先コースが今までの道だ。

空蝉橋。

明治天皇が蝉の抜け殻のついた松の木を近所で見たのがその名の由来だとか何とか。

この下を山手線が走っている。

ここから右へずっと向かう。

空蝉橋から見た右手。

渡ってずっと進む。

後輩のCはここの分岐にめざとく勘付き、私から聞かれる前に路地へ行こうと申し出た。

何も言われなければ、一旦右へ行っていたかもしれない。

Cはこういう道が好きなのだと言う。

そんな人って居るんだと思いつつ、上野から鶯谷へ向かう途中の路地を思い出した。

Cに話すと知っていたようで頷いていた。

路地を抜け、駒込ー巣鴨ー大塚によく見られたような道に出る。

向こうに橋がある。

栄橋というらしい。

橋の上からいつもの一枚。

さらに先へ向かうが、線路沿いから少々離れることとなる。

少々入り組んでいるが、なるべく線路から離れ過ぎない道を選ぶ。

進行方向左に線路があるのだが、行き止まりの様なので右へ。

騙し絵のようなポスターが並んでいた。

夜に見たらちょっと驚いてしまうのではなかろうか。

通りに出た。

兆峰さんは中華料理店、私の大好きな感じのメニューが出されるようだ。

駒込、巣鴨にあるときわ食堂さんは和食だが、中華もたまらなく良い。

ここを左へ折れて真っ直ぐ行く。

分岐。

線路は左方向だが、敢えて右を選んでみた。

後輩Cはここら辺の軒先にノスタルジーを感じていたっけ。

結局すぐに、線路沿いの路地に合流。

なんか、

うろうろせず、真っ直ぐ進めば着くんだ、という安心感があるな。

こういう線路沿いって。

今回、何度目かになる橋。

宮中橋。

はるか向こうに池袋の街並みが待ち受ける。

だが、街と街とをつなぐ道は、まだ続く。

Cと話した。

大塚からこんな風に池袋へ向かう人は、在住の方々以外に居ないのではないかと。

池袋は色々な方法で行くことができるから、わざわざ歩きを選択する人は少なそうに感じたのだ。

堀之内橋。

おっと、今までの橋とは様相が違って、空蝉橋に似た感じだ。

やっと街が、ここからははっきりと池袋エリアか。

振り返るとクラフトジンのバーがあった。

街にバーあり、道にバーなし、と言ったところか。

ここはインターナショナルバーであるとのこと、今度行ってみよう。

橋の向こう側。

見ずらいが、二階に中国卓球とあるレッスン場。

その下、電飾が目立っていたが写りが悪くて恐縮。

RECORD、CD、BEERと光っていた。

掘り出し物があるという噂のレコード店、疲れたらクラフトビールで一休みというのもできるらしく、好きな人は徹底的に好きなお店だろう。

橋の横断歩道を渡って、さらに向こうへ。

さっきから見えていたあのオベリスクは、清掃工場の煙突であるらしい。

縁石の上に立ち、カメラを高く掲げてフェンス上部から撮影。

今までの道では見られなかった光に溢れている。

後輩Cはしきりに「汚ねえ光」と言っていた。

一応、同意しておきはしたが、彼がどういう本心で発した言葉かは窺い知れない。

首都高の下だったか。

地図上では分からなかったが、まだ先へと連れて行ってくれる。

歩道橋で埼京線の線路を跨ぐ。

池袋駅は目の前である。

ここは池袋大橋というらしい。

空蝉橋とか堀之内橋とか、橋の名前に詳しくなるのが線路沿い歩きの副産物かな。

ラムセスという、ファラオの名を冠したラブホテルが不遜で可笑しい。

なんだか大塚からの道中は、何もかもが池袋寄りに引き寄せられてしまった、真空地帯か虚空ででもあるかのようだと気付いた。

もちろん、何もないわけではない、道があるのだが、それにしても。

池袋大橋から階段で降りた。

同じ街並みだが、視点が変わるとこれほどまでに見えるものが変わるか。

向こうに歓楽街が広がっている。

勤め先から見て、池袋はかなり近場と言えるのだが、この界隈はもっと詳しくなりたいな。

今までの人生何をしてきたのだろうか、なんてふと思ってしまう。

このまま煌びやかな街に溶け込んでいくわけでもなく。

西一番街中央通りのお店へ這入った。

せんべろハシゴというのは基本スタンスだったが、次回は一人で歩こう。

それでも、生牡蠣四つで四百円、知る人ぞ知るお店だ、UOKINバルさん。

私があまりの勢いで食べるものだから、後輩Cは二つも寄越した。

カルパッチョのLサイズ、これで3〜4人前だという。

後輩は少食な方なのだが、男二人ならこれが嬉しい。

他には白子のフリット、牡蠣フライなど。

帰りは山手線で高田馬場から乗り換え。

懐かしい街に近付いてきた。

次回は初の目白、一人歩きにはもってこいな街という気がする。




編集後記

 ギャラクシーエンジェルのBlu-ray BOXを自分の誕生日プレゼントにして鑑賞していたのだが、怠惰が重なって記事にするのが遅れた。酒客笑売は仕上げていたので先に更新しておくべきだった。最近多いが月末に記事が立て込むというのも、こちらとしてはスケジュール通りという感じである。今月のテーマは精算と総集編、言い過ぎか。兎も角、誕生日おめでとう、自分。

【十一月号】棒切れ #007 いい詩が書きたい【キ刊TechnoBreakマガジン】

誰かに言葉を届けたい

僕は、いい詩が書きたくて

死なずにうかうか暮してる

誰かの視線が気になるならば

言葉の世界に逃げればいい

僕らの世界にあふれ出す

言葉はなみだと同義語です

かっこつけてる心情は

誰かの心に届かない

詩人気取りはこれが辛い

詩人以上に辛すぎる

なみだと心と言葉があれば

誰かに言葉を届けたい

なみだが枯れれば心は渇く

渇いた心に言葉は汲めない

誰かに言葉を届けたい

僕は、あなたに見止めて欲しい

あなたの健勝祈ります

【十一月号】酒客笑売 #007【キ刊TechnoBreakマガジン】

その日の夜は、誰もが良い夜だと感じるような夜でした。

一人なら誰かと一緒に居たい、二人なら皆と一緒に居たい、皆が居れば酒を酌み交わし歌でも歌いたいと感じる、そんな夜でした。

でも、そんな感じは、あくまでも感じでしかなく、誰もがそんな事を気にかけていないのが素敵なのでした。

満天の星空には一面ラピスラズリが砕け散り、それらが天使たちの溜息の中に浮かんでいるようです。

夜風は澄み切ったオパールがさらさら音を立て、すべての生き物を祝福するようにささやいています。

その日の夜は、誰もが良い夜だと感じるような夜でした。

一人なら貴方と一緒に居たい、二人なら家族になりたい、皆が居れば宴会をして永遠に続くかのような人生を享受したいと感じる夜でした。

コルクがぽぉんと手を鳴らす。

グラスがりぃんと嗤います。

恋人たちの会話を聞けば、我が事のように甘くなる。

行ったり来たりのプレゼント。

笑顔で皆が開けています。

貴方が選んでくれてた気持ちは、私が選んだ気持ちです。

楽しい時間は尽きません。

誰もが先に歌い出す。

明日のことや将来なんて、今夜がずっと続くようです。

そんな夜に私は、一人便所で嘔吐をしている。

どんな夜だってそうである。

制御の利かない未成年のままの魂が、度過ぎた酒量で粋がっている。

凡人は小遣いで間に合わせるが、達人は借金するものだ。

私のような狂人といえば、便所に金を吐き棄てている。

こうするよりほか、仕方がないのだから。

都内の飲み屋、女性用を除く全ての便器は私の反吐で汚れている。

だからもう、私はゲロだし、ゲロは私だ。

スーツにかかると厄介だけれど、素手で触れるのは平気である。

飲み屋の座席で誰かが吐いても、笑顔で介抱してやれる。

今夜はあんまり良い夜だから、吐くにあたって指南しよう。

一つ、空腹では吐けない、吐かない。

これは、空腹で胃液だけを吐いてしまうと、喉を痛め歯を溶かしてしまう事への警告だ。

ついでに、日常使う歯ブラシも、エナメル質を損なうのでかためはやめよう。

一つ、満腹で吐いた後、腹七分目まで食べること。

これは、吐いた後に胃が空になると、次の空腹が非常に早く訪れて辛くなる事を指摘している。

ついでに、飲み会コースなどでも、先にサラダを食べてからにすれば、身体に良い成分は胃に留まったままでいられる。

一つ、世に吐きダコが知られている、手の甲を歯に当てない。

これは、握手だけで職業を当てる名探偵への、手がかりになってしまう事への注意だ。

ついでに、喉に突っ込む指の爪は常に短く整えておかなければ、喉を内側から引っ掻いて傷付ける事になるので気を配るように。

一つ、吐瀉物の跳ね返りが裾に着くので、便器にはペーパーを軽く敷く。

ここまで来ると非常に実用的になる、以上が四則である。

それでは視点を変え、美味い酒を飲む上での心得はどうか。

一つ、吐くまで飲まない。

当たり前が一番難しい、吐かねば死んでしまう事もある。

一つ、空きっ腹や運動後に飲まない。

逆の方が美味いと思うのだが、私だけではないのではないか。

一つ、合間か終わりに水を飲む。

そんな冷静を保ったままでいるのが、果たして飲み会と言えるだろうか。

一つ、当然だが、一気飲みを強要しない。

させられる前にやるのが一気飲みである、私は人知れず死ぬ事になる。

対立を行ったり来たり出来ただろうか。

吐くまで飲むぞと、吐くまで飲むなとの対立だ。

喉という構造が一方通行であると言う通念を持つのが常識なのだが、喉を行ったり来たりさせるという非常識な連中もいるのだ。

こういう対立を見る時、なんとも言えない嫌な気持ちになるだろう。

なぜならそれは、生き物の、善悪を超えた喘ぎを聞くがためである。

マイケル・サンデルは、かの有名な『これからの正義の話をしよう』冒頭で、ハリケーンに見舞われたフロリダ州の騒動を、三つの視点を入り交えて書き出し、我々を嫌な気持ちにさせなかったか。

だったら、嫌な気持ちになる前に吐いてしまえと私は言いたい。

読者は私が醜く、卑しく、浅ましく見えるだろうか?

本懐である。

私は諸君をそうは思わぬ。

対立は無意味だからだ。

私は道化を演じていればよい。

宮廷で踊るのだ。

しかし、飲み会で飲まないと言うのは…?






#007 華金イヴの総て

【十一月号】総力特集 ギャラクシーエンジェルX【キ刊TechnoBreakマガジン】

決定的にしたのは彼女たちだった。

その仕事は、ロストテクノロジーの回収と言われているが、判然としない。

物語が進行するにつれて、混沌としていくためだ。

ロストテクノロジーという存在が混沌だからだと言えなくもないが、それ以上に脚本家たちがそう仕向けているからだろうと、今の自分にはやっと思える。

それゆえ、彼女たちには紋章機すら不要だという刻がままある。

拳銃が両の手に一挺ずつありさえすれば良いと言うだろう。

否、徒手空拳で十分だ、ついでに髪飾りを鈍器に出来れば上々だとも言うだろう。

神に祈ることさえできれば良いし、着ぐるみを着ていられさえすれば良いとも言うだろう。

何かがズレている。

何も考えていなくとも、料理をしていれば万事解決、そんな事だってあるのだ。

いや、あり得ないのだが、それだからこそ、混沌の中で成立している何かがある。

だから、各回のサブタイトルには必ず料理の名前が付く。


・4-1A(1) 非凡平凡チョコボンボン

 エンジェル隊の面々は平凡な生活を送っている。団地住まいの蘭花は所帯じみた結婚生活で覇気をなくし、何故か管理人をしているミントからゴミ出しに執拗な指摘を受け続けている。フォルテさんはスーパーのレジ打ちに生きる意義を見出せず、店長のヴァニラは意味不明なチラシ作りに明け暮れる。一方でミルフィーユは、スペースコブラのトリップムービーさながらに、持ち前の幸運を遺憾無く発揮する生活を送っていた…。

カレーラーメンの出前を注文するプリンセス

 第一話がディストピア、最終話、投げっぱなしジャーマンというGAの魅力で一杯の名作で第四期は幕を開ける。他にも、コンビーフの缶、カレーラーメンなどニヤリとせずにはいられないクリシェも詰まっている。というか、新OPがもうギャグレを通り越して、関連性極小の脊椎反射オヤジギャグだから、これがGAだ!という製作陣からのメッセージが伝わってくる。

 滅多に見られないくたびれた顔付きの蘭花たちが、一転攻勢となるカタルシスが心地よく、視聴者一同、『あぁ、エンジェル隊が帰ってきた!』と思わずにいられない。フォルテさんが発する「やったか!」が、個人的にグッとくるシーンだ。

・じゃんけん十三奥義

ジャッカルはチョキの5倍の威力があるんだ。パーはもちろんチョキもひとたまりもないぞ!

 アイキャッチは各回、キャラクターごとに奥義を披露。初回が神回だが、毎回神回。十三話で完結を示唆しているのがノスタルジーだ。出鼻にフォルテさんを据えたことで、絶対にこの勢いを下降させないという覚悟が表明されているかのように感じる。

・4-1B(2) 貴女をおもゆ

 烏丸ちとせは病室の窓から、エンジェル隊が仲良く遊ぶ様子を眺め、その姿に憧れと羨望を抱く。病弱な彼女は余命幾許もなく、友達と呼べる存在も無かった。

 新キャラクター烏丸ちとせが、Aパートに紛れ込むカメオ出演を経て初登場。前話を第四期零話とすれば、こちらが一話か。エンジェル隊メンバーの趣味が明言されており、初見の視聴者に向けては親切に思える。のではあるが、第三期のペイロー兄弟が担当した蛇足、僭越、推参に輪をかけたようなちとせの役回りが不憫でならないくらいに、見ていて痛々しい。ゲームシナリオの方でどうなってんだろう、アレ。

「それは可愛いエルボー」

 『笑窪』が可愛いチヨコとレイコが、何故か『エルボー』を繰り出し、それを見ていた際のちとせと、声優である後藤沙緒里さんの演技が全話を通したピークではあるまいか。フォルテさんによるエルボー実技指導もたまらなく良い。

・4-2A(3) ラッキーモンキー汗かきベソかき穴あきー焼き

 時限爆弾解除が今回のミッション、滅多に見られない働いているシーンから始まる。あみだ籤状に見える振り子信管が最下点に到達すると起爆するが、搭載されたAIがエンジェル隊を煽り冷静さを失わせようとする。最後の最後の土壇場に閃いたのは、竹輪を差し込んで時限装置を無効化すること。以来、竹輪だけでどんな困難も切り抜けられるのだが…。

みんないい表情で視聴者も同じく破顔

 数あるエンジェル隊××オチの回。話に無理があるのだがGAだから許せるという、心はトランスバールの皇民という紳士淑女も多いのではなかろうか。オチも一周して笑える。とにかく、GAは感じるものなのだという事を理解できる作品。竹輪フォーエヴァー、赤提灯でおでんが食べたくなる。

・4-2B(4) 友情の切り身お試し価格

 ちとせ回。彼女の友情に対する執着が浮き彫りになる。そして、彼女の病弱を超えた、薄幸キャラを存分に紹介してくれる。

「私の名前は烏丸ちとせ。今日も真実の絆を求めて戦場を彷徨う哀れな女」

これは真実な言葉だが、より残酷な真実はその直後に吐露される。そして流れ出すEDテーマ、Jelly Beansの見方が変わる。私たちは祈る様な気持ちでその絵画を眺める。

 ちとせがエンジェル隊に因縁をつけるシーンの演技が、GAらしさ全開で絶妙。それをあしらうフォルテさんの大人の対応にヒヤヒヤさせられる。

・4-3A(5) 侵略スパイス中佐三昧

 中佐回(?)。倒れた中佐を集中治療室に入れるが、その病院は異星人に侵略されており…ジェットコースターストーリー過ぎてあらすじなんか書けん。

こうなってるミントも良し

 GAでも多数あるトンデモ回のうちの一つ。ミントが主役のようで、ゼリービーンズがらみの破天荒というかやりたい放題が笑える。さらに、フォルテさんが要所々々で活躍しており、それが輪をかけて笑える。ラストなど、エンジェル隊の結束の強さがうかがえるのだが、脚本家が投げているお家芸を見せられた気分だ。

・4-3B(6) お見アイス

 待望のフォルテさん回、しかもギャグ回。フォルテさんはお見合いをさせられるのだが、会場入りの前にひょんなことから蜘蛛の力が身に宿り…。

 お見合い相手の執事が不遜なのだが、きっちりとストーリーを引っ張って行っているので、真の主役は彼とも言える。最序盤の発言に気をとらわれがちだが、私は

「なりませぬ!」「返して頂戴!」こそ、演者の真価が発揮されていて素晴らしいと感じた。残念ながらエンドロールにクレジットされていない。

 『尋常じゃないくらい上手に終わらせている』と評価するのは、私が贔屓しているフォルテさん回だからというだけでは無く、第四期で五本の指に入ると断言しても良いだろう。序破急に振り切られないよう、心せねばならない。

「交際では無く、お友達から」というのは幸せの一つの在り方だろう。

そして、いつもの投げっぱなしエンドだったりするのには目をつぶったままでいて良いと思われる。チェアァ!!

・4-4A(7) わざわざコトコト煮込んだスープ

 「人が珍しく真面目に仕事してるって言うのに!」その名の通り、ことわざ回。ロストテクノロジーにより、口にしたことわざが現実に起きてしまう。エンジェル隊は迫り来る大火をどう切り抜けるのか。

 勉強になって助かる。今回は隊員全員に均等なセリフ割りがなされており、「ピーチクパーチクとまとまりのない人たち」を演出する脚本家の努力が偲ばれる。最後の最後、お家芸が炸裂するのが小気味良い。この感覚が当たり前になってしまうのは、堕落した視聴者である。GAをまったく知らない人が視聴して、合うか合わないかのリトマス試験紙的回。

・4-4B(8) 哀しみ憎しみ凍み豆腐

 こんな回は見たことが無い。フォルテさんの死、その裏側にある哀しみと憎しみの連鎖。涙なしには見られない、犯行動機の供述。傷ついた心を癒すのは、家族の愛情だけ。しかし、その家族すらも偽りだったとすれば…。

 サスペンスミステリーが展開される異色回。こういった役をやらせた時のちとせがノリノリで、珍しく好印象というのが笑える。フォルテさん贔屓の紳士淑女も納得の回であり、影の主人公と言っても過言ではない。あ、ギャグ回ですよ。二言、三言しか言わない刑事役の中田譲治の無駄遣いというか、どういう経緯で出演が決まったのか気になる。

 最序盤で死亡するフォルテさんが、終盤の回想シーンで連呼するキーワードが深々と心に刺さっているファンは多いはずだ(笑)

・4-5A(9) じゃんじゃん炊飯じゃー

 あれ、『鳥丸さん』Aパートから出てるってことあるんですね。そばにある物を吸い込んでご飯にしてしまう炊飯器型のロストテクノロジー。そのご飯を食べると、吸い込んだ物の能力を得られると言う事を知ったちとせは、隊員たちの役に立とうと甲斐々々しく奮戦するのだが…。

 奉仕と利用と欺瞞の関係は、ちとせというキャラクターによく似合う。彼女が関わるとたいていロクな事にならないのだが、こんな風に活躍の機会が与えられている分、微笑ましい。今回はかなり体当たりな役回りを任されてしまっているので、彼女の強さを見守ろう。演じている後藤沙緒里さんは現在フリーで活動しているが、2022年は話題作のチェンソーマンに出演した。ゴトゥーザ様こと後藤邑子に比較され、後藤(弱)さんと呼ばれる彼女の強さを見守ろう。

・4-5B(10) ラブ米

 GA屈指の神回降臨。エンジェル隊は捜査のため、とある学園に潜入する。そこで彼女たちを待ち受ける『恋の予感』…。

主題歌「もっと!エンジェル」

 炊飯じゃーから米へのバトンパス、ABの前後が逆だったならばこれほどまでの盛り上がりはなかっただろう。転校生が曲がり角でぶつかるというコッテコテのアバンタイトルから特殊OPが始まり、これこそがまごう事なき神回告知。任務を忘れて学園生活に馴染み過ぎたフォルテさんたちの様子に卒倒する中佐を、「先生!」と呼んでしまっているミルフィーユもまた馴染み過ぎている。

 「青春は一度きり」というセリフが三十路を過ぎたこの身には堪えるのだが、我々は『この胸の痛み』を奮起に転じねばならないだろう。Blu-ray BOX上巻のピークである。小野坂昌也のキャスティングが、当時らしいといえば当時らしい。使っているのがガラケーというのも。

・4-6A(11) 思い出ぎゅうぎゅう鍋

 隊員一同で具材を持ち寄ったすき焼きパーティ。しかし、突如として具材たちが凶暴化して彼女たちに襲い掛かる。揃った食材は、怨念渦巻く曰く付きのものばかりだったのだ…。

 エンジェル隊がすき焼き積立貯金をしていたというのを見習いたい。遊びが転じて破茶滅茶が展開されるいつものパターンと、ミルフィーユのデウス・エクス・マキナ的混乱収拾が、安心して見られるまともな回。まともな回ほど平凡に見える。

「ネギ好き」三層構造のネギが飛び出すのがニクい

 のだが『クイズまたおめ〜かよ』の時間が笑える。玄人はこれくらいで大体わかるが、玄人は試聴済みだ。とりあえずBOX買って見進めて、この域に至って欲しい。ヴァニラさんにネギを持たせたスタッフの分かってる感、フォルテさんにバズーカを持たせたスタッフの分かってる感も良い。

・4-6B(12) その時歴史は、プリンセスメロン

 時は宇宙暦十万とんで七九四年。銀河系を巻き込んだ星間戦争の最中、ウォルコット三十七世によるウォルコット帝国が誕生する。皇太子妃の座を巡り、五人の候補が覇権争いを繰り広げる。

 小林秀雄はよく「歴史と文学」の問題を議論するのだが、この回を観たおかげで歴史が好きになった、と言う事は私には当てはまらない。GA好きを歴史好きに転身させられるような回なら評価も高いのだろうが、そんなことはなく意味不明な回。いや、GAに意味はないのだと言う事を改めて思い知らされる回である。

もはや神々しさすら感じられる

 モビルスーツの登場から超ヤバい光線まで、派手なのが良い。あの蘭花の一枚絵は、ファンならずとも爽快であろう。あと、ペイロー兄弟たちの使い所が、もはやあの程度しかないから目障りにならざるを得ないと言う悪循環を笑いどころに据えたい。

・4-7A(13) 成りアガリクスダケ

 蘭花の鶴の一声で、バンドコンテストへの応募が決定する。しかし、バンドの音楽に何かが決定的に足りない。そこへ突如現れた新フォルテ。彼女たちは成り上がりへの道を突き進む。

 新フォルテ(呼び捨て)がとにかく気に食わない。蘭花回なのは良いが、フォルテさん不遇回なので個人的には第四期で一番嫌いだ。作画は良いのに新フォルテがクソ面白くない。ただ、収録現場の楽しそうな光景は目に浮かぶ、そんな回。

・4-7B(14) お守りそば

 若かりし日には白き超新星の狼と呼ばれた男、ウォルコット・O・ヒューイ回。エンジェル隊を見守る彼の、平凡だけれどちょっと切ない一日の物語。

この後、挿入歌「黄昏Day Dream」中佐が歌います

 とは書いたものの、エンジェル隊の存在が異常なので彼が平凡に見えるだけである。彼の苦労はシリーズを通して随所に見られていたのだが、それを当たり前のものと看過させずに焦点を当てたことが素晴らしい。滅多に描かれない中佐の想いや、日々の動きが見られて貴重だ。オチのパンチのなさ加減も爽やかである。


以上が、ギャラクシーエンジェルX Blu-ray Box上巻の大体だ。

安心してほしい、GAには始まりもなければ終わりもない。

Blu-ray Discの容量があるのみだ。

Discのチャプターメニューから

ただ、筆者は漫画、ゲーム及び第一期を見ようという気は無い。

【十一月号】ヨモツヘグリ #009 人形町 ラ・ブーシュリー・グートン【キ刊TechnoBreakマガジン】

約束の地、シド。

そんな場所なんてどうでも良い。

彷徨っているうちに、見失ってしまう。

なんにために其処へ向かっていたのか。

其処にはいったい誰がいるんだろう。

月末に区切りとなる仕事をやっと終え、僕は少しホッとすると同時に、未だに抜け切らない身構えるような感覚に身体を痺れさせていた。

一喜一憂も浮き沈みもあった、肉体的にも精神的にもだ。

ふと思い返してみると、この気の遠くなるような多忙感は、八月末に飛び込んだ急な任務を二ヶ月もの間引きずったと言う訳ではなく、どうやら七月上旬から四ヶ月もの間続いていた事であるらしい。

こう言った事に頓着しない性質が幸いして、この難局をどうにか凌ぐ事は出来たけれども、冷静に考えてみて、無意識に倍の期間の苦痛に苛まれていたのだと言う事を思い知ると気が遠くなりそうである。

そのタイミングを見計らうかのように、謎の美女、モツ野ニコ美女史から仕事抜きの場に呼び出された。

場所は日本橋人形町、彼女のお膝元である。

いつもだったら、僕の方で都内の名店を見繕い、彼女の事を引っ張り出すのだが、あんまり僕が連れ回しすぎて疲れたのか、はたまた彼女はそれだけ懐がヒロくなったのか、茅場町から乗り換えてノコノコやって来たのである。

律儀に時間の三十分前に到着したのには理由がある。

不慣れな土地に来る前に、セルフブリーフィングで周辺をよく調べておくのは当たり前だが、一寸気になる場所があったのだ。

小伝馬町の刑場跡である。

僕は、感情赴くままに其処を訪れた。

日比谷線で一駅先にあるが、歩いて街の息遣いが知りたかった。

案の定、人形町にはつい暖簾をくぐってみたくなるようなお店が豊富だ。

しかも、大通りでこの様子なのだから、路地裏なんかは小躍りしたくなるほどだろう。

モツ野女史がどんなお店を選んでくれるか楽しみになる。

そうこうしている間に、堀留町交差点だ。

驚いたのは、お店が見当たらなくなり何となく寂しく感じられたその位置が、人形町と小伝馬町との中間地点だったという事である。

なるほど、日本橋のような場所であっても、町と町とを道がつないでいるのだ。

僕は手応えを感じると共に、約束の時間に遅れぬよう足を早めた。

小伝馬町駅前交差点の一角には、マニア垂涎と言った風な梅干専門店があった。

恥ずかしながら、回る回らないに限らずお寿司屋さんでガリの使い所を分かっていない僕にとって、梅干しもまた同様だから通過してしまう。

目指すのは其処の裏手にある。

朝と昼だけ営業の田蕎麦さんを脇目に見ながら左へ折れると、寺院の外壁に色とりどりの幟が幾つも立っている。

小伝馬町は牢屋敷に処刑場、彼らの残念を弔うために勧進されたそうだ。

大安楽寺、身延別院それぞれが供養を果たしているらしい。

生い立ちや成した事業など詳しくないが、吉田松陰も此処を最期の地とした。

両院の真向かいにちょっとした公園がある。

晩秋の夜闇をわずかなライトが照らしていた。

奥からたくさんの子供の声がする。

目を凝らすと、母親たちは少し離れて座っている。

目を凝らさなくて良い位置には、浮浪者めいたのがちらほら居た。

僕は吸い寄せられるように奥へ向かい、子供たちから少しばかり離れた、誰も使っていない木造りの机に、買ってきた缶ビールを置いて腰掛けた。

僕は青海波をあしらった他所行きのタイを締めて着飾ってはいるが、浮浪者以上の不審者だ。

歩き飲みしているわけではないからジョッキ生にした。

缶詰みたいな開け口を取り去ってから、一緒に買ったサンドイッチに手をつける暇も無く泡が溢れるので、まず一口。

慌ただしい乾杯になるのが難だな。

それは、誰かと一緒であろうと、たった一人であろうと同じなのだ。

その事実を面白いと思えるかどうかだけが違いだ。

ランニングを済ませてから出てきたので、喉の具合もお腹の具合も心地良い。

十一月四日、良い死の日か、刑死者に手を合わせた。

吉田松陰は享年三十、九つで御前講義を成したという、人の倍の期間を生きていたかのような俊英らしい。

僕は死を想っていた。

ケチャップがこぼれるように人は死ぬのだろうか。

そうではあるまい、それは悪い冗談だ。

人には死ぬべき理由があるのだ。

流れ弾に当たって犬のように死んではならない。

さりとて、神の悪戯で無益に生きてもならないのだ、人は。

だが、生きる目的を見失うくらい、目先の利益や仕事を犬のように追いかけていたくはない、そう思いたかった。

一人でいるからこう思うのだろうか。

家庭を持てば、生き方が変わるだろうか。

目的が見出せるだろうか、決して表沙汰にならない生業の僕たちにも。

生業だけではない、呪われた身体のこの僕が祝福されるというのだろうか。

優しい約束の宜敷、そんな暢気な事を嘯いていた頃が懐かしい。

呷った缶ビールの重みが、残り一口だと示している。

端末の振動が僕を現実に引き戻す。

女史からの着信に、小伝馬町にいると応じると、なんと先ほど通過した堀留町交差点がお互いの中間地点になるからそこで合流という事になった。

水天宮通りを引き返し、その交差点角のコンビニ前で待つ。

先の飲酒でお腹はわくわくしていた。

水先案内人のモツ野女史が現れて誘なう。

挨拶もそこそこに、僕は彼女に惹かれて歩き出した。

向きは、通りを直角に折れて北東へしばらく進む。

「ここよ」

店名も読めず呆然とする僕を尻目に、彼女は戸を引いて中へ這入って行った。

案内されたのは四人掛けの円卓。

店内を見渡すと、もう一つある円卓にはワインが何本も並べてあり使用されない様子。

テーブル席が三つ、カウンター僅か。

奥ではシェフが調理している。

「おまかせコースで宜しかったでしょうか」

愛想のよさそうな男性店員にモツ野女史が頷く。

彼女は僕をフレンチに連れてきたのだった。

早速、飲み物を訊かれる。

僕は白ワインを頼んだが、それに合わせて彼女も白ワインを頼んだ。

「ペアリングをご希望でいらっしゃいますか」

ペアリングとは指輪のことでは無いとかなんとか、下らない事を思った。

そう言われれば僕は白も赤も飲みたいのだが、モツ野女史はそんなに飲まないはずである。

その事を伝えると、店員は笑顔で応じた。

「はいこれ」

彼女は紙袋を僕に渡した。

「なにこれ」

「開けて確認して良いわよ」

ガサガサと開けてみれば、これはシャンプーか。

「顔を洗って出直せって?」

「そうまでは言ってないわよ。ただ、誕生日おめでとうって」

「君には言ってないはずだけど」

「言ってなかったかしら、私、凄腕諜報部員なんだけれど」

そのプレゼントが、きっと僕の垢を落として、新しい自分にしてくれるような気がした。

一杯目は洋梨を感じさせる甘みの、淡麗な白で、二人とも気に入った。

モツ野女史のグラスには多過ぎず少な過ぎず、適切な量が注がれた。

僕は最初の一皿が来る前に飲み干してしまうほどであった。

マッシュルームのポタージュと焼きたてのパンが落ち着く。

二杯目はナッツ様の香りが濃厚な白で、はっきりした差異に気付けるので、僕たちはより一層満足した。

前菜はシャルキュトリの盛り合わせ。

一度食べてみたかった豚の血と脂の腸詰、ブーダンノワールは、あたたかくとろりとして、敷かれているパンはさっくり、挟まれたリンゴジャムも味わい深い。

脛肉の角切りをゼラチンで固めたものは、パセリの香りがクセになりそうだ。

胃袋の中に豚足、耳、タン、ひき肉を詰めて縫い直したものはあっさりとしている。

これが、田舎風パテの濃厚さと好対照で特に良かった。

「この前、部署で飲み会があったのよ、随分久しぶりの事なんだけど。そしたら、一次会も二次会も一番の上役が目の前に座って、参っちゃったわよ。周りはヨイショしかしないし、こっちも気を抜けなくてピリピリするしで、結局六杯も飲んで終電間際に帰ったの。神田の大衆焼き鳥屋で四人掛けボックス席三つ陣取ったんだけど、狭いのなんの。母体が関西にあるから、そのお店も関西人には馴染みみたいで、純けいって串を百本も持ち帰る人もいるんですって」

「ふうん」

そんなに飲めるなんて意外だったのだが、彼女が言うには、少ししか飲めないのは気楽でいられている時なんだそうだ。

「それを言ったら、僕なんて一緒に飲んだ時は決まって東西線で居眠りしてしまう。前回なんか立ったまま寝てたし。これも気楽でいられている証拠かな。だって普段は、よほど飲み過ぎでもしない限り、帰りの電車で眠らないからね。」僕はどこぞの酒客笑売には縁がないつもりだ。

入り口に本日予約満席と張り紙してあったが、この頃には全ての席が埋まった。

先にいた年齢高めの四人は一名が女性、歳の離れた男女は女性の方が十以上若い、近場で働いているかの様な見るからにキャリアウーマン然とした女性二人、それと表向きは堅気の企業勤めを装いながら実際はヤクザとしていることの変わらない様な正義の味方だ。

久しぶりの開放感をさっさと酔いに任せてしまいたい。

心なしか、隣に座っているモツ野ニコ美女史の表情が、いつもの美しさに加えて、どこか可愛らしく見えてしまう。

次の一杯はスパイシー過ぎず重過ぎない赤だった。

ふくよかと評されるそうだが、味わいの均衡が逸脱しておらずぎりぎりを踏みとどまっているのが美味い。

あたたかい前菜がもう一皿、ここは豚料理専門店だから、どれもメインを頂いている気持ちになれて僕は嬉しかった。

テリーヌなのだが、大腸、小腸、ガツ、喉を使って作られている。

マッシュポテトが敷かれており、ポーチドエッグが載っている。

割って絡めて頂くと、焼き目の食感も、混成された味わいもほんの僅かに喉の食感がこりこりとしていて素晴らしい。

次が最後となる、ベリーの風味が軽やかで、先ほどに比べてすっきりした酸味の赤。

メインの一皿は、古代種ヨークシャーと、一時期国内で七頭までに減ってしまった満州豚とを交配させた静岡の豚ロースのソテー。

シンプルな調理だが臭みは全く無く、非の打ち所がない肉質。

付け合わせの野菜や茸はどれも濃厚な味わいだったので、お肉と同等の感動を得られた。

脂身がくど過ぎず、女性でもさらりと頂けるので、これもワインに合う。

結局、彼女は僕と同じワインを一口ずつ飲んだ。

ソムリエが気を利かせて、一杯のグラスを二人に分けて与えてくれたのだった。

僕は、もう少し飲みたいくらいの、良い酔い具合だ。

「此処のモンブランが一番好きなの」と彼女が囁いたデザートも、確かに格別だった。

来月は、もう年末だ、いつの間にか。

食後のコーヒーを飲みながら、僕は少し考え込んでしまった。